第25話 ~ 大人のやり方というものを、若い当主様に教えてやろう ~
第4話第26話です。
よろしくお願いします。
宿に戻ったクリネ、ライカ、フルフルは、もう6回も夕食をとっている食堂に集まっていた。
その空気は重く、皆それぞれの体勢で無言を貫いている。
「ごめんなさい」
クリネが突然謝罪の言葉を口にした。
しかし、宿に充満した空気をうち破るには弱々しく、今にも少女の顔は泣きだしそうだった。
「クリネのせいではない。私はお前を子供扱いするわけではないが、これはあいつの言うとおり、大人の領分の問題だ」
「しかしどうするッスか? そんな爵位なんてホイホイあげること出来ないッスよね」
「手続き自体は可能だ。――が、それでは帝国の品位が疑われる」
皆が下を向く。
その時、宿のスイングドアが開いた。
暗闇の中、いつものスーツを纏った宗一郎の姿が浮かび上がった。
「あ。ご主人! 今までどこ行ってたんスか? こっちは大変だったんスよ」
大変といっても、フルフルがやっていたのは、若い兄妹の後をつけ回すことだけだ。
「そうか。それはすまん」
「それだけッスか? もう!」
悪魔が頬を膨らませる横で、宗一郎はクリネを見やった。
「どうだ? クリネ。気持ちの整理は済んだか?」
「それはまだちょっとわかりませんが、でも――」
クリネは今日のことを思い出し、薄く笑みを浮かべた。
「楽しかったです。私も……。ジーバルド様も楽しかったといっていただきました」
「そうか。それは良かったな」
「でも――」
ぱっと花開いた顔はすぐにしぼんでしまった。
「宗一郎、実はな」
妹の代わりに、ライカは事情を話す。
「そうか。一筋縄ではいかないか」
「どうするッスか、ご主人」
「こういう時こそ頼れる悪魔の出番だな」
「うにゃ! マジっスか! とうとうフルフルの出番ッスか。仕方ないッスねぇ。あの当主、まだ皮が剥けてなさそうッスけど、いじめがいがありそうッス」
「お前、なんか勘違いしてるだろ」
「え? ジーバルドを籠絡して、赤玉出る前までイカせろってことじゃないんスか?」
宗一郎は頭を抱える。
その横でライカは頬を染め、クリネは首を傾げた。
「お前、いつもなんで頭がお花畑なのだ?」
「お花畑じゃないフルフルなんてフルフルじゃないッス。完全にアイデンティティーの否定ッスよ! ぷんぷん!!」
「わかった。ともかくお前は、今から帝都にいって、ある人物を迎えにいってこい」
「今からッスか?」
窓の外を見ると、真っ暗闇だ。
オーバリアントは月がないため余計に暗く感じる。
「明日までに帰ってきてほしい。至急だ――」
「明日までッスか? ぶぅう。人使いが荒いッスね」
「久々にベッドで寝たいだろ?」
「全身全霊を持って、任務を遂行するッス」
直立し、フルフルは大仰に敬礼をした。
「何かするのか、宗一郎?」
「まあ、大人のやり方というものを、若い当主様に教えてやろうと思ってな」
宗一郎は笑った。
いたずらを思いついた子供みたいに、顔が輝いていた。
翌日の昼――。
聞き慣れたライーマードの喧噪が外から聞こえる中、宿のスイングドアが開いた。
食堂から眺めていたライカが立ち上がる。
「ぶ、ブラーデル殿!」
「陛下……。よもやこんなところで再会するとは思いもよりませんでした」
元老院議長ブラーデル・ハル・ピュースが手を挙げて応えた。
60を過ぎてなお闊達な弁論と、統率力で元老院議員をまとめる重鎮。ライカの女帝戴冠にも大きく関わったベテラン政治家だ。
いまだ若々しい覇気の持ち主は、幾分冴えない顔をしている。決して豊かでない白髪も後ろに掻き上げられ、乱れたまま固まり、元老院の制服といえる長衣も着崩れていた。何かもの凄い突風を長時間に渡って受け続けていた――という状態だ。
「お元気そうで何よりです」
「そなたは元気――――ではなさそうだな」
「はは……。よもやこの年で、空を飛んで、しかも帝都から最低10日をかかる距離を1日で踏破する経験を積むとは考えもしませんでした」
ぎこちない笑顔を元老院議長は浮かべた。
「ブラーデル様?!」
宿の階段を降りてきたのはクリネだった。
「おお。クリネ殿下。お元気そうで」
「閣下も元気――――とはいいがたいですね」
「はは……」
「ご苦労だったな」
次いで階段を降りてきたのは、宗一郎だった。
時を同じくしてまたスイングドアが開く。
入り口に倒れ込んだのは、フルフルだった。
「ち、ちかれたッス~~」
べー、と舌を出して、そのまま伏せてしまった。
「フルフルもご苦労だった」
主人が労いの言葉を贈るも、肝心の従者はそのまま寝息を立てはじめた。
「悪魔といえど、一昼夜飛び続けるのは堪えたようだな」
「お話は伺っておりましたが、すさまじいお方ですな」
「怖くなかったですか?」
「空を飛んでいる方が怖いですよ」
ブラーデルは額の冷や汗をぬぐった。
「来て早々に悪いのだが……」
「心得ておりますよ、勇者殿」
1枚の書状を出す。
「宗一郎よ。ブラーデルは私の家臣だぞ。みだりに使われては困る」
「それについては謝るが、お前も帝都に1枚ぐらいは手紙を書いてやれ。ほうれんそうは大事だぞ」
「ほうれんそう?」
ライカが首を傾げる横で、ブラーデルは書状を広げる。
そして丁寧に袱紗に包まれた箱から装飾が施された大きな印を取り出した。
「玉璽ではないか?」
「陛下に押していただきたく持ってきました」
「それはいいが、わざわざこのために?」
「それもありますが、私の役目はこれの他にもあります故……」
「確認させてもらうぞ」
「どうぞ」
ライカは持ってきた書状を読む。
次第に、表情は驚きに満ちていった。
「これを作ったのは誰だ?」
書状から目を離し、いの一番に尋ねた。
ブラーデルは笑みを浮かべる。そして宗一郎を見つめた。
「したためたのは私ですが、草案を用意していただいたのは勇者様です」
「宗一郎、これは……」
「不服ですか? 女帝陛下?」
宗一郎はニヤリと笑う。
少し呆然となりながらも、ライカも同じ顔で返した。
「面白い! なるほど。大人のやり方で仕返ししてやろう」
やはり、その顔も子供がいたずらを思いついた時と似ていた。
ジーバルドが執務室で仕事をしていると、ノックが響いた。
促すと、部屋の中にエタリヤが入ってくる。
近づいてくる歩みは、少々慌ただしげで、すぐ彼女らしくないことに気づいた。
「どうした? エタリヤ」
いつもの給仕服を着た女性は、いつもよりも早いペースで礼をした。
「ご当主様、お客人です」
「客人? 今か? ……今日の予定では――」
「帝国からの使者の方で」
「使者? おいおい。まさかこんなに早く爵位の授与の準備が出来たのか?」
想定していたよりも帝国の準備が早く、ジーバルドは驚く。
よほど世界の危機はせっぱ詰まっているらしい。
――侯爵なんかではなく。元老院議長でもねだっておくべきだったかな。
自分の見積が甘さを反省する。
「それで使者殿は?」
「それが――――」
「失礼するよ」
重い老人の声が執務室に響いた。
入口を見ると、元老院の長衣を着た男が入ってきた。
白髪に、鷲鼻。蝙蝠のように広がった白眉の下には、鋭い眼光のヘーゼルの瞳が収まっている。背は高く、胸板も厚いため、文官というよりは武官のように見える。
ジーバルドは声を失う。
頭の中は真っ白だ。
「ピュース元老院議長…………」
ブラーデルの家名を、なんとか喉の奥から声を絞り出した。
元老院議長ブラーデル・ハル・ピュース。
帝国の最高機関の最高権力者。
事実上、皇帝の次に権力を持つ男。
子爵であるジーバルドですら、年数回しか会えない大人物。
それが今、自分が経営する温泉宿に足を踏み入れていることに、身を震わせずにはいられなかった。
「失礼とは思ったが、少し遅いので入らせてもらった。まだ時間はかかるかね」
「ちょ――」
「いえ。どうぞピュース閣下」
執務室の中にある来客用の椅子を勧める。
ブラーデルは手で制し、ジーバルドの前に進み出る。後ろにはお付きのものだろうか。深くフードをかぶって、顔を隠していた。
「いや、結構だ。ここでよい」
「来るとわかっていれば、お迎えに上がりましたのに」
「無用だ。……お主にとっては、歓迎すべきことではないのでな」
「――――!」
帝国の元老院議長を屋敷に招いた。
有頂天になっていたジーバルドの顔が一瞬凍り付く。
「…………。それは…………どういう………………?」
ブラーデルはバッと書状を広げる。
ヘステラ子爵は、細い弦のような眉を大きく広げた。
短い文が記された書類の下には、赤い玉爾が押されていたからだ。
「ヘステラ子爵!」
「は……。はは!!」
「帝国法第125号資源法違反とみなし、4つの温泉地の経営を即時閉鎖を命じる」
……………………。
長い沈黙の後。
「はっ…………?」
ジーバルドは声を出した。
さあて、無双の始まりだぜ。
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




