第16話 ~ 親分、かちこみやすか? ~
第4章第16話です。
よろしくお願いします。
「……へステラ子爵といえば、ここから西側を統治する子爵家だったはずだが。クリネ、覚えているか?」
呆然とする妹に話しかける。
クリネはぴくんと野ねずみのように震わせた。
「そ、そうでしたっけ?」
声をうわずらせ、何故か目をそらす。
あからさまに怪しい態度に、妹を見据えた。
「クリネ、何か隠しているだろ?」
「い、いいいいいいいえ。そんなことはありませんわ」
――動揺しすぎだろ……。
「バレバレではないか。やはり何か知っているのだな」
クリネはしゅんとして俯いた。
時折、姉や宗一郎の方を見ながら、親に叱られた子供みたいに様子をうかがっている。
「まあ、いい。今はクリネに対する詮索は後回しだ」
「宗一郎、少々甘いのではないか?」
「そのへステラ子爵とクリネの関係を問いただすことよりも、妖精の竪琴を探すことのほうが重要だろ」
「む!」
宗一郎の言い分は正論ではあったが、ライカは臍を曲げてぷいっと顔をそらしてしまった。
はあ、と息を吐き出し、宗一郎はフルフルに向き直る。
「場所はここで間違いないのだな」
「間違いないッス。……多分ッスけど、竪琴はあの屋敷の中ッスよ」
「ここに入らなければならないのか……」
――趣味の悪いラブホテルみたいな屋敷に……。
そう思うと、気持ちがげんなりしてきた。
「ともかく中に入ってみるッスよ」
フルフルは全くの無防備で門の前に立つ衛兵に話しかけに行った。
こういう時、TPOをわきまえない悪魔の存在がまぶしく映る。
「こんちゃーす」
まるで10年通っている行きつけの定食屋の主人に挨拶でもするかのように、フルフルは近づいていく。
フレンドリーに話しかける一方で、革製の鎧に、ショートスピアという出で立ちの衛兵たちは、怪訝な顔を浮かべた。明らかに警戒している。
「なんだ、お前は?」
「フルフルはフルフルっスよ。実は、この前ここに入った時に、忘れ物しちゃって取りに来たんスけど、入れてくんないッスかね?」
――さすがは悪魔だな! 嘘が自然すぎる……。
「はあ? ここは貴族御用達。しかもジーバルド様が特別懇意にしている方しか入湯を許されていない。お前のようなものが、この屋敷に入れるわけがないだろうが。とっとと帰った帰った」
あっさりと嘘を見破られた。
うまい嘘だと思ったが、似たようなことをして入ろうとするものがいたのかもしれない。
「うーむ。押してダメなら引いてみるッスか」
フルフルは次なる一手に打って出た。
「ねぇ、衛士さん……。ここ暑くないッスか?」
「別に、適温だと思うぞ」
「そうッスかね。……だって、フルフルのお股は汗を掻きすぎて、びちょ――」
ガン!
宗一郎は速攻で従者の頭を殴って気絶させる。
「し、失礼した」
一礼すると、引き返していった。
「ご主人、何をするんスか!? 折角、フルフルが身体を張ってお色気作戦を」
意識を取り戻したフルフルが顔を上げて抗議した。
「お前がお色気作戦するとろくなことが起こらないだろ」
「そんなことないッスよ。半死半生の寸止めぐらいにしておくッス」
「だから、それをやめろと言っているのだ」
「だったら、ご主人が相手してくださいよ。フルフルがどんだけお預け食らってると思ってるんスか! オタマジャクシって単語聞くだけで、2発はいけるッスよ」
――だから、それは病気のレベルだろ!
こほん……。
と咳払いが聞こえた。
見ると、ライカが宗一郎とフルフルの間に立っている。
「次は私の番だな」
「ライカがお色気作戦するッスか?」
「ば、ばば馬鹿なことをいうな!」
ライカの白い顔が真っ赤に染まる。
「私を誰だと思っているのだ。泣く子も黙るマキシア帝国の女帝だぞ。名前を出せば、衛兵の1人や2人跪かせることなど容易いことだ」
大きな胸を張る。
一同は思わず拍手を返した。
鉄靴を慣らし、衛兵の前に表したのは、金髪を揺らした少女だった。
「そこな衛兵、勤めご苦労!」
2人の衛兵はライカの存在感に圧倒されたのか、目をむいて呆然としていた。
その反応に満足したライカは得意げに鼻を鳴らし、二の句を告げた。
「我はライカ・グランデール・マキシア。マキシア帝国120代皇帝にして、女帝である。へステラ子爵にようがある道を空けよ」
………………。
静寂が打つ。
のどかな野鳥の声が聞こえてきた。
ぷ――――。
「「あははははははははははははははははははは……」」
突然、衛士たちは笑い始めた。
胸を反り、あるいは顔を引きつらせて、大声で笑い出す。
しばしぽかんと見つめていたライカも、とうとう眉間に皺を寄せて怒り始めた。
「な、何がおかしいのだ!?」
「こ、皇帝だってよ。ぷはははは……」
「……ここで門番やって、1ヶ月になるけどよ。そんな嘘をいって、温泉に入ろうとするヤツ初めてだわ」
「ええい! 嘘ではない! 門を開けよ」
「馬鹿か、お前は!」
一喝するライカだったが、逆に一喝されてしまった。
「女帝陛下がこんな辺境でお供もつけずにいられるわけないだろ」
「そ、それはお忍びで……」
「お忍びでも、その格好はないだろ。鎧なんて着て、冒険者みたいじゃないか」
「私は女帝であるとともに、姫騎士でもあるのだ」
「ああ……。なるほど、そう言えばそんなことを聞いたな」
「でもよ。俺が最近聞いた帝都の噂では、おてんばだった姫君は、女帝になられて随分とおとなしくなったらしい。おしとやかになられたとか」
「……わ、私は元々おしとやかだったぞ」
「あ。それ俺も聞いたわ。すごい気品があって、美人で……」
「あんたもまあ、そこそこ美人だと思うが、さすがに帝国の女帝と名乗っちゃいけないだろ」
そう言うと、衛士たちはゲラゲラと笑った。
本物のマキシア帝国女帝の前で……。
「ただいま戻った……」
皆の下に戻ってきたライカは、真っ白になって帰ってきた。
任せろと胸を張った女帝陛下の姿はなく、風が吹けばそのまま吹き飛んでしまいそうなほど、儚い姿になっていた。
ライカの肩に手を置いたのは、フルフルだった。
ぐっと親指を立てると。
「どんまいッス!」
励ますようにウィンクした。
ライカの緑の瞳から涙があふれ、フルフルの腰に抱きつくと、うおんうおんと泣き始めた。
さすがの宗一郎も困ったように黒髪を掻く。
「あの衛兵たち、なにげにスキルが高いな」
「親分、かちこみやすか?」
「誰が親分だ!」
手を銃の形にして、フルフルは見えない空砲を打ち抜いた。
マトーの場合はともかく、何の罪も犯していない貴族の屋敷に無断で踏み込むわけにはいかさない。
困っていると、後ろから声が聞こえた。
「私が行きます」
振り返ると、クリネが立っていた。
物憂げな顔は変わっていない。むしろ不安な感情がいくらか増幅しているように見えた。
「大丈夫なのか?」
宗一郎の質問に、クリネは黙って首肯する。
くるりとスカートを翻し、皇女は門番に近づいていった。
「あの……」
「なんだ? 今度は子供か」
「お願いします。ジーバルド様にご伝言だけでもお伝えいただけないでしょうか?」
「伝言?」
「はい……。クリネ・グランデール・マキシアが、謝りに来た、と」
深い緑色の瞳に涙をためながら、クリネは哀願する。
子供の純粋な眼に、衛士たちはしばし言葉を失った。
そして顔を見合わせる。小声で「どうする?」と相談を始めた。
しばらく待った後、衛士は返答した。
「わかった。後で伝えておいてやる。一応、泊まっている宿を教えろ」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げると、クリネは戻ってきた。
「どういうことッスか?」
「事情は後で……。ともかく一旦この場は離れて、宿に戻りましょう」
言葉は冷静だったが、皇女の顔は先ほどよりも意気消沈しているように見えた。
フルフルの病気がどんどんひどくなっていく……。
しばらくクリネを中心とした話になります。
お楽しみください。
明日も18時に更新します。




