第3話 ~ ゆ、勇者!? ~
第3話です。
よろしくお願いします。
ライカから聞いたのは、以下のことだった。
この世界はオーバリアントと呼ばれる――宗一郎からすれば異世界であること。
今いる大陸は、カーナラスト大陸という、オーバリアントでは1番大きな大陸であること。
カーナラスト大陸の約60%を治めるマキシア帝国領であること。
ライカはマキシア帝国の騎士の1人で、帝国領に跋扈するモンスターの討伐に赴いた。しかしスペルヴィオの急襲に遭い、彼女を残して部隊は全滅してしまったという。
モンスターは今から60年ほど前に突如現れ、あっという間にオーバリアント全域に生息し、各国を度々襲っているということだった。
「そしてこのレベルシステムか……。ますますゲームの世界だな」
「ゲーム?」
聞き慣れない言葉なのだろう。
ライカは首を傾げた。
その横で、フルフルが先ほどの熾天使よろしく激しく燃え上がっていた。
「うおおおおおおおお! ベースがゲーム世界の異世界って、マジ俺得すぎるッスよおおおおお!!」
「気にするな。ライカ……。こちらの話だ!」
若干引き気味の姫騎士に忠告する。
「このレベルシステムは、昔からオーバリアントにあったものなのか?」
「いいや。……レベルはモンスターに対抗するため、女神プリシラ様から与えていただいたものだ」
「女神プリシラ?」
「オーバリアントでももっとも新しく、その存在が確認されている唯一の神だ」
「お前は見たのか?」
ライカの金髪が横に揺れた。
「確認されたのは60年以上前になる。その頃、私は生まれていない。息を飲むほど美しい方だと言われている」
「ほう……」
宗一郎は手を顎に当てる。
ゲーム世界をベースとした異世界。
フィクションならありきたりだが、実際ということになると奇妙でしかない。
推測は立つが、すぐに決断するには情報が足りなさすぎる。
ライカからさらに情報を引き出すことは可能かも知れないが、あまり勘ぐられても困る。
「私からもいいだろうか……」
「オレ達のことだな」
「そうだ。君たちは何者だ。レベル1であのスペルヴィオを倒すなど、あり得ない話だ」
「オレ達は、そのレベルシステムに頼らずとも強いということだ」
「それこそあり得ない話だ。人間がレベルの恩恵に頼らず、モンスターを倒すなど」
ライカは必死に弁解する。
彼女にとってみれば、今までの常識がすべて覆ったのだ。
多少憤ることもあるのだろう。
例えば、必死にレベルを上げたのに、レベル1の人間に助けられた――とかだ。
「今は説明をする必要はない。……お前は黙って、オレ達に従えばいい」
「な――」
顔を赤くする。
本格的に怒らせてしまったらしい。
鞘に収まった細剣に手がかかる寸前――――。
「まあまあまあ……。ライカ、落ち着くッスよ」
間に入ったのは、フルフルだ。
ライカを落ち着かせると、宗一郎に向き直った。
「ご主人……。女の子の扱いがなってないッスねぇ。そんなことだから、あるみ様に見限られるんスよ」
「どうして、そこであるみの名前が出てくる! それに見限られたわけでは」
「未練がましいッスね。まあ、いいッスけど……。ここはちょっとフルフルに任せてくれないッスか?」
「どうする気だ?」
「ふふ……。まあ、見ててくれッス。ご主人は、ちょっと口裏を合わせてくれるだけでいいんスよ」
そう言って、再びライカの方を向く。
にこやかなフルフルに対して、姫騎士ライカは警戒心を緩めようとしない。
「ライカは、ご主人が現れた瞬間、どう思ったッスか?」
「どう思ったって……。いきなり空から光が落ちてきたら、そこに宗一郎殿がいて……。驚いたというか。その……なんといえばいいか」
苦悩するように金髪を振った。
その姫騎士の肩に、フルフルは手を置く。
「実はッスね。うちのご主人は天から遣わされた勇者さんなんスよ」
「ゆ、勇者!?」
「おい! フルフル……」
「ごしゅ……勇者殿。もうありのままを話した方が早いッスよ」
宗一郎の方を見ずに、忠告する。
「ええっと……。神様の名前なんだったスかね?」
「め、女神プリシラのことか?」
「そそそ……。そのプリシラ様に、世界を救ってちょんまげぇ! って命令されて、天界のヴァルハラから遣わされたんス」
「ヴァルハラ……とは、初めて聞く名前なのだが――」
「当たり前ッスよ。神の尖兵が住まう場所ッスからね。企業秘密なんス」
なんだか設定が色々とうさん臭く感じるのは、気のせいだろうか。
フルフルの話を、宗一郎はげんなりとしながら聞いていた。
「と、ともかく……。君たちは、この世界の住人ではなく、天界から遣わされ、オーバリアントを救いに来た勇者だと――」
半ば驚きながら、ライカは話をまとめる。
言葉には、疑念が宿っているように聞こえた。
それもそうだ。
今さらながら、ベタすぎる。
今時のフィクションでも、こんな虫のいい話はやらないだろう。
しかし――。
「すごい! やはり女神プリシラは我々を見捨てなかったのか!」
フルフルの両手をがっちり掴み、ライカは歓声を上げた。
その緑の瞳からは、涙が浮かんでいる。
姫騎士の食いつきように、逆にフルフルが戸惑い「そ、そッス」と声を震わせる。
ライカの感激のしようは留まることを知らず、最初は涙だったが、さらに鼻水やら唾まで垂れ、頬を真っ赤にした。
「良かった! 本当に良かった! 我々は救われるのだな……」
「そ、そうッスよ。それは良かったッスね」
「そうと決まれば、皆に……皇帝にご報告申し上げなければ。フルフル。勇者殿。どうか我が主君と謁見してほしい」
「おお! RPGといえば、王への謁見は基本スよね。いいッスよ」
「ちょ! 待て! フルフル、勝手にきめ――」
「そうか! それは有り難い!」
あっという間に勇者として祭り上げられたどころか、今度は皇帝にまで会う事になってしまった。
――いいのか……。これで?
胸に焦燥感を抱きつつも、宗一郎はそれ以上介入しない。
勇者云々はともかく、人里にいくのは悪いことではない。もっとも――宮殿に行くというプランは、頭にはなかったが……。
「そうと決まれば、早速宮殿へ案内しよう」
「楽しみッス」
ライカは歩き出そうとしたまさにその時、何か気付き、すぐに足を止めた。
「そうだ」
戦場に振り返り、大地に赤い血を吸わせた死屍累々に向き直った。
剣を傍らに置き、片膝を付く。
両拳を合わせ、目をつむると、軽く頭を下げた。
祈りの姿勢……。
それはおそらく死んでいった戦士に対して、鎮魂する姿だった。
宗一郎の方から、ライカの表情を窺うことは出来ない。
その微動だにしない背中には、多くの死を背負う覚悟が現れているように思えた。
長い祈りは、1分近くかかっても終わることはなかった。
変化が現れたのは、その時だった。
急に雲間が現れると、陽の光が戦士の遺体を包む。
数百とある遺体が、突如浮き上がった。
宗一郎は息を飲む。
その間も、遺体は天に向かって上昇していき、そして雲の向こうへと消えて行った。
大地にごろごろと転がっていた遺体は一掃され、残ったのは戦士達が流した赤黒い血だまりだけだった。
「な、なんだ? 今のは……」
「勇者殿?」
「ここにあった遺体は一体どうなったのだ?」
「異な事をお聞きになる。女神プリシラの力によって、皆――教会に送られたのですよ」
「教会!?」
「天界に居られたのに知らないのですか? そういえば、この大陸の名前も――」
「う――!」
「ヴァルハラの住人は、地上の俗事なんて興味がないんスよ」
「おお! なるほど」
ライカは妙に納得した。
そんなに頷かれては心が痛むが、この時だけはフルフルの設定構築能力に感謝した。
「ならば、宮殿に向かう前に、教会に寄られますか?」
「面白そッスね? 行きましょう、ご主人」
「そうだな……。そうするか」
やや溜息まじりに、宗一郎は答えた。
明日は18時投稿です。
よろしくお願いします。