3-5
夕方、雷瞬夜に電話を掛けた。
「よぉ霧生。悪ぃが今、学校だ。手早く用事だけ言ってくれ」
「今日、会いたいんだけど」
「……んだよ? まさか超能力者になったのか?」
雷は訝しむような調子で言った。
「そのまさかだよ」
「ヒヒッ、一体どんな手を……」
「永束には、力を与える神様がいる。聞いたことあるだろ」
「…………」
雷はしばらく無言になった後、ヒヒッ、と笑った。
「――見てやんよ、その神様が本物かどうかをな。……場所は昨日と同じ喫茶店……いや、呑天のメイドラーメンにしようぜ?」
ギョッ、とした。
「あ、えーと、悪い、メイドラーメンは却下がいいなぁーなんて……」
「はぁ? んだよ、我儘か? 仲間と会わせたいから、俺が出向くよりお前がこっちに来たほうが都合が良いだろ」
「うん、それはそうなんだけど、メイドラーメンはちょっと……」
やめておいたほうが無難だろう。
鼬川さんと会うことが、雷にとってプラスになるとは思えなかった。多分、どちらもリーダー気質。性格の相性も悪そうな気が。
「他ならどこでも……呑天にゃんにゃん倶楽部でもいいから」
「んなら、呑天にゃんにゃん倶楽部にするか」
「別に、是非ともにゃんにゃん倶楽部が良いわけではないけどな。……ああ、もっと、何か……呑天大学とか? 金も使わずに済むし」
思い付きで口にして、自分で名案だと思った。
割と金欠。できるだけ出費は控えたい。
「大学か。ヒヒッ、悪くねぇな。んじゃ、待ってるぜ」
着替えて家を出る。やっぱり寒い。帰りたい。
自分で待ち合わせ場所をしておいてマヌケだとも思うが、携帯の地図に頼りまくって、どうにか呑天大学に辿り着いた。
街路樹で飾られた歩道に突如姿を現す、大きな敷地。門の前。先輩達の往来の中に、ふと見知った顔を発見する。
「あ」
「ん、霧生くん?」
宇宙人のほうの……いや、今は唯一人の叢雲栞さん。意外そうな目で俺を見ている。
「進学でもする気? 高卒認定でも受けて」
「いや、しませんよ」
「ふーん……案内しようか? あたしくらいしか知り合いいないでしょ」
「あ、いや、いいです」
断ると、栞さんは溜息を吐いた。何が気に入らないのだろう、と思ったところで、ぐいと肩を捕まれ、耳元で囁かれた。
「最近物騒だから気を付けて」
「……物騒?」
「表向き平和に見えるんだけどね。寒くなった頃から急に、裏で色々ヤバいものも出回ったり、口にするのも憚れるような事件が続いたりしてんのよ。……カイでなくても分かるわ。最近、超能力者が増えてる」
憂うような声。
「……増えて……んですか?」
呑天高校が例外だったわけではなくて、ここでもっすか?
「しまいには超能力者サークルみたいなのができて、色々と悪さしてるみたいよ。大学はただでさえ自由な場所だからね。そこに超能力なんていう道具が舞い込めば、そりゃ悪知恵も働くってもんよ」
栞さんは嘲るように笑い、
「んまぁ、部外者がちょっと入っただけで事件に巻き込まれるなんて、どこの紛争地域だって話だけど……霧生くんの場合、ちょっと不安ね」
傷付く自尊心。
「そ、そんなフワフワしてますかね、俺」
自分では割と騙されにくいほうだと思っていたんですけど。
「見た感じそうでもないけど、平然と幽霊を受け入れるくらいだからさ。……君の周囲は比較的、善良な超能力者が多かったわ。でも、特にフィアやメイドラーメンを知らない新規の超能力者の中には、悪い奴もいんのよ」
大学の中で少し迷った。
待ち合わせをするなら食堂とかラウンジとかだろうが……それが、どこにあるのかが分からない。
そんな俺の前方から、ギャルっぽい集団が向かってくる。ギャハギャハ笑っているところが怖い。平常心ならともかく、あのテンションではどう絡んでくるか分からない。
無難に通り過ぎようとしたのだが、その中の一人が、
「ぼく、何しに来たの?」
と声を掛けてきた。
ぼく? 一人称かと思ったが、どうやら俺への二人称らしい。
……ぼくってあんた……。
「こらミカ! 流石にぼくはないでしょ! 失礼!」
キャハキャハ笑いながら、別の人が言う。酒でも入ってんのか。
「中学生に『ぼく』扱いはないわ」
え?
中学生……だと……?
「思春期真っ只中じゃん!」
「ファーッ!」
めっちゃ楽しそうなんだが誰か助けてくれ。
しかしまあ、こんな人達が案外面倒見が良かったりするようで、俺が「ラウンジ」という言葉を発した途端、全員で俺をラウンジ前まで引っ張ってくださった。
「じゃーね、坊や」
「こらミカ! 中学生に坊やはないでしょ! 失礼!」
結局最後まで中坊扱いですか。だがまあ、結構良い人達……いかんいかん、栞さんの言うとおりだ。
幽霊だろうが何だろうが、簡単に受け入れ過ぎだろ俺。
ラウンジへ入る。暖房の効いた、無造作にテーブルが置かれた空間。
近くに売店と自動販売機が並んでいて、学生はトランプをしたり、ラーメンやコーヒーを嗜んでゆっくりしていた。
その中に、制服姿の三人組を発見。
「おい霧生、こっち」
三人組の一人、雷が俺を呼ぶ。
彼らに近付いて、ふと、見たことのある顔を発見。その顔は嬉しそうに、俺に声を掛けてきた。
「どもっす。おれのこと分かる?」
「……ソラガミさんの弟か」
遠目で見ると、あまりにも凡庸で気付くことができなかった。
「ん? お前ら知り合いかよ。中学まで一緒だったのは分かるが」
雷が言う。弟は微笑し、
「縁はなかったみたいで、昨日まで一言も話したことなかったんすけどね」
「一言くらい話したことあるだろうよ」
「常識の枠に囚われてるっすね、雷は。……というわけで霧生くん、天乃宙の弟っす。能力はその時々によって変わるっす。よろしく」
「ああ、うん……」
変わる? そんなことあるのか……?
ひょっとして、その都度、お姉さんに借りるのか。何か、贅沢だ。
「……待った待った。弟ですって自己紹介はおかしいんじゃ」
「こら」
弟の横に座った女が言う。
「『天乃』ばかりに構うな。私を見ろ」
眼帯。ツインテールの色は、右半分が白く、左半分が金色。これで高校在学中? やんちゃ過ぎるだろ。しかし背は低い。小学校の高学年くらいにも見えなくはない。
そんな彼女は、値踏みするような目で俺を見ていた。
「うわ」
と素直な感想を漏らすと、彼女は舌打ちをし、
「【貴様】、失礼だぞ。"アヤノ"に謝れ」
「あ、あやの? 誰、ですか、それは……」
「私だ」
「お前かい」
「"色彩"の『彩』に、"乃木坂"の『乃』で、彩乃だ」
そう言って、ククク、と怪しく笑った。
「ところで変わった喋り方ですが」
「……――クク、【貴様】の目にもそう映るか。認めよう、私は中二病に罹っている。……――つまり『シッカー』……〈だが〉、それは{私に限った話}ではない。全人類は"ペルソナ"を被っている。いわば、その"ペルソナ"こそが『個人』なんだ。【貴様】のその"態度"と、私の"演技"……――何が違う?」
中二病とは根本的に何か違う気もする。
これは、単に変な喋り方ってだけだろ。
雷が彼女の頬をつねる。
「霧生が引いてんぜ。その辺にしとけ」
それから、その顔をつねったまま指差し、
「この変なのは如月彩乃だ。能力は、人の色覚を一時的に狂わせる力」
「色覚を?」
彩乃は雷の手を外し、
「"こんな風に"ね」
そう言った。途端、彼女の髪の白と金が、ただの黒に変化した。……いや、戻ったのだろう。いつの間にか、俺の色覚を操作していたらしい。
「『好きなもの』はパーカーなどの"フードのついた服"だ。貴様の服にはフードが付いているな。『シッカー』同士、悪くない関係を築こう」
「誰がシッカーだ」
俺も自分のことをちょっとオタクっぽいヒキニートだと思っていたが、これを見ていると、かなりマシに思えてきた。
いや、そもそもベクトルが違うかな。
如月彩乃。変人。こんなのが中二病だと、俺は認めたくない。
「彩乃、そろそろ黙れ。……本来はもう一人いるんだがな、他の用事で来れなかった。つぅわけで、次は霧生の番だ」
雷が言った。
「え?」
「ヒヒッ、超能力者になったんだろ? 見せてくれよ、その力を」
雷は挑戦的に言う。弟と彩乃、三人の目が俺に向いた。
「……あんまり期待するなよ」
俺は手を伸ばして、イメージの中に浮かぶナイフを手に取る。三人とも驚いた顔をしたが、弟のそれは少々演技っぽさが混じっていた。
「――……そうか貴様もやはりシッカーか!」
彩乃のそんな反応に、俺は溜息を吐いた。
「おい、あんたと一緒にするな!」
「"同類"だと思うぞ? 取り出すのがナイフな辺り」
「……いや、それは、まあ」
確かに、と納得してしまった。
「アヤノは黙ってろ。それより……」
雷はナイフを指差し、言った。
「その能力、相当強ぇんじゃねぇのか?」
「まあ、それが……」
俺はナイフの刃に指を当て、イメージを砕いてみせる。
「残念ながらこのとおり。ナイフは実体化したわけじゃないから、使うことはできない。俺の力は掴むだけなんだ。……まあ、ハッタリ向きってことだよ」
自嘲する。だが雷は、
「……いや、充分だ。俺ぁ、お前を歓迎すんぜ。力を貸してくれよ、霧生」
と言って手を伸ばしてきた。握手しろ、ということだろう。
少し照れくさかったが、俺はそれに応じた。
同年代のコミュニティは久々かもしれない。
……あるいは永束ではなく呑天高校に進学していれば、俺の現在は違ったものになっていたのだろうか。
◇




