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ソラガミ  作者: 大塩
3 危ない手札
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3-9 アイドル


 中学生の後ろで、制服の二人がこそこそと歩いています。

 どういう状況かと言いますと、ババヌキ団リーダーの雷くんと、わたしことハンドルネーム『ワサビ』が、ある男子中学生を、後ろからつけているのです。

 永束の住宅地。友達グループに別れを告げたその男子中学生は、狭い道を一人、歩いていきます。その歩調には、ムラがありました。

 わたし達の存在から逃れるかのように早足になったかと思えば、気のせいだと思ったのか、元のゆっくりな歩みに戻す。

「気付かれてるな」

 雷くんが言いました。

「……でも、気付かれても構わないでしょう?」

 光からは逃れられない。わたし達はただ、彼がもっと目立たない路地かどこかを通るのを待っているだけなのですから。

 学校帰りにつけられる理由。

 本人にとっては、少々難題ではないでしょうか。

 その男子中学生は、いじめの加害者。砂谷昴という同級生に度々嫌がらせをしていたということで、一部では有名な存在のようです。

 率先して彼がいじめをしていたとか、彼がいじめグループのリーダーだったとかいう話は出ていません。ただ、彼が一番目立っていたので、彼を懲らしめればみんな納得。みんな安心。砂谷くんも安心。

「そういや、俺もこの前、変な二人の男女に追い掛けられた」

 と雷くん。

「変な二人……?」

「姉貴分とその子分みたいなのが、爆発する目玉を撃ちながら追ってくるんだ。んで逃げてたら、いつの間にか俺はこの力に目覚めていた」

「……わたし達が力に目覚めることを、良しとしない人達がいるってことかなぁ」

 例えばわたし達より前に力に目覚めた人がいたら、力による恩恵を自分達で独占したいと考えるのが自然でしょう。だから、超能力に目覚める可能性のある人物に攻撃を仕掛けるというのは、理解できないわけではありません。

 雷くんを追い掛けた二人は、彼を捕まえた後、どうするつもりだったのでしょうか。まさか殺害? そんなことを考えると血の気が引いてしまいました。クラッ、としたところを、雷くんの腕が受け止めてくれました。

「んだよワサビ、気分でも悪ぃか?」

「……ううん、何でもない。それより……」

「路地に入った。俺は向こうから回り込む。前と後ろで挟むぞ」

 雷くんが光となる。

 発光体の群れ、といったほうが正確かもしれません。

 無数の蛍のような光は、一瞬でわたしの視界から消えました。

 わたしは民家と民家の間、男子中学生が入った細い路地へと走ります。

 ちょうど、彼は雷くんに進路を塞がれ、こちらへ戻ってくるところでした。

「はい、ストップ。単刀直入に言います。今からおしおきです」

 その男子はわたしに腕を振り上げたが、その腕は、後ろにいた雷くんに掴まれました。

 雷くんは、その男子を強引に振り向かせると、もう片方の手で、その男子の腹を殴りました。

 う、と男子が声を漏らします。

 わたしもその腹に一発、拳をぶつけました。

 ……だって仕方ないよね。彼は噂されるまでいじめを続けてしまったわけだし、たった今、わたしを殴ろうとしたんだから。

「ひとまずやられとけよ。俺にやられたことにしときゃ、お前は加害者から被害者になれるし、これまでやっていたことも世間から許してもらえる。……納得するんだよ、みんなが」

 尻をついた男子に、雷くんが言いました。

「……砂谷のことか? だったら、悪いのは俺だけじゃ……」

「あ、砂谷くんをいじめていた自覚、あるんだ?」

 自覚があって、それなのにやめなかった。酷い。懲らしめなきゃ。わたしは彼の腹を蹴り、涙を流した彼の顔を携帯で撮影、画像で保存。

「もう、砂谷くんに嫌がらせをしないこと。仲間にも砂谷くんをいじめさせないこと。それから、わたし達に報復しないこと。その約束を守っているうちは、この写真はわたしが持っています。守れなかった場合、このネタ画像の素材みたいな顔写真をネットに投稿する。いい?」

 返事はありません。彼は自分の腹を撫でながら、ヒィヒィと苦しそうに息をするだけ。

 暴力はあまり好きじゃないから、この辺にしておきましょう。それに、ここから早く離れたい。この現場を人に見られたくはありません。

 正しいことはしました。

 けど、どう考えてもこの状況は誤解を招いてしまいます。

「行こう、雷くん」

 未だ男子から目を離さない雷くんの服を引っ張ります。

「……足りねぇんじゃねぇか?」

「足りるよぉ。写真あるし、もう彼は大丈夫」

 おしおきは済みました。最低限の仕打ち。優しいわたし達。

 ああ、力があるっていいなぁ。正義を執行することって、こんなにも充実した時間だったんだな、としみじみ。

 こんな調子で、わたし達は少しずつ悪い人を懲らしめていこう。彩乃ちゃんと霧生くんにも、早くこの気持ちを味わって欲しいなぁ……。

「――頑張ろうね、雷くん」

 街の平和は雷瞬夜に懸かる。

 ……なんて、いつか言われたら素敵だな、と思う。



 大学からの帰りに、あたしはメイドラーメンに寄った。

「お、栞ちゃん、最近よく来るねぇ」

 メイドの死音が言う。

「まぁね」

 本日はご飯以外の用事アリ。

 カウンター席に座り、鼬川さんに話し掛ける。

「……あの、雷瞬夜って知ってます?」

「漫画の主人公か何か?」

 鼬川さんは、彼の存在をまだ認知していないらしい。

 本当に流行るのかな。それとも若者達の間では既に大ブームで、メイドラーメンが遅れているだけかもしれない。以前は超能力者の情報といえばここだったのに、順調にパラダイムシフト。嗚呼。

「で、そのカミナリ様がどうしたのよ?」

「何か、もう少ししたら大流行するらしいですよ」

「伝染病か何か? それともファッション的なもの? やっぱり漫画?」

「……光り輝く、アイドルみたいなものです」

 雷瞬夜は宇宙人と戦い、勝利した。

 あたしの宇宙人という呼ばれ方は、ソラガミ、仙人、イタチ、楽団長と同程度の認知度を誇る。宇宙人が負けた! となれば、この界隈では注目度も上がるはず。

 そうやって注目を集めた後、フィアと衝突。

 ……フィアが負けるなんてあり得ない、という思いの端っこで、果たしてフィアが光速に勝てるだろうか、という小さな疑問が声を発する。

 もしかしたら、フィアですら敵わないのではないか。

 それを、あたしは少しだけ期待してしまっている。

 何だかんだで、あたしは彼らの行く末に興味を持っているらしい。

「も、もしかして栞ちゃんは、そのアイドルを好きになっちゃったの?」

 死音が言う。

 アイドルというのは単なる例えだったけど、指摘しないのも面白そう。

「悪い?」

「う、うああ! こ、硬派な本屋の娘がアイドルになびく時代……! 栞ちゃんもアイドルの輝きには勝てなかったのか……!」

「まぁそうね。眩し過ぎて、何も見えなくなっちゃった。実際にこの目で見たんだけど、体温がものすごく上がってたし、尋常じゃないくらい汗を掻いてた」

 強烈な光で目をやられただけで、別に魅了されたわけではないし、壁を上ったり屋上を飛び回ったり、よく運動しただけなんだけども。

「ぐ、ぐおお、爽やかな顔でそんな……! アイドルなんかに……!」

「その後、気付けば狭くて暗い部屋に連れ込まれちゃって」

「え? な、何? ヤラシイ話?」

 鼬川さんと死音、それから横で聞いていた虹林やお客さんまでもが、目を丸くしてあたしの話を聞いている。

 死音の顔が真っ赤。何を想像してんだか。

 幽霊時代の彼女なら、こういう反応はしていなかったと思う。

 今の彼女には、体温があるのだ。落ち着かない様子できょろきょろしながら、死音が言う。

「ど、どうなんの? 一体どうなんの?」

「朝起きて、プロデューサーさんと今後の彼について熱く語ってたわ」

 死音はズッコケた。

「め、めちゃくちゃじゃんか!」

「実話なんだけど」

「そ、そんな馬鹿な! アイドルとイヤらしい夜を過ごして次の日にプロデューサーさんと彼の今後について語ったなんてことが実話!」

 イヤらしい夜なんて一言も言ってない。

 ギャーギャーやかましいメイド達を余所に、

「そのプロデューサーは、今後、その高校生アイドルに何をやらせようと?」

 至って真面目な声で、日下が聞いてきた。

「……あんた、雷瞬夜が高校生だって知ってたの?」

 そのことは、まだ口にしていないはずなんだけど。

「顔と名前は一致してなかったけどな。光り輝く高校生アイドルなら、僕と鼬川さんも、出待ちしたりオッカケしたりした」

「へ? 私も?」

 鼬川さんが素っ頓狂な声を上げる。

「オッカケたでしょう、校門の前で」

「……あ、あの子か」

 鼬川さんが頷く。死音は混乱。

 あたしは日下に答える。

「今後は積極的に知名度を上げて、ゆくゆくは神様と喧嘩させたいって」

「もう何が何だか分かんないよ!」

 死音と虹林は同時にあたしにツッコミを入れ、わーきゃー言いながら、あたしの発言を整理しようとしていた。

 一方、日下鼬川組は、それなりに真面目な顔。

「ソラガミに対抗するつもりなの? あの、光って逃げた高校生」

「……無謀な挑戦だと思いますけどね。問題は、フィアとぶつかる前じゃないですか。目立ったことをしないと、人気の獲得なんてそう簡単には……」

 日下が言う。

 あたしもそう思う。

 自作自演で無理やりあたしを悪者にして、いきなり襲ってくるくらいだ。あたしの次の犠牲者が出たっておかしくはない。

「鼬川さんも警戒したほうがいいですよ。あたしみたいに、狭い部屋に連れ込まれちゃうかもしれないから」

 あたしが言うと、死音が過剰反応。

 顔を赤くして、鼬川さんに視線を送る。それから自分の胸辺りに視線を移し、

「あたしも気を付けないと!」

 と、何故か張り切った様子で店の奥へと消えた。

 楽しそうに人間やってるなぁ、と思う。


 今日は襲われませんようにと願いながら、メイドラーメンを後にする。

 最近、日没が早い。裏通りには歳の離れたカップルと、大学生くらいの女が一人。大体、どこへ用があるのかは予想できた。

 この辺りには、後ろめたい気持ちとスケベ心が充満している。ホテル冥王星、呑天にゃんにゃん倶楽部、黒猫メイドカフェ……。

 ネオンの光が、良くも悪くも怪しい。羽虫が自販機に集うように、こういった光に惹かれる人もいるんだろうな。

 ……季節柄、虫も人もいないけど。

 待てよ? ふと、足を止める。

「――黒猫メイドカフェ?」

 黒猫。

 如月彩乃の顔が思い浮かぶ。

 まさか。

 いやいや落ち着け。

 黒猫なんて、そんな独創性のある言葉じゃないから。

 ……だよね? 偶然の一致だよね?

 まさか働いているのかと思って中を覗くも、どうもこの店のシステムはメイドラーメンとは違うらしい。入り口のすぐ先にパーテーション。何だろう。もしかして、本格的にイヤらしいタイプの施設だったんですか?

 女性も歓迎! とは書いてあるものの、わざわざそんなこと書く時点で男性向け感バリバリ。今から男に擬態して入店することもできるけど、如月がここにいるかどうかなんてこと、そもそもそんなに真剣に調べるようなことじゃないような。

「んー……」

 尻尾を出し、顔を少しだけ猫っぽくしてみる。

 従業員のフリをして、ちょこっとだけ中を探らせてもらおうと、

「何をしているんだお前は」

 背後からカイの声がした。

 うおっ! と思って振り返ると、そこにはカイではなく、日下が立っていた。

「あ……何だ、ソラ三号か。仕事は終わったの? 時間帯的には、これから忙しくなるんじゃないの?」

「元々僕なしで回っていた店だから、働き過ぎると、逆に店の経営を圧迫するんだ。死音は客から人気があるけど、僕が店にいるメリットは薄い」

「……へぇ」

 はっきり言えば、店にとって不必要な人材ということ。

 無駄な人件費を払う余裕が、あの店にあるとは思えない。時々、金持ちがとあるメイドの熱狂的なファンになって、アホみたいに貢いだ……みたいな話は聞くけど、まあ、多分、知らんけど、経済的余裕はないと思う。

 それでも彼が雇われる理由って何だ?

「もしかして鼬川さん、日下に惚れてるんじゃ……」

「単に、強い力を置いておきたいだけだと思うけどね」

「……ああ、なるほど」

「それより尻尾。出してたら、また襲われるんじゃないのか」

 日下が尻尾を指を差す。

 差すな。人のケツを指差すな。

 別に、無意味に露出していたわけじゃない。

「何か、出してたら猫っぽいでしょ? 従業員のフリをして、中の様子を探ろうと思ってね」

「探る? 何で?」

「ほら、黒猫って、あたしを襲った影使いと一致してるなーと」

 日下が溜息を吐いた。

「……偶然の一致だろ」

 分かってはいる。

 が、気になると確かめずにはいられない文明人の血。

「あたしより、日下のほうがこういう店のお客さんとしてふさわしいよね」

 まさか? と日下は呆れたような目を向けてくる。

「……ね、一緒に入ろ?」

 ふざけて懇親の甘い声を出してみる。

 きゅんきゅん。自分でやって鳥肌が立った。

「断る」

 あっさりと袖にされた。

「何でよ! 可愛い黒猫メイドさんとお話できるんだから、そっちはそっちで楽しめるでしょうが!」

「メイドなら見飽きた」

「メイドじゃなくて、黒猫メイド! どこぞのラーメンメイドと一緒にしちゃダメでしょ!」

「そう大差ないだろ。大体、黒猫がここにいるって知ってどうするんだよ」

「……純粋な好奇心よ」

 報復する気もないし、関わりたいわけでもない。

 自分に問う。正直なところ、ここに如月彩乃がいようがいまいがどうでもいいんじゃない?

 じゃあ、何で日下と一緒に、この店に入りたがるわけ?

 ――もしかして、日下と一緒にいたいだけ……?

「まあ、いいよ。店の中を確かめるだけだろ?」

 日下が言う。

 いいよとのことなので店に引っ張ろうとするも、彼は抵抗した。

「え? いいよって言ったじゃん。何で抵抗すんのよ?」

「一緒に入るとは言ってない。中を覗くだけなら、もっと簡単な方法がある」

 日下はそう言うと、手品のような手付きで、指先に目玉を出現させた。

 仙人の目玉と、見たところほぼ同じ。

「一応、視覚もある。これを店の中に潜り込ませれば、ノコノコと自分達で入らなくても良いだろ」

 日下は目玉を大量に発生させ、数珠のようにして首に掛けた。

「……でも、日下は黒猫の顔を知らないよね?」

「顔を見なくても、超能力を持っているなら判別できる。この店に、超能力者が何人もいるなら別だけど」

「見えるっていうの? 人の持つ、超能力が」

 それはカイだけの力だと思っていた。もしくは、目玉を改造された者の特権だと。彼は?

 超能力者が増えている現状といい、何だかあたしの父親の存在を臭わせる状況が続いている。

「……」

 数珠になっていた目玉が飛んでいく。

 それらは店を包囲し、それぞれ個別に隙間を探して隠れた。

 日下は目を閉じ、しばらく額に指を当てた後、

「超能力者がいない。黒猫はいないんじゃないかな」

 と言った。

「……そっか」

 カイのようであり、仙人のようでもあり、

 カイではなく、仙人でもない。

 あたしの興味は、すっかり黒猫メイドカフェを逸れていた。

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