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ソラガミ  作者: 大塩
4 不思議な二人
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最終話 神話にピリオド

 トーナメントで右目を負傷して数日。

 十二月の聖夜が過ぎ、もうすぐ年が明ける。

 鼬川さんや霧生から年末年始の予定を聞かれたりもしたが全て無視して、僕こと雨野空は自宅アパートに引きこもり、すぐにでも遠くの街に引っ越す方法を、延々とネットで模索していた。


 フィアと離れる。そう決意したときの、やる気の炎が消える前に。


 そう思って就職サイトや不動産サイト、旅行、宗教、飛行機、留学、パワースポット……思いつく限りのワードをブラウザにぶつけた。現状を変える努力だと言い張ることもできるが、実際のところ、消えそうな炎を絶やすまいとじたばたするだけの、無益な時間だった。


 そうして無駄に疲れて迎えた午後六時。

 ふと、玄関を叩く音がした。


 扉を開けると、そこにスーツを着た営業マン風の男がいた。

 彼ははひょいと尻尾を出してみせ、

「まさか……生きているのか」

 と言って微笑した。

「まさか君より先に、君の右目が壊れてしまうとは思わなかった。その様子では、もはや録画したデータも残ってはいないだろう。……それにしても、こう言っては何だが酷い有様だな」

 割れた右目。その痛々しいビジュアルに顔をしかめてしまうのは、地球人だけではないらしい。営業マン風の男……栞の父親は、僕を見ながら同情的に嘲笑った。

「どうして、僕が死んだと」

 流石に失礼な言葉に、少し腹を立てながら問い掛ける。

「むしろ、何故君が生きているのに、君の右目はそんな有様になっている? あのカメラは、少なくとも人体よりは頑丈なはずだが」

「何故と言われても……」

 フィアと戦って、互いの攻撃がぶつかり合った衝撃で気を失って、目が覚めたときには、才能の光は見えなくなっていた。その時点で右目は壊れていた……のだと思うが、音を立てて亀裂が走ったのは、瀬尾さんに平手打ちされたときだった。

「とある女性に平手打ちを受けまして」

 わざと、誤解を生む伝え方をしてみる。

「馬鹿な……カメラが破壊されるほどのダメージであれば、君の頭も只では済まないはずだ」

「でも、事実なんです」

 話しながら頬が緩む。

 あの日の出来事が、宇宙人をも困惑させている。それが嬉しかった。

 トーナメントは酷い形で終わってしまった。大失敗だった。だからこそせめて、あの日の珍妙な出来事の数々を意味のあるものにしたい。轟さんの起こした行動は無駄ではなかった、と胸を張って言いたい。


 他人への興味が以前よりも増したな、と自覚する。

 いや、今まで僕の中の「そこ」をフィアが占拠していただけだ。フィアばかりに向けられていた興味が、今は以前より平等に働いている、ような気がする。


「君は、以前よりも表情豊かになったようだな」

 宇宙人が言う。僕の何を知っているんだと思ったが、鋭い指摘に違いなかった。

 フィアに関心が向かなくなった理由、そのひとつに、僕が才能を視るという特権を失ったということが挙げられる。

「で、右目はご覧の有様ですけど……修理したり、交換したりするわけですか」

 そうなれば、再び、僕の目はあの光を捉えることになるかもしれない。

 他の何もかもがちっぽけに思えてしまうほどの、あの眩し過ぎる光を。

 だが、

「この星には、我々のカメラを平手打ちで破壊する女性がいるんだろう。こちらも余計なコストをかけたくはない」

 そう言って、彼は僕に背を向け、歩き出した。

「さらばだ、地球人の少年」

「……」

「君はもう、自由の身だ」


 その背中が遠くなっていく。

 おそらく今後二度と、彼の顔を見ることもないだろう。

 奇妙な右目に振り回され続けた。それが僕だった。僕が僕であるためには、あの右目が必要だったはずだ。彼が離れていく。追えばまだ間に合う。もう一度、神のいる世界へと舞い戻ることができるかもしれない。


 僕は玄関に立ち尽くしていた。

 呆然と、という言葉を付け加えてもいい。考える、というのもおこがましいほど、意味もなく様々な記憶と感情が頭を満たして、喜怒哀楽のどれでもない、自分の中のある一部分が死んでいくのを、ただ感じていた。

 暗くなる。確かに寒いはずなのに、寒さを感じない。


 UFOが飛んでいく。

 僕の不可思議な日々が、遠ざかっていく。

 喪失感で頭が満たされて、どうにかなってしまいそうだった。


 早くこの街を出よう。新たな物語に、身を投じよう。

 そうしないと、心が持たない気がした。



 年明けと同時に、街から雨野空の姿は消えた。

 誰も彼の行方を知らなかった。誰も、の中には、彼の両親も含まれる。

 彼の失踪を知ってからすぐ、私は彼の姿を探しに神社へと向かった。愚行なのは承知の上……と言いたいところだけど、そのときは本気で、そこで彼が待っているような気がした。

 年が明けてまだ間もないせいか、普段は大抵誰もいない神社に、何人かの参拝客がいた。

 皆、私が近付くと、私の白い頭に視線を向ける。

 私がそんな風に目立つことを、カイは喜んでくれていた。態度にはあまり出ないし、言葉ではっきりと告げてくるわけでもなかったけど、誇らしげに、微かに表情を緩めていた。

 今は、もう、そんな彼の姿を見ることができない。


 街は、無数の小さな物語でできている。

 学生の色恋沙汰だの、子供同士の復讐劇だの、幽霊の自己主張だの、変える手段を失くした宇宙人のサバイバルだの。

 それらは星のように、生まれては死んでいく。

 私の、ソラガミとしての物語も、それらのうちの一つに過ぎない。


 ……綺麗な終止符を打つことはできなかった。

 気付いたときには終わっている。そんなものなんだと思う。


 神社に彼がいないことを確認すると、私は美容院に向かった。


 白髪の神様は、今日、この街から消える。

 不思議な二人の神様は、過去へと封じ込められる。


 代わりに登場する黒髪の人間は、ようやく、人生の新たな一歩を踏み出す。

 そして、人類の無力を悟りながら、きっと死ぬまで歩み続ける。

終わりです。

『ソラガミ』としての投稿はここまでですが、また楽曲や短編などで街の様子や登場人物のその後なんかも描いていくんじゃないかな~と思ってます。実際今作に登場した瀬尾さんと星熊くんは前作の登場人物だったりするので……なんか、またそういうことすると思います。

また気が向いた時にでも、大塩杭夢の作品を覗いていただければ幸いです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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