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ソラガミ  作者: 大塩
1 Fascinator
8/52

1-7 lots of love 1

 怠惰に時間が過ぎ、気付けば一週間が経っていた。

「阿呆なの?」

 栞さんの辛辣な言葉が刺さる。

「……酷いじゃないですか」

「打ち込み一週間サボるほうがよっぽど酷いよ。まさか、別れを惜しんでってわけじゃないよね?」

「別に、そうじゃないですけど」

 気が乗らないだけだ。栞さんのことだけじゃない。才能とか限界とか……本当に音楽がやりたいのか、とか。

 考えてしまうと落ち着かなくなって、他のことに逃避してしまう。

「このままじゃ使い物になりそうもない、か」

 酷い言い方だが、確かにそのとおりだった。

「どうかな。ここは一つ、一緒にお出掛けしてみるってのは?」

「……どこに?」

「メイドラーメン甘恋だよ。気になってんでしょ? 君に素質があると認めてくれた人が働いているお店。大丈夫だよ、別にイヤらしい店じゃないから」


 提案を受け入れることにした。

 夜の七時。ギターを背負って自転車を漕ぎ、呑天駅から少し外れにある、ビルの立ち並ぶ通りへと向かう。

 そして、裏通りへ。

「本当にイヤらしい店じゃないんですよね?」

 ホテル冥王星、呑天にゃんにゃん倶楽部、黒猫メイドカフェ……。

 怪しげなネオンの店が立ち並ぶ、音もないのに煩い道の先。その中に溶け込んでしまっているメイドラーメン甘恋を発見。

 一体どういう店なんだ。

「十八歳以下が入るような場所でもないような……」

「何言ってんの。ここまで来たら入るしかないでしょ?」

「俺だって栞さんの立場だったらそう言いますけど……」

 ガラス越しに店内を覗く。意外にも基本的には普通のラーメン屋と同じような内装。だが、所々にハートやら星やらの飾りがあって、雰囲気がきゃぴきゃぴしている。

 店員はメイドのコスチュームをしている。でなければ詐欺に近いので、当然のことなのだが。

「……あ」

 駅前に幽霊楽団を見に来ていた、あの女を発見。彼女は椅子に座って居眠りをしていた。

「あれって店員、ですよね? サボってるみたいですけど」

 頷く栞さん。

「叩き起こしてあげたら? レッツゴー」

 ここまで来たのだから、覚悟を決めるべきか。

「そうですね。……いや、ちょっと待って」

 客はちらほらといた。店員とコミュニケーションを取りたい派と飯を食いたい派の二種類。

 その中に、元クラスメイトの姿を発見した。

「……茅原?」

「誰?」

「知り合いです」

 制服を着ていた。学校の帰りだろう。

 ……制服? 少し違和感を持った。

 そうだ、あいつは野球部に所属していて、部活での練習が終わった後はいつも神社に直行して練習していた。

 こんな時間に、こんなところで遊んでいる男ではないはずだ。

 まさか、やめてしまったのか?

 ひとまず入店し、茅原に小さく手を振る。

「……霧生?」

 茅原は随分驚いた顔をした。

「久しぶり。まさか、茅原にこういう趣味があったとは意外だ」

 俺は彼の側に立ったままで言う。

 対面する席が空いていた。 カウンター席が空いているのに、椅子が二つあるテーブル席に一人で座っているのは少し奇妙。

「お前が言うなよ。俺は単に人と待ち合わせをしていただけさ」

「それでテーブル席か。……女?」

「だったらもっとそれらしい店にいるさ。こんなところに女を連れて入る男は、頭おかしいと思うな」

 栞さんを連れてここに入った俺って一体。だが、メイドラーメンでデートというのは確かに想像できない。

「てか、茅原って霊感あるほうか?」

「何だ? いきなり。ないな、そんなもの」

 じゃあ、見えてないか。俺は栞さんを一瞥した。

 栞さんは俺や茅原ではなく、窓の外を何故かしきりに気にしていた。

 俺は茅原に向き直る。

「じゃあ、誰と待ち合わせ?」

「それが……よく分からないんだ。古川の友達が、俺に会いたがってる人がいるとか何とかわけの分からないことを俺に言ってきたんだ。指定された場所と時間を守ったら、何故かお前が来た。まさか霧生が呼んだのか?」

「いや、俺は違うけど……」

「カイだ」

 栞さんが言った。

 それは一体誰か、と聞きたかったが、茅原の目の前で堂々と幽霊に話し掛けるわけにもいかず、目を向けるだけに留まった。

 察したようで、栞さんが言う。

「……窓の外に、神社の神様がいたんだよ

 栞さんが窓の外を指差す。

 その先に、目元を覆うほどの長い前髪の男がいた。

 彼は……視線が読みにくいがどうやらこちらを一瞥した後、入店して真っ直ぐこちらへと歩み寄ってきた。

「栞?」

 一瞬、意外そうな表情。

 栞さんは、わざとらしく呆れたような笑みを浮かべる。

「フィア絡み?」

 外国人っぽい名前。

「まあね」

 返事をした。かと思うと手を扇ぎ、栞さんを追い払った。

 ……見えている、ようだ。

 彼は髪の間から鋭い眼光を栞さんと俺に向け、それから茅原と対面する席へと座った。

「上手く言伝できたみたいで良かった。初めまして、茅原くん」

「どうも。……どこかで会ったことありましたっけ?」

「いや、一方的に僕が見ていただけだよ。いつも神社にいたから、もしかすると見覚えあるかもしれないけど」

「……そうですか」

 軽快気味な態度を、茅原は崩さない。

「率直に聞くよ」

 神社の神様は、声に憎しみのような色を含ませ、

「君は何で、野球をやめたんだ?」

 そう聞いた。

 少なからず、俺が衝撃を受けた。

 茅原は口を噤んだ。動揺している様子でもあった。向かい合った二人の間に、重い空気が流れる。

 しばらく考え込んだ後、茅原は誤魔化すように笑った。

「……何故って、そんなこと答えませんよ。逆に質問しますが、何でそんなことを聞くんですか? 初対面の人に、一体どうして俺がそんな話をしなければならないのです」

「僕が神様だからって言ったら、どうかな?」

「イエスやブッダのような?」

「いや、もっと安っぽいタイプだよ。八百万の神の一人ということにしておいて」

「……もしかして、例の噂の? 才能を与えるとか測るとかいう……」

「与えるのは僕じゃないよ。僕は単に視るだけだ」

 自分を蔑むかのように、神様は笑った。

「視えるからこそ、気になっていた。君は、才能がないから努力をやめるなんてタイプには見えない。自分を信じ、報われずとも努力を重ねる。そういう性格だと思っていた」

 茅原の性格については、俺も大体同意見だった。

 ひたすら汗を掻き、努力を積み重ねていく。諦めが悪いのが、茅原の傾向だったはずだ。

 培った努力に、この男が簡単に背を向けるとは思えなかったのだが……。

「俺に才能はありますか?」

 茅原が問う。

「正直に答えるけど」

 神様は、少し躊躇いがちに告げた。

「……君は何事においても早熟だ。何をしても最初はかなりの結果を出すのに、伸び悩む。君の人生は、きっとそれの繰り返しだったんだろう。野球以外でもそうだ」

「よく視えますね。……小学校の頃は天才呼ばわりされていました」

「でも、今は?」

「只の人ですよ。努力なんかやめて正解でしょう。どうです、これで納得していただけましたか?」

「……僕は別に、君に野球をやらせたいわけじゃないよ」

 茅原にとっては、意外な言葉だったようだ。俺も目を丸くした。

 一体何なんだこの人。

「君が納得してやめたなら、それで良いと僕は思う。でも一つだけ聞かせて欲しいことがあるんだ。野球をやめたきっかけは、才能の有無じゃないだろ?」

 どういうことだろう。

 傍から眺めているだけの俺には、彼の狙いは分からない。

 神様の目が、虹色に光る。

「君から、微かに僕の探しているものが視える。多分、君の近くにいる誰かが持っているんだ。……一体、君から野球を奪ったのは誰なんだ?」



 インターホンが鳴る。

 この時間ならカイだと思う。私は狸寝入りをしている。

 足音。弟が玄関へと向かう。

 普段ならこの後、弟が私を起こしに階段を上ってくるのだが、今日は例外。カイは帰ってしまったようだ。

 直後、カイから本文のないメールが届く。

 私に対して腹を立てると、彼はよくこの手を使う。

「カイが、私に腹を立ててくれている……!」

 私の頬は、熱く火照った。



 数日前の出来事。


「才能を分けてくれるって、本当なんですか?」

 昼間から気紛れで神社に出向いて、私はカイが来るのを待っていた。

 現れたのはカイではなく、神社でよく練習していた球児の連れ。彼に憐れみの視線を向けていた女の子だった。

「……私が神様だと?」

 問う。彼女はちょっと怯んだ。

「違うなら、その、ごめんなさい。神社に出没すると聞いたので。それから、与える側の神様が変わった風貌をしているとも……」

 服か、髪か。両方か。気にはなったが気にしない。

 実際、私の格好が人様の注目を集めがちなのは自覚している。最近はゴシック・ロリータがマイブームとなっている。

 服は黒く、髪と肌は白。

 白と黒から連想するのは、私は、オセロやチェス。ゲームみたいで楽しいから、しばらくはこのファッションでいようと考えている。

「わざわざ私に声を掛けるということは、力が欲しいのかな?」

 私は彼女に聞いた。だが彼女は首を横に振った。

「あたしじゃなくて、あたしの友達……男友達なんですけど、野球やってて、でも才能なくて、努力してるのに可哀想で見てられなくて……」

「何でこんな時間にこんなところにいるの?」

 あんまり面白い話ではなかったので、遮って質問。よく考えてみたら、普通の高校生は、今頃授業を受けているはず。

「あ、その、半日ここで待っていたら会えるかなと思って早退しました。自分でもよく分かりませんけど、今日なら会える気がして……」

 運命的だなぁ、と思った。

「名前は?」

「……古川楓です」

「人に夢を託すのは、諦めたから?」

 私にしては、割と興味があった。

 彼女は男友達一人のために、わざわざ早退してここにやってきた。でもそんなのは嘘だ。彼女は騙している。彼女自身すら、彼女に騙されている。

 今、心の奥底で本当に望んでいるのは何か。

 その、彼女にすら分からない最深部を教えてあげたいと思った。

「……あの、それはどういう」

「貴女は咲かない蕾の前で待っている。それが咲かないと分かっていてもずと眺めているのは、それでも蕾が咲こうとしているから。奇跡が起こる瞬間を待っているから。……なんて言い方をすれば響きが良い。でも本当は、自分で花開く努力をするのは面倒だから、誰かに代わりに頑張ってもらいたいだけ」

「は? そんな、違います」

「誰より努力する彼を応援していれば、誰にも文句を言われない。それどころか、貴女まで一緒に努力しているかのような扱いを受けられる。悲しいことだよね。そもそも貴女がそうなったのは、貴女にも何の才能もなかったから。ねえ、違う? 違わないよね?」

「勝手なこと言わないでください!」

 彼女はとうとう声を荒らげた。それは彼女が心を乱している証。

 私は、思わず笑みを浮かべそうになった。

 あまり怒らせてはいけない。

 私は彼女の味方で、彼女を何とかしてあげたい。

 ――助力してあげたいだけなんだ。

「苦しむ彼を助ける方法は二つ。蕾が咲くか、蕾のままでいることを受け入れさせるか。……勿論、そう簡単に咲く蕾なら、とっくの昔に咲いているわけなんだけどね」

「……彼に、野球を諦めさせろと言うんですか?」

「忘れさせてあげれば良いんだよ。他に夢中になれるものを見つけられたら、こんなに幸せなことはないでしょう?」

「また別の苦しみを味わうだけです」

「貴女に夢中にさせる。それでも苦しいと思う?」

「……あの、言っている意味が」

「――貴女が咲いて、彼を夢中にさせる。そうすれば彼は野球を忘れられるし、貴女は彼に構わず、本当になりたかった自分になれる」

 人を魅了する能力。

 それを、彼女に授けよう。

 貴女は貴女のために、好きなように生きれば良い。



「……悪いことすると、カイが沢山構ってくれるから嬉しいんだ……」

 枕に顔をうずめ、私は彼への想いを口にする。

 楓ちゃん。せっかく力を与えたんだから、どんどん使って、どんどん街を狂わせて。大丈夫。きっとカイが何とかしてくれるから。

 ……彼は、宇宙人に改造されたヒーローなんだから。

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