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ソラガミ  作者: 大塩
4 不思議な二人
34/52

4-1

 僕は知らない部屋にいた。

 テーブル、テレビ、ベッド。一通り生活に必要なものが揃った、あまり広くない部屋だった。隣にキッチン、その先に玄関。


 まだ一人なら、無理矢理にでも理由を作れそうだった。眠っている間に親戚の家に運ばれたとか、泥棒が入って、僕を連れ去ったとか。

 だけど、部屋にはもう一人。

 学校のクラスメイトが眠っていたのだ。


 ――白髪の女。

 神童という言葉がしっくり来てしまう、神様みたいな存在。


「アマノソラ」

 彼女の名前を唱える。

 それは、同時に僕の名前でもあった。お互いにあだ名もないから、今のところは「くん」と「さん」で呼び分けられている。

 彼女は教室では見せないような、幸せそうな表情で眠っていて、しばらくは起きそうになかった。


 ――何故か、アマノさんの胸元は光っていた。


 僕のほうも光っていたが、彼女のそれは僕の比ではなかった。

 僕がその光に触れようとした、そのタイミングで、よりによって目を覚ましたアマノさん。

「ひぎゃああ!」

 ビンタが、僕の頬に綺麗にヒットする。

「何! どこ! 何で私とアマノくんしかいないの!」

 その目は完全に悪者を見る目だった。普段、絶対に見せないような慌てっぷり。いつも、何でも分かったような顔をしているくせに。……それとも、普段何でも分かっているからこそ、理解できない状況が怖いのかな。

 幾分か、僕のほうが冷静。

 相手がこの女というだけで、ものすごい優越感が湧き上がってくる。

「……状況は、僕もよく分かってない」

「犯罪者! 変態!」

「そんなことより、お前のその光、何?」

「光? 何、いきなりわけ分かんないこと言って」

「ほら、その、それ」

 僕はアマノさんの胸元を指差す。

 アマノさんは一応、自分の体に視線を持っていった後、

「誤魔化さないで! 何なの、どこなのここ!」

 半狂乱だった。珍しい。

 そんな調子で彼女はしばらく僕を罵倒した後、部屋を軽く見渡して、ちょっと頭を下げた。

「……ごめんなさい」

「流石に言い過ぎた、と?」

「そうじゃない。ただ、今この場所に私達がいることって、変態とか犯罪者とか、そんな甘っちょろい事態じゃないかもしれないから」

「え? つまりどういうこと」

「……ほら、あれ」

 彼女は部屋の一角を指差した。その先には、開発中のはずのゲーム機が、埃を被って置いてある。それから、今度発売される格闘ゲーム……の、続編のパッケージが床に投げ捨てられている。


 ガチャリ、と音がした。

 シャリシャリと買い物袋の捩れて揺れて、誰かがこっちに来る。

 アマノさんがさり気なく僕の後ろに回った。盾にしようとしてるらしい。仕方ないので彼女を庇うようにして、拳を構える。

 ……アマノさんも僕も、震えていた。

 怖い。これから誘拐犯が帰ってくるのだ。家族に身代金を要求するのか、それともいきなり殺すのか。

 でも、二人で抵抗すれば、あるいは……。


「ただいま」

 玄関から上がってきたのは、若い女の人だった。

 彼女は面倒臭そうに僕らを見て、

「あら起きたのね。……逃げてくれりゃ良かったのに、何でご丁寧に残ってんのよアホなの?」

 と、呆れたように言った。その人も僕やアマノさんと同じように光を持っていたけど、僕らに比べると弱い。

 大人、という雰囲気だった。全てが面倒臭いといわんばかりのくたびれた目をしているのに、何故か、ものすごいプライドの高さを感じる。

「……あの、ここはどこですか?」

 僕が聞くと、その人は言い訳する子供みたいに頭を掻いて、

「地名は呑天よ。大学の近くのアパートの一室」

 と答えた。面倒臭そうだった。

「何で、僕達はここに」

「あんまり一度に聞かないで。後でこっちから色々言うからさ。とりあえずゲームしてて良いわよ?」

 それだけ言って、すぐ隣にあるキッチンの冷蔵庫を開けた。買い物袋の中の食品が、その中に移されていく。

「そもそも誰なの?」

 アマノさんが問う。

「だから後で……ああもう、何て答えれば納得するかなぁ! 名前を言っても仕方ないし。えっと、名前は瀬尾せおです。瀬尾お姉さんと呼んで頂戴ね」

「瀬尾お姉さんは何者なの?」

「えーと、大学生。……違うなこのやり取り。私が大学生だろうと何だろうと、あなた達には関係ないし。ただその、あれよ。あの、あなた達の親に預かっといてって言われたから預かるわね」

「それって誘拐犯の常套句では……」

 僕の言葉に、顔を引きつらせ、

「あはは、アマノくんは随分難しい言葉を知ってるのね。常套句って小四の言葉かぁ? ……ははっ。泣きてぇ。どう考えても私ってば誘拐犯だぞこれ。フィアちゃんめ、私のこと恨んでたのかなぁ」

 瀬尾さんは大きく溜息を吐いて、

「本当に、その、逃げたかったら逃げても良いのよ」

 と、キッチンのすぐ隣、玄関を指差した。



 逃げずにゲームをしていたら日が暮れた。

 閉じ込められているわけでもないし、呑天から永束までなら、頑張れば歩いてでも帰ることができる。

「……アマノさんは、いつ帰るんだ?」

 聞くと、彼女は首を傾げて、

「帰りたいけど、帰れない気がする」

 と、ちょっと悲しそうに、俯いて言った。

「誘拐されてるから?」

「それもあるけど……だって、私達のいた世界では、このゲーム機はまだ発売されてなかったんだよ?」

 それは確かに不思議だった。

 だけど、全く説明がつかないわけではない。

「そんなの、瀬尾さんが金持ちで、特殊なルートで手に入れた……なんてオチだろ。それか、関係者だったか……」

「私は、ここは未来なんだと思う」

 それが当然の考え、みたいにサラっと言ってしまう。

「……流石、神童の言うことは違うね」

 そんなことあるわけない。あったとしても、ゲーム機一つでその結論を出すのはあまりにも飛躍し過ぎだ。

「ゲーム機だけじゃない」

 アマノさんの指が壁を差す。……カレンダーに書かれていた今年は、僕達の生きていた世界より九年も未来だった。。

「ほらね」

 勝ち誇った顔で言われて、ちょっと腹が立った。

「……何か、テレビの企画でそういうドッキリがあるだろ……?」

 そうだ、ドッキリだ。何となく、瀬尾さんがテレビ関係の人に見えてきた。モデルとかアナウンサーとかお天気お姉さんとか。きっとどこかに隠しカメラがある。そうに違いない。

 瀬尾さんはキッチンで料理中。

 インスタントラーメンと白米を混ぜたり何だり、結構めちゃくちゃだけど。


 ガチャン、バンッ!

 と、乱暴な音で、誰かが玄関から入ってきた。

 赤い髪に白い肌。不健康な雰囲気の、男の人だった。瀬尾さんと違って、眩しい。その光は、アマノさんにも迫る程の強さを持っていた。

 その人は顔を見せるなり、

「ふざけんな! 何で子供の靴があんだよ! 二足も!」

 と怒鳴り散らした。

 瀬尾さんは面倒臭そうな顔をして、

「事情があんのよ、事情が! ただいま、くらい言えないの?」

「言っただろ!」

「言ってないわよ! あと家族が二人増えました!」

「色々とぶっ飛んでるな! そこの二人か?」

「可愛いでしょ?」

「誘拐? 軟禁? 監禁? どっちにしろ俺達、このままだと罪に問われるんじゃねーの!」

透生とおるくん、実はね、こう見えて二人とも猫だから大丈夫なのよ」

「え? 猫なのか?」

 え? 猫だったの?

「化猫だから霊力のない人は化かされます」

「は? ふざけんな俺のほうがお前よりは霊力あるわ! 大体、猫なら二人じゃなくて二匹と言え! 基本的に猫を二人とは数えません!」

「仮にも人間の子供をそんな数え方したら失礼でしょ!」

「お前言ってることめちゃくちゃだぞ……」

 男の人は瀬尾さんに呆れた表情を向けた後、僕達の顔をまじまじと観察し始めた。そして、

「雨野空に似てるけど、親戚か?」

 まさに僕の名前を口にした。驚く僕。不思議そうな顔の彼。

 瀬尾さんが料理の手を止め、

「そういえば同期なのね、透生くんと雨野くん。私は名前を聞くだけで、直接の面識はなかったけど……」

「向こうはすぐ退学したけどな。超能力者ですかって聞いてきたから、鬼ですって答えた。交わした会話はそれくらいかな」

「何か違うの? 超能力者と鬼」

「違うかどうかで言えば、違わねーよ」

「じゃあ、鬼なんてイタい名乗り方せずに『はい超能力者です』で良いじゃない」

「お前、星熊ほしくまの一家まるごと馬鹿にしたぜ今」

 何か、どうでもいい方向に話が進んでいるけど。しかも超能力とか何とか、意味の分からないことを。

 いやちょっと待って。

 何で、僕が大学で授業受けてたことになってんの?

「……まあ、アマノソラのことは後だ。問題は、猫を飼うかどうかだぜ」

「え? 猫? バカなの? 子供二人を養うかどうかでしょ?」

「とりあえず二匹とも逃してくる」

 透生くん、と呼ばれている彼は、僕らを本当の猫のように、それぞれ片手で持ち上げた。おふざけモードだった瀬尾さんが慌てて透生さんを止める。

「待って待って! 違うのよ、二人とも立派に育ててねって言われてんの! 遺言だし守んないと気味悪いじゃないの!」

「ハァ? 遺言って誰の?」

「私のネット友達で栞ちゃんのリア友よ!」

「知るかそんな奴!」

「ちなみにソラガミって呼ばれてるわ」

「前言撤回! 知ってた! え、死んだのか?」

「色んな意味で死んだも同然っていうか。今、透生くんの左手に掴まれてる女の子がそれよ」

 透生さんはきょとんと目を丸くした後、まじまじとアマノさんを見つめた。

「意味が分からん。確かに白髪の子供なんて普通ありえんと思ったけど」

「若返ったのよ」

「……つーことは、まさか」

 透生さんの視線は僕へと移る。

「男のほうは本物の雨野空?」

「……本物も何も、僕は雨野空ですけど」

「雨野空なのか!」

「雨野空ですよ!」

「そうか……雨野空なのか……」

 透生さんは聞かせるように溜息を吐いて、それから瀬尾さんに言った。

「大体、育てろって何だよ。俺達まだ大学生だぜ? 養う金もないのに」

「え? 透生くんがヒモを卒業すれば良いじゃない」

「働いたとしても二人は難しくないか?」

「じゃあ、一人は大丈夫なのね? 分かったわ」

「あ? まさか、どっちか一人切り捨てる気か! そっちのほうがムゴいわ!」

「大丈夫、男の子だから、逆境の中でも逞しく生きるわよ」

 どうやら僕だけ捨てられるみたいだ。

「じゃあ、捨ててくるわ」

 僕だけ透生さんの小脇に抱えられる。玄関へと歩く透生さんを、待った待ったと瀬尾さんが止める。

「何だよ! 俺何か間違ったか?」

「大間違いよ! 存在が!」

「酷ぇ!」

「それに人間はそう簡単に捨てられないのよ! 私だって、できることなら役立たずのヒモ男なんか捨てちゃいたいわよ!」

「酷ぇ!」

「せめて、新たな飼い主を探す努力はしなきゃ!」

「アテでもあんのか!」

「カイくんのほうは、叢雲ちゃんに預かってもらいます」

 叢雲ちゃん?

「栞さん? あの人、何となく断れなくなって困るタイプだろ。なんつーか気が引けるんだけどな……」

 栞さん?

「何よ惚れてんの?」

「は? ヤキモチかよ」

「いやいっそのことヒモ一人もセットで引き取ってもらおうかなと」

「酷ぇ。あ、こら、まだ電話すんな!」

「もしもし瀬尾でーす」

 ……叢雲栞。僕の、前の学校の同級生の名前。

 栞は小学生のはずだ。だけど少なくとも、瀬尾さんや透生さんの彼女に対する扱いは、小学生相手のそれじゃない。

 アマノさんを見る。

 すると彼女も僕に目を遣り、悲しげに微笑する。


「――ほらね。やっぱり、ここは未来なんだ」

瀬尾と星熊は前作の人達です。

でも前作に伏線が! とかではなくて単に作者が我慢できなかっただけなのでご安心ください(?)

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