第8話 ~ オレは異世界最強になる ~
第4章第8話目です。
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光り輝く泉から現れたのは女神――もとい、白髪の老人だった。
無骨な黒鉄のプレートメイルを着込み、腰には長短1本ずつ片刃の剣を指している。頭には鉢金を巻き、深い白眉から鋭い眼光を飛ばしていた。
背筋は曲がり、お世辞にも筋肉質とはいえない細い手足だが、四方どこから伺っても隙はなく、立ち居振る舞いは達人の域にあった。
「よっこらせ」
というかけ声とともに泉から出る。
濡れた水を払った後、顔を上げた。
老兵の目に、スーツという着物を着込んだ青年の姿が映った。
「おお……。勇者殿。随分と早い再会でしたな」
「ロイトロス、それは皮肉か?」
宗一郎は片方の眉をつり上げた。
老兵は豪快に笑う。
「許してくだされ。勇者殿おかげで、山のように仕事を任されましてな。皮肉の1つでも言わないと気が済まんのです」
「それならオレではなく、お前に仕事を与えた陛下にいうのだな」
「私が何か――?」
宗一郎の影から、姫騎士の少女が進み出る。
「ひ……あ、いやいや……。ライカ陛下、いらしていたのですか?」
「家臣が遠路はるばるやってくるのだ。労って当然だろう。それともロイトロスは、書斎で書類の整理をしておく方が望みだったか?」
「め、滅相もございません! 久しぶりに大暴れできるかと思うと、5歳ほど若返った気分ですわ」
ロイトロスはまた声を上げて笑う。
「相変わらずのようだな」
「ええ。この通り、ピンピンしております。勇者様のおかげでまた戦地で戦うことが出来ます。有り難いことです」
そう言うと、ロイトロスが出てきた泉から次々と兵士たちが出てくる。
皆、少々戸惑いながら、一列になって旅人の祠から出て行った。
「少々効率が悪いですが、帝都から1ヶ月かけてやってくるよりは、易いでしょう。安全ですしな」
「ロイトロス、いくつ集めた?」
「ゼネクロにも頼んで、7000集めました。ご不満であれば、もう少し集めますが」
「いや。今のところは、それで十分だ」
「仰せの通り、兵士すべてを冒険者として登録しておきました。それでよろしいのですな?」
RPG病がローレスト三国に蔓延している限り、帝国の兵士も感染しないとは限らない。まだ推測段階ではあるが、兵士たちにはそれぞれ冒険者として登録してもらうことになった。
「ああ、苦労かけてすまないな」
「何の……。勇者殿のためなら、老骨にむち打つなど容易いことですよ。エジニアの様子はいかがかな?」
宗一郎は一度ライカの方に振り返る。
何か示しを合わせるようにお互い頷くと、もう一度向き直って告げた。
「お前に……。もう1つ頼みたいことがある」
「……なんなりと」
ロイトロスは片目を開けて、頷いた。
「なんと……。戦うな、と仰るのか?」
ドーラの街までやってきた帝国軍――その軍団長に任ぜられたロイトロスは、街の衛兵の駐屯地の一室で声を上げた。
駐屯地に衛兵はいない。すべてRPG病にかかり、武器を取り上げられて教会の中を徘徊している。
またモンスターの襲撃も、宗一郎たちの活躍により散発的になった。
街に残った冒険者と、100人ほどの帝国軍で今後、十分対応できるはずだ。
おそらく駐屯兵団の司令室と思われる部屋で、ロイトロス、宗一郎、ライカ、クリネ、フルフル、ベルゼバブ、そして数人の若い士官が車座になって座っていた。
時はもう夜。
室内は蝋燭の明かりに照らされていた。
宗一郎はおもむろに口を開いた。
「戦うな、とは言わない。死傷者は0にしたい、ということだ。味方も敵もな」
「しかし、それはさすがに不可の――」
禁句を言いかけて、ロイトロスは口をふさいだ。
宗一郎は笑いもせず、言葉もかけようとはしなかった
やや伏せ目がちに俯き、「すまない」という謝罪が今にも飛び出してきそうなほど――唇が震えていた。
「無理は承知なのはわかっている。自分のエゴだということもだ。だが、ロイトロス……。お前にしか頼めないのだ」
と宗一郎は頭を下げた。
右に巻いた勇者のつむじを、老兵は初めてみたような気がした。
「理由をお聞かせ願いませんか?」
ロイトロスはなるべくニュートラルな気持ちで尋ねた。
宗一郎は頭を上げる。
老兵の目を見て、告げた。
「オレは戦争が嫌いだ。人殺しそのものが嫌いだ。……故に――正直にいうが――ロイトロスのように戦場で死ぬことを由とするような武人も嫌いだ。それを美化することもな」
「…………」
「オレは現代世界では、その戦争をやめさせるために奔走した。それを0にすることは出来ないが、手段を絶つことは出来た。オレの力は、そうした自分の欲望を果たすために生まれたものだ」
「つまり、勇者殿はあなたの世界で実現させたことを、このオーバリアントでも達成したいということですかな?」
「最初からそうだったわけではないがな。……どちらかと言えば、物見遊山のつもりだった。それがこの世界の呪いを知り、歴史を知り、人を知り、愛する人を知り、そしてオーバリアントそのものを知り、その考えに徐々に近づいていった」
「世界を救いたい、と――」
ロイトロスの言葉に、宗一郎は軽く首を振った。
「いや、もっと強欲的なものだ」
「強欲的……?」
“オレは異世界最強になる”
司令室に凜と響き渡る。
宗一郎の言葉は続いた。
「オレはオーバリアントで誰もが知る最強になりたい。オレの名前を聞くだけで、武器を自ら置くような――そんな最強になりたいのだ」
誰もが絶句していた。
目を丸め、1人の人物に視線を投げている。
違う――。
ただ1人だけ、宗一郎の言葉を聞いて、笑みを浮かべているものがいた。
隣に座るライカだ。
「ふふふ…………。あ――っはははははははははははははははははは!!」
大口を開けて笑ったのは、ロイトロスだった。
黒鉄の膝当てをバシバシ叩きながら、高笑いを続ける。
眉や髭についた涙をごしごしとぬぐいながら、老兵は言った。
「戦わずして勝つか……。なるほど。――であれば、確かに異世界最強というわけですな」
「だが、あくまでそれはオレのエゴだ。……だから、お前に求めるのは――」
ロイトロスは手を掲げ、宗一郎を制した。
「それ以上はいわんでくだされ。相わかりもうした。その条件、見事果たして差し上げましょう」
「良いのか?」
「勇者殿の覇業をお手伝い出来るのです。これほど誉れなことはありますまい」
「すまない。この恩はいずれ……」
「恩ならもうすでにもらっております。勇者殿のおかげで、まだ孫の顔を見ることができております。女神の尻を見るのも楽しみですが、わしにはその方があっているようです」
「そうか……」
宗一郎はようやく笑みを浮かべ、ホッと胸をなで下ろした。
ロイトロスは座ったまま身体を回転させ、ライカに向き直った。
一礼する。
「陛下……。下知を賜りたく存じます」
「うむ」
ライカは立ち上がり、細剣を引き抜いた。
儀礼的な所作を施すと、ロイトロスの肩に置く。
「ロイトロス・パローズに命じる。同盟国であるローレス、サリスト、ムーレスの守護に着き、侵攻してくるエジニアを迎え討て。ただし、敵味方の損害0でとどめることを厳命する。これは勅命である!」
「ははっ!!」
ロイトロスは深く頭を垂れるのであった。
ちょっと短いですが、今日はここまでです。
明日も18時に更新です。
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