理解を得たいと嘆く怪物
あるところに怪物が居た。
その怪物は恐ろしく醜悪で、まともに見た者は皆倒れて帰らぬ人となってしまうほどだったが、この醜い存在は分不相応にも人に理解されることを望んでいた。
理解を得たい怪物はまず人の言葉を覚えることにした。
そこそこに賑やかで、だが大きすぎない街へ身をひそめ、物陰から人々の話に耳を傾けた。
そうして言葉の意味をまず大まかに理解し、さらに聞くうちに正確な意味も分かる様になり、次に話し方を練習した。
ぶつぶつと片言の独り言を唱える様は大層不気味であったが、誰も見るものはいなかったので怪物は思う存分独り言を話した。
やがて片言であった言葉が自然な文章になり、発音も人間と変わらない程なめらかになると、怪物は自分も中身だけは人間になったような気がして、大いに喜んだ。
そうして次に怪物が考えたことと言えば、どうにかして人間と会話できないかということであった。
姿を見られてはまともに会話も成り立たない怪物は、姿を隠して人と接触する方法を考えた。
思いついたのは闇夜に紛れて道行く人に話しかける方法だったが、夜中に姿も見せずに話しかける不審者にまともに応ずる者はおらず、怪物は大層がっかりした。
さて、この怪物とは無関係なあるところに、一人の聖女がいた。
彼女は話せば理解しあえるという考えの持ち主で、実際に粘り強い話し合いの末に幾つかの争いを解決したこともある芯の強い女性だった。
この聖女が夜闇にまぎれる不審な声の噂を聞き、怪物の潜む街へとやってきた。
「何か訴えたいことがあるのよ。耳も貸さずにやっつけようなんて良くないわ」
聖女はそう主張して日の落ちた闇の中を探り、ついに怪物と接触した。
怪物はこの心優しい聖女の登場に大いに喜び、感謝した。
そして恐ろしい姿を持つが人を襲うつもりはないこと、ただ交流したいこと、しかし見た目のお陰で願い叶わず孤独で寂しい思いをしていることなど、これまでの苦悩を吐露した。
聖女はその深い苦悩に心の底から同情し、日が落ちると怪物と語らうようになった。
何日も語らううちに、聖女はすっかり怪物の内面に引き込まれていた。
人間の話すこと全てに興味を持っていた怪物は様々な方面に造詣が深く、聖女は何度も舌を巻かされた。
もはや聖女にとって怪物は妖しく恐ろしい存在ではなく、大事な友人であり、師であり、尊敬されるべき人間の一人であった。
聖女はこの怪物が恐れずに姿を現し堂々と語れるようにしてやりたいと考えるようになった。
そして聖女は姿を見せてほしいと怪物に頼んだ。
何度も自分を見て人が死ぬ様を見てきた怪物は、当然に渋った。
しかし聖女の決意は固かった。
この尊い人がどんなに恐ろしい外見であっても、絶対に悲しい思いはさせまいと決めていた。
聖女は何度もその決意を説き、頼みに頼みこみ、拝み倒し、ついに怪物が折れた。
怪物は端から少しずつ視界に入れ、無理だと思ったらすぐに目を逸らすように言い、姿を現した。
聖女は覚悟を決めて顔を向けた。
まずは本当に端、怪物がまとうボロ布の裾が目に入った。
そこから先は、なんだかよく分からなかった。
怖がる以前に、どんな構造になっているのか一目ではよく分からなかったのだ。
この理解しがたさが生物の身体として恐ろしいものに映ったのだろうか?
恐れずに済んだことに安堵しながら聖女は怪物の全貌を目に入れ、そして一拍遅れて理解した。
倒れた聖女は帰らぬ人となり、怪物は二度と人前に姿を現さなかった。