3-6 炎上垢(フレイムレッド)
冬の夕方。本殿の木々は冷えていて、じっとしていると寒い。
白い息と、控えめに舞う雪。賽銭箱の裏に座って、僕はパソコンを触っている。半分自棄になってアフィリエイトブログを開設してみたが、収入は皆無。飽きてきて、記事自体更新していない。
石段のほうから、強烈な光を感じた。
光の主は一歩一歩と近付いて、
「カイ。やっぱりここにいた」
雪に混じって白い髪。ゴスロリ姿のフィアが姿を現した。どこから拾ってきたのか、汚いクマのぬいぐるみを抱いている。フラフラと本殿まで歩いてきて、賽銭箱の隣へ座る。
「どこで拾ったんだよ、それ」
「ふふん、帰ったら治療してあげるんだ。綺麗になったら、新しい家族を探してあげないと」
「もしかして、バイトしろとでも言われた?」
フィアは無言で白髪を掻き毟った。図星のようだ。
ゴミとして捨てられていたぬいぐるみを修復し、ネットを使って安価で売却。本格的に金が欲しくなる度に、フィアはそうやって小遣い稼ぎを行う。
「そろそろ何かしてみろよ。本格的にぬいぐるみ修理屋を立ち上げるとか」
僕が言うと、フィアは軽く微笑み、答えた。
「……成功するかな」
「失敗しても、失うものなんてないだろ」
「でも、趣味は義務じゃないからこそのもの」
「……趣味ってほど手芸やってないだろ」
拾ったぬいぐるみを売りたい、という動機で手芸を始めたはずだ。フィアにとって、手芸は最初からビジネスでしかない。
欠伸をするフィア。
怠惰に埋まった、溢れんばかりの才能。
「もっと使えよ、自分を。お前にしかできないことが、いっぱいあるだろ」
「例えば?」
「……最近、街で超能力者が増えている。超能力者だらけの街を、元に戻せるのもお前だけだろ」
フィアが動かなければ、街には大量の超能力者が残る。
小さな綻びは、やがて街を壊していく。
「私が動かなくても、メイドさんがいる」
「鼬川さんには荷が重過ぎる。お前が動かないと」
だが、フィアは首を横に振り、冷たい笑みを浮かべた。
「このままで良い。……小学生だった頃の私は、まだモラリストだったんだ。現状維持が正しいことだと思い込んでいた」
「今は、それが正しくないと?」
「正しくある必要がない。所詮、そんなのは都合の良し悪しでしかないんだ」
フィアは笑っていた。
おもちゃのブロックを前にした子供みたいな、無邪気な笑み。
「私のルールは、私が決める。私の行動を誰かに決められたくはない。……私は超能力者だらけの街を、カイと一緒に闊歩したいよ」
「……何個か、貸しただろ」
光が欠けている。
フィアから超能力を借りた人間は、霧生だけではないのだろう。
影を操る能力、扉を開ける能力、デジャブを植え付ける能力……。
「――都市計画。超能力者の街が、もうすぐできあがるよ」
僕は溜息で返事をした。
今回ばかりは、僕にはどうにもできないだろう。フィアが動かないなら、僕はただ経過を見守ることしかできない。
◇
朝から電話が掛かってきた。
「霧生か? 今日、夕方からミーティングな。場所は昨日と同じ、呑天大学のラウンジだぜ。んじゃぁな」
通話は相変わらず、雷のペースで進んでいく。
どういうことだ? 最近、毎日のように外に出る用事がある。いや、むしろそれが普通か。おかしいのは俺の日常だ。
夕方、呑天まで自転車を飛ばす。
二度目だからもう大丈夫だろう、という楽観的な考え方は甘かった。
半分迷子みたいになりながら、どうにかラウンジへと辿り着く。
「遅ぇぞ、霧生」
雷が言う。
テーブルには雷と、中二病の彩乃、初対面となる背の高い女の三人。
「あれ、弟は?」
「弟って誰だよ」
「ええと、天乃だよ」
あの凡庸な顔がない。リストラか?
「別件が忙しいんだってよ。何してんのか知らねぇけど。……ま、興味なくして脱退しただけかもな。ま、んなこたぁどうでもいい。まずは霧生に紹介な」
雷に身振りで促され、背の高い女が軽く頭を下げた。
「山野葵。通称、ワサビ。ちょっとした有名人だ」
「ふーん……?」
ふと、ラノベであるようなアイドル同級生キャラのイメージが思い浮かんだ。有名人? 案外、地下アイドルキャラとか?
スタイルは良いし、顔も、目が細いことを除けば美人だ。
「実はわたし、飲酒がSNSでバレて炎上しちゃったの」
「そ、それはご愁傷様……」
見た目は大人しそうなのに、案外やんちゃなんだな……。
「ちなみにワサビの能力は、口から火を吹く能力だぜ」
「よろしく、霧生くん」
小さな炎をゲップのように吐き、彼女は手を伸ばしてきた。
それに応え、握手。
「んで、今日話したいことは二つだ」
雷が指をチョキにする。
「一つは組織名。名称がないと、何かと不便だからな。霧生、良い案ねぇか」
少々無茶ぶり。一応、創作者の一人として期待に応えたいところではあったが、思い浮かぶのは幽霊楽団だのメイドラーメンだのばかり。
「えーと……シンプルに『超能力者の会』とか」
「普通過ぎんだろ」
ボケてもいないのに、ツッコミ。
「もっと、こう……あんだろ。他の超能力者の入団意欲を掻き立てるようなネーミングがよぉ。多少アレでも構わねぇ。それこそ彩乃のセンスで……」
「"ババヌキ団"なんていうのはどうだ?」
彩乃が言う。雷はしばらく考えた後、降参した様子で問う。
「ババ抜き? つまりどういうことだよ」
「"悪者"を『ジョーカー』に{例えて}、【それ】を『取り除く集団』だ」
「馬鹿、ババ引いたら負けだろ」
「あ、そうか。そうだな。ククク……」
彩乃の頬を雷がつねる。
「お前な、クククって笑ってりゃ中二っぽいと思ってんじゃねぇぞ」
「でも、トランプってのは面白いんじゃないかな?」
ワサビが言う。彩乃はハッハッハ、と喜び始め、
「ほら見ろ! "ババヌキ団"、面白いネーミングだぞ絶対!」
「んじゃ、もうそれで決定」
雷が言う。
「……え、決定?」
ジョーカー引いたら負けなのに?
「彩乃は言い出すと終わらないからな。何なら後からまた名前を変えよう。まあ、超能力者の会よりマシだろ」
「俺の案、そんなにダメだった?」
「で、もう一つの議題は、黒猫と宇宙人についてだ」
納得いかないまま次の話題になってしまった。
何気なく聞き流したが、宇宙人? まさか。
「彩乃が言うには昨日の夜、呑天で超能力者同士の戦いが起こった。一人は影を操る超能力者、通称『黒猫』。そしてもう片方が、常人離れした身体能力を持つ通称『宇宙人』と呼ばれる超能力者だ」
栞さん、だろうか。
それとも、彼女とは別に『宇宙人』と呼ばれる人がいるのか?
「ことの発端は、宇宙人が黒猫に襲い掛かったことらしい。結局、宇宙人は逃走。黒猫は何とか助かったようだが……どうだ? 気になるだろ」
「情報元は? 直接見たのか?」
彩乃に問う。
「いや、違う。私は噂で聞いただけだ」
信頼できる情報ではなさそうだ。……しかし、何もしていなければ、そんな噂が立ったりはしないような気もする。
「……それで、どうするつもりだ?」
「宇宙人を捕まえて尋問だろ。放っとくわけにもいかねぇ」
「いきなり? もっと、先に調べておくこととかあるんじゃ……」
しかし、横から彩乃が口を挟む。
「雷に賛成だ。一刻も早く引っ捕らえてしまったほうが安全だろう? 黒猫以外にも犠牲者が出るかもしれない。二度と悪さできないよう、痛みつけてやるのだ」
雷もそれに同調するように、
「別に殺そうってわけじゃねぇんだ。そんな慎重になる必要もねぇよ」
と言って、ヒヒッ、と笑った。
変に発言すると、俺まで敵として扱われそうな空気。
俺にできることといえば、先回りすることくらい……か。




