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ソラガミ  作者: 大塩
4 不思議な二人
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4-17 エソテリック

「えー、それでは二回戦最終試合!」

 二回戦最終試合。……と聞いて、僕は自分が意識を失っていた時間の長さを思い知った。

 僕は二回戦の第一試合に出るはずだったのだが。


「僕は不戦敗ですか?」

「や、まあ、だって、意識なかったし時間なかったし……」

 轟さんは言い訳じみた言葉を並べ、僕から目を逸らす。

「起こしてくれれば……」

「起きなかったんだよ仕方ないだろ! いや、確かに私がもっと頑張りゃ起こせたのかもしれねーがそれはその、ごめん」

「いいよ別に。僕ももう、そんなに勝ちに興味なかったし」

「おいおい!」

 ツッコミじみた反応をされたが、別にボケたつもりはない。


 フィアがトーナメントから消えた時点で、僕に勝ち上がる理由はなかった。

 直接の対決も叶って、正直、もう僕は燃え尽きている。


「雷も嫌がっていたけどな。せめて神様のどっちか倒さないと、優勝する意味がないって」

「霧生じゃ駄目なのかな」

 フィアを倒した男を倒せば、フィアより上であることの一応の証明にはなる。

 直接勝つより説得力は薄いかもしれないが、十分な成果ではないのか。

「事実が欲しいんだろ」

「事実?」

「直接勝たないと、胸を張って神様を倒したって言えないだろ?」

 轟さんが僕を見る。

 フィアに対抗していた僕に、直接刺さってくるような言葉。

「……主催がそういうこと言い出すと、盛り上がらなくなりますよ」



 瀬尾さんがマイクを握りしめ、叫ぶ。

「本日のヒーロー候補、神様超えの霧生進!」

 仰々しい紹介に、霧生本人は背を曲げ、落ち着かない様子だ。


「対するはメイドラーメンからの刺客! 一回戦は不戦勝のため実力未知数の! きぐるみ『いたっちー』!」


「何できぐるみ着てんだー!」

「脱げー!」

「裸になれ」


 霧生は歓迎され、きぐるみは、まるでヒーローショーの悪役扱いだ。


 番狂わせを起こしたダークホース、霧生進。

 この街の九年間、はまた別の話。その中の、極一部……例えば今日までの数ヶ月間を物語にするとすれば、僕でもフィアでもなく、きっと彼が主人公になる。

 そんな想像を巡らせて、僕は霧生を見守る。

「優勝は霧生、雷、日下……の三人のうちの誰かかな」

 と、轟さんが言う。

 その横で、フィアが首を横に振る。



「勝てよ、霧生!」

 雷が叫ぶ。声は大きいが、その割に必死さは感じられない。

 勝って当然、とでも思われているようだ。


 目の前の相手がメイドラーメンのきぐるみでなければ、俺だってもっと気楽でいられた。

 この会場には、一人、俺の知っているメイドがいない。

 俺達高校生に、わざわざこのイベントの存在を知らせてきた人が。


「……死音さん、ですか?」

 

 問い掛けると、それはゆっくり頷いた。

「半分、正解」

 きぐるみをすり抜けて、中から死音さんが出てきた。

 IWASHIと書かれたTシャツに、黒いジーンズ。

 ガールズバンドのメンバーにいそうな風貌。違う魚のバンドなら聞いたことがあるけども。

「い、いわし……?」

「動きやすそうな格好で、と思って」

「鰯……?」

「でも半分不正解。いたっちーの中にいたのは、あたしだけじゃないんだ」

 パチン、と指を鳴らす。

 その合図で、きぐるみいたっちーの中から大量の人が出てきた。

 グラウンドは死装束で白く染まる。

 現れたのは皆、幽霊だった。

 ……何故イワシ……?


「わああああああ」

 会場がどよめく。


「白い!」

「あのきぐるみどういう仕組みなんだ」

「もしかして幽霊? ついに見えてしまった」


 肉体がなければ、狭い場所に何人でも入るということか……?

 しかしそれ以前に気になることが一つ。

 え、これって一対一の戦いじゃないの?

 グラウンドを埋め尽くす幽霊の姿は、実況兼審判には視えていないらしい。

「な、何? 何事? 何かあった?」

 戸惑いの声が放送で流される。

「瀬尾さんには霊感ないよ。調査済み」

 死音さんがニヤ、と笑う。

「えー、そんなに勝ちたいんですか」

「いや、そうでもない」

 これだけの幽霊を集めておいてそうでもないって!

「だったら、これは一体……?」

 ボコボコにされる覚悟はしながらも一応、腕を構えて喧嘩の準備だけはしてみる。

 死音さんはだらんと腕をぶらさげたまま、

「構えぇぇ!」

 叫んだ。

 と同時に、幽霊たちが一斉に楽器を構える。

 管楽器、弦楽器、打楽器、ドラム缶なんかもある。

 ――幽霊楽団……?


「鳴らせぇぇ!」


 どんがらがっしゃーん。


 まるで交通事故現場。からの、雨、嵐。

 別に打楽器しかないわけではない……はずなのに、その音はどんがらがっしゃんだった。

 あまりにも洗練されていない。案外単体ならまだ何とかなりそうなものなのに、同時に色んな音が鳴って、しかもそれらが互いを意識していない。


「コラー! 各々が別々の曲を鳴らしてどうするんじゃー! そしてあたしの声が掻き消されるような轟音を出すなーって聞こえてないかな……まあいいか」


 よくないだろ!


 実際どうかは知らないが、超能力者は普通より霊感が強いと言われている。

 そして、今日この場所には、街中の超能力者が集まっている。

 確かに、幽霊が演奏を聴いてもらうにはうってつけの舞台だが。


「え、じゃあ対戦相手の俺は? 放置?」

「放置。もう君の勝ちでいいよ」

「いや嬉しくないんですけど! あんたに追い付こうとしてここに立ってんのに」

「そもそも君の土俵は音楽でしょ! 超能力で勝ってどうすんの!」

「それは……」


 確かに、俺はここしばらくの超常現象を通じて人と繋がって、充実した生活を送るフリをしていた。俺にとっての充実した時間は、譜面の上でしか作り出せないというのに。

 でもトーナメントに俺を誘ったのは死音さんのほうだったような。


「おお、誰も指揮してないけどまとまってきた! いいぞその調子……って、これも聞こえてないか」


 狂っていた音が、徐々に同じリズムに乗り始める。

 相変わらずメロディやハーモニーはないも同然……といっても徐々に、各々がそれぞれの役割を理解していっている……ような気がする。


「もし俺じゃなかったら、許してないですよこれ」

「うん、ありがと」

「もうちょっと感謝してくれませんか」


 腹は立つ。

 蔑ろにされて、挑んだ勝負を完全に無視されて。

 でも、それが俺の一人相撲であることも分かっている。


 しかし、俺が許せばみんなこの状況を許すのかといえば、そうではなかった。


「幽霊! コワイ!」

「勝負は一対一じゃなかったのかよ」

「友人が取り憑かれて襲ってきた!」

「耳を塞いでも聞こえてくるんだけど何これ!」


 騒ぎが大きくなっていく。

「いやー反響が凄いぜ」

「鳴ってる音に対しては、誰もそんなに興味持ってなさそうですけどね」

 見ている側からすれば、この状況は動画サイトで流れる広告みたいなものだろう。


「な、何? ちょ、実況の私が状況を把握できてないんですが」

 困惑する放送席。

 ゴトン、とノイズ混じりに音がして。

「中断しろ! 幽霊だろうがなんだろうが、部外者は出て行け!」

 主催からのアナウンス。迷惑行為に対する、当たり前の対応のような気もする。

「文句言われてますけど」

「うん。……だからこそ、きぐるみなんか用意して、こそこそ準備を進めてたんだよ」

「悪者じゃないですか」

「悪者だよ」

 放送席に顔を向け、

「この大会はあたしが乗っ取った!」

 死音さんは、放送席に中指を立てた。

 色んな意味でそれはダメだろ。


「きぐるみいたっちーは失格だ! 死装束ごとつまみ出せ!」

 大声とハウリング。それを合図に、大学生がグラウンドへと踏み入ってくる。

 大学生だけではなかった。今日を無事に終えたい者、騒音反対派、幽霊はとりあえず除霊したい者が動き出す。


 死音さんが溜息交じりに笑う。

「案外ノッてくれないんだね大学生。音楽好きじゃないのかよー!」

「音楽っていうか騒音ですけどね」

「あぁ?」

「ごめんなさい。……ここからが大変ですよ……」

 トーナメントの進行を邪魔している悪者。

 それが今の幽霊たちだ。受け入れている俺も、多分同罪になる。

「半端な悪者になるくらいなら、とことん暴れて憎まれよう」

「そうっすね」

 どっちにしろ、実力行使しか道はない。

「幽霊達は演奏に忙しいからね」

「喧嘩できるのは俺達だけですか」

「うん。頼りにしてんよ、相棒!」

 死音さんが、妙に本格的な、空手のような構えを取る。


「幽霊を守れぇー!」

 と乗り込んでくるメイド。

「暴れろぉぉおお!」

 雷を筆頭に、俺以外の高校生連中は運営の味方をする。

「てめぇ霧生! 俺達が天下を取るチャンスを台無しにしやがって!」

 雷は文字通りの光速でこちらに飛んできて、俺に襲い掛かってきた。

 反射神経が追い付く間もなく、拳が飛んできて。

 それをひょいと掴んで、柔道のようにひっくり返して気絶させた。のは、俺ではなく死音さん。何の技だよ……? 腰を抜かして座り込んだ俺に、彼女はケラケラ笑う。

「死んでいた間に、体のほうも強くなっちゃってたんだ」

「……まともに戦わなくてよかった」




 放送席で、瀬尾さんは呆然としていた。

 轟さんがマイクを奪って叫ぶ。

 つまみ出せ、の号令によって大学生がグラウンドへ踏み入っていく。

 だが、幽霊の味方も少なからず存在した。だからこそ、敵味方入り乱れ、騒ぎはどんどん大きくなっていく。 


 呆然としているのは、瀬尾さんだけではない。


「カイ?」

 フィアが視線を向けてくるので、僕は小さく笑ってみせた。

「思った以上に、右目が悪くなったみたいだ」

「……そっか」

 幽霊、という言葉ばかりが聞こえるだけだ。

 視えなくなってしまったのは、才能だけではないらしい。


「糞、何でこうなるんだよマジで!」

 轟さんは金色の頭を掻き毟り、苛立ちを露わにした。

 運営側は勢いで圧されている。

「なんか知らんけどこの際さっさと負けを認めたほうが、この騒動早めに収まるわよ」

 他人事のように瀬尾さんが言う。

「確かにそうかもしれねーが……」

「ほら、決断力!」

「あーはいはい、分かったよ!」


 轟さんがやや躊躇しながらマイクを握る。

 だが、そのとき突然マイクが暴れ出し、轟さんの手から逃れた。とほぼ同時に運営テントが動き始め、金属の足を巧みに操り僕らに襲い掛かってきた。

「な、な……え、ええ? うぉお?」

 為す術もなく固まる轟さん。


 フィアが盾になるかの如く飛び出す。

 そして手をかざし、視えない力で、テントをぐにゃりと潰す。

 ねじ曲がり、丸められ、よく分からない塊となったそれは、バサリともドサリともいえない、鈍い音を立てて御座に落ちる。

 不幸にも、放送機材は巻き添えとなった。

 騒動の中、マイク無しでは、轟さんの声は誰にも届かない。


 僕らは寒空の下に晒される。

 仕事をしたような顔で、ふぅ、と息を吐くフィア。

「間一髪だったね」

「何助かったねみたいな顔してんだよ! 助かってねーんだよ! レンタルした機材めちゃくちゃだしよぉー!」

 轟さんは潰れたテントを蹴り、じたばたする。

「糞、幽霊ども絶対許さねぇ! こっちにはまだ戦力が……星熊と叢雲はどこだ!」

「落ち着きなさいよ。自棄になったら終わりでしょ?」

 瀬尾さんがなだめるが、それも火に油を注いでいるだけだ。

「何でそんな冷静なんだよお前は! いい加減にしろよ!」

「えーまさか的確にアドバイスしてやってるこのパーフェクト瀬尾様に文句あんの?」

「アドバイスなんか頼んだ覚えねぇよ!」

「実際結構私のおかげで進行上手くいってた感あるでしょうが!」

「そ、それは」

「ほーら一瞬言い返せなかった!」

 落ち着きなさいよと言っていた人間の言うことか、と、指摘すれば僕まで巻き込まれそうだったので静観する。

 辺りを見れば、暴れ出したテントは一つだけではなかった。

「他の道具も暴れ出したのか……! どうなってんだ!」

「はー? 世も末ね」

 メイドと大学生と道具。

 三つの勢力が入り乱れて、止められそうにない規模の混乱が起きている。



 様子を眺めていると、何かが僕の腕を引っ張る。

 抵抗もできないまま、僕の足は、混乱したグラウンドへ。

「――行こう、カイ」

 フィアが言った。


「お前、まさか」

 道具を生物のように動かし、幽霊騒ぎに便乗してトーナメントを台無しにしたのは、もしかして。……轟さんに同情しながらも、その疑いを、僕はすぐに忘れようとした。


 自分から動いたフィアの足を、止めたくない。

 死音と同じだ。僕も、自分の都合で悪者になろう。

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