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ソラガミ  作者: 大塩
1 Fascinator
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1-2


 ――茅原かやはら倫一りんいちは回想する。

 初めての頃から、俺はそれなりに動けた。だから、自分には野球の才能があるんだと勘違いした。

 単に早熟だっただけだと分かってきたのは、最近になってのこと。

 認めたくはない。だからまだ認めない。

 練習あるのみだ。

 日頃から、俺は自分にそう言い聞かせていた。

 ――回想、終了。


 グラウンドから部室へ移動する。

 鞄を持つと、着替えずに駐輪場へ向かった。

 自転車に乗り、部室の側を通り掛かったところで、声を掛けられた。

「もう、待って。あたしも行くから」

 声の主は、練習を見ていた古川ふるかわかえで

 マネージャーでもないのによく練習を見に来る変わった女だ。いつの間にか俺とよく話すようになり、そのうちに態度がどんどん馴れ馴れしくなった。

 美人ではあるが、こうして付きまとわれるのも煩わしい。

「待つ時間なんかない。来たところでお前、やることないだろ」

「あるよ。練習を見る」

「見るだけじゃないか」

「断る理由だってないでしょ? あたしが自転車取ってくるまで待ってて」

 強い調子で言って、彼女は駐輪場へと走った。

 俺を見ていることの、何が面白いのかは分からない。だが、彼女の後ろ姿はどういうわけか楽しそうで、俺はそんな彼女に疑問を感じずにはいられなかった。

「……惚れられているわけじゃないよな?」

 と考えてみるが、まさかと否定する。

 俺より上手い選手なら沢山いる。練習中の俺の動きは、どちらかといえば映えない。

 それなりには動ける。最初は誰よりも動けた。だが進歩しない。まるで成長に必要な何かが、最初から備わっていないみたいに。

 俺には何かが欠けている。

 認めたくはないが、それが才能というやつなのだろう。


 結局、俺は楓を待った。自転車で並走する俺達の姿は、客観的に見ればカップルのようにも映るのだろうか。

「中学で野球始めた日、甲子園行きたいって……いや、違う」

 楓に語る。

「行ける、甲子園行けるって思ったのさ。時間はたっぷりある。すさまじいスタートダッシュだったから、割と余裕で大物選手になれるなって思った。でも、まあ、それは最初だけだったかな」

 うん、と楓が相槌を打つ。

 ふと、俺ばかりが喋っていることに気付いた。

「悪い、俺しか喋ってないな」

「ううん、いいよ。あたしにそういう話をしてくれてありがと」

「そういう話?」

「……野球の闇の部分というか」

 はっきり闇と言われて変な気持ちがした。

 それは向こうも察したようで、今度は楓が俺に謝った。

「ごめん、言い方がちょっと悪かったね」

「まあ、間違っているわけでもないけどな。闇といえば闇だし」

 努力すれば夢は叶う、なんて理想を砕く、闇。

 ……ふと、ある噂を思い出した。


 永束には、二人の神様がいる。

 一人は才能を見極める神様。もう一人は才能を与える神様。


「もしかして、茅原くんが神社で練習するのって神様に会いたいから?」

 楓が言った。

「は? そんなわけないだろ」

「え? でも才能もらえたら、努力が実を結ぶかも」

「……何かそういうの、違うと思わないか?」

 楓の顔面にはてなマーク。首を傾げ、

「具体的に何が?」

 と聞き返してきた。

「そういう近道みたいなのは邪道っつか……」

「勝つためにできることなら何でもしろって、監督さん言ってたじゃない」

「ルールの上で、だろうさ」

「神頼みのどこがルール違反なの?」

「……本当にそれで覚醒したら馬鹿みたいだろう。俺より沢山努力して、それでも花開かなかった誰かがさ」

「美学ってやつ? それにこだわって花開かずに終わるほうが、よっぽど……」

「うるさいな、文句があるなら構うな、帰れ」

「同情したくもなるよ」

 悲しげな表情に、いよいよ腹が立った。

「いい加減に……」

「茅原くんが誰より努力してんの、知ってるから」

「……」

 俺は閉口した。途端、恥ずかしくなって俯く。

 楓の目を、まともに見られなくなった。



 自分は何に向いているのか。

 何をすれば、自分の才能が活かせるか。

 自分の才能はどこまで飛べるか。その答えを、


 大人は職安に、そして、

 少年少女は僕に……、


 ――神社の神様に求める。


「ない。その、歌の才能は多分ないよ。ないです。よく見てもないです」

 賽銭箱の前に座った僕は、本殿の前に立った少女を見下ろしながら言う。

 少女には夢があるのだという。それを叶えるための才能が、自分にはないのかもしれない、と嘆いていた。

 だが、ここに来たということは期待もあったのだろう。そして、僕の言葉は彼女の期待を裏切った。少女は怒り始めた。

 僕の対応は、少々雑になってきた。

「……えっと、落ち着け。あるほうが珍しいから。何が向いてるかって、そんなはっきりコレ! みたいなものは持っているほうが珍しいから。運動神経は何かありそうな気がするけど、今から始めて間に合うかどうか……競歩でもやったら? 歌いたい? じゃあもう歌えばいいだろ。成功はしないよ、歌では成功しない。まあ、多少音痴でもアイドル路線でなら……何だよ、それは歌の才能とは言いません。アイドルになれるか? 知るか。僕だって未来予知ができるわけじゃないんだから」

 正直に答えていたら、とうとう泣かれた。

 光るものを持っている人が来た場合は楽だが、特に目立つ光を持っていない人が来た場合は、大抵いつも面倒臭いことになる。正直に答えれば傷付けるし、嘘を伝えれば人生が狂いかねない。

 自身に飛び抜けた才能が眠っていることを、沢山の人が願っている。輝くために。逃避のために。充実した人生を送るために。誰かに勝つために。

 それができるフィアは、何もしたくないと言う。


 石段の上段辺りから脇の広場を覗く。

 いつもどおり、球児とそれを眺める女がいた。位置の関係上、僕は二人を少し高いところから見下ろす状態となる。

 女がこちらを見上げた。

 目が合う。お互いに、小さく会釈をした。

 男は僕の存在には気付かず、一回一回、丁寧にバットを振る。そのスイングは完璧ではないものの、既に完成されていた。

 未完成であれば、さらに伸びる余地がある。

 だが……。

「あの二人のことが気になるの?」

 と声がする。いつの間にか、フィアが僕の隣に立っていた。

 白髪のゴスロリ。どうも最近、その格好がお気に入りらしい。ある意味神々しさが漂っていたが、神社にはあまり合っていない。

「どっちを見てるの?」

 フィアが言うので、僕は男のほうを指差した。

「ふぅん。悪くないスイング。これからが楽しみだね」

「……だったら僕もあの女も、こんなに同情しない。あれがもうピークなんだ。はっきり言って、あの努力は実らない」

 努力が必要ないものだとは思わない。才能を開花させるために、相応の努力は必要なものだ。

 だが、努力は乗算だ。

 単に加算されていくなら、積み上げた分だけ意味があるだろうが……。

「ああいう奴こそ、僕のところに来てくれりゃ良いのに」

「才能ありますかって聞かれて、何て答えるつもり? ありません、なんてはっきり言えるほど、カイは強くないでしょう?」

「……でも、このまま無意味な努力に時間を割くよりマシだろ」

「私は、むしろ女の子のほうに同情するかな」

 フィアが言う。意外だった。

「女の、何に?」

「さあ? 何にかな。……例えば、もっと将来有望な男にキャアキャア言っておけばいいのにとか、例えばもっと自分の人生を歩めばいいのにとか。開花しない蕾は可哀想だけど、それを眺める人もまた、可哀想」

「……まあ、ね」

 泥舟と、それに乗る人。

 どちらにも、同情はできる。

 やがて二人が広場を後にし、神社とその付近に、僕ら以外の人影はいなくなった。賽銭箱の前に座って、無言の時間を過ごす。

 UFOを探している。非常識なそれが、僕らを攫って、酷い改造を施す。そんな妄想で時間を潰す。十九歳にもなって、実に子供っぽいなとは思う。

 僕がフィアの家に行くか、フィアが神社に来るか。僕らはそんな調子で、二日に一回は、必ず顔を合わせている。


 言ってしまえばニートとフリーター。

 人と関わる機会は、お互いそう多くない。

 僕らは依存し合っているのだ。

 だから今更、取り立てて話すようなこともなく。無言の時間は続く。居心地は悪くない。

 永束には、二人の神様がいる。

 一人は才能を見極める神様。もう一人は才能を与える神様。

 二人は神社の賽銭箱の前で、ぼんやりと空を眺めている。

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