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ソラガミ  作者: 大塩
2 復讐者
18/52

2-7

 幽霊楽団の霊達は、楽器の付近にしかいられない。

 つまり、彼らがソラガミさんを守るためには、その付近に楽器を運ぶ必要がある。そうして選ばれたのは、茅原の家だった。

 本屋の栞さんと、その友人だという大学生の男の人が、車で茅原の家にやってきて、楽器を運び込む。

 茅原は困惑している。栞さんの友人も困惑気味だった。

「霧生、一体これ、どういう理由なんだ?」

 幽霊を連れ込むためと説明しても、納得はしないだろう。

「あ、いや、あんまり気にするなよ」

 適当に誤魔化す。

「流石にこれは気になるさ。アコーディオンにピアニカにリコーダーか。何だ? 使うのか? ここまで揃えて使わないわけもないか」

「ああ、うん、まあ、うん」

 そういえば、楽器って音を鳴らすものなんだよな。俺の中ではすっかり幽霊を運ぶ道具になってしまっている。

 俺がギターで移動させた幽霊楽団のメンバーを全員、茅原の家に待機させる。彼らは楽器に依存した器縛霊だが、楽器からどの程度離れられるかには個人差があるようだ。案外問題なく楽器から離れられる霊もいれば、楽器を置いた部屋から出られない霊もいる。

「ま、十人が外に出られるなら充分だよ」

 幽霊の栞さんが言った。

「メイドだって、そんなに大量にいるわけじゃないしね。……準備は万端。向こうが攻めてきたら、昼だろうが夜だろうがすぐに出動することができるね」

「栞さんも、茅原の家で待機ですか?」

「まあ、それが無難だけど。……寂しい? 寂しい?」

 何故か嬉しそうに言ってくる。

「……そりゃ、まあ、正直寂しいですけど」

「起こしたらすぐギター持って外に出られるっていうなら、進くんのとこにいても良いんだけどねー。どうするー?」

「……頑張ります」

 ケラケラ笑われた。



 それから三日待ったが、ソラガミこと天乃宙さんが襲われることはなかった。変わったことといえば、カイさんに通話が繋がらないことだ。

 忙しい人ならともかく、ニートだよな、あの人。

 嫌われるようなことをした覚えもない。

 じゃあ何で出ないんだ?

「生きてますよね? あの人」

 聞くと、栞さんは首を傾げた。

「ん、まあ、多分。……多分とか言っちゃダメだね。死んでるわけないよ。生きてる生きてる」

「まあ、そうですよね」

 死んでいるのではないか、という発想がどうかしている。

 ……いや、実際どうかしているからこそ出ないんじゃないか……?

「神社にでも行ってみる? 気になるんならさ」

 栞さんが言った。太陽は真上にある時間。快晴だが、空気が熱を持っていない。こんな日は、部屋の中より外のほうが暖かいかもしれない。

「……でも、あまり天乃家から離れるわけにもいかないんじゃないすか?」

「少々大丈夫だよ。昼間のメイド達は仕事してるだろうし。それに……あたし達がいたところで、意味があるかは分からないんだから」

「無駄ってことですか?」

 仙人やらメイドやらは、それほど恐ろしい戦力なのだろうか。

 栞さんは自虐的な笑みを浮かべた。

「……守られなくったって、フィアが負けるわけがないってことだよ。あたし達がいてもいなくても、結果は同じなんだ」


 栞さんの言葉に甘え、着替えてギターを背負い、自転車に乗る。

 辿り着いた神社に人影はない。石段を上って本殿の前に立って、しばらく待ってみたが何も起こらない。風が吹く。動いていない体が冷やされていく。賽銭箱の前、階段に座っていると、立ち上がった栞さんが空を指差した。

「……ねえ、あれって」

「え?」

 見ると、空に光るものがある。隕石かと思ったが違う。その飛行物体はふわふわと揺れながら、永束の住宅地へと降下しているように見えた。

「まさか、UFOじゃないですよね?」

「んー、多分、そのまさかじゃないかな? まあ、UFOって言葉自体が曖昧な表現なんだけどねー」

 飛行物体はそのまま、静かに住宅地へ消えていった。



 夜になって、就寝。

 ……目が覚めた。何となく、妙に体が軽い。腕にストレス。

 何だこれ。まるで宙吊りだ。

 目を開ける。

「うおわっ!」

 飛んでいた。永束の空を、俺の体が。

 高さで言えばアパートの三階くらいか。飛ぶというには低いかもしれないが、俺の体は空中で留まっている。

 背中には背負った覚えのないギター。そして、

「夢かと思った? 違うんだな、これが」

 俺の手を引っ張り上げる栞さん。空中ブランコのような格好。

 栞さんに捕まって飛んでいる。

「ここは?」

「フィアの家の前だよ。……メイド達が動き出したんだ。ほら、あそこ」

 あそこと言われても見えない。暗く、民家が多く、道幅の狭い永束だ。特定の歩行者を見つけることは難しい。

「仙人がいないや。別行動ってことかな」

「どこですか? どこにメイドがいるんですか?」

「踏切の近く。メイドと幽霊が戦っているのが見えるでしょ」

「……あ」

 見つけた。幽霊とメイド達が乱闘をしている。見る限り、ほぼ互角。決着がつくまでには時間が掛かりそうだった。それでメイドが勝ったとして、疲弊した彼女達ができることなんてないようにも思える。

 ……いや、二人、こっちに向かってくる人影が見える。

「鼬川と居眠り店員だね」

「ああ……」

 そういえばあの居眠り店員さん、幽霊が見えないのか。音楽も聞こえていなかった。栞さんがすり抜けて遊んでいたことも思い出す。

 十中八九、ソラガミさんを襲いに来たんだろう。

 向こうも二人。

 俺が戦力になるかは分からないが、こちらも二人だ。

「どうするんですか?」

「立ち塞がるに決まってるでしょうがぁ!」

 栞さんは俺をひょいと持ち上げ、お姫様抱っこの形で抱えた。かと思うと、

 落下。

「ちょ、待、ぁあああ!」

 ジェットコースターのような急降下。

 着地点はソラガミさん宅の目の前。

「はっはっは、鼬川店長! 悪いけどこれ以上は通さないからね!」

 栞さんはそんなことを言いながら、グロッキー状態の俺を丁重に俺を地面に寝かせた。いや、立ちたいんですけど。こんなゴツゴツのコンクリートの上に寝かせないでください。

 しかもうつ伏せ。これじゃまるで飛び降りて死んだみたいじゃないすか。

「ギ、ギター少年さんが謎のアクロバットを……!」

 居眠りバイトさんが言う。栞さんが見えない人にとっては、そう見えたのか。

「楽団長、私達の邪魔をする気?」

 店長が言った。

 栞さんはペロリと舌を出し、

「断固通しさない所存!」

 ニヤリと微笑みを浮かべた。

「二対二ね。ちょうどいいじゃない!」

「え? 鼬川さん違いますよ? 相手は一人です」

「……幽霊がいるのよ。あなたが喋るとややこしくなるから、ちょっと黙っていなさい」

「は、はぁい。じゃあ、必然的に、わたしとギター少年さんがぶつかることになりますが……虹林参ります! 手加減はナシでオッケーですよね!」

「要ります要ります」

「しませんからね!」

「えぇ……わ、分かりました」

 こうなったらハッタリでも何でも使って、とにかく負けないように粘ろう。案外、栞さんが店長に勝てば、戦意を喪失してくれるかもしれない。

「ちなみに聞いて驚かないでください。あたしの超能力は鏡! あなたの能力を、そっくりそのままコピーすることができるのです! 楽団長や本屋の宇宙人にも負けず劣らずの、隠れ強キャラとはわたしのこと!」

 ふふん、と誇らしげな居眠りバイトさん。

「……すいません。俺、超能力者じゃないんですが」

 ハッタリも何も使わず、俺は白状した。

「え?」

「いや、超能力者じゃありません」

「……」

 彼女はゆっくりと地面に膝を付き、手を置いた。そして、

「……ぼ、暴力では勝てませぬ……」

 土下座をしてしまった。

 これを勝ったと言っていいものか迷う。


「というわけで、こっちは片付いたので頑張ってください栞さん」

「えええ! 進くんが勝っちゃったのか!」

 驚きの混じった笑みを俺に向ける。そんな栞さんに、

「余所見するなんて随分余裕じゃない?」

 鼬川さんは懐から鋏を取り出し、襲い掛かった。

「除霊してやるから覚悟しなさい!」

 襲い来る鋏を、栞さんがひょいと躱す。鋏は、勢い余ってブロック塀に叩き付けられた。だが鋏は無傷。

 あろうことか、ブロック塀に大きな穴が空けられた。

「刺すでも切るでもなく、消す。それが私の戦い方よ」

 鋏を握り直し、鼬川さんが言う。

「人間相手に使うわけにはいかないけれど、あなたのような悪霊相手に容赦する必要もないでしょ!」

「……ひょえー、怖い」

 鋏が再び栞さんを襲う。しかし、その刃はギリギリ栞さんに届かない。栞さんは鼬川さんから一定の距離を保ちながら、少しずつ後退した。

「……ホント、人の能力を消す前に自分のそれを封印しなよ」

 呆れたような調子で、栞さんが言う。

「力を持った者の責任よ。私が力を以って力を制すからこそ、超能力者達は暴走することなく、平和に過ごすことができているの。商店街の騒ぎだって、きっと元々はソラガミが誰かに能力を与えたことが原因でしょう? あの女が、私の管理の範囲外に超能力を与えるから!」

「あたしだって、その点に反論するつもりはないよ」

「だったら、どうして私の味方をしないのよ!」

 鼬川さんは刃の先を正面に向け、栞さんに向かって突進した。

「フィアは友達だからね。……それに、仙人は嫌いだから」

 ポン、と栞さんが消えた。

 超能力で消されたのか、と思った。

 しかし次の瞬間、栞さんは鼬川さんの側面に現れ、華麗なフォームで鼬川さんの横腹を蹴り飛ばした。

「――、ぁがっ」

 鼬川さんの体は吹き飛び、地面に倒れた。

 そんな技が使えたのか。

「勘違いしちゃダメだよ。あんた自身が強いんじゃなくて、あんたの『消す力』が強いだけなんだから

。でも、あたしは強いよ?」

 格好付けた言い方。どこか子供っぽい嗜好のある栞さんのことだから、本人もちょっと自分に酔っているんだろう。

 しかし鼬川さんは屈せず、立ち上がった。

「……それでも私は無力ではないのよ」

 鋏を握り直すと、もう一度栞さんを襲う。

 はっきり言って、差は明白だった。強力な能力者といえど、鼬川さんの動きは俺にも分かるくらい、素人のそれだ。

 だが、届きそうだから諦め切れない。鼬川さんの気持ちが、俺にも少し分かる気がした。

 ――いや、違う。

「栞さん、もしかして時間を稼がれているんじゃ……?」

「え?」

「ほら、仙人がいませんし……メイド達は囮で、本命の仙人は別のところから攻めてきているんじゃないですか?」

「……だ、大丈夫だよ。屋根の上には『もう一人のあたし』がいる」

 栞さんはふわりと三メートル程度、飛び上がった。

「それにまあ……昼間に言ったように、不意打ちで何とかできるほど、フィア後略は簡単じゃない」

 栞さんに気を取られ、鼬川さんに隙ができる。

 その背中に、俺は頭突きをする。

 申し訳ないくらいのクリーンヒット。

「……決着だよ、イタチちゃん。ひとまずここは、あたし達の勝ちだ」

 門番としての最低限の仕事は、ひとまず果たすことができた。

 だが、ソラガミさんや仙人の物語にとっては、あくまでも俺達は脇役なのだろう。後のことは本屋の栞さんや、ソラガミさん本人に任せようと思う。

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