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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第26話 ~ 黙れ、小童!! ~

第4章第26話です。

先に白状しておきます。


真田丸を見ながら書きましたm(_ _)m

 ブラーデルが読み上げた内容によって、執務室は例えようのない重たい空気に包まれた。


「なんですか、それは?」


 細い――実に細いジーバルドの身体が揺れる。

 ゆっくりとブラーデルに近づき、しがみつくように書状を両手で掴んだ。


 その顔は青く、笑っていなかった。


 目を皿にして何度も読み返す。

 そして一番長く見ていたのは、赤く染まった玉爾の印だった。


 赤い印は、帝国では犯罪をおかした者の書類に押されることになっている。

 そして、それが玉爾で押されているということは、爵位を持つ当主が罪を犯したということになる。


 それほど、赤い玉爾は内容以上に重いものなのだ。


「馬鹿な! 何故、僕が罰せられなければならないんだ!!」

「ご当主、落ち着いてください」


 エタリヤが間に入るが、ジーバルドは猛獣のように猛り狂う。

 先ほどまでのブラーデルに対する尊崇の念は消え、大きく目を見開き睨んだ。


 対して元老院議長は落ち着いていた。

 というより、全く表情を変えず、顎を絞めたまま若き当主を見つめている。

 声に威厳を込めた。


「資源法の内容は知っているな?」

「帝国で取れる鉄や鉱石の所有権はすべて帝国にあるという法律でしょう。いつ僕がそれに違反したというんですか?」


 差し開かれた書状を、ブラーデルの手ごと払う。


 はらりと、赤い絨毯に落ちて、広がった。


「それに温泉宿を閉鎖するって! あれは温泉であって、鉱物ではない。それとも帝国の土地から出るものは、例えそれが熱い湯であろうと、帝国の資源だとでもいうのでしょうか?」

「その通りだ。ライーマードは自治区であるが、土地における権利は帝国に帰属する」

「それこそ横暴だ。ピュース閣下! あえて言わせてもらう。あなたは先代カールズ陛下とは、皇帝になる前から親しかったと聞いている。……この突き付けられた書状を見て、カールズ様はどう思いますか?」

「黙れ、小童!!」


 ブラーデルは一喝した。


 あまりの迫力に、小動物のように悲鳴を上げる。

 体勢を崩しそうになったが、なんとかエタリヤが受け止められた。


 1度は元老院議長の怒気に屈しそうになった若い当主は、なんとか身体と心を建て直し、今一度睨んだ。


 ブラーデルはふんと鼻息を荒くし、長衣の裾をキュッと締め直した。


「失礼……。子爵閣下。だが、先代皇帝はもういない。今の皇帝は、ライカ陛下だ」

「誰が皇帝だろうと、横暴であることに変わりはない! 僕はこのことを帝国高等法務館に訴えてやるぞ!」

「落ち着け、小僧」


 声こそ小さかったが、独特の厳格さがあった。

 拳を振るい、息巻いたジーバルドの動きが止まる。


 その視線が向いたのは、ブラーデルではない。


 議長の後ろに控えたお付きのものだった。


 フードを取る。現れたのは、黒髪を後ろに撫でつけ、凶暴な肉食獣のそれを思わせるような鋭い瞳を光らせた男だった。


「従者風情が僕を小僧呼ばわり? ピュース閣下。随分としつけがなっていない猛獣をお飼いのようですな」

「この方はな――」


 紹介しようとした瞬間、男は前に出て手で制した。


「オレを知らんか。まあ、いい。別にお前のような小僧に名乗るほどのものではないからな」

「なんだい、その態度は……。僕がヘステラし――」

「そんなことはどうでもいい」

「な――!」

「知りたいだろ?」

「何を……?」

「何故、自分が罰せられるのか」

「お前が説明するというのか?」

「貴様が望むのであればな」

「いいよ。聞かせてもらおうじゃないか」


 すると、くるりと男は踵を返した。


「おいおい。逃げるのかよ」

「ついてこい。……動かぬ証拠を見せてやる」

「はっ! 証拠だって? いいだろう」


 男は部屋を出ていく。

 続いてジーバルドも、その背中を追って出ていった。




 男がやってきたのは、湯殿だった。


 脱衣所で服も抜かず、通り過ぎていく。慣れた手つきで横に引くドアをクリアし、浴室の中に入った。


 相変わらず温泉は湧水のように沸き上がり、水で冷やされ、適温を保っている。

 水面は赤茶色で、湯船も赤くなっていた。


 湯煙が舞い、視界がうっすら霧がかっている中で、男はつと足を止める。


「あれが証拠だ」


 と指さした。


「――――!」


 ジーバルドは絶句する。


 男が指さしたのは、浴室内にある効能と成分が書かれた表だった。


 効能には「肩こり」「腰痛」等が書かれている一方――。


 成分にはこう書かれていた。


 “鉄”と――――。


「な! ちょ――」

「ほう。この温泉から“鉄”が出るのか?」


 男は悪魔のように笑みを浮かべた。


「待て! 鉄といっても、温泉に含まれているのであって……」

「だが、鉄は鉄だ。どのような状態にあったとしても、鉄が出ていることは間違いない。何よりお前がそう教えているではないか」


 もう一度、成分表をよく見るように促す。


 ジーバルドは目を見開き、膝をついた。

 藍色の瞳は充血し、今にも泣き出しそうなほど歪んでいる。


 若き子爵の前に、ブラーデルは立ちふさがった。

 力を込めた顎には、無数の皺が寄っている。


「ご納得いただけましたか? ヘステラ子爵」

「お待ち下さい、閣下! ここの温泉から鉄が出ることを帝国にご報告しなかったのは、僕の落ち度です」

「罪をお認めになるということか」

「はい。しかし他は違います。その温泉まで閉鎖するというのは、あまりに無体な仕打ちではないでしょうか」


 常に軽口だった若き子爵は、言葉を選びながら弁解する。


 ブラーデルの態度は変わらない。

 ヘーゼルの瞳で、ジーバルドを見下ろした。


「しかし、子爵が罪を負ったという事実は曲げられません」

「それはそうです。ですが、ヘステラ家を――」

「ですから、ライカ陛下は懇意に(ヽヽヽ)しているあなた様に挽回の機会を与えたいと思っています」

「へ、陛下が……」


 驚いた。

 むしろ陛下こそが、この仕打ちを企てた主犯だと思っていた。


「帝国が温泉宿を経営していることは知っていますな」

「はい。僕はあの宿を見て、温泉経営に乗り出したのですから……」

「マキシアは今後、温泉資源の発掘を国策と位置づけ、今後も発展させていく方針でおる」

「はあ……」

「そこで新たな部署を設置する際、温泉経営に詳しい人間を主要なポストに置きたいと考えていてな」

「まさか――。僕をそのポストに……?」

「察しがよくてなによりだ、ジーバルド・プロシュ・ヘステラ子爵。受け入れれば、4つの温泉地の安堵を約束するとのことだ。ただし、経営権は帝国のものとなる」

「や、やります!!」


 ジーバルドは即答した。

 帝国に経営権を取られるのは癪だが、折角掘り当てたものをみすみす手放すわけにはいかない。それに決定権が自分にあるなら、経営している時と変わらない。逆に帝国のお金をジャンジャン使って、商売を広げることが出来るかもしれない。


 そうすれば、資金を湯水のように使いながら、懐に大量のお金が入ってくる。

 将来的には、帝国から経営権を取り戻すことができるかもしれない。


 ジーバルドは笑う。いや、その笑みを隠すように口を手で隠した。


「ただし、そなたにはある人のもとで動いてもらう」

「なんで? 僕が小間使いってこと?」


 安心からか、また口調が戻っていた。


「そうだ。不服か?」

「そうではありませんが、僕以上に温泉経営が詳しい人物など帝国にいるとは思えません。どのような身分の方でしょうか? 爵位は?」

「その方には爵位はない。だが、そなたと同等――あるいはそれ以上に、温泉経営に詳しい()だ」

「――(かた)?」


 ふと使った言葉に、ジーバルドは引っかかる。


 ブラーデルは爵位でいうなら、公爵。さらにいえば、元老院議長。

 そんな大物が、「方」と言葉に気を遣うのは、よっぽどの人物ということだ。


「ブラーデル。そろそろネタ晴らしをしていい頃合いだろ?」

「そうですな」


 男はいきなり元老院議長を呼び捨てにする。

 一瞬、頭がかっとなりそうになったが、ブラーデルはさも当たり前といった様子で言葉を返した。


 石床に張った水を弾き、男は硬質な音を立てて近づいてくる。


 膝をついたジーバルドを見下げる。

 悪魔ですら身を竦めるほどの寒々しい笑顔を向けた。


「初めましてといっておこうか。ジーバルド・プロシュ・ヘステラ子爵閣下。……オレの名は杉井宗一郎という」


 名前を聞いた時、ジーバルドはただぼんやりと「変わった名前だな」と思った。


 だが、脳内の奥で何かが繋がった瞬間、爆発的とも言える驚きがこみ上げてきた。


 ――まさか!!


「勇者か……」


 宗一郎は口角を歪める。まるでジーバルドのお株を奪うかのように……。


「そう――。……レベル1の勇者だよ」


 その口調は、実に誇らしげだった。


温泉宿編はいよいよ佳境です。


明日も18時に更新します。

よろしくお願いします。

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