第11話 ~ 陛下はまだ女の子じゃ ~
第4章第11話です。
よろしくお願いします。
マキシア帝国軍は、同盟国ローレスト三国を守るため、サリスト西の海岸へと向けて進軍していた。
周辺のモンスターを蹴散らしながら進んでいた帝国軍の歩みは順調そのものだった、が――。
「姫ェ! 後ろです」
「えっ!?」
ロイトロスの声が聞こえる。
ライカはハッと顔を上げ、振り返った。
獣人系のモンスターが、草むらから飛び出していた。
その身体能力を活かし、大きく跳躍する。姫騎士に大きな影が被さった。
ライカの身体は自然に動く。
モンスターの動きは、彼女からすれば大したことはない。
慌てることなく、身をかわした。
側面に回ると、細剣をモンスターに突き立てる。
赤い光が強く輝き、致命が判定される。
モンスターの【体力】がみるみると減っていき、水晶が割れるように消滅した。
「大丈夫ですか?」
同じく獣人系モンスターに片刃剣を突き立て、致命を取ったロイトロスは姫から女帝となったライカを案じた。
戦闘は概ね終了し、剣を鞘に収める。
「あ、ああ……。案ずるな。大事はない」
同じくライカも鞘に収める。冴えない顔をうつむけた。
最高司令官であるライカを守るように布陣し、行軍しているが、モンスターはどこから湧き出るか予想することは難しい。
突然、ライカの側に現れることだってあり得る。
彼女自身が強いことと、ロイトロスを初めとした精鋭部隊に守られているため、万が一もないが、強襲を受ければ陣は崩れ、一転ピンチを迎える。
先ほどの状況がまさにその一例だった。
だが、目に見えてライカの反応が遅かったことを、ロイトロスの鋭い炯眼が見逃すはずがなかった。
心ここに非ず……。
その理由も老兵は理解していた。
「陛下……。ご心配ですか?」
部下に引かれて戻ってきた馬の頭を撫でながら、ライカは振り返る。
かつてのお目付役で、今は直属の部下である老兵が何を言いたいのかすぐ察した。
やや鬱ぎ気味だった顔を引き締め、鐙に足をかけて跨る。
前を向く姿は、女帝然としていたが、ロイトロスは「らしくない」と心の中で評した。
「何がだ?」
言葉にはかすかに怒気が混じっていた。
ロイトロスも騎乗する。
同じ高さでも、老兵の方が少女よりも下に視線があった。
「らしくないと思ったので」
「先ほどの戦闘のことか? 確かにそうかもな……。軍を率いることなど、初めてのことなので少し緊張しているかもしれない」
自分の脈拍を確かめるように白銀の鎧に収まった大きな胸に手を当てる。
「いえ、そのことではありません……」
「だったら、なんだ?」
指示を出し、行軍が再開される。
長い隊列をなした帝国軍が、ゆっくりと前へ進み始める。
その波に揉まれるように、ライカの馬も歩き出した。
「何故、宗一郎様について行かれなかったのですか?」
「…………。またそのことか?」
緑の瞳が、風雨にさらされた枝葉のように揺れた。
小さな口元を引き締め、動揺を隠すように前を向く。
「行ったはずだ。帝国軍を率いると決めた以上、それを見届けるのは総司令官である私の責務だと――。宗一郎も納得してくれた」
「心配ではありませんか?」
「くどいぞ、ロイトロス」
「では、今の陛下の状態を知れば、宗一郎殿はどう思いますか?」
「…………どういう意味だ?」
「不意打ちとはいえ、下級のモンスターに後ろを取られた。あなた様は若くていらっしゃるが、この兵の中でもトップクラスの戦績をお持ちだ。それはレベルという結果にも現れておられる」
「…………」
「そのあなたがよそ事に囚われ、下級モンスターに背後を許した。大事にならなかったとはいえ、お優しい宗一郎殿が望むこととは思いますまい」
「周りくどいことを言わずはっきり言ったらどうなのだ!? ――私は邪魔だ、と!!」
女帝は激昂した。
瞳を燃え上がらせ、ロイトロスを睨む。
しかし老兵は泰然自若とし、その纏う空気に一変の揺らぎも見せなかった。
静かに瞼を閉じる。
「有り体に申せば……」
「貴様!!」
はっきりと言われて、ライカはなお怒鳴る。
ロイトロスは白眉から目を上げて、顔を赤らめた主君を見上げた。
「本当であれば、あの方に皇帝になってほしかった」
「な……なんだと…………。ロイトロス、今なんと――」
「あの方の元で働いてみたかった、と言ったのです」
「私の元では不服だというのか!」
「陛下は宗一郎殿よりも優秀だとお思いか」
「うぐ……」
「ですが、宗一郎殿は皇帝の器ではない」
「そ、そんなことは――」
弁護しかけて、ライカは慌てて口を噤む。
「あの方にはマキシアは狭すぎる。オーバリアント……。いや、すべての世界で頂点に立てるお方だ。わしはそう思いました」
「……その、通りだ。私もそう思う」
「しかし、その道は困難を極めるでしょう。……その時に支えることができるのは、あの方が心を許した陛下しかいらっしゃいません」
「…………だが、私には皇帝の――――」
責務がある――そう言いかけた時だった。
「おい! こやつ、陛下ではないぞ!」
ロイトロスが突然、叫んだ。
ライカを睨む。
敵兵でも見つけたかのように殺気を膨らませた。
「ロイトロス……。お前、何を言って――。私はライカ・グランデール・マキシア! マキシア帝国の女て――」
「先ほど帝都から書状が届いた。女帝陛下は帝都にいらっしゃるそうだ。つまり、この目の前にいるのは、女帝陛下の名前を語った偽物だ」
周辺の兵がざわめき始める。
自然と行軍が止まり、皆一斉に偽陛下と指摘されたライカを指さした。
「貴様! 何者だ! 陛下の名前を使い、我々を謀るとは! 万死に値する!」
ロイトロスはとうとう剣を抜いた。
老兵のあまりの迫力に、周りの兵たちもおろおろしながら、武器を構える。
その視線は女帝ライカに向けられていた。
「ロイトロス、お前……」
「偽物に気安く呼ばれるような間ではない。大人しく捕まるがよい!」
じりじりと詰め寄ってくる。
ロイトロスの目は本気だった。
何か魔法にかけられたのではないかと思ったが、そうではない。
本気で――ライカを逃がそうとしていた。
この布陣から……。
そして皇帝の責務から。
――お前、というヤツは…………。
ライカは静かに目を閉じ、揺らいだ心を落ち着ける。
再び緑色の瞳を空けるのに、さほど時間はかからなかった。
手綱を引く。
馬の腹を打った。
前足を上げ、大きく嘶く。囲みの薄い部分に向かって猛進する。
唐突な行動に、兵たちの対応が追いついていない――ように見える。
そのまま槍兵たちの上を跳躍する。
あっさりと帝国軍の囲みを突破し、ライカは走っていった。
その姿はおぼろになる頃になって声がかかった。
「追いますか?」
愉快げに尋ねたのは、若い副長だ。
「追いたいか?」
「ご命令とあれば……」
「意地悪な言い方じゃのぅ?」
「それを言うなら、閣下の方でしょ」
「こうでもせんと……。あの方は決心がつかなかっただろう」
「本当によろしかったので?」
平原の向こうに消えた馬体を見送った後、ロイトロスは馬頭を返した。
「陛下にはまだまだ成長してもらわねばならん」
「それならば、戦場を学んでもらった方が良いでは?」
「一理ある。……だが、宗一郎殿の側でしか学べないこともある」
「はあ……」
「すでにあの方は優秀だ。騎士としても、そして皇帝としても。だが、ただ1つ未熟な部分がある。お主になんだかわかるか?」
副長は顎に手を当て考える。
いくつか答えを並べてみるが、ロイトロスはすべて不正解だと言った。
「では、何ですか?」
「陛下はまだ女の子じゃ」
「は――――?」
「“子”をとって、“女”として成長してもらう。そのために、好いてる男の側以上の環境はあるまいよ」
「なるほど」
副長は含み笑う。
会話を聞いていた兵士たちも口を押さえて笑った。
「笑うところではないぞ。お主ら」
「……ロイトロス様の口から、そんな達観した意見を聞けるとは思えなかったので」
「な――! なに言う! わしはこれでもお主らより倍は生きておるんじゃぞ」
酒に酔ったように赤くなり、ロイトロスは怒鳴り散らす。
兵はますます笑った。
浜辺へと続く街道で、帝国兵の笑声がこだました。
ロイトロス、グッジョブ!!
明日も18時に投稿します。
よろしくお願いします。




