第9話 ~ オレの身体はそんな柔ではない ~
第4章第9話です。
ちょっといつもより短めです。
帝国軍が西へと侵攻したのを見送った後、宗一郎はフルフル、ベルゼバブ、クリネを伴って王都ローレスに来ていた。
ちなみにライカは軍に帯同している。
宗一郎は以前、ここに来ている。
プリシラによって洗脳状態にあった時と、その後に旅立った時だ。
その時に比べれば、ローレスの城下町は一変していた。
まず人の気配がない。
やせ細った野犬や、黒羽の野鳥がけたたましい声を上げて鳴いているだけだった。
建物も災害やモンスターの襲撃があったわけでもないのに、朽ちて綻びているような気がした。
何よりも街に満ちた静寂が、耳に痛い。
「街の住民はどうしている?」
宗一郎はベルゼバブに尋ねた。
「すべて城に避難させています。……意識がある冒険者や非感染者の方は各地の教会に」
「わかった。……城へ行きたいのだが」
「かしこまりました」
ベルゼバブを恭しく頭を下げた。
ローレスの城に赴くと、ベルゼバブの言うとおり、かなりの住民が城の中を徘徊していた。
「ベルゼバブ様」
と声をかけるものがいた。
非感染者らしく、徘徊している感染者の介護に当たって、ベルゼバブを手伝っているらしい。
心なしか胸の薄い娘が多いのは…………気のせいではないだろう。
玉座がある謁見の間へと赴く。
赤い煉瓦が敷き詰められた床を歩くと、そこには数人の兵士が直立不動で立っていた。宗一郎が取らないでいた宝箱もそのままだ。
玉座には以前の記憶そのまま――赤いジュストコールに、虎模様の羽織を肩にかけている。頭に被った王冠は、きらびやかな光を帯びていた。
しかし、肌は青白く、髭を蓄えた厳格な顔もげっそりと肉が落ちているような気がした。
「ローレス王、ご無沙汰しております。先代カールズ帝の次女クリネでございます。5年前、我が国にお越しになられた時に、1度ご挨拶させていただきました。その折には大変無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ありません」
クリネは儀礼に則り、王の前で傅いた。まるでその成長ぶりを見せつけるような完璧な所作だった。
だが、ローレス王は何も言わない。
ただじっと前を向き、何も言わなかった。
「やはりローレス王は……」
その反応を見たクリネは立ち上がる。しょんぼりと肩を落とした。
小さな肩に手をのせたのはベルゼバブだった。
「クリネ殿下、あなたのせいではありません。どうかお気を落とさず……」
「ありがとうございます、ベルゼバブ。まともなこともいえるのですね、少し見直しました」
「おや? いつ私がまともではない発言をいたしましたでしょうか?」
「ええ……。すでにその発言がまともではないのですけれど」
クリネの笑顔はにこやかだったが、その背後に血なまぐさい感情を感じずにはいられなかった。
「だいぶ衰弱しているようだが、大丈夫か?」
「率直にいいまして、現代世界にある医療機器を使えれば別ですが、オーバリアントではこれが精一杯の状況です」
いくら悪魔の王といっても、ベルゼバブも万能ではない。
医療機器を作れる知識や技術があっても、それを作るための材料や機材を調達できなければ、作製は難しい。
ひとえに栄養剤の点滴といっても、多種多様な材料が必要になる。
科学的な検証がされていないオーバリアントで、それらを1から集めるのは、膨大な時間が必要になり、間に合わないという結論に至ったらしい。
「ならば、重症患者には魔力を分け与えろ。オレの魔力を使ってもかまわん」
「いや、それでは主への負担が……」
「そうッスよ。フルフルやクローセル、大食いのベルゼバブ様もオーバリアントに召喚したんスよ。悪魔にかける魔力供給量がすでに半端じゃない数字になってるッス。……さらに魔力の供給を上げるなんて、自殺行為ッスよ」
「あの……。よく事態が掴めていないのですが、宗一郎様の身体はどこか悪いのですか?」
口論する3人に、クリネが割ってはいった。
「フルフルたち悪魔は、召喚契約と同時に召喚主から魔力をもらう契約になってるッス。……ご主人の魔力の貯蔵量は化け物級なんで微々たるもんなんスけど、ここんとこ、大きな戦いが続いたから回復が間に合ってないんスよ」
「そんな……」
「加えて、現代世界とオーバリアントでは地脈の流れが違うため、現代世界で有用な魔力回復方法が試せませんからね」
ベルゼバブが補足した。
「案ずるな。……オレの身体はそんな柔ではない」
「ですが、あまりご無理をなさるのは……」
「心得ているよ。ありがとう、クリネ」
ポンと、濃いブロンドの髪に手を置く。
クリネは顔を真っ赤にしながら、宗一郎を上目遣いに見つめた。
「それよりもクリネ……。1つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「王に娘がいるか?」
「え、ええ……。ローランという姫君がいたはずです。私はまだお会いしたことがないのですが。確か私より5つ年上だったかと――。そういえば、お見かけしませんね。城内にいるはずなのですが」
「やはりか。ベルゼバブ、調べているか?」
ベルゼバブは懐から書類の束を取り出す。
資料を何枚かめくり、確認した。
「はい。残念ながら、城内はおろかローレスト三国のあちこちを探しましたが、発見できませんでした」
「おそらく魔王軍にさらわれたのだろう」
「そ、そんな!」
「案ずるな、クリネ。いる場所はだいたい検討がついている」
「オーガラストッスね」
「あの洞窟にいるのですか?」
やっと思い出した。
宗一郎が見た白い髪の少女。あれはローレスの姫君だったのだろう。
あの時、すでにローランはRPG病に犯されていたのだ。
「早く助けにいかなければ」
「逸るな、クリネ。姫君は絶対に助ける。だが、手順を踏まなければ、以前の二の舞になる」
「それが『げぇむ』というもののルールなんですか?」
「その通りッスよ」
「なんとも意地悪なんですね」
クリネは頬を膨らませる。
「よし。現状の確認は出来た。そろそろ出発しよう」
「え? もういかれるのですか? 少しお休みになられては」
「一刻の猶予もないからな。ロイトロスやライカが頑張っているのだ。オレが休むわけには――」
【睡眠魔法】ウィクノス!
クリネが花蕾の杖を掲げた。
「く、くりね……。お前…………」
仲間の思わぬ不意打ちに、宗一郎は為す術なく眠りに落ちてしまった。
赤煉瓦の上に、俯せになって倒れる。
「ごめんなさい。宗一郎様」
「何を言うんスか? グッジョブっスよ、クリネ様」
「私からもお礼を申し上げます、クリネ殿下」
謝罪する姫君の頭をフルフルはわしゃわしゃとなでる。
その横で、ベルゼバブが深く腰を折った。
「こうでもしなきゃ。死ぬまで働きそうッスからね。相変わらず意識が高すぎるッス」
3人は眠ってしまった宗一郎の顔をのぞき込む。
子供のように安らかな寝顔だった。
先にネタバレしておきますが、ライカは戻ってくるのでご心配なく。
明日も18時になります。
よろしくお願いします。




