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ソラガミ  作者: 大塩
4 不思議な二人
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4-11

「ダークホースと噂される奇妙な女、『シュールストレミング』の登場です!」

 二つ名をやたら強調して、瀬尾さんが言う。

 周囲が……特に、大人がどよめいた。


 鼬川さんはテントの中に御座を敷いて、銀色の水筒や弁当を広げてすっかりリラックスしていた、けど噂の奇妙な女の名前を聞いて、口からお茶を霧状で吹き出した。

 隣に座っていた私の膝にもちょっとかかった。

「ご、ごめん、フィア。忌々しい記憶が浮かんできちゃって……」

「知り合い?」

「そうじゃないのよ。ラーメンの具材にしようとして、うっかり爆発しちゃって……」

 

 シュールストレミング。

 それは世界一臭いと噂され、国によっては危険物扱いされるという食品の名前。

 一体どんな人が出てくるんだろう、と思っていたら、グラウンドに立つのはツインテールの小柄な少女。

 その姿は、ぼんやり見ていると小学生にしか思えなかった。

 綺麗な黒髪に、あまり身軽とは言えない、時期相応の赤いダウンジャケット。

「あ」

「え」

「お」

 私と鼬川さんと偽カイこと日下くんは、少女の姿を見て、ほぼ一斉にそれぞれの反応をした。

「……何、フィア、知り合いだったの?」

「力を渡した。でも、別に臭いものではないはずなんだけど……」


 如月彩乃。超能力者が増えたのと同時期に、私が力を与えた高校生。

 彼女はスタンド使いもびっくりの不思議なポーズをして、自己紹介。


「ハーイ! どーもメイドさん! 『シュールストレミング』デース!」


 人々は一斉に黙り込んだ。多くの人の心を、色々な意味で掴んだのは間違いない。

 そんな彼女と向かい合うのは一人のメイド。

「こうして見ると、イロモノ同士の組み合わせだな……」

 日下くんが言った。


「さあ、対するはメイドラーメンの秘密兵器、虹林心奈! かつては『ミラーガール』と恐れられたと自称していますが私は外来者なのでよく知りません!」

「うおおカタコト高校生め! この街の平和は私が……」

「じゃあはい! レディーファイッ!」

「え」


 突然始まる二人の勝負。

「相変わらず開始の合図が酷いわね」

 鼬川さんは呆れたように笑う。

 ……どうかな。後先考えずに行動する超能力者だって、少なくない。

 開始のタイミングが掴めない分、開始と同時に大技をぶっ放す、というようなことはどうしても難しくなる。リズムを掴ませない、という形の危険回避『だったりして』の域を出ないけど。


「フフフ……来ないデスカ? お互い時間がないデスよ?」

「生憎情報がなきゃ動けないもんでね!」


 警戒し合う二人。

 心奈の超能力は、相手の超能力をコピーする能力。正確には、相手が自分の能力だと思っている能力を使う能力。かなり特殊な状況だけど、思い込みの激しい相手に対してのみ、一方的に超能力を使うことができることになる。

 効果は一時的で、会話や喧嘩……二人称が適用される相手以外の能力は扱えない。つまり、勝負前に鼬川さんの力をコピーしていく、なんてことはできない。

 ……って、カイが言っていた。


 自発的に輝くことはできないけど、可能性は無限大。

 反射によって生まれる七色の光は、まさに虹だ、と。


「どっちが勝つかしらね」

 鼬川さんが問い、

「多分、如月が勝つ」

 日下くんが即答する。

「……何でよ?」

「虹林のだめなところは、鼬川さんも知っているでしょう。素質と性格の相性が絶望的というか。……策を練るべき力の持ち主が、何も考えずに土俵に上るんですから」


「こないのナラ、此方から行きマ―ス!」

 試合は急速に進展した。如月彩乃が手を広げて何か呟いた、と同時に心奈がそっくりそのまま同じ動きをする。と、二人とも顔に手を当て、立ったまま悶え苦しみ始めた。

「ぐぇえええええ」

「がっごぶぉおお」

 動きは小さいのに、まるで地獄絵図。


「は? 何? 大丈夫? 止めたほうがいい? 私これ止めたほうがいい?」

 瀬尾さんがたじろぐ。


 視覚的には映えない。

 けれど、固唾を飲んで見守る観戦者の方々の様子には、これまでのどの試合よりも緊張感があった。

 カイと星熊さんとの勝負にはどこかにあった安心感がない。

 ストレートな力のぶつけ合いほど、分り易くない。

 まるでウィルスのような目に見えない何かが、二人の間にある。

「……もしかして……ニオイ?」

 鼬川さんが顔をしかめ、鼻の頭を指で触れた。

「ええ、嗅覚ですね。ただ単に激臭を放つわけではなく、相手の嗅覚を操作して、直接……おそらくは、シュールストレミングの臭いを感じさせているんでしょう」

 カイと同じく、私達には視えないものを視る日下くん。彼には戦況がよりはっきり理解できるはず。瀬尾さんの隣に行ってくれば良いのに。……出場するならそうもいかないかな。

 嗅覚操作? 色んな意味で、凶悪な力。それを心奈がコピーして使うものだから、二人して激臭に耐える我慢勝負に発展。

 泥臭いけど壮絶。心奈は念仏のように小声で何かブツブツ唱えて、如月彩乃は地団駄を踏みながら天を仰ぐ。


「凶悪! 地獄絵図! しかし動きがない! 放送泣かせ!」


 如月彩乃はついに膝をつき、そのまま崩れるように、うつ伏せに倒れた。

「よし!」

 と、心奈がガッツポーズ。

 ……でも、倒れたら負けというルールはない。

 心奈の気の緩み、如月彩乃が倒れる動きの、不自然さ、硬さ、演技臭さ。

 そのとき僅かに、心奈の影が揺らいだ。


 私が如月に与えたのは、影を操る力だった。

 頭に、その後に起こることが設計図のようにイメージされていく。揺らいだ影は、塗り潰したかのように黒を濃くして。波紋を刻んで、その水面から、黒い腕が無数に伸びていく。

 その異変に、心奈は気付かない。

「……ツメが甘いわね。相手が倒れるやいなや、攻撃の手を緩めるなんて……」

 鼬川さんが溜息を吐く。

 心奈は、影から伸びた腕に足を取られ、そのままひっくり返されて倒れた。

「ちょ、な、何事! なんじゃこりゃああ!」

 腕は次々と増えていって、心奈を地面に縛り付ける。

 如月彩乃は立ち上がって、

「フフフ、ハハハ! ワタシの倒れる演技を見て油断しましたネ?」

 と、嬉しそうに笑いながら、地面でもがく心奈の傍へ寄った。

 心奈は相変わらず苦悶の表情。

「ぐぅっ……! ぐぉお、締め付けながら臭い攻撃も継続……! ど、同性とはいえ頑張ればセクハラで訴えることができるのでは……!」

「コピー能力とは恐れ入りマーシタ。but、二つ同時にコピーすることはできないようデスネー」

 優位に立って、余裕を見せ付ける如月。

 ただ、やや顔が引きつっている辺り、心奈からの臭い攻撃も続いてはいるみたいだった。我慢勝負が決着を迎えるのが先か、それとも、タイムアップが先か。


「ところで何で如月は片言なの?」

 私は鼬川さんに問う。

「素がない、とか何とかって聞いたわよ。被る性格によって超能力の性質が変わるとも」

「……ふぅん……」

 わざわざ気持ちを高めるために鋏を持つ人もいるし、超能力を操るために芝居をするのは分かる。でも、素がないから仮面を被るなんて馬鹿げた話。

「……理想が高い、のかな……」

 だから、そういう発想になる。

「どういうことよ?」

「完全に仮面を脱ぎっぱなしの人間なんていないよ。演技も含めて全ての自分を自分だって言い張れば、どんなに嘘だらけだとしても、全部が素だって言えると思う」


 でも、自分で嫌になるような自分の姿を、素だとは認めたくない。

 四六時中自分のことを嫌っていれば、自分の存在そのものを嫌うか、さもなくば素の……『本当の自分』を、行方知れずにするしかないんじゃないかな。

 それまでの自分の行動や喋り方……イメージを、素ではないとして捨てること。

 自己愛の希薄さの現れだと思う。


 影に抱かれてからも、心奈は踏ん張り続けた。

 時間さえあれば、逆転の糸口は掴めたのかもしれない、けど。


「はい時間切れー! ただ今の勝負、シュールストレミングの勝ち……でいいわよね? そういう流れだったわよね? シュールストレミングの勝ち! さあどんどん行きましょうー!」



 しばらく目ぼしい組み合わせもなさそうで、私は一人、食料の調達をしようと屋台に攻め込むことにした。

 人混みに足を踏み入れるなんて、いつ以来だろう。

 屋台の周囲には、祭の匂いを嗅ぎつけてか、イベントと関係ないであろう老人や親子連れの姿も多く見えた。的屋といえば、湧くのはとある恐ろしい方々のイメージ。ショバ代なんて払ってないだろうし、盛り上がり過ぎるのも問題だと思うけど。

「コーラ! 三百円頂戴いたしまーす! 次! オレンジジュース! 三百円頂戴いたしまーす! 次! うわ! フィア!」

 クーラーボックスに囲まれた店員は、二本の腕と一本の尻尾を巧みに操り、行列をどうにか一人で捌いていた。もはや人間業じゃない。

 実際、人間じゃない。そこにいるのは一人の宇宙人。

「忙しそう」

「ちょ、ごめん話してる余裕ない! ご注文は!」

「ラムネ」

「置いてない! ビンない! ペットボトル系しかない!」


 代わりにと強引にサイダーを掴まされ、お代を払うタイミングを逃して、ずるずると人の波に流されて。

 気付けば私は人混みの外にいた。

 テントの区別は時間が経つほど曖昧になって、出場者も観戦者も入り乱れていて。

 元いた場所を見失って突っ立っていると、後ろから、何かが私の肩に触れる。

「よぉ餓鬼。迷子か?」

 ジャージを着た金髪の長身。一瞬男性と見紛うも、ポニーテールの髪型が目に入るやいなや、各パーツの細々した女性的な部分が、浮かび上がるように、私に気付かれていく。

「……あ。……おどろきさん……?」

「正解。神様でも迷子になったりするんだな。……悪い、ちょっともう一回言って」

「敬う馬で驚」

「車三つで轟なんだよなぁ……」

 苦笑いする驚さんの腕章には、実行委員長の文字。

 その割には、見た感じ手持ち無沙汰。

「暇なの?」

「え、あ、うん、カイだけじゃなくてお前もタメ口なのな。えっと、屋台のほうがヤバそうだから、手伝いに行くところだ。で、迷子か? 顔色めちゃくちゃ悪いんだけど」

「……そうかな……?」

 だとしたら、人波に酔ったかな。

 いつも家にいるから、ギャップは流石に大きいのだ。

 額に手を当て、軽く俯くと、王泥喜さんが笑った。

「カイが褒めそやすからどんな女かと思ってたけど、案外、弱々しい奴だな」

 筋肉むきむきの怪力でも思い描いていたのかな。

「期待外れ?」

「多少はな。もうちょっと掴みどころのない、上品かつ無愛想でおっかない奴っていうイメージがあったんだけど」

 ロクなイメージじゃない。

「でも、子供のときのイメージとそう変わってないな。案外話し易そうっつーか、親しみ易そうな感じがする」

 車三つさんは、そう言って笑った。

 何だか人懐っこそうな、屈託のない笑み。無垢……とは違うけれど、眩しい。

 親しみ易そう。記憶している限りでは、そんなこと初めて言われる。

「……一言二言でそんなの、分かるわけないよ」

「まあ、特にこっちが抱いていたイメージが酷かったから余計にな。……お前、絶対に勝ち上がれよ? カイに当たるまでに負けたら許さん」

 そんな言葉を残して、彼女は行ってしまった。


 子供のイメージと変わっていない。

 というよりは多分、一度子供時代を思い出したことで、今の私が変わりつつあるのだと思う。馬鹿みたいに悩んで白い髪を隠していた過去を、子供だったの一言で切り捨てていた。

 如月と同じように、自分を行方知れずにしていた。


「おかえり。あら、ラムネなかったの?」

「サイダー万引きしてきた」

「ダメでしょ! 勝手に取っちゃ!」

 鼬川さんが私からサイダーを取り上げ、無理矢理百円を掴ませる。真剣な眼差しで見つめてくる。けど渡されたお金じゃ足りない。

「……ご、ごめんなさい……」

「私に謝ってどうするの! お店の人に謝って来なさい!」


 コントのようなやり取りをしながら、鼬川さんは隣を一瞥する。

 視線の先には、負けて戻ってきた心奈が体育座りをして、膝の上に顔をうずめていた。

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