3-3 目を隠さない話
◇
平日の昼過ぎ。
俺こと霧生進は、自室で音楽を作ったり休んだりを繰り返していた。静かな空間にいて、ヘッドフォンに包まれた俺の耳だけが賑やかだ。……ちなみにその音楽は自分の曲ではなく、動画サイトの歌唱ロイド曲。
騒がしい幽霊がいなくなってから、一人で作業を進めることにもようやく慣れてきた気がする(今は休憩中だが)。創作活動とは本来孤独なものだ。誰かに指示されてほいほいと機械のように動くものではないと、俺は思う。
口を開くことも減った。
どうしても一人でいることに耐えられなくなったときは雨野さんを遊びに誘っている。少なくとも二回に一回は誘いに応じる辺り、あの人も結構暇なんだろう、きっと。……最近は、そんな感じだ。
作業が捗っているかといえば、ノー。
俺は俺自身の才能を、栞さんの才能ほどに信じることができていない。そのせいかモチベーションがイマイチ上がらず、納得のいく曲なんかは一つもできていない。
「あぁああ何やってんだ俺は! 一曲くらいさっさと作れ! 楽器も使わないし歌も歌わない! シンセサイザーを鳴らすだけだろ!」
と自分を言葉で動かそうとするも、体が面倒臭さに縛られて動かない。
……いい加減、バイトでも始めたほうが良いんじゃないのか? 夢を追うふりをして、現状から逃げてるだけじゃねーのか、これ。
いや、ふざけんな違うわ。本気だったからこそ高校辞めたんだろうが。
……でもこのままじゃ駄目だろ。大体俺、栞さんに音楽で勝てるか?
「くそったれ……」
精神がどうにかなりそうだ。
多分、一人で部屋にこもっているせいで。
作ったり休んだり……のはずが、いつの間にか休んだり休んだりになっていた。気付けば夕方。酷いな。何が酷いって、俺の生活がだよ!
何が足りない? とりあえず人との関わりが圧倒的に足りないな。誰かに会いたい。茅原か古川にでも連絡を取ってみようか。
そんなとき、ちょうど電話が掛かってきた。
「雷瞬夜……」
少年漫画の主役みたいな名前。中学時代の同級生だ。中学卒業以来、連絡なんかは一度も取っていなかったが。
「んー……」
もしかして忘年会の誘いでは? 雷は中学の頃、学年の中心人物の一人だった。あいつの声掛けで、同窓会ついでに集まろうという話が進んでいてもおかしくはない。
「も、もしもし?」
うわ、思ったより声が出ない。若干緊張している自分にムカついた。
呑天高校に進んだ雷は、永束高校を辞めた俺の事情も多分知らない。
ニートしてることはバラしたくないが、高校生であること前提で話が進むのも嫌だ。ワガママか俺!
「いきなり電話掛けて悪ぃな、霧生」
「ん、ああ……急にどうしたんだ?」
雷はやや言いにくそうに小声で、あー、えっとな、と前置きし、
「困らせそうな質問だがな、お前、超能力は信じるか?」
そんなことを聞いてきた。少し動揺する。
何で? それ俺に聞くこと? カマでも掛けられているのか?
「……まあ、信じているっていうか……」
見たことがある。が、無闇にソラガミさん達の事情を言いふらすのも気が引けた。曖昧にしよう。知っているかどうか、明言を避ける。
「……信じてるよ。案外近くにいるかもなーなんて思ったり……幽霊とかいるんじゃないかなーとかも……」
「今から会えるか?」
「ああ、はぁ」
唐突。どうも、話が向こうのペースで進んでいく。
事情はよく分からなかったが、寒い外に出なければいけないらしい。部屋の中ですら暖房器具がないと耐えられない状態なのに、外。
「……今からか……」
「そっちにどっか良い場所あるか?」
雷が言う。場所……。
「あー、そういや永束の駅前に安い喫茶店が……」
「すぐ行くから店ん中で待ってろ」
通話はそこで切られた。
振り回されてんな、俺。
駅前の喫茶店、鴉。
俺はテーブル席に座り、携帯を触りながら雷を待つ。アンティーク調の店内に、客はまばらだ。鴉という店名の所以はよく分からない。
数分遅れて、制服姿の雷が現れた。
「急に呼んで悪かったな」
雷は俺の正面に座った。
「いや、別に……。直接会わないと話せないようなことなのか?」
「電話だと切られる可能性もあるから、逃げ場をなくした。……今から言うことに引くなよ?」
「下ネタ?」
「いや違う。……マジ引くなよ? 俺は超能力に目覚めた」
さらりと彼は言った。
俺も特に変な受け止め方はせず、へぇと頷く。
「反応薄いぜ? 信じてねぇからか?」
どうやら俺の反応が気に入らなかったらしい。だが超常現象の類にはもう慣れている。今更知り合いに超能力者が増えたくらいで驚けるか。
「疑いはしないって。それよりどんな能力なんだ?」
「いやいや、あのなぁ……お前、この手の話に免疫あり過ぎだろ。もしかして、お前も超能力が使えんのか?」
「いや、俺は一般人」
「だったら常識的に考えて、超能力なんて信じねぇだろ……」
人に引くなと言っておきながら、雷は引き気味だった。俺が顔で反論すると、彼はヒヒッ、と笑い、
「光になる。そういう能力だ」
そう言って、手から光を発生させた。まるで、そこにホタルの群れがいるような……。いや、指そのものが、光に変化したのか。
手首から先が全部ホタルになって、散り散りになった。
「すげぇだろ? うちの学校では、最初に俺が超能力に目覚めた。そして、俺に続くようにして、他の何人かが超能力に目覚めてった」
「まあ、確かにすごい。……何人かって、何人くらい?」
「全校生徒の半分くらいだな」
「は? ヤバいだろ、それ」
「……ワクワクしたりしねぇのかよ。だがまあ、俺も同感ではある。俺達以外にも超能力に目覚める輩はいるだろうしな」
雷は両腕を肩まで光に変えた。人のいる店内でそれはどうなんだ。
「だから超能力者集団を作る」
光の群れは蛇のように連なり、天井を舞って、再び雷の腕に集合する。
「……超能力集団?」
ウンタラ団。歌唱ロイド音楽の研究に没頭していた俺としては、目隠しの連中が真っ先に頭の中に浮かぶ。
「使命的な何かを感じてな。超能力で街を守る、自警団を作りてぇんだ」
「ふーん……」
ちょっと、くすぐられるものはあった。……いや、創作のネタにしようとするなよ俺。真面目に聞いてやれ。
志としては立派。素直に応援しても良いと思える。
しかし、一つ疑問。
「何で、それを俺に報告しようと思ったんだ?」
中学時代も、俺達は顔見知り程度の関係でしかなかった。何でも報告し合うような間柄ではないと、こっちは思っていたが。
「ヒヒッ、気味が悪かったか? ……人脈を広げようと思ってな。別の高校とのコネクションが欲しかった。永束高校の人間で、一番信頼できそうなのはお前だからな」
永束高校の、ねぇ。
「……はぁ。そりゃまた随分高評価なんだな」
「何かに夢中になってる人間ってのは、それだけでも光ってる。その輝きを才能とかカリスマとか呼ぶんじゃねぇかって、俺ぁ思ってる。霧生は光ってるからな。勿論そんなもんは比喩で、実際見えるわけじゃねえけど」
「……光ってたか?」
中学の頃は,、まだはっきりと音楽の作り方なんか分かっていなかった。
確かに、いつかそういう世界に行きたいとは思っていた。しかし、パソコンなんてネットをするためだけのものとしか思っていなかったし、動画サイトに投稿されている音楽は全部、プロが作っているもんだと思っていた。
ただリスナーとして、知った気になって語っていただけだ。
そんな俺が、光っていたか。
「お前からは才能を感じた」
しかしそんな言葉が、今は少々煩わしい。
「……無責任なこと言うなよ。見えもしないくせに」
「そう言やぁ、噂であったよな。才能が視える神様の話」
嘲笑気味に、彼の口角が上がる。まさか僕が高校を辞めて、その得体のしれない神様とつるんでいるとは思ってもみないだろうな。
「んで、どうだ?」
彼が言う。
「何が?」
「何がじゃねぇよ。永束高校の超能力者の情報をくれりゃ嬉しい。協力してもらえねぇか?」
「あー、それが……」
言い辛いな。態度がちょっと上からなのが、余計にしんどい。本当のことを言えば軽蔑されるような気がした。
俺が光ってる?
何だよ、おだててんのか?
もっと輝いている人は、永束にも呑天にも沢山いる。見ていてこっちが自信をなくすくらい、魅力的な人達が何人も。
「……実は今の俺、高校生じゃないんだ」
俺が言うと、雷は一瞬だけ目を見開いた。
「はぁ? 働いてんのか?」
「いや」
「じゃ何してんだ?」
「音楽を作ろうと思ってさ。作業の毎日だよ」
「……ヒヒッ、お前らしいな。嫌いじゃないぜ? そういうの」
雷は、案外、興味のありそうな顔をしてくれた。
「……引かないんだな」
「そりゃそうだろ。色んな生き方があって良いんじゃねーの」
その言葉がどこまで本気かは分からないが、少し救われた気がした。
……心を開いても良いかもな。あまり得意な相手ではないが、雷瞬夜は悪い男ではない。
雷。案外、俺は貴重な人材だと思うぞ。
俺は、あんたらが目覚める以前を知っている――。
「協力するよ、雷。ただし一般人としてでなく、超能力者としてだ」
「はぁ? いや、そりゃ無理だろ」
「超能力者になるから」
「なれるのか?」
「多分」
「……そりゃ、大層な自信だな」
雷や呑天高校の連中にとってどうかは知らないが、超能力者は決して新しい存在じゃない。
組織だって既にある。そのアイデアは最先端じゃないんだ。
ソラガミさんやメイドラーメンを知る人間として、今、目の前に果たすべき役割があるような気がした。




