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ソラガミ  作者: 大塩
3 危ない手札
31/52

3-10

 夕方。

 自転車を漕いで、向かうのは大学だ。

 家から出る用事があると、生活リズムは自然と整ってきている……ような気がする。雨野さんが神社に通うのも、そんな理由からなんじゃないかなと、勝手に想像した。

 流石にもう迷うことはなかった。ラウンジ直行。

 テーブルを囲う制服姿の三人。

 ……ちょっと空気が悪い。電気が混じったような雰囲気に近付く。逃げたいとも思ったが、三人の目が俺を見つけたので無理だった。

「おう霧生、来たな」

「こんにちはー、霧生くん」

 雷とワサビの挨拶。

 よく見ると、機嫌が悪そうなのは彩乃だけだ。

 いつもどおりとは言わないが、雷もワサビも、そう嫌な感情を表に出しているわけではないようだった。

 二対一の構図。

「……な、何かあったのか?」

「何もない」

 彩乃が言う。

「……何もないことはないだろ。どう見てもお前一人だけ様子がおかしい」

「ふん。私はただ、この二人が超能力を持たない『普通の人間』に攻撃を仕掛けたことが、気に食わないだけだ」

 彩乃の目が、じろりと長身のワサビを見上げる。

「……普通の人間を?」

 俺は彩乃に問う。

「何だ、知らないのか。昨日この二人は、いじめ加害者とされている男子中学生を襲ったんだ。腹を蹴ったりしたらしいぞ」

 雷とワサビを見る。大人しそうな女、というイメージが強いが、そういえばワサビは、ネットで炎上した過去があるとか何とか言っていた。案外こういうのが、頭の悪い行動を取ったりするもんなのか?

 ワサビは身を乗り出し、言った。

「そんなに悪いことかなぁ? 悪いのは向こうで、わたし達はむしろ、その悪者を懲らしめただけだよ? 宇宙人に攻撃を仕掛けるのはオッケーで、いじめっ子に攻撃するのがダメってことのほうがおかしいんじゃない?」

 宇宙人を襲ったというのも初耳だけど。

「宇宙人は人間ではなく、黒猫と戦える力もあった。だが貴様らは安全圏から弱者に手を出した。単なる弱い者いじめじゃないか?」

「強いとか弱いとか関係ないよ。悪い人は悪い人! 何でそう、彩乃は強さに拘るの?」

「抵抗できない相手への制裁も、悪には違いないだろうが!」

 彩乃はテーブルを叩いた。苛立っている。……焦っているように見えたのは、俺の気のせいか?

「……わーったよ、相談せずに動いたのは悪かった」

 そう謝る気もない調子で、雷が謝る。

 しかし、その謝罪に、彩乃は舌打ちで返した。

「適当に謝るな。これは、今後の私達の方向性を決める重要な問題だろう。それとも何か? 雷瞬夜は、自分より弱い悪者を自己満足で倒していくだけの、ちっぽけな存在で満足してしまうのか?」

「悪いか? 何も間違ったことはしてないだろ」

「もっと野心を持て! お前の力は小悪党ではなく、巨悪を倒すために使われるべき……」

 話を遮るように、雷が音を立ててテーブルを叩いた。

「さっきから聞いてりゃ何様だよ、お前」

 雷は彩乃に冷たく言い放った。

「……な、何が」

「お前は、俺達が自分の思いどおりに動かなかったから怒っているだけだろ? 野心を持てだ? お前の思想を押し付けんな」

 立ち上がって、ワサビの腕を引っ張った。戸惑い気味に、ワサビも立ち上がる。

「雷くん?」

「意見が違うなら、無理に仲間でいる必要ねぇだろ。俺ぁ、お前の操り人形じゃない。お前の言うとおりに動けってんなら、そりゃ無理な話だ」

 それから雷は、俺に視線を移した。来いよ、と目での催促。彩乃を見る。彼女は何か言いたそうに、雷を見ている。

 俺は、どちらを支持しようとも思わなかった。普通の人間に喧嘩を売ったことにも、宇宙人を襲ったことにも、否定的な感情がある。

 ……後はバランスの問題だ。

 三と一より、二と二のほうが気持ちが良い。

「悪い、後で合流する」

 雷に言う。

「そか、分かった」

 雷は彩乃を一瞥すると、そのまま俺達に背を向け、歩き始めた。



 日は落ちて、建物やら車やらが光を灯す。

 帰宅する大学生の流れの一部となって、彩乃と道を進む。

 彩乃は荒れていた。立ち寄ったコンビニでスナック菓子を一袋買うと、歩道で豪快に食い散らす。

 食べカスが零れる。空になった袋は、風に預けられた。

「ちゃんと捨てろよ」

「うるさい。だったらお前が拾え。……糞、野心のない奴らだな。まあ、一般人を襲う超能力者なんて噂が立てば、結局は……」

 ぶつぶつ一人で何か言いながら、彩乃の口角が上がった。

「何か思い付いたのか?」

「ん、まあ……な」

 ニヤリ、と悪人面で微笑む。

 その顔を横から見ていて、少し可哀想に思えてきた。

「何を企んでいるかは知らないけど、失敗したくなければ隠れてやれよ」

 と、一応忠告してみる。

「どういうことだ?」

「子供の悪戯は、『先生』に見つからないうちが華だろ?」

 圧倒的な力を持つ者に見つかれば、悪い遊びはおしまいだ。

 ソラガミさんに……いや、メイドラーメンに目を付けられた時点で、雷のヒーローごっこも、彩乃の企みも、泡のように消えるのだと思う。

「雷なら、その『先生』も倒してしまえる」

「それは夢を見過ぎだって」

「知ったような口だね。……もしかして霧生くんは、私達以外の超能力者を知っているのかな?」


 公園に辿り着いた。

 近くを街灯が照らしていて、遊具は砂の上に影を浮かべる。

 トイレがやたら眩しい。子供の遊んだ痕跡だけが砂場に残っている。

 人のいない空間。俺達は並んでブランコに座った。

「……駅前の幽霊楽団の噂って、知ってるか? 信じられないかもしれないけど、俺はそこの楽団長と出会って、強い力を持つ人達を見てきた」

「それで、宇宙人を庇うような発言をしていたんだね」

 疑いの色を一切見せず、彼女は頷いた。

 そして、

「だったら、宇宙人の連絡先って分かるかな」

「ああ、分かるけど……」

「少し話がしたい。携帯を貸してくれ」

 そう言って、手を伸ばす。別に、断る理由もない。

 俺は栞さんの連絡先へ通話をリクエストした状態で、携帯を渡した。

 栞さんが電話に出る。

 彩乃はまくし立てるように、

「もしもし宇宙人さんですか? 雷瞬夜がわたしの思惑を無視して一般人を襲い始めました! どどど、どうしましょう!」

 と、栞さんに向けて芝居臭い芝居をした。俺にも微かに聞こえる栞さんの声は、「え?」とか「ちょっと?」とかいって戸惑っている。

 彩乃はそれ以上何も言わず、電話を切ってしまった。

「……ふぅ。これで、雷は強力な超能力者達に狙われることになる」

「さっき俺が、『隠れてやれよ』って言ったばっかだよな?」

 この女、自ら存在をアピールしてしまった。

「隠れたいなら、最初から宇宙人を狙ったりしない。光は最速。強い相手が現れたとしても、そう簡単に負けるとは思わない」

「……どうだか」

 俺には、掴む力がある。言葉やイメージを掴む、奇怪な手。これも、ソラガミさんが持っている力のほんの一部に過ぎない。

 街灯の光を掴んでみる。

 手に残った光は衰弱し、やがて溶けるように拡散していった。

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