第21話 ~ 自分が納得する形の謝罪を考える ~
第4章第21話です。
よろしくお願いします。
「何をしていたのですか?」
燭台の明かりに照らされながら、クリネは尋ねた。
向かいに座る宗一郎は何やら紙に向かって字を書いている。
「見ての通りだ。手紙を書いている」
「恋文、ですか」
「ぶぅぅぅうう!」
宗一郎は思わず吹きだしてしまった。
口元についた涎を拭いながら、顔を上げた。
「一応、聞くが誰がそんなことを言っていたのだ?」
「えっと……。ご想像の通りの方かと――」
「フルフルか! あいつめ! 後で『神はわがやぐら』を子守歌にして聞かせてやる」
烈火の如く猛る宗一郎を見ながら、クリネは苦笑いを浮かべた。
「それではどなたに?」
「帝都にいるカカとヤーヤだ」
「カカと……ヤーヤ?」
「オレが帝都で温泉宿を経営しているのは知っているな」
「はい」
「その運営を任せている店主の息子と娘だ」
「ああ……。なるほど」
クリネはこくこくと頷く。
先ほどまでの怒りを収め、一転して宗一郎は楽しそうに筆を走らせた。
「あの子爵の温泉宿を見て、思い出してな。宿の近況がてら、手紙を出したらもう返事が返ってきた」
オーバリアントでは戦乱が続いたということもあって、伝書鳥の育成が盛んに行われた。今でも郵便事業の要になっている。伝書鳥は数、種類ともにかなり多く、一番速い鳥なら、ライーマードから帝都まで2日で往復する事ができる。
宗一郎は今日着いたばかりだという手紙を見せてくれた。
『宗一郎兄ちゃん、元気か? 突然、手紙が来て、オイラ何かへまでもしたのかと思ったよ』
という言葉が始まる手紙は、その後温泉の噴出量や温度など、事細かに近況が書かれていた。
もう1つの紙には、『おにいちゃんげんきですか。ヤーヤはげんきです』とぎこちないながらも元気一杯の文字で書かれていた。
「2人とも何歳ですの?」
「カカが11歳。ヤーヤが7歳だ」
「私とそんなに変わらない……」
「そうだな。2人とも宿を手伝ってる。……カカは今こそこうして手紙を書いてるが、最近まで全く書けなかったのだ。それが今では……。大したものだな」
「そう……。なんですか……」
――こんな子供も働いているんだ……。
嬉しそうに話す宗一郎の横で、クリネの顔は段々暗くなっていく。
「それよりも、クリネ。眠れないのは悩み事でもあるのか……?」
「……否定はできません」
「ヘステラ子爵のことか?」
「…………」
しばしの沈黙の後、クリネは「はい」と俯いた。
「あの方はたぶん、私を許していないような気がするのです」
「本人は許すといったのだろ?」
「口ではなんとも言えます」
「そうだろうか」
「え?」
「その時の状況をオレは知らん。どんな顔をして、そのジーバルドが言ったのかもな。だが、許すとは言ったのだ。クリネがどれほど罪の意識に苛まれているのか知らないが、言葉を信じるしかないだろ」
「はい……」
やはり、クリネの表情は煮え切らない。
宗一郎は筆を置いた。
「クリネ……。謝罪をするということは、2つの目的がある」
「2つ?」
「1つは他人に対して、自分の誠意を見せること」
「もう1つは?」
「ここだよ」
胸を指さした。
「自分……ですか?」
「そう――。自分を納得させるためだ」
「それは自己満足では?」
「誠意がなければそうなる。だから、自分が納得する形の謝罪を考えるというのも1つの手だ。出なければ、人は一生自分も他人も許せなくなる」
「自分が納得する形……ですか?」
「そうだ。クリネは自分をどう納得させればいいんだ?」
「あ……」
なんとなく……。なんとなくだが、何か1つ光明が見えてような気がした。
思わず頭を下げる。
「ありがとうございます」
「……何か吹っ切れたみたいだな」
「はい!」
クリネのすっきりした顔を見て安心し、宗一郎は再び筆を握った。
するとまたクリネから話しかけてきた。
「あの宗一郎様。……1つお節介なことを言っていいですか?」
「なんだ?」
「あの…………怒らないでくださいね」
「ん?」
「その、ちょっと……というか。ああ…………いや、かなりというか……」
「んん? なんだ、はっきりしろ」
「す、すいません。では単刀直入に――」
ごほん、と1つ咳払いすると、クリネは指さした。
「宗一郎様……。字ぃ汚いですね?」
「…………」
反射的に宗一郎は黙り込んでしまった。
自分の文字を見る。
オーバリアントで一般的に使われている公用語が書かれていた。
「汚いか?」
「はっきり申し上げて」
「そうか」
紙を広げる。
実は宗一郎の美的感覚からして、汚いという意識はない。むしろカカが送ってきた字の方が圧倒的に汚いと思っていた。
異世界に来て、少し困るのは現代世界との美的センスの違いだ。
少し字を崩すところに美徳があるらしいのだが、几帳面な宗一郎の字はどうしても角張って見える。それがオーバリアントの人にとっては、許せないらしい。
「よろしければ、私が代筆いたしましょうか?」
「…………。さほど重要なことではないが、クリネがそういうなら頼めるか?」
「はい」
小さな野花を思わせるような笑みを浮かべ、クリネは宗一郎から渡された筆を取った。
次の日、クリネは再びヘステラ子爵家が運営する温泉宿に赴いた。
「ダメです。許可がない方をお通しすることはできません」
「お願いします。どうしてもジーバルド様にお会いしたいのです!」
衛士と言い争いながら、必死に嘆願する。
ライーマードの片隅にひっそりと存在する静謐な場所で、衛士と少女の問答は続いた。
「何事ですか」
厳かな声は、門の中から聞こえた。
見れば、黒地のワンピースに白のエプロン。黒髪を垂らした女給仕が歩いてくる。
エタリヤだった。
「あなたは……」
あまり感情を露わにしない能面顔の眉間に、一瞬皺が寄った。
屋敷の中に通されると、エタリヤに玄関で待つように言われた。
おそらくあまり屋敷前で騒がれたくないのだろう。
「主に確認してきます」と言って、エタリヤは奥の方へと下がっていった。
白壁に金や宝石があつらえられた広い玄関ホールで待つこと少々……。
エタリヤはそろそろと戻ってきた。
「当主はただいま沐浴中です。今日の予定から言いますと、話せるのは今しかないかと」
「また湯殿に」
「そう言うことになります」
クリネはギュッと拳を握った。
屋敷に初めて来た時には、別人の顔でエタリヤを見つめた。
「構いません。案内してください」
と言った。
「これを」
脱衣所で渡されたのは、例の皮の服だ。確かジーバルドがスクミズと呼んでいた。相変わらず胸の真ん中には、「クリネ」と少し崩れた字で書かれている。
クリネは手を差し出した。
「いいえ。結構です」
ドレスのスカートをたくし上げ、靴下を脱ぐ。
エタリヤの静止も聞かず、浴室の扉を横に引いた。
戸車のカラカラという音が響くとともに、湯煙が入り込んでくる。
相変わらず、鼻が曲がりそうな独特な匂いが漂ってきた。
煙を払いながら、クリネはぴたぴたと足音を鳴らして、進んでいく。
痩躯の男が、縁に手を掛けて温泉に入っていた。
その光景は最初会った時と、全く一緒。血のような赤茶色のお湯も、湯船も変わらずあった。
違うのはクリネの格好だ。
緑の髪を一部赤く染めた頭が動く。
やはりジーバルドの顔は笑っていた。
「やあ、クリネ……。久しぶり――というわけではないか。知っていると思うけど、僕も忙しい身でね。こんな格好で失礼させてもらうよ。――と言っても、君は一度見ていると思うけど」
ジーバルドの挑発とも取れる発言に、クリネは眉1つ動かさずに言った。
「ジーバルド様……」
「なんだい?」
皇女は1つ息を吸う。
意を決し、二の句を告げた。
「デートをしませんか?」
…………。
「はあ?」
ジーバルドはもちろん、そっと扉の影から中の様子を伺っていたエタリヤも、皇女の唐突な提案に眉をひそめた。
ジーバルド、てめぇ!!
うらやましい!
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




