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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第29話 ~ 我々もまたオーガラストを倒すための秘策を用意しております ~

第4章第29話です。

よろしくお願いします。

 小一時間ほど歩いただろうか。

 ライーマードにあるギルドに辿り着いた。


 やっと日陰の中に入れた宗一郎は、上着を脱ぎ、シャツの襟元を引っ張って、パタパタと扇ぐ。身体が冷えていくのがわかる。最初から上着だけでも脱げばよかったのだと、反省した。


 ――まあ、そもそも脱ぐことも出来なかったのだが……。


 少し薄暗いギルドには、数名の冒険者たちが職員からクエスト内容の説明や、受領書にサインを書いていた。


 オーガラスト討伐の際には、500人近くの冒険者たちが大挙して押し寄せていた。あの頃と比べると、閑散としたものだが、これが通常のギルドの姿なのだろう。


 手続きをする冒険者を見ながら、宗一郎はふと第7次討伐のメンバーを思い出す。今頃、彼らはどうしているだろうか……。


 カウンターが空いたので、ライカが進み出る。さすがに、その時ばかりは宗一郎から離れたが、残るクリネの手を引いて、毅然とした態度で職員と向かい合った。


 クエストを受領する際、パーティのリーダーが手続きを行わなければならない。随分前に決めたのだが、宗一郎たちのリーダーはライカで登録してある。


 ギルド職員と話す2つの皇族の背中を見ながら、欠伸をかみ殺す。


 ヘステラ子爵によって足止めされた際、随分とゆったりした生活を送らせてもらったので、少々身体が訛っているかもしれない。


 手続きが終わって、フルフルが帰ってきたら、久しぶりに訓練でもやるかと心に決める。


 ――ま。どうやらその前に、良いウォーミングアップが出来そうだが……。


 ゆっくりと伸びをしながら、眠そうな眼を周囲に放つ。


 視線を感じる。


 それも往来で感じた好奇の視線というわけではない。


 殺意ほどではないが、明らかに敵視しているような目だ。



「どういうことだ!!」



 突然、ライカの声がギルドの中に響いた。

 目の前のカウンターを叩き、職員に食ってかかる。

 予期せぬ女帝の乱心に、宗一郎は小さく肩を震わせた。


「どうした、ライカ?」


 一度、周囲に視線を送って、ライカの肩を叩く。

 金髪が揺らし翻ると、緑の瞳は激しく燃え上がっていた。


「どうしたもこうしたもない! オーガラストの討伐を許可できないというのだ!」

「クエストが取り下げられているのか?」


 そういえば、ドーラでマフイラに会った時にそんな話をしていたようが気がした。


「そうだ。だが、冒険者が自主的にオーガラストを討伐するのは自由だ。しかし、この職員はそのためにファイゴ渓谷に立ち入ることも許可できないというのだ」


 男の職員を見つめる。


 あれほどの気合いを籠もった怒声を聞いた後なのに、まるで表情を変えず、毅然とした態度で立っている。なかなかの胆力だと、感心してしまった。


「どういうことだ?」


 それでも宗一郎はあえて話しかける。

 職員は軽く首を振った。


「残念ながら、私からお答えすることはできません。しかし、あなた方だけではなく、すべての冒険者の方に同じような説明をし、納得していただいています」

「納得できるか!」


 ライカは今一度振り向いて、カウンターを叩いた。


 そこに――。


「トラブルですか?」


 独特の低い声がその場にいる人間の耳朶を打った。


「副所長……」


 ずっと無表情だった職員の顔に、少々焦りのようなものが滲み出る。


 ライカ、クリネ、宗一郎が振り返る。


 立っていたのは、長身そしてやたらと肩幅の広い男だった。


 禿頭に、少したるんだ瞼。その裏には三白眼が収まっている。眉も髭もなく、四角い輪郭がはっきりと出ていた。赤と緑の一枚布を巻いた長衣を着用し、大きな耳たぶには宝石をはめ込んだイヤリングが収まっている。


「ひぃ……」


 思わずクリネが小さな悲鳴を上げたのは無理もない。


 十分厳つい特徴があるのに関わらず、その男の顔には頭頂から左頬の辺りにかけて大きな火傷の痕があったのだ。


 副所長と呼ばれた男は笑う。

 見た目とは違って、非常に穏やかなものだった。


「申し訳ない。驚かせてしまいましたか」


 顔半分を手で隠しながら、副所長はクリネに話しかけた。


「クリネ、失礼だぞ」

「ごめんなさい」


 スカートを摘みながら、一礼する。


 男は大きな手の平を向けて、振った。


「いえいえ。慣れております。昔、飛竜の強襲を受けまして、うっかりゴールドの装備なしに挑んでしまいましてね。挙げ句、この様です」

「以前は、冒険者を?」


 マフイラもそうだが、冒険者が引退した後、ギルド職員になることが多いらしい。その経験が、ギルドを運営する意味で必要になるからだそうだ。


「重戦士をしておりました」


 どおりで良い体つきをしている。


「ここのギルドの副所長か?」

「はい。アラドラと申します」


 副所長と言うことは、前任であるマフイラの後釜ということになる。


「ちょうどいい。オーガラスト討伐を許可しない理由を教えてもらおうか」


 アラドラの三白眼が一瞬光ったような気がした。


「失礼を承知でうかがいますが、ライカ陛下でいらっしゃいますか?」


 形の良い眉がぴくりと動く。

 アラドラはその反応を「是」として受け取り、話を続けた。


「少し前にご尊顔を拝する機会がありまして、あるいは……と」

「そうだ。……私がライカ・グランデール・マキシア。第120代マキシア帝国女帝だ」


 その宣言を聞いて、周囲がざわつく。

 だが、アラドラだけは態度を変えなかった。


「やはり……。以前、オーガラストの討伐を指揮なさったとお聞きしましたが」

「ああ」


 苦々しい記憶を思い起こして、ライカの顔が少し歪む。


「なるほど。……では――」


 次に三白眼が捉えたのは、宗一郎だった。

 正面から見据える形になる。


 じっくり見ると、やはり大きな体躯だ。

 そして奇妙な(ヽヽヽ)表情をしている。


 顔の裏に、膨大な感情が隠れているのに、それを一切表に出さない。

 そんな表情――。面の皮が厚いとも言える。


「スギイソウイチロウ様でいらっしゃいますね?」


 不正確なイントネーションよりも、アラドラの体躯から一瞬滲み出た敵意のようなもののほうが、気になった。


「そうだが」

「やはりそうでしたか。お噂はかねがね……」


 軽く会釈する。


「それよりも副所長。理由を聞かせろ。……何故、オーガラストの討伐を許可できないのだ?」


 ライカは今一度尋ねる。


「申し訳ございません、陛下……。ですが、陛下も重々承知のことかと思いますが、ファイゴ渓谷にいるオーガラストは普通ではありません。我々は冒険者の皆様の安全を鑑み、立ち入ることを禁止させていただいております」

「言っていることは理解できる。だが、冒険者が行く行かないは自己責任のはずだ。それをギルド側が止めるというのは、些か腑に落ちぬ」

「――と言われますが、あのオーガラストを倒せますかな? 万が一のことがあって、陛下の身に何かがあれば」

「必要とあらば、一筆書いてやってもいいが」


 しつこく食い下がるアラドラに、ライカの言葉が荒くなる。


「それに我々はあのオーガラストを倒せないからくりを理解している。今後こそ倒せるはずだ」

「物事に絶対ございますまい、陛下」

「ならば、オーガラストをこのまま放置しろと?」

「いえ」


 アラドラは首を振った。


「しかし、陛下。我々もまたオーガラストを倒すための秘策を用意しております」

「秘策……? まさか今度は、冒険者を千人集めて討伐隊でも作るつもりか?」

「そんな非効率なことはしません。ほんの数人だけで十分ですよ」


 アラドラは笑う。

 先ほどとは打って変わって、嘲るような笑みだった。


「ほう。それは興味深いな。聞かせてもらおうか」

「残念ながら、まだお知らせできる段階ではないので」

「ふん。本当はそんなものないのではないか?」


 呆れたようにライカは首を振った。


「お引き取りいただけませんか? 陛下」

「ダメだ。お前がいいというまでは私は動かない」

「やれやれ。困りましたな」


 アラドラの敵意が放たれる。


 ずっとこちらの様子を伺っていた冒険者たちが、宗一郎たちの方へ身体を向けた。


 ――まさか本当に荒事になるとはな。


 宗一郎は嘆息した。


新キャラは悪なのか善なのか……。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

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