4-4 三鬼夜行
時間帯の割に、道路沿いは車や建物からの光で眩しい。
深夜の国道沿い。野郎が二人でこんなところを歩いていれば、普通は目に映る車種とか、金とか女とか……そうじゃなければ漫画とかアニメとか、音楽とか、ビジネスとかの話になるのかな、と想像してみる。僕と、僕をメイドラーメンから連れ出した自称鬼は、こんな歳でネリケシの話をしながら歩いていた。
……しかも、あまり盛り上がっていない。僕は思わず、
「もうやめよう、この話」
と、無理矢理会話を中断させた。
探られている気がする。星熊透生は、日下穹が何者なのかを調べようとしているようだった。
当り障りのない話題になった理由は、この場にいる三人目に気を遣って、でもある。子供になってしまったフィアが、星熊透生の背中で眠っているのだ。
彼女がカイ以外の男に触れていることが、少し悔しかった。
僕にロリータ・コンプレックスの気はないはずだが。
いや、別に幼児に何か感じているわけではなくて。
そこにいるのが、最初に見た天乃宙の姿だから……?
「……隠す気はないんだな」
星熊が言った。
フィアに視線を向けていた僕は、思わずビクリと体を震わせる。
「な、何を?」
「自分が雨野空の複製だってことを、お前自身も、お前の周囲も大っぴらにしてんだなって。双子とか兄弟とか、いくらでも誤魔化しようはあるだろうによ」
「まあ、バレて都合の悪いことなんて、ほとんどないから。強いていえば、戸籍がないことが大っぴらになれば、ちょっとした不審人物扱いを受けるかもしれないとか」
社会的な問題なら、ある。
だが、そんなことは些細なことだ。仙人だった存在が、俗世に振り回される必要はない。手段を選ばなければ、どうやってでも生きていける。
そもそも、偶然生まれた日下穹という混合物が、無理して生きる必要もない。
「――ふぅん」
への字の口と、睨むでも呆れるでもない、何か言いたげな目。
「……納得できない?」
「別に。ただ少し、可哀想に思えてな」
「それ、何となく不快だよ」
「感想くらい自由に言わせてくれや。……それと、確認したいんだが……お前の名前。穹は分かるとして、日下ってのは何だ?」
「精神のほうの、名前。……だと思う」
星熊透生とは、僕が雨野空として生きていた頃、大学で出会っている。
大きな才能を持っている上に超能力まで持っているようだったから話してみたら、「超能力者じゃなくて鬼」と返してきた変わり者。高校は出ていないらしく、年齢は僕の一つ上だという。
大学をやめて、もう会うことはないと思っていた。
自動販売機の前で、彼は立ち止まる。
そして小銭入れを探りながら、徐ろに口を開いた。
「どういう経緯で、雨野空の体が二つになったのかは知らねぇ。だが精神。日下のほうには、心当たりがある」
「……仙人に?」
意外だった。仙人の潜んでいた山の近くに住む人々が知らないことを、街の外……遠くから現れたヨソ者が知っている、と。
「およそ百年ほど前、この街と似た状況になった地域がある」
「……超能力者が、現れた?」
「当時は、彼らを超能力者とは呼ばなかった。……ついでに、この街の超能力ほど受け入れられはしなかった。忌み子扱いさ」
「……それが『鬼』か?」
星熊は頷いた。
「そういうことだ。あんまり言われるんで、結局彼らは自分から『大江山伝説の鬼の子孫』という設定を作ったんだ。だが鬼にも色々いる。人々があまりにも鬼を恐れるもんだから、需要に答える形で、『鬼』の一部は、鬼を消す『鬼狩』となった」
星熊は自販機の缶のコーラを押した。
ガコン。星熊は飲み物の取り出し口にそーっと手を伸ばす。背中のフィアに気を遣ってか、動作がゆっくりだった。
「鬼が茨木や星熊を名乗る一方で、鬼狩の間では坂田や渡辺……も勿論好まれたが、それ以上に、光に関係する名を持つことが流行った。明石とか、光村とか」
光。日の下なんて、眩しいだろうな。
星熊の視線が、自販機から僕に移る。彼は不意に、僕に向けて掌底打ちを仕掛けてきた。
「うぉ、ちょっ!」
僕は仰け反るような格好で避ける。僕に向けられた星熊の掌から、ポンと目玉が発生した。目玉を飛ばすのは、仙人の力だ。
彼の握った目玉は、ぎょろりと僕を見る。
「鬼は超能力を技へと育てた。ちゃんと基礎があるから、この街の連中ほどの個性はない。そして、お前の力は俺達と似通っている。死体から死体へと渡り続けた精神体『仙人』。その正体は」
と、そこまで口にして、彼はコーラを一口飲んだ。
それから豪快にゲップをした。
「その正体はオゲェエエって酷いな。……鬼狩だったんだとすれば、何でそれが仙人になるんだよ」
「鬼狩としての人生に、嫌気でも差したんだろ。名前も何もかも捨てて……お前は山に身を隠した」
星熊は、コーラの缶を握り潰すと、そのアルミの塊を僕に投げ付けてきた。僕は右手で捕球する。
「お前は山の怪異となり、いつしか人々の間で仙人と呼ばれるようになった。人の体を奪いながら生き続けるうちに、自分でも自分が何者か分からなくなって、自分でも自身を仙人だと思い込むようになった」
「……覚えていないから、何と答えれば良いか分からないけど」
所詮、想像の話。そうやって受け流すべきか。
「自分じゃ結構良い線イッてると思うんだが?」
「根拠がない」
「……だな。俺としたことが、アカデミックでない」
あり得る話だと、受け止めるべきか。
僕は、アルミを投げ返す。
「気になったんだけど、鬼もUFOと関わりがあるのか?」
星熊はそれを捕り、首を横に振る。
「あるかもしれんし、ないかもしれん」
「どっちだよ」
「分からん。少なくとも、俺はUFOを見たことがない。そういや、超能力って遺伝すんのか?」
「さあね。鼬川さんの友達の超能力者に、何人か子持ちがいるけど……普通の子供ばっかりだよ」
「……なあ、超能力って結局何だと思う?」
彼の投げたアルミを、今度は捕り損ねた。
何、……て、何だ。
「不思議な力」
としか、
「馬鹿野郎」
他に答えようがない。そんな僕に呆れるように、星熊は自分の髪をワシャワシャと掻いて、溜息を吐いた。
結局、超能力とは何なのか。
過去に鼬川さんや栞と、何度も繰り返した話題だ。
納得できる答えは幾つか挙げられた。ただ、全部根拠がなかった。
この話は疲れる。
「……意味がないよ、分からないこと話したって……」
「防衛手段なんじゃねーかと俺は思う。危険が迫って解禁される武器」
「防衛?」
「終盤じゃねぇと脚本家が解禁しない、スペシウム光線みたいなもん」
嫌がる僕の意思を無視して、強引に話が進んでいく。
僕は首を横に振る。
「……人殺しや肉食獣に遭遇して、何の力にも目覚めることなく殺される人物は大勢いる。でも危機に直面して超能力に目覚めたなんて話は、聞いたことがない」
それに、九年前はともかく、二度目。ついこの間、宇宙人が雨野空の目を回収しに来たなんてことは、ほとんど誰も知らないはずだ。
脅威を認知していない人々が、脅威から身を守るために武器を握るだろうか?
「脚本家って言ったろ? スペシウム光線は、ヒーローの……スーツアクターの意思じゃ出せねぇんだよ。力を解禁するのは……社会とかこの星そのものとか……神様、なんじゃねーか」
宇宙人を撃退するために、この街の人々が超能力に目覚めた?
「そして、その不思議な力がいつまでも解放されっぱなしなのは……勿論、単に一度開けばロックできない仕組みなだけかもしれんが……」
口を開けたまま黙ると、彼は遠慮がちに僕の表情を見て、
「栞さんがいるから、じゃねーかな」
「――もうやめよう、この話」
続けたところで、気分が落ちていくだけだ。




