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ソラガミ  作者: 大塩
2 復讐者
17/52

2-6

 散歩をしよう、と思い立った。

 音楽から逃げたかったとか、妙な胸騒ぎがしたとか、色々な小さな理由を混ぜこぜにして気紛れと呼ぼう。外では微弱な雨が降っていた。遠くで轟く雷。不気味な天候の中、傘を差して住宅地を歩く。

 背負ったギターがめちゃくちゃ邪魔。しばらくして、雨が強くなってきた気がする。くそったれ、何で今日に限って外になんか出たんだ俺は。

「天気悪いねぇ、最近」

 栞さんは傘を差さない。雨がその体をすり抜けていく。

「便利そうですよね、霊体」

「んー? そうかな。こういうとき、己の不完全さを痛感するけどね。濡れるには実体が必要で、あたしにはそれがないんだなーなんてね」

 石段を上って神社へ向かう。人の気配は全くなかった。天候のせいか、平日の昼という時間のせいか。神社の神様こと、カイさんの姿も見当たらない。

 天気は悪化する一方だった。うろつくのも億劫だったが、何の収穫もないまま帰るのも億劫だ。ここまで来たらもう徹底的にうろついてしまえ。何だこれは。自暴自棄か。神社を後にし、永束駅から電車に乗って呑天へ。呑天駅からさらに歩き、メイドラーメンの扉を開けた。

 昼飯時にもかかわらず客のいない店内では、店長の鼬川さんがテレビを眺めていて、幽霊楽団を見たがっていた店員がカウンター席で居眠りをしていた。

「いらっしゃい。あら、楽団長とギター少年くん? 学校は?」

 店長が心配そうな顔をする。どうやら生徒か学生と思われていたらしい。確かに年代的には合っているけれども。

「俺はニートです」

「あら、雨野くんと同じなのね」

 慣れているのか、特に感動もない感想。

「私も会社に就職なんかせずにこんな仕事をしているわけだから、あまり偉そうなこと言えないけれど、後悔だけはしないように」

「は、はあ。あざっす」

 カウンター席。居眠りしているメイドの隣に座る。栞さんは俺の後ろに立ったままだ。

「にしても、こんなに天気が悪いのにどうしたのよ? 例の超能力者について、何か分かったの?」

「何も分かってないよー」

 栞さんが言う。嘘だ。情報は栞さんの指示で、全て雨野さんのほうへと渡っている。この店長、あまり信頼されていないのか? 俺はこの人のことがそんなに嫌いではないのだが。見た目だけで言えばむしろ、前髪で目元の隠れた雨野さんのほうが胡散臭い。……。

「そうだ、雨野さん来てませんか?」

 何故かは分からないが何となく、俺は鼬川さんに聞いた。

「今日? 来ていないわよ。私も待っているのだけれど……」

「待っている? 予約でもあるんですか?」

 店長は首を横に振った。

「そうじゃないんだけど、フラフラとやって来そうな気がしてね。第六感ってやつかしら。何となく、ね」

「何だか心霊現象みたいだねぇ」

 栞さんが言った。心霊現象はあんたそのものだろ。


 入り口が開いた。

 雨野さんの顔を浮かべたが、入ってきたのは別人。少し前まで商店街の本屋で働いていた、もう一人の栞さんだ。

「あら、いらっしゃい」

「どうも。……あれ」

 本屋さんは俺達を見て、意外そうに目を見開いた。

「……暇なの?」

「し、失敬な! 単にやることがなかっただけだよ!」

「それを暇って言うんじゃないの?」

「宇宙人ちゃんだって人のこと言えないでしょーが! 昼間っからメイドちゃん達とイチャイチャしに来てるくせに!」

 幽霊の栞さんが本屋さんを指差し、責めるような口調で言った。本屋さんは俺と一つ席を隔てた椅子に座った。一応、そこは幽霊栞さんの席ということらしい。

「イチャイチャって……。あたしは大学の空きコマよ。この後も授業が待ってるの。うちの学食おいしくないから、ここで食べさせてもらおうと思って。あ、鼬川さん、カレーお願いします」

「はいはい、かしこまりましたー」

 鼬川さんが厨房に入る。待て、カレーって、おい。

「……え? ラーメンじゃないんですか?」

「え?」

 俺の問いがそんなに意味不明なのか、きょとんとする本屋の栞さん。

「え? じゃないですよ。ここ、ラーメン屋ですよね?」

「でもカレーもメニューにあるし」

「いや、でもラーメン屋ですよ?」

「でもラーメンしか食べちゃいけないわけじゃないしさ」

「まあ、そうなんですけど。でもラーメン屋でカレー食べるよりカレー屋でカレー食べたほうが美味いんじゃないすか?」

「あ、それは確かに。つまり、カレーが食べたいならここに来るべきじゃなかったということね……。今からでも遅くないな。カレー屋へ行こうか」

 ハハ、と冗談じみた笑みを浮かべる本屋さん。

「人にカレー作らせといて逃げないで頂戴!」

 鼬川さんが厨房で嘆いた。


 家庭で作るよりは本格的に見えなくもない、無難なカレーが運ばれてきた。本屋さんがスプーンを手に取るとほぼ同時に、入り口が開き、一人の女が入店した。

「いらっしゃい。お一人様ですか?」

「お帰りなさいませって言わないのか……。ええ、一人です」

 その女は栞さんに似ていた。纏う雰囲気などは似ても似つかないのだが、顔や体型は、まるで姉妹のように近い。服は無難なデザインのTシャツと、印象に残らないジーンズ。まるで男子大学生のような格好。雨野さんのセンスに似ている、ような。

「……その体って」

 幽霊の栞さんが女に言う。女は口角を上げ、どこか歪な笑みを返した。どうやら霊体のことが見えているようだ。

 彼女はテーブル席に案内された。座ると、カウンター席に溜まっている俺達のほうを向き、会釈した。

「こんにちは」

「……自分が殺した相手に涼しい顔で挨拶できるなんて、どうかしてるよ。あたしの体の住み心地はどう? 仙人さん」

 栞さんが言った。普段どおりを意識したような、普段とは違う声。能天気な声の中に殺気を感じる。

 栞さんに似た彼女は、クカカと笑った。

「胸が少々邪魔臭いことを除けば、文句はないよ」

「返してくれないかな、その体」

「そうだな……次の肉体候補も手に入ったから、別にそれは構わない。それについてはまた話そう。今日は君と世間話をしに来たわけじゃないんだ」

 仙人は手招きして店長を捕まえた。

「はーい」

 注文を受ける気満々の店長に、仙人は指でバツを作ってみせた。

「ご飯はいらない。それより大事な話をしに来た」

「は、はぁ」

「君はソラガミの力が大き過ぎることを不安に思っているそうだね。この店のメイド達は、ソラガミに対抗するための兵隊らしいじゃないか?」

 鼬川さんの目付きが尖る。氷柱のような目に、傍観者であるはずの俺がふるえた。殺人鬼みたいな人だ。

「どこで聞いた話かしら?」

「風の噂で、少しね。君とは多少事情が違うが、俺も彼女を恐れる者の一人だ。そこで……どうだい? 俺と組んで、ソラガミを倒さないか?」

 仙人は店長に手を差し出した。

「倒すなんて、ちょっと物騒じゃない?」

「むしろ甘いくらいさ。気を抜いていると、こちらが消される。殺し過ぎるくらい殺すくらいでないと足りない」

「……悪い話じゃないわね。でも、今すぐには無理よ。他に厄介な超能力者がいるから、そちらの確保に集中したいの」

「商店街を襲った少年なら、俺が既に片付けた」

 え? 俺と幽霊栞さんは目を見合わせた。

 何だ? もう解決したのか?

「昨夜、永束の廃ビルを破壊しているところを取り押さえて説教した。彼、砂谷昴は理性を取り戻し、今は反省しているところさ」

「……証拠はありますか」

 本屋さんが口を挟む。

「疑うのか?」

「昨日、カイと一緒に砂谷昴の家に向かったんです。砂谷昴はいなくて、代わりに彼の姿をした幻が仕掛けてありました。捕まえたなんて嘘。元々、彼を暴走させたのはあなたなんじゃないですか?」

「おいおい、俺がやったと言うには証拠が不充分だと思うが?」

 苦笑いする仙人。本屋さんはスプーンでカレーを口に運び、頬張ってもぐもぐして水を飲んで、またカレーを口に運んだ。

「……砂谷昴を暴走させたのは確かに俺だよ」

 仙人は不敵に微笑む。本屋さんがカレーを飲み込む。

「しかし、全てはソラガミに対抗し得る戦力を整えるためさ。特攻しよう。総戦力で彼女に挑む。ここにいるメンバー全員が協力してくれれば、流石に勝利は確実だからね。無理強いはしないが、協力してはくれないだろうか?」

 断れるとは微塵も思っていないような、堂々とした態度だ。

「……私は乗るわ」

 店長が言う。

「楽団長と宇宙人、二人の叢雲栞はどうするつもりだい? 九年前に助けてあげた宇宙人と、魂だけは見逃してやった幽霊。二人とも、俺に味方する理由があるだろう」

 仙人はそう言ったが、二人が彼を見る目付きは冷たい。

「保留にさせてもらうよ」

 幽霊栞さんはそう言って、俺を引っ張って店を出た。


「ちょ、ちょっと、楽団長!」

 宇宙人栞さんが、俺達の後を追ってくる。

 幽霊栞さんは機嫌が悪いようで、店を出た後もしばらく早足で歩いていた。

「腹立つ、腹立つ! 見逃しただって? 殺しておいて馬鹿なこと!」

「……何で保留にしたんですか? さっきの」

「ヒートアップすると、あの場で暴れちゃいそうだったからね。……フィアを狙うっていうなら、あたしはそれを邪魔するだけだよ」

「落ち着きなよ、楽団長」

 宇宙人栞さんが言った。

「あたしも仙人の味方をしたくはないけど、実際その気になったら、フィアは簡単にこの世界を壊せる。こういうことはさ、感情的になっちゃダメでしょ」

 何気なく聞いていたら世界とか言い出すので焦る。

「フィアって人、そんな物騒な人なんですか?」

「今更びっくりしてんの?」

 宇宙人栞さんが言う。

「いや、その、すごいらしいって話は聞いてますけど、そもそも超能力者の事情に深く首を突っ込んだのは最近のことなんで」

「……フィアはとにかく手数が多いし、個々の超能力が持つポテンシャルを最大限まで引き出せる。本気で動けば、人間の想像力の及ぶ範囲のことならできると思うよ」

「……」

 普通に考えたら、そんな『もの』の存在が許されていることが奇跡だ。

 地雷があるなら、踏む前に撤去するべきだろう。ソラガミさんが地雷だとすれば、仙人や店長の意見に共感もする。

 幽霊栞さんは宇宙人栞さんのほうを向いて、

「そっちはソラガミ討伐、参加するの?」

 と聞いた。

「――馬鹿言わないで。あたしだってフィアの友達よ? あの人達がフィアを襲うなら、あたしはフィアを守る。一緒に頑張ろうじゃないの」

 宇宙人栞さんは掌を顔くらいの高さで広げた。ハイタッチの催促。幽霊栞さんがそれに応えた。


 帰宅後、すっかり機嫌の直った栞さんに言う。

「一応、今日のことをカイさんにも伝えておきますね」

「ああ、そだね。フィアと一番顔を合わせるのはあいつだろうし」

 というわけで、俺は携帯を取り出し、カイさんに通話を掛けてみた。

 だが、反応がない。

「あれ? あの人ニートでしたよね? 出ないんですけど」

「ん? ……………………そりゃあ、そういうこともあるでしょ」

 幽霊栞さんが答える。奇妙な間が、少し気になる。

「……まあ、そう、ですね」

 一回通話に出なかっただけで、俺は一体何を気にしているんだ。

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