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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
第4章 異世界冒険編

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第4話 ~ まるでそびえ立つマッターホルンの崖! ~

第4章第4話です。

よろしくお願いします。

 モンスターの襲撃によって、ドーラの街はあちこちで火の手が上がり、建物が崩される中、教会はその堅牢な構造もあって比較的無事だった。


 地下室も含めればかなり広く、2000人ほどの住民が避難している。

 こうした街には、戦乱を避けるため1つ大きな建物が設置されるのが、通例らしい。


 中に入ると、わっと人の視線が集まるかと思われたが、そうではなかった。


 青白い――明らかに栄養が摂取出来ていない人たちが、教会の中をぐるぐると徘徊している。一見、ゾンビのようなものを想像するだろうが、その足取りは比較的しっかりしており、背筋もピンと伸びていた。


 しかし、その焦点はまるであっていない。

 試しに話しかけてみると、返ってきたのは。


「ようこそ。ドーラのまちへ」


 RPGでありがちなテンプレ台詞だった。

 ライカやクリネも話しかけるが、同じ言葉を繰り返すだけだ。


 その人々の変容ぶりに、女帝と皇女は心を痛めた。


「ご、ご主人! すごいッスよ! リアル街紹介ッスよ! どテンプレっス!」


 喜んでいるのは、KY悪魔(フルフル)だけだ。


「あのぅ、宗一郎様。私がドーラに来て数日後にこのような人間が出てきたのですが、あのオーガラストがおかしかったのと何か関係があるのでしょうか?」


 一行の様子を見ていたマフイラは、宗一郎に声をかけた。


 事情を話すかどうか迷ったが、大変な時に心配事を増やすわけにはいかないと思い、彼女には言わないことに決めた。


「オレもまだ調査中の段階だ。今はなんとも……」

「判明したら教えてくださいね。……お手伝いさせていただきますから」

「その時になったら頼む」

「はい!」


 元気良い返事が返ってくる。




 マフイラが一行を通したのは、教会の奥の部屋だった。


 おそらく神父の寝所か何かだろう。書棚と机、ベッド、他にはプリシラ教の象徴ともいえるアンクが飾られている。


 部屋にいたのは、まだ年端もいかない少女たちだ。

 そして少女たちに囲まれるように、ベッドに寝ていたのは甘いマスクをした男だった。


 濡れ羽のカラスのような髪に、透き通るような青白い肌。鼻は長く、いかにも甘そうな唇はうっすらと笑みを浮かべている。


 ベッドから足が出るほど背丈はあり、全体的に細身の印象。

 優しげに子供たちを見つめるが、その瞳の色はまさに血のように赤かった。


「お兄ちゃん……。大丈夫?」

「うん。君の“胸”を見てたら、元気が出てきたよ」

「お兄ちゃん、これ食べて」

「いや、いいよ。君が食べなさい。出来れば、そのままの大きさで大人になるんだよ。大きくなんてなってはいけないからね」

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。またお話をして」

「いいとも……。今日はどんな話がいいかな……。マイ・フェア・レディとかどうだろう。君たちみたいな可愛い“胸”の子が、素敵な“胸”へと成長する話さ」


 わー、聞きたい聞きたい――と少女たちの間で歓声は上がる。

 その最中で、時々挟まれる異常な会話に、一行は完全にどん引きしていた。


 優しげに語りかける姿は、横臥した仏陀が弟子に教えを施しているように神々しいのだが、宗一郎たちの目には、どうしても赤ずきんを騙そうとしている狼にしか見えない。


「ちょ、ちょっと変わった方ですけど……。いい人ですよ」

「それはまあ……。マフイラには(ヽヽヽヽヽヽ)そうだろうな(ヽヽヽヽヽヽ)

「え? それはどういう――――」


 マフイラの言葉が言い終わらぬうちに、宗一郎は部屋の中に入っていく。


 人の気配に気づいて、少女たちは振り返った。

 どうやら教会で徘徊している大人たちとは違って、この子たちには自我があるらしい。


「お兄ちゃん、誰?」

「オレは…………お兄ちゃんは、そこのお兄ちゃんと大事な話があるんだ。ちょっとだけ部屋の外へと出て行ってくれないかな?」


 ややぎこちない笑みを浮かべて、宗一郎は努めて優しげに話しかける。


「ええ……! やだー!」


 1人が言うと、皆が賛同し、むしろ男の腕を掴んで離れようとしない。


 ――子供は苦手だ……。


 ここの少女たちに比べれば、まだカカとヤーヤは聞き分けが良かった。


 少女たちの頭にポンと細い指の手が置かれる。

 黒や茶色の髪をなでながら、男は囁くように声を上げた。


「ごめんね。お兄ちゃんも、このお兄ちゃんに用事があるんだ。だから、遊ぶのは後でもいいのかな?」

「「「えぇええ……」」」


 やはり不平が上がる。

 しかし男はぴくりとも顔を動かさず、微笑み続けた。


「また今度、遊ぼう。約束するよ」

「……うーん。わかったぁ」

「絶対だよ。絶対」

「また遊ぼうね。お兄ちゃん」

「ばいばーい」


 それぞれ声をかけて、少女たちは部屋から出て行った。


 騒がしかった部屋が、一気にミュートし、2人の男が対峙する。

 その様子をライカたち女性陣が見守る。


「何をして遊んでいたんだ?」


 口火を切ったのは、宗一郎だった。

 その語調は荒い。


「やだなぁ……。別に変なことしてませんよ」

「当たり前だ!」

「いやー、それでも安心しました。無事の帰還お喜び申し上げます」



 “ご主人……”



 ライカとクリネが顔を見合わせる。

 フルフルは何故か口を押さえながら、ぶるぶると震えていた。


 宗一郎は「ふん」と鼻を鳴らす。


「全く……。外が大変になっているのに、1人ハーレムを堪能しているとはな」

「いやー、“胸のない”少女に囲まれると、人の命などどうでもよくなるのですよ。あ、胸のない人は別ですよ」


 深く息を吐く。


「相変わらずだな、ベルゼバブ……」


 名前を聞いた瞬間、ベルゼバブと呼ばれた男はゆっくりと口角をつり上げた。


 つと部屋の温度が2、3度下がったような気がした。




 黒のオーバーコートの袖に、さっと細く長い腕が通される。


 襟元を整え、わずかに曲がったタイを締め直す。

 シルクの白手袋を指先まできっちりと伸ばし、ダークブラウンの革靴のつま先をとんとんと叩いた。

 姿見で最終確認を行うと、ここ数日の間寝ていた部屋から出ていく。


 徘徊する大人たちを横目で見ながら、ベルゼバブは風を切って進んでいく。

 主が待つ食堂のドアを開けた。


「やあ、お待たせしました」


 女性が十人いれば十人とも魅了されそうな爽やかな笑みを浮かべる。

 しかし、そこにいたのは1人除けばすべて女性だったが、向けられたのは白い目だった。


「やっと来たか」


 中央に座った宗一郎が、腕を組み、従者であり悪魔の王であるベルゼバブを睨んだ。胆力のないものなら、瞬時に縮み上がりそうな眼力だったが、悪魔は涼しげな顔で受け流した。


「すいません。身支度に時間がかかりまして。……おや、マフイラ様がいらっしゃらないようですが」


 食堂にいたのは、中央に座った宗一郎を挟み、右にフルフル、左にライカとクリネが座っていた。


「隠すことでもないのだが、まあ事情を話すには別途説明をしなければならないからな。冒険者をまとめる業務もあるし、今回は外してもらった。いずれオレの方から説明はするつもりだ」

「ライカ陛下とクリネ殿下はよろしいので」

「概ねオーバリアントの状況は話してある」

「そうですか……。ところで、フルフル」

「は、はひぃ!」


 突然、声をかけられた悪魔の少女は、体内に棒でもいられたかのように背筋を伸ばした。


「どうかしましたか? 顔色が優れないようですが……」

「それはそのぉ……。もちろん、ベルゼバブ様を見たから――」

「何か?」

「いえ! なんでもないッス! ベルゼバブ様のお顔を拝顔できたのは光栄の極みッス」

「そうですか。私はあなたに会えて、なんの拷問かと思っているのですが……。とっとと消滅してくれませんか?」


 …………………………………………………………………………。


 さらりと紡がれた暴言は、一瞬にして部屋を凍てつかせた。

 これならまだ怒鳴られた方がマシなぐらい、微妙な空気が流れる。


「う、うほん!」


 宗一郎はわざと大きく咳払いして、話題を変える。


「ところでベルゼバブ、お前のことだから知っているかもしれないが、一応紹介しておく。こちらが先頃、マキシア帝国初の女帝……」

「ライカ・ぐらん――」

「いえ、自己紹介結構ですよ。……ライカ・グランデール・マキシア陛下。お噂はかねがね。我が主に毒をもって、脅迫し、結婚を迫ったとか」


 …………!


「いや、ちょっと待ってくれ、ベルゼバブ殿! 私はそんなこと一切してないぞ」

「それはおかしいですね。私はそのように伝え聞いているのですが……」

「な! こちらではそんな風に伝わっているのか?」

「そもそもあなたのような猛牛女。そうでもしないと、我が主人の寵愛を受けるはずがありませんがね」

「べ、ベルゼバブ殿! 少々初対面の人間に口が過ぎるのではないか? 確かに宗一郎は私には過ぎた人間かもしれないが、これでも宗一郎からプロポーズを――」

「だから、脅迫したのでしょ? ホルスタイン殿下」

「ほ、ほる……? なんだ?」

「ちょっと! あなた! さっきからお姉様にあまりに失礼ではありませんか?」


 椅子を蹴って立ち上がったのは、クリネだった。

 濃いブロンドの髪を揺らして、姉よりも深い緑の瞳で、悪魔の王に敢然と立ち上がった。


「さっきの言葉がなにかわかりませんが、悪口でしょう? お姉様はマキシア帝国の皇帝! オーバリアントでもっとも権力を持つ方なのです。これ以上、暴言を吐くようなら――……え?」


 糾弾する手をそっと握ったのは、当のベルゼバブだった。


 まるで花の蕾をそっと包むように、小さな手の肌の感触を味わった。


「やはりお美しい……」

「え、ええ?」

「お会いしとうございました。クリネ殿下」


 いきなり手を握られ、「美しい」「会いたかった」と言われれば、さすがのクリネも声のトーンを落とさずにはいられなかった。


 心なしか頬を染め、吸い込まれるようにベルゼバブのルビーアイを見つめている。


「な、何を……。まるで私のことを昔から」

「もちろん知っていますとも……。クリネ・グランデール・マキシア殿下。はあ、なんと美しい声だ」

「そ、そんなことは」

「なんの寄り道もなく、まっすぐと伸び上がった気道からもたらされた声……。実に理想的――」

「は?」


 その時になって、クリネは気づく。

 ベルゼバブは全く自分を見ていないことを。

 顔ではなく、視線は下へと向けられていることを。


 その推測を示すように、ベルゼバブはそっとクリネの胸の中央を指で押した。そのままつぅ――――っと、下へとなぞる。


 慌てて胸を隠すように離れる。


「な――何をするのです!」

「――――だ……」

「え? 今、なんと……」


 クリネが尋ねると、ようやくベルゼバブは顔を上げた。

 目を細め、爽やかな笑みを浮かべた。


「なんと真っ平らな胸板だ。まるでそびえ立つマッターホルンの崖!」



 ブチッ!!



 何かが少女の中でぶち切れた。


「三級炎魔法――――」

「ま、待て、クリネ! 落ち着け!」


 プローグ・レド!!


 モンスターの襲撃にも耐えた堅牢な教会の外壁は、一発の爆炎によってあっさりと突き破られたのだった。


久々に悪魔が出てきたらと思ったら、こんなヤツかよ!

変態しかいねぇのか、悪魔には!?(作者の言葉とは思えない暴言)


明日も18時更新です。

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