4-13
実行委員会の拠点。
ある意味で今日の催しの心臓部ともいえる場所に集められた、僕とフィアと、如月。共通しているのは、超能力を複数持つ、とされることだ。
そんな僕らに、瀬尾さんの口からルールの変更が告げられた。
「……轟さんの口から告げるべきでは?」
僕は問う。轟さん本人が頷いた。
「そうなんだよ。私も私が言うべきだと思っていたんだが、いつの間にか立場が……」
「別に委員長の座を奪う気はないわよ。口を担当しているだけ」
「いや提案も最終決定もお前が……」
「ともかくそういうことなんだけど異論ある? 聞くだけ聞きます」
主に僕を見て、瀬尾さんが言う。
僕は頷き、
「あります」
とだけ答える。……それ以上は、何を言っても無駄に思えた。
二回戦から使用を禁じるならともかく、まだ一回戦の試合は残っている。このタイミングでルール変更が適用されれば、出番の済んだ僕と如月に比べ、フィアが不利になってしまう。
当然、フィアが負けることを危惧しているわけではない。だが、もし僕が同じルールで星熊と戦っていたとすれば、僕は負けていた。
同じルールで勝ち上がることができない。
屈辱だ。
「というかまず理由を聞かせてくだサーイ! 何故ルールを変える必要がありマスカ!」
喋り出す如月に、瀬尾さんは面倒臭そうに顔をしかめた。
「普通に喋ってくれる? 関西人だってフォーマルな場では標準語を喋るでしょ?」
「……理由をお聞かせ願えますか。何故、ルールを変える必要があるのですかっ!」
唾と共に、これで満足か、とでも言わんばかりの荒っぽい声を吐き捨てた。
満足気に意地の悪い笑みを浮かべる瀬尾さん。
「よろしい。答えましょう。実は今、私達はピンチを迎えているのよ」
「ピンチ?」
「星熊と赤鬼による別次元の戦いに、如月彩乃の手数の多さ。そして、そんな彼らを凌ぐという噂の女、ソラガミ。そんな奴らと勝負できるかーっ! と棄権する人の数が、そろそろ無視できないレベルになってきました。ま、元々冷やかしってのも結構混じっていたみたいなんだけどね。しかも私の仕切りが上手過ぎました。正直、時間が余りそうです」
「つまり、これ以上棄権者を出したくないと?」
「そのとおり。……どうかな? 特に、まだ一回戦が終わってないフィアちゃん!」
瀬尾さんは、ウィンクしながらフィアに手を合わせた。
「いいよ?」
何食わぬ顔で答えるフィア。
自分が勝って当然だと思っているのか、それとも勝負に興味がないのか。視線は一瞬こちらに向き、また少しだけ微笑む。
挑戦的でもあり、嘲笑するようでもあり、儚げで、悲しげで、困ったようでもあり、そうかと思えば逆撫でするかのようにも見えて。笑う。嘲笑う。嗤う。
違う。フィアが顔を変えているわけではない。
僕が、自らを客観視する僕の顔を、フィアの顔に重ねているだけだ。
◇
賑やかではあれど、グラウンドは徐々に落ち着き始めていた。
それぞれの居場所を理解して、各々が楽にしているみたいに見える。
だれてきた、とも、ほぐれてきた、とも表現できる。
フィアはさっさと元の場所に帰ってしまった。轟さん達も当然ではあるが持ち場に戻っていき、取り残された者同士というような形で、僕と如月が行動を共にしている。
女子ということを差し引いても、少々背が低い。小学校高学年の中に混じっていれば、見つけるのが困難だろう。
共に行動していると、こちらが保護者になったかのような錯覚が生まれてくる。栞や轟さんが、子供の僕を連れ歩いていたとき、こんな感覚だったのだろうか。
放送席近くのトーナメント表を確認すると、確かに不戦勝者が多い。両者とも棄権という試合まで存在した。一回戦の全試合がまだ終わらないうちから、既に二回戦を突破してしまった者がいる。
「ワタシも二試合目……ユー達の試合を見て、多少モチベーション落ちマーシタ」
口を開くことで、一方的に抱いていた親しみは一気に砕ける。
一応敬語だから失礼だとも言い難く。
「……できれば僕と話すときも、さっきの喋り方で頼む」
僕が言うと、如月は溜息で意思を示した。
「正直、この喋り方をやめたくはナイデース。ワタシの切り札『嗅覚操作』は、今の、この喋り方でいるときが一番上手くいくのデ」
「お前が外国人で、片言でしか喋ることができないなら話は別だ。でも、話そうと思えば話せるんだろ? 日本語として自然に聞こえる喋り方なら、何でもいいから」
喋り方を強制する。多少おこがましいことではある。だが、こちらのほうが年上だ。高校生相手に、これくらい指定しても許されるはずだ。
「承知つかまつった」
「もう一声」
「……分かりましたよ。これでいいですか」
やや早口になって、不貞腐れたように言う。
こちらが悪いことをしている、と責められているような、そんな気分になる。星熊のように喧嘩を売る奴が出てくるのも、当然といえばそうだろう。
溜息が出た。そして、
「……敵を作りやすいタイプだろうな、お前は」
冷静であれば、僕もそんなことは言わなかっただろう。
ルール変更で、結果的にフィアより有利な条件で一回戦を突破したこと。その苛立ちが抜けないせいで、僕まで彼女に喧嘩を売ってしまった。
「はっきり言わせていただきますが、喋り方くらいは自分の好きにさせていただきたい」
彼女は僕を見上げて、睨む。
「僕が我慢しろと?」
「はい」
「そうやって自分以外の全員に苦痛を強いるから、敵が増えていく。そうだろ」
「私が悪いのですか」
掠れる声に、こちらが怯む。
「……訂正するべき箇所があるってだけだよ」
はっきり悪いとも言えなくなって、そんな言葉で誤魔化した。
「でしたら助けてください」
敵意しかなかった目に、弱さが浮かんで。
「私自身にもどうしていいのか分かりません。母国語のはずなのに、合わない服を無理矢理着ているようでとても喋り難いのです。
あなたにとっては、私の今の喋り方のほうが、片言よりは自然に聞こえることでしょう。しかし私にとっては、どちらもまるで異国語のようです。
他人が私の口を使って喋っているかのようです。
どんな喋り方をしても、私は私の言葉に異物感を覚えずにはいられません。
あるいは私の口は、私以外の何者ではないかとさえ……」
早口で呪詛のようにまくしたててくる。
異物感。
「……その割に、すらすら喋るんだな」
嫌味、ではなく、多少感心しながら。
「すらすら喋ってはおかしいですか?」
「そういうわけじゃない。……悪かったよ」
僕は謝る。他に術が思い付かない。
「……いえ……こちらこそ」
如月は丁寧に頭を下げた。
敬語で喋る如月の姿は、充分、自然体に見えた。
だが、彼女はそれを認めない。外国人が日本語を口にするようなものだろう。聞き手にとって馴染みがあって心地が良い。それだけのことでしかない。
「家族や友達の前では?」
少なくとも僕よりは気を許せる相手に、彼女が見せる顔は、
「友達はいません。家族には、淑やかで利口な娘と思われていますよ。あれだって私ではない、まるで他人の言動ですがね」
上手く騙せている、ということだ。
「……いっそ、役者にでもなったら?」
職業としても、生き方として、一つの開き直りとして。
素質はあるはずだ。口に異物感。彼女にとっては人と接するあらゆる時間が演技で成り立っている。上手に世の中を渡ることができれば、大勢のファンに囲まれたコミュニケーションの覇者にもなれる、と思う。
実際、彼女は家族に対して、近いことをやってのけている。
「……役者、ですか」
「本物の如月彩乃にこだわらなければの話だけどね。ヤケクソでピエロになるより『使える役』を演じるほうが、何かと都合は良い。……その気になればできるだろ」
「ヤケクソは酷いですね。片言だって、あれはあれで開放的な気分になれますし、悪くありませんよ?」
その気はない、というように首を横に振りながら。
「あれが本当の如月彩乃だと、認めたくはありませんがね」
そう言って、ニヒルな笑みを浮かべた。
◇
「さあ、熱戦と棄権ばかりの一回戦もいよいよ最終試合に突入します! 『どうせこいつが勝つんだろう』と幾多の棄権者を生み出した凶悪娘、ソラガミの登場です! しかし運営は今日この場に限っては彼女よりも強い力を持っています! その力の名は『権力』!
勝負を決めるのは強さじゃない!
でなければ『ハンデキャップ』などという言葉は存在しない!
大番狂わせを起こせ! 『一曲も作ってないP』、霧生進!」




