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十二月二十四日、晴れ。
超能力者が、市営公園に集まった。
砂、白いテント、人、人、人。
イメージするのは、小学校の運動会。子供の姿が脳内で合成できる。
「あっちが出場者用テントで、観客用テント。ここはスタッフと場内放送用テント。隣がゴミステーションと、他のサークルが出店している屋台。目標は、大学祭の盛り上がりを超えることだ。……まあ、第一回目で達成できるとは思っていないが」
ジャージ姿に実行委員長と書かれた腕章を身に付け、やる気に漲った表情の轟さん。トーナメントには参加しないらしい。
「……仕掛け人が不参加か」
「どーせ、てっぺんにゃ立てそうにないしな」
自身の胸元を叩いて、ヘラヘラと、しかしどこか自嘲気味に笑う。本人の言うとおり、僕だって轟さんがてっぺんに立てるとは思っていない。だが、自分が頂点に立てると思って参加している者は、ほとんどいないはずだ。
「僕だって、正直フィアに勝てる気が全くしない」
「卑屈になっているだけじゃねぇよ。私にとっちゃ、勝ち負けよりもイベントの盛り上がりが重要なんだ。上手くいけば、仕掛け人は優勝者以上に名が知れ渡る。そっから新たなチャンスに繋がったりするかもしれん。手腕を試す良い機会だ」
僕とは違う土俵で、轟さんは轟さんなりに戦っている。
「私のためにも、盛り上げてくれよ? お前には、注目が集まるはずだ」
そう言ってニヤつく彼女に、笑いを漏らしながら、僕は目を背けた。
「……どうかな。今日は結構、個性派揃いだから」
出場者の格好はバラエティに富んでいる。
剣道着やユニフォームといった部活絡みの格好をした者から、古びた胴着を身に付けた、ゲームに出てきそうな謎の中年男性。おそらく色仕掛けのためだと思うが、ビキニを着ている若い女。勝負を捨てているのか、きぐるみが数名ほどいる。
「ああいう格好もありなんだ?」
「まあ、指定してなかったからな」
「しろよ」
服装によって有利不利は出てくる。既に公平とは言い難い。
「そういや道具の持ち込みに関しても特に制限してなかった。やべぇ。アナウンスで基本全部禁止にしようか。全裸」
「発想が古代人並なんだけど。……まあ、もう遅いよ」
服を統一すれば公平かといえば、それも複雑なところだ。
特定の服装でなければ使えない能力があるかもしれないし、能力を扱うために道具が必要という場合もあるだろう。精神を盛り上げ、安定して超能力を扱うためにわざわざ鋏を持つ、鼬川さんのような例もある。
溜息交じりに、轟さんは諦めたような笑い声を漏らす。
「ま、服装で勝負の行方が分からなくなるほどの接戦もねぇだろうし」
「そうかな? きぐるみの中にギミックを……とか、色々」
「まあもう仕方ない。数人の優勝候補だけの勝負になるより、一発逆転のルールの穴があったほうがいい。……それと、もう一つ」
轟さんは、徐に、僕へと手を伸ばした。
まさか握手、かと思ったが、よく見れば手渡しのジェスチャー。
「私だって、本当は自分の持つ超能力の可能性を試してみたい。出場しない私の代わりに、この力を使ってくれないか?」
「……自分で試せばいいのに」
「まあそう言うな。供物くらい黙って受け取れよ、神様」
人は集まっている。超能力者でない人も多い。冬季休業を迎えた生徒や学生、大人の姿も少なくはない。中には、仕事を休んで見に来た者もいるはずだ。
疑問はある。
超能力をビジネスにして、どうするんだろう?
誰にどうメリットがあるんだ?
街の外の人間が信じるだろうか?
認知されて、街はどうなる?
世界は、UFOや宇宙人の存在を思い出すだろうか?
フィアや栞が、見世物にされるだけじゃないのだろうか?
……考えるな。集中しろ。
決勝でフィアと会うまでは、何も考えるな。
◇
「あー、あー。えー、放送係の瀬尾でーす。配布した用紙に記載してあるルールなど誰も読んでいないと思いますので解説させていただきますー。ルールは簡単! とにかく相手をぶっ飛ばせ! ただし、相手に怪我などの損害を追わせた場合、運営は一切の責任を負いません! 治療費や損害賠償を払いたくなければ! そして逮捕や極刑になりたくなければ! より上手に手加減せよ! 細かいことを言いますと試合時間は三分、準々決勝以降は十分。勝敗は会場のムードを考慮して、私が判断します! とにかく私を納得させよ! つまり当事者間での合意があれば、じゃんけんで勝敗を決することも可能なわけです! 様々な超能力が存在する中で、暴力に限定した戦いは危険かつ不毛なので、このような自由度の高いルールとなりました! この大会はもはや私のものと言っても過言ではないわ! 私こそが神だったということよ! おほほほわーっはっはぐへへへ。それでは第一回を始めますので、エントリーナンバー、一番と二番の方は準備してくださーい! 時間を守らない人は失格になります!」
◇
「どんな力を持っていようと、時間を守らないと勝ち残れないのね……。フィア、あなたも気を付けないとね」
「いたっちーにフィア呼びを許可した覚えはないよ?」
「私もいたっちー呼びを許可した覚えはないわよ?」
「そしてルールの記載された用紙を貰った覚えもないよ?」
「私もないわよ?」
放送席に対してブーイングが飛んだ。といっても大勢がブーブー言うわけではなくて、限られた数人が大声で文句を言っているだけ。
用紙なんて誰も貰ってねぇじゃねーか! と誰かが叫んで、そうだそうだー! と誰かが続いた。ルール曖昧過ぎだろ! とか、お前次第かよ! とか。
「うるさい! 他人に敬語も使えないのか! だったらこっちもタメ口で放送してやるわよコノヤロー! 用紙は今からPDFでクラウドに掲示するから待ってろ! スタッフ誰かノートPCと元のデータ……ん? 持ってきてない? だったらさっさと取りに帰れぇええ!」
楽しそう。放送の自由さが、何だか羨ましい。
「フィア、何笑ってんの。……瀬尾さんの機嫌を損ねたら負けるってことよね、つまり」
コートのポケットに手を突っ込んだ鼬川さんは、呆れ気味に笑っている。
「ケースバイケースで柔軟に対応できる、と好意的に捉えるしかないかしら」
超能力を利用して、他の何かを成す競技……ではなくて。
超能力そのものが勝敗を決する競技だからこそ、勝敗の基準が組み合わせによって変化する。不平等でめちゃくちゃだけど、そもそも超能力は不平等でめちゃくちゃなもの。
一つ気になったのは、
「でも放送のとおりのルールなら、感情や考え方を操作する超能力者がいた場合どうすんの?」
瀬尾さんを対象に、それを使えば?
「……あー、確かに」
鼬川さんが苦笑いを浮かべる。
後ろで、メイドの一人、虹林心奈が慌てて、
「どどど、どうします? 運営に報告します?」
無意味に地団駄を踏み始めた。
「まあでも、大丈夫なんじゃない? 集まった超能力者全員を敵に回すような真似、したらただじゃ済まないでしょうし。乱闘騒ぎになってイベント失敗したら、一番痛いのは運営側でしょ? 多分、きっと、対策も……」
「果たして、三流大学の学生がそこまで賢いか……」
「やたら偉そうなニートね」
鼬川さんの呆れた目。逆撫でするように、微笑んでみる。
メイドラーメンの面々は、ほとんどが相変わらずのメイド姿。
例外は数人。出場しない鼬川さんはコート姿、男性スタッフの偽カイこと日下くんは、普通に動きやすそうなジャージ。
そして一体、きぐるみがいる。
「……何それ。狐?」
「イタチのきぐるみよ。私の名前をもじって、勝手に作ったみたい」
白い体に、鋭くて細い目。そのイタチのきぐるみは服を着ていて、『メイドラーメン甘恋』と赤字のゴシック体で書かれていた。
「もしかしてメイドさん達、お店の宣伝のために参加してるの?」
「これだけ人が集まる場所で何もしないなんて、商売人失格でしょうよ。うちだけじゃないわよ? ほら、ホテル冥王星、呑天にゃんにゃん倶楽部、黒猫メイドカフェ……」
看板を持っていたり、猫の格好をしていたり。
「主催は学生なんだよね?」
それにしては、ちょっと問題のあるお店ばっかり。
……なんて話している間に、最初の勝負は終わっていた。
「あー、あー。えー、ただいまの勝負、短剣符閃光の雷短剣符くんの勝ち! どうして彼はハンドルネームでトーナメントにエントリーしてしまったのか! 非常に気になるところです! 続いて二回戦始めます! 次々進むので三戦目以降の人達も準備しておいてくださーい! トーナメント表はスタッフ用テントのところにありまーす!」
鼬川さんと心奈が、は、としてグラウンドに視線を送る。
「……どうしたの?」
「トーナメント表見てないの? 次、いきなりすごいんだから」
二試合目。
グラウンドには。白線が二本、距離を開けて引いてある。イメージとしては、極端に両者が離れた特殊な土俵。勿論、土俵際なんてものは存在しない。放送されたルールが全てなら、たとえ両者がテントの中に転げてグラウンドをすっ飛んでいったとしても、瀬尾さんが納得しない限り勝敗は決しない。
その白線に立つ二人。
一人は、血染めの着物に身を包んだ、髪の長い、他称、赤鬼。
一人は、……赤いジャージに身を包んだ、自称、鬼。
一瞬、カイの視線が私を見つけて、睨んでくる。
――別世界の神としてでなく、同世界の人として認めてくれている。
彼の敵意に、私は思わず微笑んでしまった。




