3-7 メイドが見ている
雷達とのミーティングの後、俺はメイドラーメンへ足を向けた。
栞さんの連絡先は分からない。しかし、鼬川さんや死音さんと会えば、連絡くらいは取れる……と思う。
――死音さん、か。
何だか自堕落な生活を送っている今、胸を張ってあの人に会いにいくことができない。
足が重くなった。雪まで降ってきて、いよいよ帰りたい。
裏通りを歩きながら、うだうだ考え事をしている。
頭の中が散らかったまま、とうとう辿り着いてしまった。
扉を開ける。
「あーい、いらっしゃいー……」
メイド姿の死音さんが、そこにいた。
途端、顔の温度が制御できなくなる。熱い。ああ、紅潮してるな俺。
メイドだ。メイドの格好だ。うわぁ……メイド。
顔は幽霊の頃とほぼ変わらない。違うのは服装くらいのはずだ。
メイド服を着ているだけなのに、眩しくて直視できない。
「ひ、人を見て猥褻物を目撃した人みたいになるんじゃない! 久しぶりに会ったと思えば何じゃそれ!」
「や、その、刺激的っていうかその」
「だだだ、だから人を猥褻物陳列罪!」
いよいよ死音さんまで赤面。
「仕事中にイチャつくな!」
厨房から鼬川店長の喝が飛んできた。
「あ、そ、そだね! えっと、一名様? 禁煙で大丈夫?」
「あ、はい」
栞さんの連絡先だけ聞いて帰ろうかとも思っていたのだが、案外店は忙しそうで、客じゃないと言う隙はなかった。
栞さんの連絡先をどのタイミングで聞こうか、迷う。
しかし、その必要はなくなった。
「ん、最近よく会うね」
本人が、客として俺の隣に座っていた。
ラーメンの上にショートケーキが乗ったものを黙々と食べている。
「いや何すかそのゲテモノ」
「ああ、これね、新メニューの毒味よ。半額で出してくれるっていうから」
毒味で半額取るんかい。
しかも半額で受け入れたのかこの人。俺なら無料でも断る。
いや、知り合いからだったら、ノリで受け入れるのもアリか……?
「あんま見ないでよ。食べにくいから。それより、どうだった? 大学は」
「広かったですね。高校とは比べ物にならないくらい」
「来なよ」
「……『学費払ってやったのに!』とか親に言われるのが嫌なんで……。だから高校も辞めて、目標に走ることを決めたんです」
「へぇ、良いじゃないの。何の目標もなく大学を辞めたあいつに聞かせてやりたいくらいだわ」
悪態をつくような物言い。
しかし、その言葉の中に憂いを感じた。
「……あいつ?」
「カイのことよ。今、あいつの収入源はお布施だけみたいだし」
「お、お布施?」
「律儀な女子中高生は渡すみたいよ。お布施というか、占いの料金というか」
「へぇ……」
ちょっと羨ましい。
動画サイトでそういった層にウケて、人気が出て、CDを出して、女子中高生にバカウケ!
雨野さんの生活は、そんな状況ともそう遠くない気がする。
「まあ、浮世離れしているところが、アマノソラの魅力ではあるんだけどね」
嘲笑気味ではあったが、言葉に偽りはないように聞こえた。
彼女は間違いなく、雨野さんの理解者の一人ではないかと俺の目には映る。
この人が、理由もなく人を襲うとは思えない。
それとも、やっぱり俺は簡単に他人を信用し過ぎなのか?
「黒猫って、知ってます?」
俺は本人を直撃する。
「そりゃあ勿論よ。時々、ネットで買い物したときに……」
「じゃなくて超能力者です。影を操る黒猫ってのが、噂になってるみたいで」
影、という言葉に、栞さんの目付きが鋭くなる。
「……心当たりある。昨日、そいつに襲われた」
襲われた、か。
やっぱり、先に仕掛けてきたのは黒猫のほう……。
「ちなみに襲われた理由って、何なんですか?」
「さあ、分かんないけど……宇宙人ってことがバレたんじゃない? 最悪殺しても、罪に問われるかどうか微妙なラインだし。狩りにもサンドバッグにも使える存在だからね、あたし」
ひょいと尻尾を出し、栞さんは自嘲気味にニヤついた。
平気で尻尾を出してしまう辺り、自身が宇宙人であることを隠そうとする気はなさそうだ。
「もっと宇宙人であることを隠したらいいんじゃないですか?」
「隠し過ぎるのも、ね。いつか親が迎えに来たとき、気付かれないと困るし」
親? と返すと、栞さんは誤魔化すように笑い、
「あたし政治家になろうかなぁ。宇宙人の人権、もっと整備されるべきだと思うのよ」
溜息を吐くと、またケーキ入りラーメンを啜り始めた。
「……俺、黒猫について調べてみようと思ってるんですけど」
「そ。じゃあ、何か分かったら教えてチョーダイ」
彼女はメモ帳を破り、アドレスを書いて俺の手元に置いた。
用事は済んだし、注文を聞かれる前に立ち上がった。晩飯は親が用意しているだろう。大体、俺は金欠だ。
「じゃあ俺帰ります。……気を付けてくださいね。もしかしたら、また襲われるかもしれませんし」
「はいはい、お気遣いありがと。あれ、帰るの? 死音が残念がるよ?」
栞さんの言葉どおり、「あれー、帰るの?」と死音さんが大袈裟に残念がる。
そんな彼女を、客が呼ぶ。
「おーい、シオンちゃーん」
「お? はいはい今向かうよー。えっと、じゃあ、また来てね霧生くん!」
人気あるんだろうな、死音さん。
可愛いし、親しみ易い店員ってだけでも……。
幽霊の頃の、俺が一人占めしていた彼女はもういない。何だか死音さんがより遠くに行ってしまった気がして、辛かった。
◇
霧生くんが店を出ていく。
その様子を見送る死音に、
「……ラブラブか!」
メイドの一人、虹林心奈が言った。
「え?」
「え、じゃない! 羨ましいくらいラブラブだな! お互い真っ赤になるとかありですか、ええコラ! わたしの春はいつ来るの!」
これが仕事中の発言か。とはいえ、心奈の言い分も分からないでもない。
あたしも常連客の一人として、
「……ホント、見せつけてくれちゃって」
と、死音をからかう。
「ぐ、ぐおおお! モンスターまで何を言うか!」
「モンスター呼ばわりは流石にちょっと傷付くよ」
「あ、ごめん。いや、大体今日はあたしより栞ちゃんと話してたじゃんか!」
「ん? 悔しい?」
「そ、そうじゃなくてそうじゃなく、うああ!」
漫画なんかのデフォルメだと、目がぐるぐるになっているシーン。
耐えかねたのか、とうとうトイレへ逃げてしまった。
「サボるな!」
奥から喝が飛んだ。
あまり美味しくないケーキとラーメンの混合物を食べ終わった後、寒い外に出るのが億劫で、しばらく店内にいさせてもらった。
隣の席に、唯一の男性スタッフが腰を下ろす。
もうすぐ閉店。客も減って、暇になったのだろうか。
シルバーアッシュにカラーコンタクト。そんな装飾で分かりづらくはなっているが、彼の外見は雨野空と酷似している。
だからあたしは、彼をこう呼ぶ。
「……お疲れ様、アマノソラ三号くん」
「やめろ、その呼び方」
目を閉じて聞くと、まんまあいつの声。
彼は、自身を日下穹と名乗っている。彼が何者なのか、あたしは実はよく知らない。基本的に男性スタッフを雇わない鼬川さんが例外的に受け入れたくらいだから、よっぽどの事情があるのだろうが……。
「襲われたんだってな」
彼が言う。さっきの霧生くんとの会話が聞こえていたのだろう。
そして、わざわざこんな話を振ってくるということは。
「何か、気になることでも?」
「影を操る超能力者を一人、知ってる」
「……それ、誰?」
彼の知っている、その人が黒猫である確率は高い。報復する気もないけど、相手が誰なのか知っておけば、避けることくらいはできるはず。
「フィアだよ」
彼は言った。ソラガミとかアマノソラじゃなくて、フィア。
気にはなったが、今は聞き流す。
頭を整理。つまり……、
「あたしを襲ったのはフィアじゃない。てことは、フィアが、誰かにその力を貸したってこと?」
「多分ね。ただでさえ超能力者が増えている中、あいつは他人に力を与えている」
「……やっぱり、超能力者って増えてんのね」
九年前、街の人間の多くが超能力者になったきっかけは、UFOが街に来たことだと言われている。今回はどうなんだろう。
「父さん、来たのかな……?」
「会いたいのか? 自分を捨てた親に」
日下が言った。どこまで知っているのやら。この男と話した回数なんて、そう多くないはずなんだけど。
問い掛けに答えず、あたしは立ち上がる。
「……そろそろ帰るわ。じゃあね、カイ」
「ああ、また」
カイという呼称を訂正する気配もなく……それどころか気付いてもいないような調子で、日下はあたしに軽く手を振った。
「誰がカイだ」
遅いってば。
何者なんだろう。
どんな過去を持っているんだろう。
いつからこの街に?
カイやフィアとはどういう関係?
友達や恋人は?
あたしのこと、どう思っているのかな……なんて。
何考えてんだ、あたし。




