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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第27話 ~ これが大人のやり方だ。坊や…… ~

第4話第27話です。

温泉宿編はこれにて終わりです。

 ジーバルドは勇者を睨む。

 絶句するほど、驚いたがなんのことはない。


 帝国を侵略しようとした野蛮人。

 腕っ節では天地が逆さになったところで勝てないだろうが、ジーバルドは商人なのだ。商売ごとでおいそれと退くわけにはいかない。


「お噂はかねがね聞いている。しかし、納得がいかない」

「納得?」

「あのスペルヴィオを一撃で粉砕し、老いたとはいえ帝国の黒豹といわれたロイトロス殿と互角以上に渡り合い、そしてマトー殿を圧倒した。残念だけど、武勇ではかなわないだろう。だが、経営に腕っ節は関係ないはず」

「なんだ、知らんのか。ヘステラ子爵」

「何がですか、ピュース閣下」

「今は一歩経営からは退かれてはおるが、帝都にある温泉を立ち上げたのは、お主の目の前におる方だぞ」

「な! そんな馬鹿な!」

「嘘は言っていないつもりだが」


 ジーバルドは今一度見上げる。


 ――この男が、あの温泉宿……。あの雅な…………。


 宗一郎は股を割って、かがんだ。

 ジーバルドを真っ正面から見据える。相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。


「お前――」

「勇者か何かは知らんが、僕を『お前』呼ばわりするな! 下郎が!」

「ヘステ――」


 怒鳴りつけようとしたブラーデルを、宗一郎は手で制した。


「貴族のボンボンかと思いきや、矜持は高いのだな。……だが、オレを下郎というが、お前こそ犯罪者なのだぞ。しかも、その命運はオレの手に委ねられている」

「なんだと?」

「控えろ、ヘステラ子爵。宗一郎殿が言うとおりだ。お主を雇うかどうかは、雇い主である彼に一任されている」

「こい――」


 こいつの、と言いかけて、ジーバルドは言葉を止めた。


「お前……。オレの温泉宿に働いていたそうだな」

「――――!」


 ジーバルドは言葉を詰まらせる。

 その反応を楽しむように、宗一郎は目を細めた。


 そう――。

 ジーバルドは宗一郎の言うとおり、数日の間だけだが、温泉宿で働いていた。

 貴族である彼が、平民の主に使われていたのだ。


 それもこれも、あの温泉宿を調べるため。

 中に入ることによって、その経営や施設管理の方法を取得するためだった。


 屈辱的だったが、あの経験があったからこそ今の自分があると言っていい。


「カカが言っていた。覚えているか? 温泉宿の主の息子だ」

「あ、ああ……」


 覚えているも何も、一番自分をこき使ったのがその息子(ガキ)だった。

 朝早く起きて湯船を磨き、使用済みのシーツを洗濯させ、昼には武器防具屋の営業回りに同行させられた。


 時に、貴族の尻を叩いて、怒鳴ってきたあの息子だ。


「あいつが言っていた。力仕事や接客はてんでダメだが、金勘定は一生懸命やってくれたし、何より勉強熱心だったと」


 ジーバルドの細い目が開く。


「それに大したものだ。短時間で4つの温泉地を発見し、宿を建てた。よっぽど情報に精通し、資金繰りに余念がなければ出来ない所業だ。商売人としては申し分ない。……まあ、1つ難をあげるとしたら、この趣味の悪い宿のデザインだがな」

「な、なんだと……」

「そう――いちいち目くじらを建てるなよ、子爵殿。オレはお前を評価してるんだぞ」

「評価してるだと! オレから温泉宿を奪っておいて、ぬけぬけと――」

「は! ガキだな」

「あ゛あ゛ぁ゛!!」


 若いチンピラのように顔を付きだし、ジーバルドはすごんだ。


「そもそもお前が悪い。法律上つけ込まれるような部分を蔑ろにしておくからだ。オレなら絶対見逃さなかった」

「……くぅうう!」

「そんなに睨むな。どうせ遅かれ早かれ、この瑕疵(かし)には誰かが気付いていただろう。そしてお前の商売が軌道に乗り、多額の儲けを生み出したところで横からかっさらう。商人なら当然考える」

「…………」

「これが大人のやり方だ。坊や……」


 ジーバルドは何も言い返さなかった。

 宗一郎の言ったことがぐぅの音も出ないほどの正論であったからではない。


 価値を釣り上げ、かつ出来るだけ安く仕入れる。

 それは相場師にとって当たり前のことだ。


 ――僕の自覚が足りていなかったとでもいうのか?


 値を釣り上げる一方で、自分の価値が高まっていることに気付かなかった。


 確かに……。


 商売人失格。

 ガキと言われても仕方がない。


 ジーバルドは握っていた拳を下ろした。


「なんだ? もう降参するのか?」

「ああ……。どうやら僕もまだまだ――」



 “子供だったようだ”



 ふう、と息を漏らした。

 そう認めてしまうと、何かすっきりした気持ちになった。


 ずっと張っていた胸の中の糸が緩むのを感じる。


「ジーバルド様」

「エタリヤ、すまないな。……どうやら僕はまだ未熟らしい」


 ジーバルドは自嘲気味に笑みを漏らす。ようやく笑った。


「それでいいのか? オレの元で働くことになるが……」

「かまわないよ。他の3つも帝国に差し上げよう」

「そうか。……なら、早速――」


 宗一郎は拳を地面に向かって構えた。


「何を――」


 するんだ、と言いかけて、ジーバルドの言葉は力強い声にかき消された。


「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ!」


 宗一郎の拳に赤光が宿る。


 瞬間、拳を浴室の床に叩きつけた。


 轟音と共に地面が割れる。さらにその衝撃は建物全体に伝播した。壁に無数のヒビが網の目にように走る。


 ズウゥンンン…………。


 重い音を立てて、屋敷が崩れ去る。


 残ったのは温泉が湧き出る湯船と、宗一郎が趣味が悪いと称した温泉宿の瓦礫だった。


「けほけほ……」


 土煙を払いながら、ジーバルドは辺りを見回す。


「ぼ、僕の温泉宿……」

「これか」


 振り返ると、宗一郎がめくり上がった石床の下から何かを掘り出していた。

 抱え上げ、土を払う。銀で出来た竪琴が露わになった。ずっと水気が多い地面にあったというのに、陽光を鋭く反射している。


「ちょっ! いくらその竪琴が重要だからといって、建物を全部壊すことないだろ!?」

「この温泉宿の経営者はオレだ。お前に指図されるいわれはない」

「それにしたって」

「――それにこんな趣味の悪い温泉宿は、即刻潰されるべきだ」

「確かに」


 ブラーデルは腕を組み、うんうんと頷いた。


 ジーバルドは珍しく顔を真っ赤にし。


「わ! 悪かったな!!」


 腕を振り上げ、抗議の声を上げる。


「よし! とりあえず目当てのものは手に入った。ひとまず帰るとするか、ブラーデル」

「そうですな」


 と2人は子爵に背を向けて帰ろうとする。


「ちょ、ちょっと待てよ! 僕はどうすればいい?」

「ああ。そうだな。……ともかく、しばらく経営を任せる」

「い、いいのか」

「オレも忙しいしな。他に適任はおらん。ああ……。ただし宿のデザインには携わることを禁ずる」

「なに?」

「マルルガントにマルフィアミという司書長がいる。そいつとよく相談の上、宿のデザインを決めろ」

「司書長?」

「あと、お前にノルマを言い渡す」

「はあ? ノルマ?」

「来年の春月――つまりは今年までに、あと5店舗開業させろ」

「待って待って。今年って、あと秋月と冬月で終わるんだぞ! それを今の倍なんて、不可能(ヽヽヽ)だろ?!」


 宗一郎の身体がピタリと動かなくなる。

 横で見ていたブラーデルが、「あーあ」という感じで薄い頭を抱えた。


 勇者は振り返る。


 その顔は笑っていた。

 だが、怒っている方がよほど安心できるような――恐ろしい笑みだった。


 宗一郎はただ一言だけを返した。



「いい言葉だ……」



 と――――。




 こうして宗一郎たちはようやく“妖精の竪琴”を手に入れることが出来た。


 しかも温泉を4つ手に入れるというおまけ付きで。


「うん。愉快愉快」


 マキシア帝国女帝ライカは「かっかっかっ」と声を上げた。

 その顔は満面の笑みだった。

 よほどジーバルドに対して、腹に据えかねていたらしい。


 食堂にはライカ、クリネ、宗一郎が集まっていた。

 ブラーデルは役目を終え、帝国への帰路についている。フルフルはその送り迎えだ。また元老院議長の悲鳴が聞こえてきそうである。


「うん? どうした、クリネ……。浮かない顔をしているが……」


 妹は食堂のテーブルに座り、頬杖をついて「ふー」と息を吐き出す。


 ライカ、そして宗一郎を睨んだ。


「お2人ともやり過ぎですわ」

「わ、私はお前を思って――」

「何もお宿をつぶしてしまわなくても良かったんじゃないですか?」


 ライカと宗一郎は顔を見合わす。

 そして視線をクリネに戻した。


「まあ、もっともだが、時間が惜しい状況だ。それにこちらの再三の警告を無視したへステラ子爵も悪い」

「けど――――」


 クリネは机を叩き、椅子を蹴った。


 はじめは驚いていたライカだったが、急に小さく歯を見せて笑った。


「クリネ……。お前、もしかしてへステラ子爵のこと」

「な、なんですの?」

「す――――」


 瞬間、妹は飛びつき、姉の口を両手で抑えた。


「何を言ってますの、お姉様! 私は宗一郎様をお慕い申し上げていますのよ」

「て、照れるな照れるな。我が妹よ。……私は寛容な人間だ。子爵は少々気にくわない人間だが、優秀であることは間違いないしな」


 小さい手から逃れ、ライカは反論する。


「照れてなんかいません!」

「殿方と初めてのデートだったんだろう? 移り気を起こしても何も不思議ではないと思うが……」

「デートを1つしたところで、私の気持ちは変わりません!」


 ぴしゃりと言い放った。


 妹は頬を膨らませて、明後日の方向を見つめた。それは狙ってかどうかは知らないが、ちょうどへステラ子爵の屋敷がある方角だった。


「まったく……。お姉様の方がよっぽど子供ですわ」


 また深いため息を吐くのだった。


大人のやり方は子供が思ってるほどスマートではない、というお話でしたw


さて、明日からまたお話が変わります。

今度はギルドを舞台にしたちょっとしたサスペンス(?)風味な話にしてみました。

といっても、頭を空っぽにして読める話なので、

どうぞお楽しみを。


更新はいつも通り明日18時になります。

今後とも「その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。」をよろしくお願いします。

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