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ソラガミ  作者: 大塩
3 危ない手札
29/52

3-8

 さあ、帰ろう。

 メイドラーメンを出て、あたしは肌寒い夜を行く。

 誰か見ているだろうか。誰も見ていない。よし、近道しよう。あたしはホテル冥王星の壁に手を置き、一気に駆け上がった。

 地上を歩いて、また黒猫やら何やらに襲われるのは面倒臭い。だから天を歩こう。ただの宇宙人狩りのために、わざわざこんなところまで追い掛けてくる人はいないでしょう。

 ……多分。


 屋上から屋上。屋根から屋根。

 たまに電柱なんかにも足を置きながら、まるでアスレチックで遊ぶ子供のように、街の頭上を闊歩する。

 2Dアクションゲームを遊ぶのと似ている。高いところから落ちないよう、ピョンピョン飛び跳ねてゴールを目指す。


 ……本当に、高いといえるのだろうか。

 五階か六階の建物の屋上なんて、半分地面みたいなものでしょ?

 所詮、乗り物がなければ飛べはしない。

 翼のないあたしは、ただ跳ぶだけだ。

 非常識なフィアとは違って、結局、あたしは地に足が付いている。

 だから、この程度なんだ、


「散歩は楽しいか?」

 あたしのいる場所よりよっぽど高いビルは沢山あるし、飛行機だって、あたしよりずっと高いところを飛んでいる。

 あたしの前に現れたのは、一人の男子高生だ。

 一八〇くらいだろうか。背の高い、キラキラした男。

「まさか、ナンパじゃないわよね?」

「……驚いた。人に化けているだけの宇宙人が、こんなに流暢な日本語を喋るとは思わなかったぜ」

 日本語が上手、なんていう言葉は、あまり好きではない。外国人も宇宙人も、文化を持たない猿じゃない。日本人と対等な存在なんだけどな。

「……生まれは空の向こうで、育ちは日本。ほとんど日本人みたいなもんよ、あたし。悪いことをした覚えもないし、見逃してくれないかな?」

「火のないところに煙は立たねぇ」

 彼はヒヒヒッ、と笑い、ボクサーのような構えを取った。

「悪い噂があんだよ。うちの学校の連中は、みんな、人を怖い宇宙人に消えてもらいたがってる。何なら表向きだけでもいい。俺がお前を倒しておいたほうが、色々と安心だぜ?」

 表向きだけでも、とは意外。

 彼とて、考えなしに現れたわけではないらしい。

 本当に危険な宇宙人なら退治。話が通じそうなら一芝居。そんなところかな。

「……一芝居打ったら逃してくれるわけ?」

 さっさと帰してくれるなら、それもありなんだけど?

「そうもいかねぇ。黒猫を襲った理由を話すまで尋問だ」

 どうも、すぐには帰れそうにない雰囲気。

「……だから襲ってないって。あたしが襲われたの」

「じゃあ、何で最初から宇宙人が襲われたって噂になんなかったんだよ?」

 知るか! どうせ偏見でしょ。……でも、顔はおろか尻尾すら出さずに逃げたのに、どうして、目撃者はあたしが宇宙人だと知っていたのだろう?

 まあ、ごちゃごちゃ考えるのは後でいい。

「あたし、逃げ足は速いよ?」

「ヒヒッ、光速を超えんのか?」

 彼は、腕を光に変化させた。

「まあ、速度じゃ負けるんだけど……」

 ――光があれば影もある。全てを照らす光なんてない。

 逃げ切ってやる。そう思いながら、あたしは尻尾を出した。


 ――闇に溶ける。

 あたしは肌を黒くして、ビルの屋上から飛び降り、壁を走った。

 普通は追えない。フィアや仙人のように、飛ぶ力でも持っていない限りは、あたしの動きについては来れないはずなのだが。

 地面に着地。歩道に立ったあたしの前に、光の塊が降ってきた。光は人の形を構成し、とうとう完全に彼となる。

 まさか、先回りされるとは。

「逃がすかよ」

「……逃してよ!」

 地上じゃ、建物の上ほど自由な逃げ方はできない。

 ビルとビルの間。狭い路地に飛び込むと、ジャンプして壁に張り付き、反対側の壁へジャンプ。そんな三角跳びで、上へと逃げる。

 ただでさえ見失いがちな闇の中で、上に逃げるという離れ業!

 のつもりだったのに、光はあたしを追い抜き、ビルの屋上に集合する。

「ちょ」

 先回りされちゃった。

 彼はあたしを見下ろしながら笑った。

「――意思を持った光から逃げようなんて発想が、そもそもおかしいぜ」

 悔しいけど、確かに彼の言うとおりだ。どうあがいたところで、逃げ切れる可能性は少なそう。

 ……喧嘩して、勝てるだろうか。

 敵意のある光。弱そうだなとも思ったけど、熱で攻撃してきたり、レーザーになってこちらの体を撃ち抜いてくるなんてことも考えられる。

「でも、逃げられないなら――」

 屋上に到達。飛び跳ねて尻尾を振り回し、空中から尻尾を投げ付ける。

 イメージはカウボーイ。

 そんな尻尾攻撃を、彼は光になって回避した。

 直後、目の前が眩しい光に覆われる。

「うわっ?」

 視界が奪われ、状況が分からず、着地失敗。

 多分、屋上に背中強打。トドメと言わんばかりに、腹部に鈍痛。

 負けた、ということだけは分かった。


 そこから後の記憶はない。



 ――……。

「ん?」

 起きたら、知らない場所にいた。

 下は土。トタンの簡素な小屋の中。スコップや猫車が、まるで捨てられたような転がり方をしていた。

 軽く混乱する。溶け合った夢と現実が分離していく。

 口に入った土が歯と擦れてジャリジャリ。

「ああ、そっか……」

 あたし、負けたんだっけ。……負けて、何でこんなところに?

 しかも手足が縛られている。

 ビニール紐なんか使っている辺り、どうも詰めが甘いな。

「そりゃっ」

 ぶちぶちっとな。力で手足の拘束を解く。

 寝てる間に変なことされてたらやだな、と心配になったけど、ざっと見た感じ、そんな形跡はなかった。安心。

 ……待った、財布がない。

 安心している場合じゃないよ! とりあえず携帯のGPSで現在位置を確認。永束の隅っこ。神社からそう遠くない、山の麓辺り。

 そのとき、出入口の扉が開いた。

 現れたのは、高校の制服を着た、黒い髪の女。

 その女は、以前あたしを襲った影使いだ。

 霧生くん情報だと、呼び方はヤマト。じゃなくて、黒猫。

「おはざいぁす。……そう怖い顔をしないでください。気を失ったあなたを保護しただけなんですから」

 彼女の手には、缶ジュースが二つ。

 片方の蓋を開けると、ぐびぐびと豪快に飲み始めた。

「保護? 監禁でしょ、これ」

 あたしは黒猫の顔をじっと睨み付ける。

 彼女は憎たらしいうすら笑いを浮かべながら、視線を横に逸らした。

「軟禁、くらいじゃないですかねぇ?」

「むしろ幽閉? ……とにかく保護は違うでしょ」

 自分で軟禁って認めたしね。

 しかし彼女は首を横に振る。

「違いますよー。雷くんは張り切ってあなたを懲らしめようとした。けれど、あなたは案外あっさりと倒れてしまった。放っとくわけにもいかないと、彼はここまであなたを運んだんです。……逃げられたくなかったので、手足を封じて」

「次はもうちょっとちゃんと封じてね」

 要するに敗北して、捕まったわけだ。

 で、どうして、ここに運ばれる? それに、

「何であんたが出てくんの?」

 雷とかいう男子高生は、「黒猫を襲った理由を吐くまで尋問」とか何とか言っていた。

 けど、目の前には、あたしに襲い掛かってきた黒猫さん本人がいる。

 ……まさか彼女は本当に、自分があたしに襲われたと認識しているのだろうか? それで、報復をあの光の男に頼んだ?

「混乱してるって顔ですねぇ」

「……そりゃあ、ね」

「少しお話しましょうよ。疑問に思っていること、説明します」

 黒猫は地面に胡座を掻き、飲んでいないほうの缶ジュースを、あたしに投げ付けてきた。

「――『黒猫』こと、如月彩乃でっす」

 さっきから、どこか芝居臭い。

 本人がそこにいないような、違和感を覚えた。


 永束には神様がいる。

 黒猫こと如月彩乃は、その噂を信じていなかった。

 しかし、その考え方は、クラスメイトの雷瞬夜が超能力に目覚めたことで、大きく変質する。

 彼女は早速、力を与える神様の元へ向かった。神様を試すためだった。

 噂は本当で、如月彩乃は超能力者となった。だが元々素質はあったようで、彼女は力を受け取った後で、別の力に目覚めた。

 そして、雷瞬夜に近付き、彼に超能力者集団の結成を提案。

 理由は、


「わたしは、雷瞬夜を流行らせたい」


 音楽プロデューサーか。

「超能力の存在は話題になっていますからね。彼の活躍は、自然と広まっていくでしょう。しかし、小さなブームで終わらせるのは勿体ない。彼はもっと高いところへ飛べる存在です」

 彼女が上を指差す。

 ここでは上を向いても天井しか見えないわけだけど。

「……もっと高いところって、どこよ?」

「神様のいる場所ですよ。そのために、神様と接点のあるあなたにちょっかいを出しました。あなたが負けたことで、雷の存在は神様の周囲にも認知されていくでしょう」

 メイドラーメン経由でカイに伝わり、フィアの耳へ。

「そしていつか、二人は衝突する。……わたしが、衝突させます。そして、雷瞬夜は超能力者界隈の天下を取る」

「……はぁ。何の得があるんだか、分からないけど」

 素直に感想を述べる。と、

「え?」

 彼女は心底意外そうに、彼女は目を丸くした。

 いや、でも、だって、そうでしょ?

 雷くんが好きだから! とか、ソラガミを倒したいから! みたいな動機があるなら、まだ分かるんだけど。

「自分の手で、誰かを天下に導く。ワクワクしませんか?」

「……まあ、分からないでもないけど」

 あたしがカイやフィアに、その才能を活かして欲しいと願うのは、彼女が雷瞬夜に抱く気持ちと似通ったところがある気がする。

「協力してもらえませんか?」

 と、彼女は言った。

「光と神、どちらが勝つのか、試してみましょう」

「……悪いけど、利用するために自分を襲ってきた相手に協力するほどお人好しではないから」

「あれ、怒ってます?」

 そりゃあ、そうでしょ。

 雷瞬夜が飛ぶためだけに、自作自演に付き合わされて、こんなところに閉じ込められて。

 むしろ、何でこの女は平気な顔をしていられるんだろう。

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