第28話 ~ 囚人最強にでもなるつもり? ~
第4章第28話です。
よろしくお願いします。
金属を打ち鳴らすような音が聞こえた途端、薄暗がりの廊下を照らしていた蝋燭の火が、斜めに揺れる。
続いて聞こえてきたのは、人の足音。
数は3つ。
ふと止まる。
錠前を閉める音が響くと、また足音が再生される。
薄暗い廊下は狭く、両側にあるのは鉄格子と石壁で遮られた堅固な牢屋。
如何にも不衛生極まりない状態に捨て置かれ、鈍色の体毛をした小動物が赤い目を光らせて、久しぶりの侵入者の匂いをかいでいた。
廊下を歩くのは、2人は男。もう1人はフードに隠れていてわからない。
フードを被った人間以外は武装をしており、一番後ろを歩く男は実に高価な武具に身を包んでいた。
つんと上がった赤髪に、目つきの悪い瞳も同じく赤。「しし」という声が聞こえるぐらい白い歯をむき出し笑い、邪悪そうに見えるのだが、顔の小ささも相まって幼く見える。本人も自覚しているのか。鼻にかけた眼鏡は、その童顔を少しでも大人びてみせようとする悪あがきのように見えた。
「ここです」
先頭を歩いていた牢屋の番兵は、1つの牢獄の前で立ち止まった。
鍵を開ける。扉が老婆の笑い声みたいな音を立てて、開いた。
「ほら! 入れよ」
赤髪の男はフードの人の背中を叩き、半ば無理矢理といった感じで牢獄の中に入れる。
躓きそうになりながらも、なんとかこらえ、振り返った。
牢屋に鍵がかけられる。
赤髪の男が歪んだ笑みを浮かべた。
「今日からここがお前の住み処だ。屋根もあって、しかも防犯対策もばっちりだ。有り難くて涙が出るだろ?」
未だフードに包まれた正体不明の人物は、牢屋を見回す。
荒く磨かれた粗雑な石畳み。壁には苔が張り、若干湿り気を帯びていた。
むろん、風呂やトイレ、布団すら敷かれていない。
利点といえば、外の気温よりも若干涼しいことぐらいだろう。
「飯は1日1回。臭くて豚しか食わねぇけどな。じゃあ、俺はこれにて失礼するぜ。豚の匂いがクリーニングしたてのマントにつくのはごめんだからよ」
自慢のマントを翻す。
“じゃあな、自称異世界最強……”
男の笑い声が、遠ざかっていく。
施錠を外す音が聞こえ、厚い金属の扉が開け放たれ、そして閉められた。
鐘楼を鳴らしたような音が牢獄全体に響き渡る。
…………。
静寂が石壁にしみる。
フードの人は1つ息を吐く。
腰を下ろし、どかりと座った。思いの外、床が冷たい。
フードを上げた。
現れたのは、髪を後ろにした――これまた――目つきの悪い男だった。
杉井宗一郎。
かつて彼がいた世界ではこう呼ばれていた。
現代最強魔術師、と……。
壁に寄りかかりながらも、常に猫背気味な宗一郎は、着ていたローブの中に手を伸ばす。
中に着たネイビー柄のスーツの内ポケットをまさぐる。
何か硬い感触を見つけると、周囲を注意深く観察した後、取り出した。
手の平に置いたのは、青い宝石がはめられたブローチだった。
宝石の中には親指ほどの少女がいて、深紅の瞳でこちらを見つめている。
足下まで届こうかという長い縦ロールを揺らし、少女は宝石の中で寝そべりながら、微笑を浮かべた。
「やっと2人っきりになれたわね、ダーリン……」
「お前からは一生聞きたくなかった言葉だな、アフィーシャ」
「なにかしら、その言いぐさ。さぞかし落ち込んでいるであろうあなたを精一杯はげまそうとしているのに。ひどいかしら」
「それはどうもありがとう(棒)」
「まあ……。あきれた。今ほど感謝の念が薄い言葉はないかしら」
「お前たち、ダークエルフに情がこもった感謝の言葉を送るものなどいたのか?」
「失礼かしら。いるわけないじゃない」
「自慢げに言うな。まったく……。フルフルからたまたま預かっていたが、唯一の話し相手がお前とはな」
「その言いぐさないんじゃないかしら?」
アフィーシャは頬を膨らませた。
「牢屋を出る頃には、洗脳されていなきゃいいがな……」
「そんなことしないかしら。あなたは洗脳できなさそうな人間だもの。……ところで新居の居心地はどうかしら?」
「そうだな。借家だが、早速リフォームでもしたいところだ。お前の方がよっぽど快適そうだな」
くすくす、とアフィーシャは笑った。
「若干揺れが激しいけど、割と気に入ってるわ」
「皮肉で言ったつもりなのだが」
今度は宗一郎が肩をすくめる番だった。
「ところで、なんでこんなところにいるのかしら、あなた?」
「今、それを聞くのか?」
「宝石の中でずっと寝ていて、あなたがブローチをつまみあげるまで、外の様子がわからなかったのだもの。仕方ないかしら……」
「昼寝とは優雅だな」
「それ以外、やることないのかしら。それにあなた、あの悪魔から預かって以来、ずっとポケットにしまったままだったじゃない。存在を忘れていたのかと思っていたかしら」
「実際、その通りだ」
「ひどい! 人道というものを知らないのかしら?」
「お前、ダークエルフだろ?」
「あの悪魔も悪魔だけど、主も主ね。ここを出してくれるなら、許してあげようと思ったのに」
「案ずるな。その宝石の出し方は、フルフル以外知らない」
「何を案ずればいいのかしら? ――で、なんでここに? 見たところ牢屋のようだけど」
「ああ。牢屋だよ」
「何かしら? 帝国最強の次は、囚人最強にでもなるつもり?」
「アンチェインか……。まあ、発想は悪くないが、残念ながら外れだ」
「じゃあ、どうして?」
話を始めるに当たって、数時間前までさかのぼらなければならない。
妖精の竪琴をへステラ家の地面の床から見つけた宗一郎たちは、フルフルが帰ってくる間に、次の目標であり、そして因縁の相手であるオーガラスト討伐の準備を始めた。
装備を整え、アイテムを買い込み、女帝と皇女――2つの花を腕に抱えながら、半日ほどかけて準備を進めた。
最後に、オーガラスト討伐のクエストを受領しようとして、その事件は起こったのだった。
「こら! クリネ! お前、くっつきすぎだぞ!!」
「お姉様こそ! 宗一郎様の腕が汗でびしょびしょではありませんか! もう少し離れてください」
ライーマードの往来――メインストリートのど真ん中で、2人の少女の叫声が響いていた。
何事かと商人や冒険者たちが振り返れば、視認した後の反応は様々だ。
声を上げて笑う者。
ちょっと照れながら、頭を掻いて歩き出す者。
鼻の下を伸ばしながら、じっと見つめる者。
「よ! 色男!」と露天商の1人が声を上げた。
確かに羨望の眼差しを向けるべき光景だった。
金髪の碧眼。さらに思わず視線を向けてしまう豊乳の姫騎士。
同じ特徴を持ちながらも、別種の需要に応える可愛い魔法少女。
やや暑さにぼうとなっている1人の男は、少女たちの愛の告白を聞きながら、往来を進んでいた。
「お前たち、そろそろ離れてくれ。さすがに暑い」
喉から引きつるような音を立てながら、宗一郎は切願した。
ライーマードは比較的涼しい気候なのだそうだが、体感では30度を超えている。そこに2人の少女に腕を組まれ、密着されているのだ。
他の人間にとっては、羨ましくても、今の宗一郎にはありがた迷惑だった。
しかも、この言い争いも午前中からずっと続いている。
「では、お姉様から離れてください」
「何をいう、クリネよ。そなたからに決まっているだろうが!」
このやりとりも、すでにテンプレの域にまで達しようとしている。
そして結局、離そうとしないのだ。
「お前たち、いい加減にしてくれ。オレがいなくなったら、どうするんだ?」
ふと尋ねてみた。
すると、2人は目を丸くし、宗一郎の進行を阻んだ。
「そんなことにはならない。私たちは一緒だ」
「宗一郎様、いなくなるのですか?」
途端に泣きそうな顔になって、宗一郎を見つめる。
クリネなどは、「いかないで」と言わんばかりに腰に抱きつく。
さらにそれを見て、ライカが咎め、いつもの口論が始まった。
「わかった。とりあえず、落ち着け」
ともかく、ギルドまで我慢するしかないらしい。
ここからまた違ったお話が始まります。
明日も18時に更新します。
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