3-11 掌の上で踊る超能力少年達
着信音が鳴り出した。
如月と別れ、一人で夜道を歩いているときのことだ。
「もしもし? 宇宙人だけど……えっと、霧生くんよね?」
「あ、はい、俺です。貸してくれって言われて、貸したらあのザマです。大丈夫でしたかね? デートの邪魔したとかそういうことは……」
「は、ちょっと! 日下とはたまたま一緒に歩いていただけで」
「……ごめんなさいまさか図星だとは」
「それより雷瞬夜が一般人を襲ったってのは本当?」
触れてくれるなとでも言わんばかりに、彼女の声は真面目な調子に変貌する。いや別に俺だって、人様の色恋沙汰に深く足を突っ込む気はないですよ。
「事実だと思います。それがきっかけで、価値観や方向性の違いで、如月と雷がぶつかりまして」
「じゃあ、まず如月彩乃の野望は潰えたわけね。……にしても方向性の違いねぇ。バンドじゃないんだから」
「まあ、確かにバンドみたいですね。バンド、そのうち組みたいんですけど、最低でどのくらいギターのレベルがあれば許されるのかよく分からないんでなかなか一歩が踏み出せないというか……」
「……お? 何か、変なスイッチ入った?」
恥を晒す覚悟がないといえばそれまでだが、俺はまだ、誰かと組んで音楽ができるレベルに達していない気がする。
音楽をやるために集まる人間を結び付けるのは、人間性と熟練度ではないだろうか。実際、俺が幽霊だった頃の死音さんに惚れ込んだのは、彼女の音楽に圧倒されたからだ。
死音さんと組むのも、ありかもしれないな……。
……なんてことは今はどうでもいい!
「如月に同調するのも癪ですが、このまま雷の好きにさせるわけにもいきません。そろそろ、あいつにお灸を据えてやってもらえませんか?」
大人にチクる子供みたいで、自分がダサいのは分かっている。だが、これが最善手、だと思う。
栞さんは、んーと唸った後、
「どうかなぁ。あたし、負けたしね」
と、バツが悪そうに小声で言った。
「負けた?」
「襲われて、ボコボコにされて一晩閉じ込められた」
「完敗じゃないですか……。宇宙人さん、結構強いほうでしたよね?」
「それなりにね。でも、だって相手は光だし。速いし、飛ぶし、攻撃どころか手が届かないし。分が悪かった……にしても、あっという間に負けちゃった」
「確かに、光に対する有効打なんてなかなか思い付きませんね」
殴る、斬る、焼く、冷やす。どれも無意味に思える。仮に有効な攻撃があったとして、光速で動き回る相手にどうやって当てる?
「そもそもあたしは超能力者じゃないから、相性は最悪だったと思う。鼬川さんは不意打ちさえ決まれば無敵だし、相手の能力を真似する虹林なら泥仕合に持ち込める」
「ああなったらとかこうなったらとか、不安要素も高い気が」
「希望的観測って奴ね。一対一だと、誰も光には勝てないかもしれない」
「……あいつ、そんな化物クラスだったんですか……?」
鼬川さんも栞さんも、超能力者としては上位クラスだったはずだろう。それなのに、雷のほうが優位なんて。
侮っていたのは俺のほうだったということか?
「あたし達に雷瞬夜以上のものがあるとすれば、それは人数とか、情報量くらいだと思うわ。そして、それは時間と共に手に入るものでもある」
「時間が経てば、いつか雷が天下を取るかもしれないってことですか?」
「可能性はあるわ」
「……させませんよ、あんな奴らに」
自分でも意外に思えるほど、冷たい声だった。
下らないのだ。あいつらのやっていることは、迷惑な遊びでしかない。持て余した力を何かに使いたいだけだろ。雷も、如月も。怒りの感情を視覚的にイメージし、それを掴む。丸っこい溶岩みたいなものが、手の中に収まっている。
「まあ今は大丈夫よ。メイド達にも伝えとくし、奇跡が起きればフィアが動くかも……いや多分動かないけど! 任せな!」
安心させようとしてくれているのか、どっしりした言葉が帰ってくる。
「……そうですね」
単純に個人の力でいえば、雷の持つものは間違いなく強いのだろう。だが、培ったものの重みが違う。あいつの天下は、まだ来ない。
溶岩だったものは、モヤモヤした煙の塊に変わっていた。サイドスローで投げると、煙は消えず、天井に向かって昇っていく。
心は晴れない。
自分が端っこにいる。俺は、それを不満に思っている。
「……俺なら、もしかしたら雷に勝てるかもしれません」
提案する。
「ん? 弱みを握っているとか、良い説得方法を思い付いたとか?」
「超能力者としての勝負で。俺はソラガミさんに力を借りているんです」
「……まあ、あたしよりは勝率高いかもね」
栞さんは軽く呆れたように笑い、
「あいつ、何か言ってた? あいつから力を受け取った人って、ほとんどが色々と暴走しちゃってんだけど」
少しだけ心配そうに聞いてきた。
「超能力者達の世界に参加したいだけなんじゃないか、と言われました」
「ははは」
正直に答えたら笑われた。嘲笑や冗談めいた笑いではなく、予想どおり、というように朗らかに。
「あの……?」
「フィアは人の不満を的確に見抜くからね。雷瞬夜と戦うことで君の不満が解消されるなら、喧嘩してきな。ただし!」
厳しい口調で付け加え、
「君が暴走しないでね。それこそ、フィアの思う壺だから」
「……気を付けます」
少し躊躇って、返事をする。
まともでいられる自信は、あまりなかった。雷を自分の手で制御したい。その考えが既に、小さな暴走のように思えた。
金があれば金で、美があれば美で、超能力があれば超能力で、相手を超え、自分に従わせる。誰も傷付けずに解決する方法もあるはずだ。
雷を納得させる言葉も、探せば見つかるのだと思う。それを模索しないのは、きっと俺も雷や彩乃と同じ、調子に乗っているガキの一人でしかないからだ。
持っている力を試したい。
自分の持つ力がどの程度のレベルなのかを知りたい。
俺は普通の人間とは違う。
――俺は、超能力者だ。
別に、負けたら栞さん達に任せれば良い。
絶対に勝たなければいけないわけでもないし、気楽にいこう。
挑戦することに意義がある。友達の暴走を止めたいなんて嘘で、俺はただ、ちょっと参加したくなっただけなのだ。
通話ボタンに触れる。
「雷か? 今、どこにいる?」
「今か? ワサビにイジメ主犯や問題児の情報を探してもらっていたところだ。インターネットと現実の双方から探ることによって、問題は浮き彫りになっていく。俺の現実での人脈と、ワサビのネットでの人脈を同時に使うことで、誰を叩けば良いかが見えてくるのさ」
「要は、ボコしても許される相手を探してるだけじゃないのかよ」
「……あ?」
雷は不快感を声に含ませ、
「何だよ? 如月に毒されたか?」
と、軽く脅すような声で言った。
俺の言葉を否定しない辺り、本人にも多少の自覚はあるのかもしれない。
「超能力で街を守る自警団を作りたいなんて言っていた頃から、ちょっとは懸念していた。少し踏み外せば、雷瞬夜本人が一番危険な超能力者になりかねないって」
「俺が危険な超能力者? 馬鹿言え、悪い奴しか襲ってないぜ?」
「……だとしても、お前には裁かせない」
「気に入らないってか?」
「ああ、そうだ。……お前のやり方が! お前が気に入らない!」
――多分、俺も雷も間違っている。
神様が俺に力を与えたのは、歪みを生むためだ。
「呑天大学で待ってる」
それだけ言って、俺は通話を切った。
◇
暗くなった大学の構内に、学生の姿はなかった。
とはいえ無人というわけでもない。たまにどこからか騒がしい声が聞こえたり、資料を持って駆け回る人が現れたりする。
グラウンドの脇を通る。証明が付いていて、野球の練習が行われていた。
普通の、……すごく普通の大学に見える。普通とはつまり、超能力者などいない世界。神様も宇宙人も幽霊もいないことが当たり前とされる状況のことだ。
ここが、超能力者だらけで治安の悪いところだとは信じられなかった。勿論、ちょっと表面を見ているだけの俺に見つかるほど、超能力者達が間抜けだとも思わないが……。
自分でもどこを歩いているか分からないうちに、立派なエレベーターの前にいた。乗って、最上階へのボタンを押して、出たらそこは屋上。高校の屋上には鍵が掛かっていた。建物の屋上に立つこと自体、小学校以来だ。
フェンス際に移動する。
呑天のビル群、永束の民家、大傘のアーケード……。俯瞰する。目に見えるあらゆるものが、手中に収まっているような全能感。
綺麗という感想もある。だがそれ以上に恐怖を感じる。
まるで神の視点。……ずっと見ていると、頭がおかしくなりそうだ。
「来てやったぜ?」
音もなく現れた雷。
「……速過ぎるだろ」
「そりゃ光だからな。んで、これからどうする気だ? 」
不敵に笑みながら、目は鋭く、俺を観察している。
挑んだ瞬間に決着。そんな未来が脳裏に浮かぶ。暴力に良い思い出はない。栞さんに勝ってしまうような相手に、俺単体で勝てるわけがないのだ。
――だから神頼みをする。ソラガミさんから与えられた力を、俺は信仰する。
「街を牛耳るメイドラーメン。その手先として、俺がここにいる」
「買ったぜ、その喧嘩」
軽い返事。と同時に、俺の視界は真っ白な光に覆われた。




