第23話 ~ デートは、殿方がリードするものですよ ~
第4章第23話です。
よろしくお願いします。
我ながら奇妙な光景だ――とジーバルドは思った。
目も眩むような太陽の下。
女性――いや、女の子に腕を取られ、大勢の人間が行き交うメインストリートを歩いている。
正直なところ、ジーバルドは女にモテたことがない。
というより、女っ気すらない。女性とこうやって歩き、時間や物を消費するよりも、1つでも多くの商売を成功させる方が重要だと思っているからだ。
女性に興味を持ったのはたった1回だけ。
それもまだ大人として何も揃っていない6歳の少女。
母や給仕以外に、醜く肥え太った自分の身体に触れた最初の女性が、クリネ・グランデール・マキシアだった。
その女の子に数年ぶりに出会い……。
「お兄さま……。お兄さまってば――」
ジーバルドはふと現実に戻される。
隣を見ると、6歳の頃よりも随分大人びた少女がいた。
大きな緑色の目は、ジーバルドを映している。
「あ、ああ……。失礼、クリネでん――ちゃん」
「む」
「?」
頬を含ませたクリネは、そっと耳打ちする。
「今日は、兄妹なのですから、もう少しらしくなさって下さい」
「らしくといわれても」
「兄妹に、『失礼』なんてよそよそしい言葉は使いません。せめて『ごめん』と言ってください」
「しつ――――ごめん。……えっと、妹よ――?」
「よく出来ました。お兄さま」
クリネは目一杯つま先を伸ばし、ジーバルドの前髪を撫でた。
率直に言えば、超恥ずかしかったのだが、顔を赤くしながらも、今日一日皇女殿下の兄と宣言した男は、黙ってそれを受け入れた。
「さて……。どこに行きましょうか、お兄さま」
「そうだな。……まずは喉が渇いた。今日は暑すぎるよ」
「では、まずはお茶ですね。何か良いお店を知っていますか?」
「な! 僕がエスコートするの?」
「デートは、殿方がリードするものですよ」
「~~~~」
ニコリとクリネは微笑む一方、ジーバルドは少々複雑な表情を浮かべた。その顔は笑っていない。
「わかったわかった。知り合いの商人が、以前良い茶葉を出してくれる店を教えてくれたことがある。そこへ行こうか」
「はい!」
妹の返事は変わらず元気だった。
「おいしい……」
口に付けた瞬間、クリネは自然と呟いていた。
琥珀色のお茶には、少し頬を上気させた自分の姿が映っている。
店はメインストリートから1本外れた路地。
カウンターと3脚ほどのテーブルが置かれた落ち着いた雰囲気の店だった。
隠れた名店といったところだろう。
数人の客がおり、お喋りをしている。
貴族が来るのが珍しいのだろう。さっきからチラチラと兄妹を見つめている
視線に気付いていていたが、対面に座ったジーバルドは澄まし顔で茶に口をつけた。そして満足そうに頷く。
「隣国のウルリアノ王国――おそらく南のガッソで取れた茶葉だね」
「そんなことまでわかるんですか?」
「茶にも相場があってね。……その時に勉強した」
「どうやって勉強したんですか?」
「茶葉を実際仕入れて、葉の段階から匂いや味などを確かめていった。あとは自分で点てて、色々と飲んでみたよ」
「お腹がたぷたぷになりそう……」
「実際そうなった。口につけたのは2、3口だったけどね……」
ジーバルドはさも当然と言いながら、ティーカップに口をつける。
クリネはくすくすと笑った。
「なに?」
「いえ。……ただちょっと似てるなって」
「似てる? 誰に?」
「勇者様ですわ」
「勇者…………ああ、あのマトー殿を倒した」
「はい」
「どんな人物だい?」
「一言でいうと、厳しいお方です。けれど、それ以上にお優しい方です」
「その2つの言葉は相反すると思うけど」
「そうですね。……まあ、会えばわかるといったところでしょうか?」
「正直なところ、会いたくないな」
「何故ですか?」
ジーバルドはティーカップを置く。
ほっと息を吐いた。カップの中は空になっていた。
「僕と似ているということは、おそらく僕の敵になるかもしれないからだよ」
細目を開けると、ギラリと藍色の瞳を光らせた。
喫茶店で喉を潤すと、2人はまたメインストリートを歩いた。
相変わらずクリネは腕をからめ、ニコニコ顔である。
いつか化けの顔が剥がれるのではないかと思っていたが、本気でクリネはデートを楽しんでいるように見えた。
「お兄さま。あれはなんですか?」
クリネは突然、ゆび指した。
見ると、広場に円形の天幕が張られていた。
「ああ……。移動式の見せ物小屋だね」
「行ってみましょう!」
「見せ物なんて君にとっては珍しいものではないだろう?」
マキシア帝国の社交界では、場を盛り上げるために大道芸人や珍しい動物を連れて興行を行うのが通例だ。
皇女であるクリネにとっては珍しいものではない。
「2人で見るからいいんじゃないですか。さ――」
クリネはジーバルドの腕を引いた。
料金を払い、天幕の中に入ると大勢の人で賑わっていた。
基本的に立ち見らしく柵も何もない場所で、猛獣と人が戦っている。
正確には、仮面とつけた道化が、迫り来る猛獣の攻撃をひらりひらりと面白おかしく逃げ回っているという出し物だ。
冷静に考えれば、一触即発の状態なのだが、観客の受けがよく、道化のパフォーマンスに一喜一憂していた。
クリネはジーバルドの手を引きつつ、小さな身体を活かして身体を割り込ませ、列の前に陣取った。
両手をグーしながら、瞳を輝かせ芸を見守る。
その横でジーバルドは額に手を当て、妹の様子を見つめていた。
「猛獣よりも恐ろしいものと戦っている君が、こんな見せ物を見ても面白くないと思うけど」
「お兄さまは黙っていてください」
「はいはい」
諦めてジーバルドは猛獣と道化のパフォーマンスを見つめる。
最初は見せ物と馬鹿にしていたが、なかなかどうして意外と面白い。
次第に手に力がこもり始める。
「道化さん、頑張って!」
クリネは声援を送る。
その声に釣られ、他の観客も道化の応援を始めた。
さすがに声を出すのは憚られて、ジーバルドは黙って行く末を見つめている。
その時――。
素早く猛獣が道化の背後を取った。道化はまだ気付いていない様子だ。
絶対絶命のピンチ――。
「危ない! 後ろだ!!」
ジーバルドはその場にいる誰よりも大声を上げた。
一瞬、みんなの視線を浴びる。
声にびっくりしたのは、観客だけではなかった。
道化も、そして猛獣も同じく。
「がああああああああああ!!」
四つ足の肉食獣は大口を開けた。
ジーバルドの声が何か気に触れたのかもしれない。
先ほどまで道化に牙を剥いた猛獣が、ゆっくりとジーバルドの方に顎門を向けた。
「え――」
ジーバルドが気付き、声を上げた時には、猛獣は飛びかかっていた。
ヘステラ家の子爵は瞬間的に「死」を予感した。
が――。
「さがりなさい!!」
凛と天幕の中で、少女の声が響き渡る。
それは特別大きいという訳ではなかったが、確かに場の空気を震わせた。
猛獣は「たっ」と音を立てて、着地した。
爪を収め、大きな牙を覗かせた顎を閉じる。そうして、少女の小さな胸に顔をこすりつけ、甘えた声を上げた。
その鼻先をそっと撫でてやる。
「く、クリネちゃん……?」
ようやくといった感じで、ジーバルドは言葉を絞り出した。
猛獣と戯れていたクリネは、金髪を振り乱し振り返る。
緑色の瞳が、笑っていないジーバルドを映し出した。
逆に皇女は、可憐な笑顔を浮かべる。
「可愛いですね」
何気ない所作を見た瞬間、子爵の当主の肌はぞわりと動いた。
手を胸にて当てる。
鼓動は動いているのに、キュッと締め付けられる感覚があった。
「きゃ」
可愛い悲鳴が上がる。
猛獣は大きな舌を出して、クリネの金色の髪を飴のように舐めていた。
おい! 猛獣! オレとそこ代われ!
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




