第20話 ~ 戦争が始まる。わくわくするね。 ~
第4章第20話です。
よろしくお願いします。
屋敷を出ると外はすっかり暗くなっていた。
ぽつんと門扉の前で立ちすくむクリネに、オレンジ色の明かりが当たる。
「クリネ」
顔を上げる。白銀のライトメイルを身に纏った姫騎士の姿があった。
「ライカお姉様……」
「なかなか屋敷から出てこないから、心配したぞ」
「申し訳ありません」
姉の方につむじを見せて、クリネは俯いた。
「何かあったのか……」
妹の様子がおかしいことに気づき、ライカは尋ねる。
クリネは頭を振る。
「何も……。ジーバルド様は協力してくれるそうです」
「そうか。それは良かった。よくやったな、クリ――」
労おうと、ライカはクリネの頭に手を伸ばしたが、すっと避けられた。
「……クリネ?」
「お姉様……。クリネはもう子供ではありません」
「?」
するとクリネはすたすたと暗い夜道を歩き出す。
「おい! ちょっと待て」
「ついてこないでください!!」
「え――――?」
いきなり大声を出されて、ライカは思わず息を飲んだ。
「1人で帰れますから」
そのまま一度も振り返ることなく、クリネは闇の中に消えていった。
姉妹のやりとりを屋敷の部屋から見ているものが、2人いた。
1人は屋敷の主ジーバルド・プロシュ・ヘステラ。
もう1人はその給仕エタリヤだった。
「やっと帰ったか……」
ジーバルドはカーテンを閉める。
執務室の机にどっかりと座った。
「エタリヤはどう思った、殿下の話?」
「信じがたい話ですが、ローレスト三国の物流が滞っているのも、蔓延した病魔によるものだと合点がいきます。世界の存亡云々はよくわかりませんが……」
「――だね。とにかく、彼女の話が本当なら、帝国がローレスト三国の支援に回ることになるだろう」
「すでに兵がローレストに渡ったという未確認の情報もありますが」
「たぶん、間違いないだろう。サリストの土地を長年狙い続けていたエジニアあたりが、事情を知って侵攻を開始した可能性が高い」
「仰る通りかと……」
「戦争が始まる。わくわくするね。そうなると市場が一気に動く。帝国から支援物資が送られるだろうから、食料品は軒並み高騰するだろうね。……ああ、そうそう。ローレスト三国でしか取れない宝石があったね」
「カラジオンのことかと」
「それも押さえよう。……忙しくなるよ。何せ60年ぶりの戦争なんだからね」
ジーバルドの口端がより一層広く、つり上がっていく。
その笑みを――いやいつも以上の笑みを、エタリヤは無表情のまま見つめていた。
「ところで、ご当主様」
「うん?」
「その……妖精の竪琴、と言いましたか? どうされるおつもりですか?」
「どうって?」
「ある場所の検討をついているとはいえ、新築の床を壊さねばなりませんが」
「ぷぷ……」
椅子の上で腰を折り、ジーバルドは大口を開けて笑った。
エタリヤは無言のまま聞いていた。
「君も、クリネも真面目だね。……ふふふ」
そして瞼を開ける。
藍色の瞳がかすかに光ったような気がした。
“子供の言うことだよ。真面目に取り合うわけないじゃないか……”
「ですが――」
「エタリヤ、もしかして情でも移ったかい?」
「そんなことはありませんが」
「彼女、可愛いからね」
「…………」
「心配しなくても、その竪琴とやらは見つけるさ。……いつやるかは、決めてないけどね。それに価値があるというなら、相場師は釣り上げるだけさ」
「あの子とは違って、あなたは全然可愛くありませんね」
エタリヤは呆れたように瞳を閉じる。
その当主は笑う。いや、笑っていた。
クリネがヘステラ家の温泉宿を訪れて、5日が経った。
「ヘステラ子爵は何をやっているのだ!」
苛立たしげに叫んだのは、ライカだった。
宿の食堂の中で、腕を組み、ぐるぐると回っている。
白い顔は真っ赤に染まっていた。
テーブルに突っ伏しながら、側にいたフルフルは顔を上げる。
手には酒が入ったグラスを持ち、別の意味で顔を赤くしていた。
「落ち着くッスよ、ライカ。宿の一部を取り壊さなきゃならないッスよ。そうそう早く出来ないんじゃないスかね。……ああ、たまに飲む昼の酒は格別ッスね」
「だが――仮にも帝国の皇女であるクリネが願いにいったのだ。帝国の子爵として相応の対応があってもいいだろう」
とますます鼻息を荒くする。
側で激怒する女帝である姉を見つめながら、クリネは立ち上がった。
「やはりもう一度、ジーバルド様に会ってきます」
「ダメだ! お前の責務は果たした。ここからは帝国と子爵の信頼の問題だ」
「けれど、あの方はまだ怒っているのかも……」
「気に病む必要はない。お前がしたことと、今回の件は関係ないのだ」
妹の小さな肩を叩く。
しかしクリネは勇気づけられるどころか、小さく息を吐いた。
「たく――。こんな時に、宗一郎はどこへ行ったのだ?」
「朝、手紙を出しに行くといって、まだ帰ってきてないッス」
「手紙?」
「……恋文だったりし――――」
バックに炎を燃やしながら、ライカがそびえ立っていた。
赤い顔を青くし、フルフルは一瞬にして酔いがさめる。
「じょ、冗談ッスよ」
「ふん!」
翻り、宿の入口の方へと向かう。
「ご主人を探しに行くんスか?」
「違う! ヘステラ子爵の宿だ。直接かけあってくる」
大股で宿の入口をくぐると、出ていってしまった。
「むふふ。ライカもまだまだ可愛いッスね。……ところで、クリネ。フルフルたちはもっと大人の遊びをしましょうか」
フルフルは手をわきわきさせながら、10歳の少女に近づいていく。
「すいません。私は……部屋に戻ります」
悪魔の誘いをあっさりと袖にして、クリネは宣言通り2階の部屋に戻っていった。
その夜――。
クリネはふと目を覚ました。
というよりも、寝付けなかったのだ。
屋敷から帰ってきて以来、眠れない日々が続いている。
どうしても色々なことが頭によぎる。それを考えていると、いつの間にか朝になっている。そんな生活が続いていた。
隣には姉が寝ていた。
スースーと寝息を立てている。
自分と似て、金髪に白い肌。目も同じ系統の色だ。
けれど、美人で、背も高く、胸も大きい。何より帝国の女帝という重圧に耐えるだけの精神力を持っている。
――私もいつかお姉様みたいな大人になれるのだろうか……。
最近、よく考えることの1つだ。
姉は女帝として、帝国を率いる存在になった。自分と8歳しか年が変わらないのに、だ。
では自分はどうだろうか。
役に立てているのだろうか。
お姉様の――何より帝国の。
やはり皇族という生まれに甘えた子供ではないのか……。
皇族でなければ、何も出来ない子供ではないのか。
ならば――。
こんな言い方はしたくないが――子供の時から商売をして、自立していたジーバルドよりも劣るのではないか。
――だから、ジーバルド様は私を許せないのだわ……。
こんなことを、クリネは毎夜考えていた。
「明日……。もう一度行こう」
そう決心し、瞼を閉じようとした。
ごとっ。
ふと何か下から物音が聞こえた。
一度閉じた瞼を開ける。側の姉を見ると、眠ったままだ。
「何かしら」
ベッドから降りる。
髪はそのまま、いつものピンク地のドレスを早着して、部屋を出た。
足音を忍ばせ、階段を下りていく。
食堂の方が、ぼうと明るくなっているのが見えた。
店主かしらと思ったが、そうではない。
見慣れぬ――いや、クリネにとってはもう見飽きるほど見た不思議な服装を着た男が座っていた。
テーブルに向かって、何か書き物をしている。
「宗一郎、様……?」
人影が揺れる。
黒い双眸がクリネを捉えた。
「すまん。起こしてしまったか?」
「あ、いえ……」
クリネは頭を振る。
「すいません。作業を止めてしまって」
「別にかまわん。気にするようなことではない」
「あの……。そちらに行ってもいいですか?」
「寝なくていいのか?」
「…………。このところ眠れなくて」
「……そうか」
と宗一郎はクリネに席を促した。
作者としては、子供のままでもいいのよ(無責任)
明日も18時に更新します。
よろしくお願いします。




