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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第12話 ~ こいつ! 人間じゃない!! ~

第4章第12話です。

今日はマフイラの話です。

よろしくお願いします。

 1匹の獣人型のモンスターがドーラの城壁近くに現れた。


 体長はおよそ2メートル弱。

 灰色の毛並みに、ピンと立った耳。濁った緑の瞳に白目はなく、突きでた顎門からはナイフのような牙をのぞかせている。2本の足を大地に突き立て、鋭利な爪がついた手を前に出して構えている。


 いわゆる半狼半人(ライカンスロープ)――オーバリアントでは、ルカロと言われているモンスターだ。


 ルカロはしなやかな足首を動かし、時折吠声を上げながらドーラに近づいていく。

 心なしか行動に意志が感じられず、漠然とドーラの街を目指しているように見えた。


 すると、ルカロの視界が反転する。


 突然、足場が消え、真っ逆様に落ちていった。

 人間よりも数倍筋力があり、感覚が鋭いルカロも、空中で姿勢を変えることができず、2、3度空気を掻くと――。


 下に置かれていた針山に突き刺さった。


 2メートルもの獣人の腹を貫き、血が吹き出した。

 ルカロはあっさり絶命した。


「おおっ!!」


 地上までの距離は5メートル。さらに5メートル上の城壁からどよめきが起こる。


 エルフの少女と、黒のコートを纏った男が、針山にどす黒い血を献上したモンスターを見つめていた。


 ドーラギルドの職員マフイラ。そして現代最強魔術師が使役した悪魔ベルゼバブである。

 彼らの横には、街にいた冒険者とマキシア帝国から派遣された兵士たちが、同じく下を覗き込んでいた。


「いかがでしょうか? マフイラ様」

「凄いですよ、ベルゼバブさん」


 マフイラは珍しく興奮気味に賛辞を返す。

 ベルゼバブは赤い眼を細めて、口端を広げた。


「これなら、ドーラに入ってくるモンスターを防ぐことができますね」

「はい。しかも【体力】を削って【倒す】のではなく――いわゆる絶命ですから、湧き潰しもすることが出来ます」

「つまり、我々でもモンスターを【殺す】ことが出来るということですね」

「はい」


 今にも飛び上がって喜びそうなぐらい上気させたマフイラを見ながら、ベルゼバブはさらに頬を緩めた。


「すごいです。モンスターを倒す方法にこんな方法があったなんて」


 針山を敷いた穴はここだけではない。ドーラの街を囲う堀のように張り巡らされていた。さすがに城門近くに設置は出来ないが、飛行型モンスター以外はこれで【殺す】ことができる。


 針山を準備したのはベルゼバブだが、堀を掘ったのはドーラに残った兵士や冒険者たちだ。


 発案者は、宗一郎だ。ドーラを後にしてから、懸命の作業の甲斐あって10日で作業を終えた。ベルゼバブが戻ってきて、ようやく完成したというわけだ。


「モンスターは普通の武器では倒せないという先入観に囚われていたのかもしれません。……宗一郎様がいれば、『意識が低い』とか言われそうですね」

「いえいえ。モンスターが普通であれば、こんなトラップには引っかからないでしょ」

「……やはり、モンスターもゆめ――その……RPG病にかかっていると」

「おそらくは……。お気づきかと思いますが、モンスターの動きが緩慢であるとともに、単調です」

「ええ……」

「教会の中で徘徊している人間のように、モンスターも正気を失っている可能性は高いでしょう」

「…………」

「マフイラ様?」


 やや俯き加減のマフイラに、ベルゼバブは顔を覗き込み声をかけた。


 我に返ったマフイラは慌てて顔を上げる。


「す、すいません。ちょっとぼうとしちゃって……」

「お疲れでしょう。突貫工事でしたからね」


 ベルゼバブは改めてマフイラと側に控える冒険者や兵士を見つめた。


 満足に水浴びも出来ていないのだろう。

 顔や腕、防具を泥だけにして立っていた。


「大丈夫ですよ。……私はエルフの魔法を使っていただけですから」


 自前の一品だという樫のような材質の杖を振り上げた。


 わずか10日で街を張り巡る堀が出来たのは、ひとえにマフイラの掘削魔法による貢献が大きかったことは、他の冒険者から聞いていた。


「それでもですよ。……みなさんの身体を見て、我が主も『意識が低い』などとはいいますまい」

「珍しくいいこといいますね、ベルゼバブさん」

「珍しいというのは心外ですね」


 楽しそうにベルゼバブは応じた。


「ところで、宗一郎様が今どこにいらっしゃるでしょうか?」

「気になりますか、主のこと? ……マフイラ様もご同行なさればよかったかと」

「わ、私はその――――。職務がありますから」


 マフイラは眼鏡を曇らせる。


「ふふ……。意外と乙女なのですね。マフイラ様は」

「意外とってなんですか。これでも私、ギルド内では『美少女エルフ』ってことになってるんですから」

「自分でいいますか……。美胸(ヽヽ)であることは認めますが」


 鼻で笑いながら、ベルゼバブはお手上げと言わんばかりに肩を竦めた。


 もう! とマフイラは完全に拗ねてしまい、そっぽを向く。


 その時――。

 眼鏡越しに見えたのは、ドーラに向かってくる人の影だった。


 マフイラは目を細める。

 まだかなり距離があるため、容貌がはっきりしない。


「誰か遠眼鏡を」


 兵士から借りて、レンズを覗き込む。

 マフイラの様子を見て、ベルゼバブも赤い瞳を細めた。同じく兵士や冒険者たちも、胸壁に身を乗り出して注視する。


「人、よね?」

「そのようですね。入場させますか?」


 すっかりドーラのリーダー的な役割を担うマフイラは、即答を避けた。


 放浪中の冒険者というのが、手堅い憶測ではある。だが件の人影はすっぽり鈍色のフード付きのローブで覆われているため、人間と断じるのは難しい状況にあった。


 マフイラはすぐには行動せず、静かにドーラに向かってくる人影の動向を観察した。


 つと影が止まる。


 顔が動いた。こっちを見ているようだ。


 マフイラは思わず遠眼鏡から目を外した。

 かなりの距離があるというのに、一瞬フードの奥の双眸と視線があったような気がした。


 ぞくりと悪寒が走る。


 何か暗い感情を押し込められたような――鋭い感覚を感じた。


「走った!」


 兵士の1人が叫んだ。


 慌ててマフイラが遠眼鏡を覗き込む。


 人間とは思えないスピードで、真っ直ぐこちらに向かって疾走していた。


 ――魔法によるブースト?


 真っ先に考えたが、何かがおかしい。


 モンスターから逃げてきた――というならまだわかる。


 だが――あくまでマフイラの直感だが――逃げてきたというより、襲撃しにきたというふうに見えるのだ。


「どうしますか? 開けますか?」


 外門を開けるために兵士たちが準備を始める。

 なおもマフイラは遠眼鏡で様子を伺いつつ、手で「待て」と指示を出した。


 とうとう人影は城壁前に敷かれた堀までやってきた。


 立ち止まるか、と思いきや、大きく跳躍する。


 10メートルもある堀を楽々越え、さらに城壁にまで達すると、まるで蜘蛛のように取り付いた。


「こいつ! 人間じゃない!!」


 ようやくマフイラは確信した。


 抜剣を命じる。

 次々と冒険者と兵士は武器を取りだし、構える。


 その頃には、ローブをなびかせた人影は城壁のさらに上まで達し、太陽の光を背で浴びて、飛び上がっていた。


 タッ、と猫が木の上から着地でもするように静かな音が鳴る。

 2本の足が易々と歩廊に降り立った。


 ドーラの街で何百ものモンスターを屠った冒険者や兵士たちすら、曲芸のような動きにどよめきを禁じ得ない。


 マフイラは遠眼鏡を腰に差し、代わりに杖を握り、闖入者を睨んだ。


「ようこそ。ドーラ町へ」


 殺意と困惑が渦巻く中、1人涼しげな声を上げたのはベルゼバブだった。


 RPGでいう村の入口付近にいるモブのような台詞を吐くと、丁寧に一礼する。

 そして赤い瞳を光らせ、ローブを被った何者かを見つめる。


 対して、見つめられた方はさほど興味がない様子だった。

 鼻をひくつかせると、下の堀を覗き込む。


 ルカロの死骸を確認すると、一瞬憎悪のようなものが沸き立つのを、ベルゼバブは感じた。


 すぐに視線を外すと、今度こそベルゼバブの方を向く。

 オーバリアントの一般的な服装の中と比べると、珍妙な格好をした男を上から下まで舐め取るように観察する。


 それはベルゼバブも一緒だ。


 彼ほどではないが、なかなかの長身、そして細身の身体。今だフードの奥の顔を確認は出来ないが、体格からして女だろう。

 1つ気になるのは、女の頭の上に2つの――。


「お前たちがルカロを殺したのか?」


 突然、女の声が聞こえて、ベルゼバブ以外驚いた。


「だとしたら、どうです?」

「はっきり答えろ」

「正確には我々が殺したわけではありません。ルカロが勝手に穴の中に落ちたのです。……まあ、堀を掘って、針山を敷いたのは我々ですが」

「あいつはああ見えて賢い。こんな見え透いた罠に落ちるようなヤツじゃない」

「――だと思いますよ。病気でなければ、おそらくあなたのようにこの城壁を飛び越えてきたでしょう」

「病気? ……ルカロは病気なのか?」

「随分とモンスターの肩を持つような発言をされますね」


 ベルゼバブは目を細め、口角を釣り上げた。


 女は途端「…………」と黙ってしまった。

 もう一度、ルカロの方をみやるようなしぐさを見せる。


「あなた……。何者?」


 膠着しかけた状況に、一石を投じたのはマフイラだった。


「人間の動きじゃない。あなた、じゅう」

「そんな事はどうでもいい」


 マフイラの言葉にかぶせるように女は、言葉を継いだ。


「それよりもお前たちに聞きたいことがある」

「いきなりやって来て、答えをねだるのは少々ぶしつけかと思いますが」

「うるさい。黙れ」


 少々感情的になりながら、女は怒鳴った。


「お前たちに聞きたいことは1つだけだ」


 青空の下、その凛とした声はこだました。



「スギイソウイチロウ、という男はどこにいる?」



 突然、ドーラの街に在られたフード付きのローブの女。

 城壁を道具も使わず昇ってきた身体能力。

 モンスターを気遣うような台詞。


 常人とは違うある特徴――。


 その中で、場にいる全員がもっとも驚いたのは、女の口から杉井宗一郎という言葉を聞いたことだった。


そういえば、忘れていたなあ。

異世界と言えば、これじゃないか……って思いながら、

いまだに出ていなかった特性のキャラの登場です。


明日も18時に更新します。

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