3-12
襲い掛かってくる光。
視界は白に覆われ、あまりの眩しさに目を閉じる。
光速についていけるような反射神経は、俺にはない。
だが、それは雷も同じだろう。速度を手に入れたからといって、乗りこなせるかどうかはまた別の話。
前方へ向けて、俺は手を伸ばす。
何かを掴む。ちょうど腕くらいの太さの何か。しかしそれは、うなぎのようにスルリと俺の手を抜け出した。
光に焼かれた目が、すぐには闇に馴染まない。暗くて前が見えねぇ。
「……おいおい! 普通、光を掴もうとするか? んで実際掴んじまうなんて、常識ハズレもいいトコだぜ……」
「常識ハズレって……光になれるお前が、それを言うのか」
じんわりと、視界が暗闇に慣れてきて、
「ヒヒッ、そのとおりだな。だが、まぐれ当たりが何度も続くと思うなよ!」
光になる。その直前、雷の視線が左に動く。分かりやすい。咄嗟に、俺は手を伸ばす。すると光のほうから、俺の手の中に飛び込んでくる。
そして、俺は雷の脚を掴んでいた。
バランスを崩して、二人とも地面に転げる。
俺は雷の脚を逃がさないよう、両手でしがみつくように抱える。
「離せ! 糞、」
もう片方の脚が俺の頭を蹴る。俺は怯んで呆気なく彼の脚を離す。
次の行動に身構えて……というか恐れて、すぐに立つ俺。
雷は倒れたまま両手を頭の上に置き、
「休戦だ、休戦」
苦笑いしながら言った。
「まだ始まったばかりだろ」
「うるせーよ。勝負なんて半分くらい着いたようなもんだろ?」
「蹴り一発だけで勝ったつもりか?」
「そうじゃない。俺が負けてんだよ。……仮に、もしお前が仲間を連れてきていたとしたら、俺はボコボコにやられてるだろ? 光は最強だと思っていたんだが、どうも絶対的優位ってわけではなさそうだ。つーかお前、何で光速に対応できてんだよ?」
「教えたら、不利になるだろ」
教えるほど大層なことではない。
雷は、あらかじめ着地点を決めてから動いている。多分、自身の速度に、頭が追い付けないからだ。
綿密に計算された配球には対応できなかったかもしれない。だが自分の力を過信している雷が、そこまで考えているわけもない。
だから、単に視線を読んだだけ。
雷が駆け引き上手なら、俺は一方的に負けていたはずだ。
「……まだ終わりじゃないだろ、雷」
絶対的な自信が揺らぎ、明らかに弱腰になっている雷。疲れた表情。
何となく、気持ちは分かる。てっぺんに立てないことを悟った途端、さっぱりメロディが浮かばなくなる。そんな感覚。
その点、俺のほうはノッてる。……もう少しで掴めそうなんだ。
性能差はあれど、今なら勝てる。
「ハッ、負けてたまるかよ!」
どこか自虐的に、雷は吠えた。
攻撃は単純。単調。同じリズム。
光が空間を支配するなら、音楽は時を支配する。
メロディがなくてもハーモニーが成り立たなくても、耳がないとしても、人はリズムを聴くことができる。目を閉じていても反応できるほどに、雷の動きは読めるようになった。
だが掴んだ後は、殴る蹴るの泥仕合。
何度もそれを繰り返すうちに、劣勢になったのは俺のほうだった。
「……霧生、いつまで続けるつもりだぁ?」
唇から血を流しながら、雷が笑む。喋るほどの余裕は、こっちにはない。
勝負の行方を左右するのは超能力だけではない。高校で嫌でも体を動かす雷と、退学して以来、乱れた生活を送っていた俺では、体の動きからして違いがあった。光とか神様とか言う前に、向かい合っているのは男と男。
「もう光にゃならねぇ。素の人間の動きのほうが、お前には読みにくいだろ!」
そのまま走って突っ込んでくる雷。
掴む。何を? 能力を使わなくても、雷には触れられる。
超能力によるアドバンテージがないから、追い詰められてんだろ……!
咄嗟に、ナイフをイメージする。
それを掴んで、雷に向ける。勿論、空想は空想だ。可視化しただけ。
それでも、刃物は怖いだろう。一瞬、怯ませるには充分。
「うっ……」
雷が一瞬、迷う。
その隙を逃さない。決める。俺は拳を握り、
「舐めんじゃねぇええ!」
深い一撃を食らって、こっちが嘔吐する。
雷の膝が、俺の腹に食い込んだのだった。
「俺が最強でないこたぁ分かったぜ。……だが、依然強いことに変わりはない」
「……そっすか」
結局、自信がないんだろう。
他人を裁いて、率いて、勝たなきゃ、自分の価値を認められない。それが、お前なんだろう。
だったらもう、譲ってやる。
痛みを素直に受け入れ、俺はその場でへばった。
◇
日曜日の午後三時。
何故か如月に誘われ、俺はメイドラーメンにいた。雷も来るという話だったのに、今のところ二人しかいない。
眼帯は付いておらず、以前は派手だったツインテールの色は、無難な焦げ茶。
今日のこの人の外見、割と常識的なんだけど。
「雷ほどの力の持ち主じゃったら、もっと高くまで飛べたのにのう」
水を飲みながら、如月彩乃は俺を責めるように言った。何その喋り方。
「お前を仲間にしとらんかったら、雷はまだ止まることはなかったはずじゃ。……何か大事を成しとったかもしれんのに、本人が自分の可能性を見限ってしもうた」
この場所を選んだのは、俺への文句という形で、間接的に店長達に不満をぶつけることができるからだろう。何その喋り方。
結局、俺は雷に負けた。だが、雷にとって俺との喧嘩は、一つのターニングポイントとなったらしい。光を掴む、非常識な人間の存在。自分の力に絶対の自信を持っていた雷にとって、一撃食らっただけでも大きなダメージだったのかもしれない。精神的に。
話題が話題なだけあって、メイドさん達は俺達を気にしている様子だった。客として来ていた宇宙人さんは、カウンター席から如月を指さし、
「あいつ、カイに似てるよね?」
暇そうな鼬川店長に語り掛ける。
「え? あの女の子? 顔が?」
「考え方です。あの子の雷への過信。カイのフィアに対する信仰心……に近くないですか? 個人的な好意というよりは、才能への畏敬」
「単に嫉妬とも言えそうだけどね」
「……にしても、前はあんな喋り方してなかったと思うんだけどなぁ」
宇宙人の栞さんが首を傾げる。俺はあえてノータッチで会話を進めていたが、もう我慢できない!
「……何! その喋り方!」
何だよ、この止まらない西日本臭!
「私が仮面を被って言葉を発するのは、今に始まったことでもないじゃろ?」
「できたら外して欲しいんですが」
「断る」
「断るな!」
「素の喋り方が自分でも分からんけん、外そうにも外せんわ」
「……母国語は日本語以外の何かですか」
「単純に、コミュニケーションの方法に難があるだけじゃろ。それを治せ治せと言われても、急に今すぐ治りはせん。……それに、あえて今この喋り方をしとるのには理由があるんよ」
如月は俺の顔に手をかざした。
――音が、下がる。
まるで重力に落とされているみたいに、音のピッチが下がっていく。
「え、ちょ」
自分で発する声もおかしい。
ヤバイ、下手したらまともに音楽できなくなるんだけどこれ!
「お前、こんな力を隠してたのか……?」
確か如月は、能力を二つ扱うことができたはずだ。一つは、相手の色覚を操作する力。もう一つは影を操る力。
「いや、最近見つけたばっかしよ。不思議じゃろ? 話し方を変える度に、私の能力までもが性質を変えるんよ」
「え? これ、戻るよな? これ戻るよな?」
「戻らんよ。お前の聴覚は一生そのままじゃああ!」
「うわああああああ!」
「まあ、そろそろ戻してやるか」
如月が俺に手をかざす。徐々に、音が元に戻っていく。
「話し方を変えるだけで、こんな恐ろしい力が……?」
「まあ言葉だけじゃなく、キャラもちょっとだけ変えとるがの。自在に演技のチャンネルを変えられるようになれば、状況によって能力を変化させることもできるようになるかもしれんのう」
力を変えるために、キャラをコロコロ変えてしまうとは。
「友達いなくなるぞ、それ」
「元からおらんが?」
友達って何? とでも言わんばかりに首を傾げる如月。しまった、地雷を踏んだっぽいぞこれは。
彼女は軽く自虐的に「フフン」と笑ってみせ、
「友達がおらんからこそ、満たされん感情が爆ぜて、超能力に夢中になれたんかもしれん。実際、学校の中でも、満たされていそうな奴らほど、超能力に興味を示さんかったからのう」
結構多くの超能力者を敵に回してる発言ですよね、それ。
案の定、カウンター席周辺が反応。
「言われてますよ、鼬川さん」
宇宙人さんが、ニヤニヤしながら店長に言う。
「あんたもでしょうが!」
児童向けギャグ漫画みたいなツッコミをする鼬川店長。
「んー? あたしは超能力者じゃなくて宇宙人ですから」
「ぐっ……まあ実際、ソラガミは不満を持った人間ばっかりターゲットにしているから、的を得た発言ではあるのかしらね」
宇宙人さんが俺を見る。
ソラガミさんに能力を与えられた……ターゲットにされた俺を、嗤うような、憂うような、明暗どっちつかずな微笑み。
暴走したという意識はない。喧嘩の後で仲が良くなるというのは事実のようで、あの一件の後、雷との関係も良好。
何事もないからこそ、この力を持ったままでいることが怖い。
何をしでかすか分からないカードが手元にある。そんな、頼もしさと不安が入り混じったような感情。
「ほいじゃが、満たされん孤独な状況こそが、才能を開花させるのに相応しい環境じゃ。せっかく出会えた不思議な力。私はもう少し、超能力のことを深く調べてみようと思う」
如月は口角を上げ、何となくイヤらしい笑みを浮かべる。
野心r的なのは相変わらず。知識欲も欲望のうちなんだよなぁ、という当たり前のことを思い知らされる。
「……まあ、何か、目標があることは良いことなんじゃないの」
その野心が、少し羨ましくもある。俺だって野心的だったから高校を辞めたはずなのに、気付けば日常であんまり音楽やってねーぞどうしよう。
「結局、雷じゃなくて自分の才能を信じることにしたんだ?」
いよいよカウンター席から立ち上がって、宇宙人さんは俺達のいるテーブル席へと歩いてきた。
「ん? まあ、そういうことじゃ。身の程知らずと思われそうじゃが」
「他力本願よりは良いよ。今のあんたなら応援する。……うちの大学にも超能力の研究をしている学生いるけど、会ってみる?」
「誰よそれ」
店長まで俺達の席に寄ってきた。鋭い雰囲気を持つ店長と宇宙人さんは、並んでみると姉妹に見えなくもない。
「ん? 大学で知り合った人だから、鼬川さんの知らない人」
「超能力関係の話題はここに集まってくるんだから、案外、噂には聞いているかもしれないわよ? 今のところ特にピンと来てはないけれども」
「んー、どうですかね。何しろヨソ者ですからね。最近まで、この街に超能力者がいることを知らなかったらしいし……」
「え?」
鼬川さんだけでなく、如月や俺もほぼ同時に同じような反応をした。超能力者のことを知らなかったくせに、超能力に興味を持つって。
「アニメに影響されて、とかそういう系かしら?」
「イタい人じゃろうか?」
「いや、如月も充分イタいけど……すごく野心的とか? 誰も発見していないことを俺が見つけるみたいな」
俺達の予想に、宇宙人栞さんは首を横に振り、
「彼は、別の街の超能力者なんだよ」
あっさりと、そんな答えを返した。
「聞いてないわよ!」
鼬川さんが慌てる。
「そんなに驚きますか? 『仙人』みたいな例もあったでしょ?」
「そりゃそうだけど。……例えば地球外に知的生命体がいる! って言われたら、信じるかどうかはともかく、びっくりはするじゃない? それと同じ」
「あたし、地球外から来た知的生命体なんですけど?」
宇宙人さんが口を尖らせる。
「……と、とりあえず、その人のことを詳しく聞かせてもらえるかしら?」
なかったことにしたい鼬川さん、早口。
「長話になるから、追々話します。……名前は星熊です」
「ごめん、聞いたことなかったわ。彼? てことは男なのね」
「うん。あ、でも彼女さんと同棲してるから、狙っちゃダメですよ?」
「『イタチ』の本気が見たいようね」
「あ、ちょ、怒りました? ちょ、鋏はダメです、鋏は!」
その後、話は鼬川さんが何故結婚できないかという方向にシフトしていき、死音さんまで巻き込み、元死人や宇宙人が結婚することは法的に可能なのか、という議論じみた大喜利に変わっていった。
「星熊さん」に興味もあったが、そんな空気でもなくなってしまったので諦めた。
俺と如月は置いてけぼり状態。三人のやり取りを、如月は和やかな目で見つめている。
「楽しい場所じゃ。羨ましいくらいに」
「……俺もそう思う」
「じゃが、私が歪んどるんかのう? 仲間に加わりたい感情を越えて、敵対して勝ちたいという思いが湧き上がってくる」
「悪役かよ」
「フッ……『闇』や『孤独』は中二患者の大好物だからな」
如月が俺の顔に手をかざす。と、視界から色が消え、新聞みたいな白黒の世界が辺りに広がる。
如月が立ち上がると同時に、色覚が徐々に戻ってくる。
と、今度は音が下がっていく。スロー再生したみたいな太さ。ぎょええ。
「そんなに簡単に仮面付け替えられるもんなのかよ怖ぇよ!」
「ははは、イジめるのはこれくらいにしておこう。ほいじゃあの。次に会うまでには博多弁バージョンも仕上げとく」
邪気の抜けた口調で微笑むと、如月は一人、店を出て行った。さりげなくラーメン奢らされたな俺。
……。
「ところで話は変わるんだけど」
宇宙人さんが俺を指差す。
「え? 俺?」
「君のせいでエラいことになってんのよ!」
「はぁ? は、はぁ」
「責められてハァハァ言ってんじゃない!」
「す、すいません」
エラいこと? 心当りがない。
「……君と雷、大学の屋上で戦ったでしょ? 一部の大学生が超能力に目覚めてはしゃいでたってのは、前に話したとおり。んで、そいつらが君らの戦いを見て……閃いちゃったみたいでね」
宇宙人さんは懐から一枚のポスターを取り出した。
俺だけでなく、鼬川さんや死音さんも、何事かとポスターに食いつく。
超能力バトルトーナメント開催!
参加 1000円
観戦 2000円
ギャアアアア、と死音さんが悲鳴を上げる。
「な、何事ですか?」
「いや、その、いつかやろうと思ってたアイデア盗られちゃったなぁと」
真顔なので、本当に企画していたのかもしれない。
栞さんが、軽く死音さんの頭を叩く。
「あんたそんなこと考えてたんかい。……で、まあ、うちの大学の奴らがこんなもん配ったせいで、超能力は若者達にとって、出会いと性と暴力とクスリと賭け事の入り混じった『トレンド』になってしまったわけ。放っておいたら、そのうち何人か死にます」
「うひゃあ」
「解決策は三つ。一つは時間が解決するのを待つ。一つはフィアを説得して、九年前のように能力を奪い尽くしてもらう」
「もう一つは?」
全員の視線が栞さんを見る。栞さんは軽く微笑み、
「あたし達がバトルトーナメントに参加して、圧倒的戦力差を魅せつけてムードをぶち壊すこと!」
何すか、その一見正々堂々っぽい陰険なやり方。
そうこうしているうちにテーマ曲っぽいのとか作りました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm26413109
次回からバトルと見せかけてラブコメ全開の最終章、の予定です。
たぶん。




