第7話 ~ 何故、私を使わない!! ~
第4章第7話です。
多少のメタ要素があるので、苦手な方はおきをつけください。
よろしくお願いします。
部屋に入ると、ライカは脇目も振らず、机を回って宗一郎に近づいた。
机を叩き、自分にプロポーズをした男を睨んだ。
「水くさいぞ、宗一郎……」
「ら、ライカ……。何を怒っているのだ」
「怒っている? ああ、そうかもな。私は怒っている」
「な、何故だ?」
「……わからんのか? ならば、はっきり言ってやる!」
“何故、私を使わない!!”
「え……?」
その微妙な――いや、むしろど直球の言葉に、宗一郎は目を丸くし、冷や汗を垂らした。
「ら、ライカ、おおお落ち着け! 何もこんな場で言わなくても」
「今、言わなくて、いつ言うというのだ!」
「待て待て。まだ陽も高いのに――」
「太陽の高さなど関係ないだろう!」
「うおおおおおおおおお!!」
滝のように涙を流しながら奇声を上げたのは、フルフルだった。
「とうとう……。とうとう……。ライカが覚醒したッス!」
「ふ……。なかなかやるではないか、牛乳娘……。このベルゼバブ、いささか見くびっておりました」
「無指定でやってきたこの作品も、とうとうR18指定になるんスね。……その指定があるために、フルフルがどれだけ涙を飲んだか!」
やめろ!!
「ならば、このベルゼバブ! 腕によりをかけて寝具を作らねばなりません! 手始めに1分間に18000回転も回るピンク色のベッド!」
――F1のエンジンか!!
「ちょ、ちょっと待て。R18? 寝具? なんの話をしているのだ?」
ライカは金髪を揺らして、首を傾げた。
「またまたぁ。ライカ、とぼけちゃって。それともなんスか? R18にも載せられない犯罪的なプレイをお望みッスか?」
「それとも青○がお望みですかな。ならば、首輪をご用意いたしましょう」
「プレイ? 首輪? ……いや、ちょっと待ってくれ。絶対、お前たち何か勘違いしているぞ」
ようやく自分の言葉を曲解されていることに、ライカは気づく。
助けを求めるように、宗一郎の方を向いた。
宗一郎は珍しく顔を赤らめてから……。
「その、なんだ…………? ライカ……。お前、使うっていうのは…………」
――ダメだ! 絶対にこんなこと言えない!
黙りこくってしまった意気地がない男を諦め、恐る恐る2匹の悪魔の方を向いた。
2匹は顔を見合わせた後、事も無げにこう言った。
「ご主人の○○○になるってことじゃないんスか?」
「ご主人様の○○○になるということではありませんか?
――――――――――――――――――――――――――――!!
ライカは電池でも切れたロボットのように呆然とした後。
火山のように噴火した。
「貴様らぁあああああああ!!!! 全員なおれぇええええええええ!!」
第120代マキシア皇帝にして、帝国初の女帝は、後に述懐する。
この時ほど、我を忘れて怒り狂ったことない――と。
「まったく! お前たちはどうしてそうなんでもかんでも、性知識と結びつけるのだ。学校入学前の子供か!!」
宗一郎は、従者と揃って硬い石床に正座させられていた。
目の前には顔を真っ赤にした女帝ライカ。くびれた腰に手を置き、片方の手には鞘に収まったままの細剣を握られている。
「この悪魔たちはともかく! 宗一郎まで! 少し女子にモテるからって、私をその…………性の、は、ははは掃き――――ああ、もう! 言葉にするのもいかがわしい!」
「す、すまない」
宗一郎は肩を落とす。
現代最強魔術師が、正座させられた挙げ句、年下のプロポーズ相手になじられている。現代世界の各国代表者が知ったら、さぞかし笑いのネタにしただろう。
「きっとご主人は、ライカと生活するようになったら、尻に敷かれるタイプッスね」
「あなたと思考を等しくするのは不本意ですか、その点については同意です」
「お前たち、聞こえているぞ……」
赤く充血した目を燃え上がらせて、主の後ろでこそこそと話す悪魔を睨んだ。
「それとも何か? 宗一郎の世界は、それほど性が奔放な状態にあるのか?」
「いや、そういうわけではないのだが……」
「子供を産む行為は尊いものだが、遊びでするようなものでは……」
「硬いッスねぇ」
「ええ……。ダイヤモンドよりも硬いですね」
「お前ら、黙れ!! お前たちがいるから、さっきから全然話が進まないではないか!!」
今度は宗一郎が怒りを爆発させる。
しかし、その程度で引き下がるほど、2匹の悪魔は甘くない。
「いやいや、でもぉ……。やっぱり子作りは重要ッスよ。マキシア帝国が滅亡しちゃうッス」
「夜の営みをなめてはいけませんよ、我が主。離婚の原因になります。むしろ虐待だという意見も――」
パン、と宗一郎が床に置いたのは、1冊の聖書だった。
「よおし。ならば、貴様らがそういうのであれば、誕生をテーマに、旧約聖書を音読してやろうか」
「ぎやぉあああああ!! それだけはやめるッス!!」
「私も御免被ります。それなら、この平たい床を舌でなめている方がずっとマシです」
「ならば、静かにしろ! そして今後、この話題をするようなら、聖書をスピードラーニングさせてやるからな」
主の本気の目に、ようやくフルフルとベルゼバブは素直に頷いた。
閑話休題――。
「改めてすまない、ライカ」
宗一郎は頭を下げる。
ライカは軽く咳を払った。
「ま、まあ……。知らなかったこととはいえ、私もややこしい言い方をしてしまった。それについては、謝罪する」
「それで――改めて尋ねるが、お前を使えとはどういう意味だ?」
「宗一郎、逆に聞くが私は誰だ?」
「ライカ・グランデール・マキシア……だ」
「そうだ。お前の……まあ、恋人であり、そして何よりも――」
“マキシア帝国皇帝だ”
「言われるまでもないが……」
「まだわからないのか?」
帝国の紋章が施された鞘を真っ直ぐ宗一郎に向けた。
「マキシア帝国を使えと言っているのだ。ひいてはマキシアの軍をだ」
「それは嬉しい申し出だが……。マキシア帝国を巻き込むわけには」
「皇帝がここにいる時点でマキシアはもう巻き込まれている」
「だが、お前は――」
「理由はまだある。ローレスト三国は同盟国だ。盟友がこのような状態である以上、助力するのは当然の責務だ」
「わ、わかっているが……。それでも軍を動かすのは危険すぎないか?」
「それなら、大丈夫じゃないッスかね」
2人の間に割って入ったのは、フルフルだった。
「確かに帝都から軍を動かすのは難しいッスけど、旅人の祠を経由すればいいんじゃないスか? ねぇ、アフィーシャたん」
宝石の中で寝ていたアフィーシャは瞼を開ける。
「軍を率いるのに使われた例はないけど。……まあ、原理的には問題ないんじゃないかしら……。ふあぁ」
眼をこすりながら、大きく欠伸する。
あれほどの舌戦が繰り広げていたのに、熟睡していたとはなかなか胆が据わっている。
「ローレストの領土内に入れば、モンスターも弱いし、行軍の妨げにもならないんじゃないスかね」
「…………」
「…………」
宗一郎とライカは黙って、フルフルの意見を聞いていた。
確かにそうだ。
旅人の祠を使えば、ずっと楽に行軍も出来るし、危険も少ない。
それでも皆無ではない。
「だが、ライカ……。先の戦いの事後処理がまだ終わらぬうちに――」
「ご主人!」
ぴしゃりと言い放ったのは、またもフルフルだった。
「これ以上、ライカを怒らせると、本当に婚約解消しちゃうッスよ」
「――――!」
「ライカは恩を売りたいわけでも、恩を返したいわけでもないッス。まして皇帝の責務として、同盟国を助けたいとも……。ただ――ご主人が困ってるなら、助けてあげたい――その一心なんスよ」
「そ、そうなのか?」
宗一郎は気づいて、改めてライカを見上げた。
当人はじっと見つめると、大きく「はあ」と息を吐き出した。
「そなたは少し鈍感なところがあると思っていたが、どうやら少しどころではないようだな」
「それはプロポーズを受ける前から気づくべきッスよ」
フルフルはケラケラと笑った。
「宗一郎……」
「は、はい」
少女の深い威厳ある声音に、宗一郎は思わずかしこまる。
「そなたは縁もゆかりもないマキシア帝国を救ってくれた。スペルヴィオやオーバリアントのモンスターからも、身を挺して助けてくれた。そこにそなたなりの理由があったのかもしれないが、私の目にはただ困ってる人を助けたいという意志しか感じなかった」
「…………」
「何よりそなたは私がずっと我慢していた気持ちを解き放ってくれた。……それは感謝してもしきれないものだ」
ライカは胸当てに手を当て、ぎゅっと握る。
あの時の唇の味を思い出すように、そっと目を閉じた。
「つまり、私もそなたになりたいのだ。困っている人が見れば、助ける。でも、決して甘やかさず、厳しい人間に……」
“私もまた……。そなたのように意識の高い女になりたい”
「…………」
宗一郎は目を丸め、しばし呆然とライカを見つめていた。
そして唐突に――。
「ぷっ」
と吹き出し、高らかに笑い出した。
真っ赤になったライカを見つめる。
「それは困る」
「な、何故だ?」
「オレは優しい女が好きだからだ」
「な――――!!」
「正直、オレが女ならオレのような男を好きにならないだろう」
「いや、ちょっと……。宗一郎!」
思わず怒鳴ってしまった。
宗一郎はフッとまた笑った。
「お前がオレのようになりたいなら止めはしない。それでもオレはお前を愛しているからな」
ぼっひゅん……!
奇妙な擬音がライカから聞こえ、心なしか頭の上から湯気が上がっているように見えた。
「ば、ばばばばば馬鹿者……。こ、こんな人がいるところでそんな――」
「何言ってるんスか? 帝国国民の目の前でキスシーンを演じた皇帝陛下がいうことじゃないッスよ」
「それはそうなんだが……」
ついにライカは剣を下ろし、赤くなった顔を隠すように伏せた。
「けど、天使ならともかく……。悪魔の前でのろけないでほしいッスよ」
「つくづく今日はフルフルと意見があって不快です。とりあえず、牛乳娘は死んでください」
フルフルが肩をすくめる一方、ベルゼバブは親の仇でも見るかのように赤い瞳を光らせた。
「で――。宗一郎……。そなたの返答はどうなのだ?」
「……わかった。言葉に甘えさせてもらおう」
ライカの顔が途端に光り輝いた。
「頼んだぞ、ライカ……」
「うむ。任せておけ!」
どん、と叩くと、その大きな胸が揺れた。
計3回ほど読み直しをしているのですが、
何故かいつもライカの「太陽の高さなど関係ないだろう!」に笑ってしまう――変な場所に笑いの壺のある作者です。
明日も18時になります。よろしくお願いします。




