3-2
数日が経った。
少しずつ、力の存在に気付く者がいる。一人が気付けば、その周囲も自分に力があることを期待し、結果、力に気付く者がさらに増えていく。何か大きな問題が起きる前に、僕は数日間の観察結果を鼬川さんに報告することにした。
「……似顔絵……すごいわね」
僕が差し出した紙を見て、鼬川さんが言った。
「名前までは分かりませんから」
「そうだけれど……絵の才能、あるんじゃない?」
「まあ、そうですかね」
適当な言葉で返した。
目を付けたのは十人。そのうち九人は、虹林や栞、死音と並ぶ程度の超能力者だ。厄介ではあるが、単体であれば難なく押さえ込める。
だが、残りの一人……呑天高校に通う男子高生が、強烈な光を放っていた。今だ自身の能力に気付いていないようだったが、その力の大きさは鼬川さんや、かつての仙人……僕に匹敵するかもしれない。
「まだ探せば比較的強い能力者が見つかるでしょう……けど、この十人ほど厄介ではないでしょうね。まあ、街の人間を全員調べたわけでもないから、確実ではないけど」
「じゃあ、その十人の超能力を私が消せば、ひとまず安心ね」
「……そうですね」
どうだろうか。
九年前は、大多数の超能力をフィアが奪い去った。彼女が力を封印したと言ってもいい。だが今回は、なかなかフィアが動かない。
フィアが動くこと前提で考えたのは甘かっただろうか。小さな能力でも、使い方次第で化ける。能力者同士が束になることもあるだろう。強力な能力者に集中したほうが良いとは言ったが、雑多な能力者を放っておいても問題がないわけではない。
――まあ、もう、僕の知ったことか。
僕がのうのうと生きているのは、正義の味方をしたいからじゃないだろう。フィアに勝つためだ。それ以外のことに興味はない。そうだろうが。
予定どおり、最低限の責任だけ果たそう。つまり、例の強力な十人だ。特に、一番強い奴をどうにかできればいい。
それで駄目なら、悪いのはフィアとカイだ。
「……どうします? 早速、今日から動きますか?」
「そうね。動くなら早いほうが良いものね」
向かうのは呑天高校。校門から少し離れた辺りで、一番強い光りを持つ彼が現れるのを待つ。
名前は不明。分かるのは外見と、校内での生活の一部だけだ。容姿は中の上……もしくは上の下。人と関わることが多く、校内のコミュニティを上手く立ち回っている。外から見ている限りでは、そういう印象を受けた。
「身長はそれなりに高いですし、見逃すことはないでしょう」
「後は任せて頂戴。すれ違いざまに肩か腕に触れて、能力を消す」
「鋏は使わないんですか?」
やる気の有無は、行動のパフォーマンスを左右する。力を引き出すには本人の精神状態も関わってくる。鋏を握ることが彼女の精神状態に何かしら影響を与えるのだとしたら、それを握っていない状態で能力を発揮するのは難しいと思うのだが。
「ちょっと能力消すくらいで、そこまで張り切らないわ。鋏を握るのは虫が出たとか、そういうときだけよ」
虫如きでそこまでやるのか。
「まあ、任せて頂戴な。そう難しいことをやるわけじゃないわ。ちょっと触ることができれば、それでオシマイよ」
気楽な調子だ。
しばらくして、一際背の高い男子高生が現れた。友人と三人、横に並んで歩いている。鼬川さんは校門へと歩き出した。女スパイのような背中が、下校する生徒の流れに逆らうように離れていく。
例の男子高生と鼬川さんとの距離が近付く。しかし、すれ違う寸前、男子高生は足を止めたかと思うと、鼬川さんを避けるようにして走り出した。横切られた鼬川さんは慌てて振り向き、彼の背中を追う。
……まさか、勘付かれたのか?
彼は待ち構えた僕の存在すら避けるように、途中で路地へと続く道へ飛び込む。僕と鼬川さんは、揃って彼を追う形となった。糞、何だこの間抜けな展開。細い路地の先は、道の広い住宅地だ。距離は徐々に離れていく。
「……誰も見てませんよね」
「何する気よ」
「威嚇射撃です」
僕は軽く周囲を確認してから、数個の目玉を発生させた。そして、彼の左右を狙って撃つ。彼は慌てて民家と美容室の隙間へ消えた。鼬川さんがその路地へ飛び込む。
直後、
「キャア!」
という叫び声が聞こえた。遅れて路地へ入って見ると、鼬川さんはパイプ椅子を抱えて座り込んでいる。
「何してんですか!」
「な、投げ付けられたのよ! それより追わなきゃ!」
「……やれやれ」
ひょいと地面を蹴って、路地を上から出る。そして、路地の出口へと着地した。ちょうど、こちらに向かってくる彼と目が合う。彼は狼狽えた。
……混乱はするだろうな。正面には空を飛ぶ奇怪な男が立っており、後ろからは女。
立ち止まってしまった彼の背後から、鼬川さんが手を伸ばす。
しかし、彼はそれをひょいと躱し、通った路地を引き返した。
「何してんですか! もう一回挟み込みますよ!」
僕はもう一度地面を蹴り、反対側へ先回りをする。逃げ場のない路地の中で、僕らは彼をもう一度追い詰めた。
「しつけぇな!」
彼が言う。
「ちょっと立ち止まってくれたら、すぐに解放するんだが?」
僕は彼に声を掛けた。敵意はない。ただ、少しだけ触れさせて欲しいだけだ。だが、彼は僕らを敵だと感じているらしい。
「……何となく分かるぜ、こうして俺が追われている理由」
彼はそう言うと、上を見上げた。
「てめぇさっき空を飛んだな。そういう力、もしかして俺にも眠ってんじゃねーのかなって、最近よく思うんだよ」
「……」
鼬川さんが触れる寸前、――彼が光った。
体も服も荷物までもが粒子になって、空中に飛散していく。かと思えば、粒子は僕の背後に集合し、再び彼の体を構成していく。
――超能力だ。光から人間に戻った彼は、路地から飛び出し、逃げた。
「これ以上の追跡は不可能でしょうね」
「ちょ、ちょっと! 諦めないで頂戴!」
鼬川さんはそう言うが、相手は光だ。
何か策を考えない限り、絶対に逃げられる。
「まあ、直接人を傷付けられるような能力じゃなさそうですし……」
ひとまずは、力に目覚めてしまった彼が、それを悪用しないことを祈るしかないだろう。
◇
逃したのは四人、仕留めたのは六人。
鼬川さんは人の能力を消すことには慣れていた。下手に勘付かれることがなければ、軽く腕を振るうことができる。逃した能力者のうち最初の一人を除く三人は、まるで最初から僕らの狙いを知っていたかのように、鼬川さんとすれ違うことを避けた。三人に共通するのは、自身の力に既に気付いていたという点だ。
「情報が回っていたと考えるのが自然ですよね」
客のいない昼下がり、鼬川さんに話し掛ける。
「超能力者の間で? 彼らが仲間同士だってこと?」
「そういうことです」
呑天高校、永束高校、呑天中学という具合に、場所はバラバラだった。だが、作戦は毎回同じだ。事前に情報が伝わっていれば、ピンと来てもおかしくはないだろう。
「厄介ね」
「そうですか? 互いに牽制し合うことにもなりますし、悪いことではないと思いますけど」
「集団単位で暴走されたら厄介でしょう。そろそろ、私達も形振り構っていられないわ」
そう言って、窓の外を睨む。
「暴走する正義だね」
カウンター席でくつろぎながら、死音がぼそりと言った。一瞬、空気が固まる。鼬川さんが聞かせるように溜息を吐いた後、死音に問う。
「それ、私のこと?」
「は? ああ、いや、ネットの話だよ」
握っていた携帯を指差し、死音が言う。ネット? 僕と鼬川さんは餌に群がる鳩のように、死音を取り囲んだ。
「未成年の投稿した写真に酒の缶が写っちゃってて、炎上」
「ああ、暴走する正義って、それのことか」
「うん。個々の力は微弱なんだけど、結束すると、行き着くところまで行っちゃうんだよねぇ」
ケラケラ笑いながら、死音はその投稿に寄せられた反応を眺めている。悟ったように言いつつ、傍観者として炎上を楽しんでいるらしい。
「……それ、どっちが悪いと思う?」
僕は死音に問う。ははは、と達観したような笑い声が返ってきた。
「未成年が酒を飲むのはアウト。でも、それを裁くのはネット上の彼らではないでしょ? どっちにも問題がある。だから見ていて滑稽なんだよ」
「お前の立場、文句言いながらワイドショーに釘付けな中年みたいだな」
死音が顔を赤くし、じたばたし始めた。
「し、ししし失敬な! スキャンダルではしゃいだりしないから! この記事だってたまたま! たまたま辿り着いただけだし!」
そう言うと、手際よく携帯を片付けた。鼬川さんは腕を組み、真面目な顔をして、
「……それが怖いのよね」
と言った。
「それ?」
「悪意の有無なんか関係ない。善意の暴走だって、大きな問題を起こすことがある。超能力者にも同じことが言えると思うのよ」
「……まあ、分からなくはありませんが」
悪い奴を超能力で懲らしめる。そんな勧善懲悪のシナリオを再現しようとして、犯罪者に必要以上のダメージを与えるということも、あり得る。
「何も起きなければ良いけれど、どうせ、そうもいかないのよね」
諦めたように、鼬川さんが言った。




