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ソラガミ  作者: 大塩
1 Fascinator
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1-10 Fascinator


「というわけで、叢雲書店は今日で店を畳みます。最後くらい、しっかり働いてよ? まあ、お客さんなんて、もうほとんど来ないと思うけどさ」

 店主の代理として、宇宙人の栞が僕に挨拶した。店主である彼女の父親は、既に次の就職先で働いているらしい。

「本当はもっと早く終わりになる予定だったんだけど、一日でも長くカイにフリーターをさせたかったから、あたしが無理言って続けたの。まあ、最後と言いつつ、後日片付けも手伝ってもらうつもりなんだけどね」

「あはは、それじゃあまるで、カイがこれからニートになっちゃうみたいじゃんか。……ニートになっちゃうの?」

 幽霊が、珍しく真顔で僕を見た。宇宙人が残念そうに頷くと、幽霊はケラケラと笑い出した。

 だが、この女だって笑える立場にはない。

「あのな幽霊、お前も労働はしてない身だろうが」

「うぐっ……そ、それは仕方ないじゃんか。いいんだよあたしは。食うに困らないし。というか、食べる必要すらないんだから」

「まあ、そうだけど。大体、何でここにお前がいるんだよ?」

 宇宙人の栞と幽霊の栞。同じ顔が二つ。状況も関係性も複雑な二人の叢雲栞が、こうして顔を合わせるのは珍しい事態だった。

 二人揃うと、どちらのことも「栞」と呼べない。アマノソラ……雨野空と天乃宙の関係と同じで、非常に面倒臭いことになってしまう。

 ケラケラ笑って、幽霊が言う。

「いや、進くんが音楽理論の本を欲しがってね。エフェクターと音楽関係の本ってのは麻薬みたいなもんなんだよ。何か、持つだけでレベルアップした感があるからねー」

 ギター少年こと霧生は、店の奥で本の山を漁っている。

 もっと広い店で探したほうが効率が良いと思う。

「……もう帰れ。早く店を閉めたいから」

「酷いなぁ。元々ここはあたしのお家ですぅー。いいじゃん、生家の営業終了くらい見せてくださいな。いくら譲ったとは言っても、あたしだって栞に違いないんだから。ねー、栞ちゃん」

「そうね、栞さん。……さん? ちゃん? いっそ呼び捨て?」

「随分、楽しそうですね。……生前の知り合いとか、そんな感じですか?」

 中古のバンドスコアを数冊持った霧生が、店の奥から出てきた。

「はは、あたしとカイと、ここにいる生きた栞ちゃんは小学生からの付き合いだからね」

「栞ちゃん……?」

 霧生は宇宙人と幽霊を交互に見た。

「ちなみに苗字はどっちも叢雲だよん」

「ど、同姓同名?」

「むしろ同一人物って言うほうが正確かもしれないわね」

 宇宙人の言葉に、霧生は顔をしかめた。

「何すかそれ……。過去に一体何があったんですか?」

「UFOと仙人の関わる悲劇があったのさ。気が向いたらそのうち話すよ」

「……はぁ、そうなんですか。あ、これ買います」

 霧生が数冊の本をレジに置く。

「どうも。この調子だと君が最後のお客さんかな」

 僕にしっかり働けと言いつつ、レジ打ちは栞がやってしまった。

「ありがとうございます、えっと、もう一人の栞さん。それじゃ俺達は……どうします? ゆっくり話したいなら、ギターだけ置いて後で回収しに来ますけど」

「んー、いや、ちょっと顔を出したかっただけだから、もう帰ろう。じゃあねー、カイも、栞ちゃんも!」

 大きく手を振り、幽霊は僕らに背を向ける。こちらを振り向きこそしなかったが、その足取りは、少しだけ躊躇いがちにも見えた。


 二人の背中を見送った後、すぐに店を閉めた。

 彼らを最後の客にしようと言ったのは僕だった。これ以上やり残したことはなかったし、客が来ないままダラダラと時間を潰すよりは、早めに片付けを始めてしまいたかった。

 大方、栞も同じ考えだったようで。

「まあ、今日中には終わらないから、また来てもらうことにはなるけど」

「どうせ暇だから、問題ないよ」

「……ニートになるな、とは言わないけど、ちゃんと立ち直ってよ?」

 冗談じみた口調で、栞は僕に言った。少しだけ、返事に困る。

「……多分ね」

「そこは絶対って言ってよ」

「言えるかよ、そんなこと」

 人並に盲目的であれば、こんなことにはならなかった。僕の目は視え過ぎる。そのくせ希望だけは、どこに目を向けても見つける事ができない。

「……まずは、今やるべきことを片付けないと」

 難しいことは、古川楓を捕まえてからだ。



 夕方。バイトが終わった帰り道に、霧生からの着信。意外。

 古川の情報を聞くのに使えるかもしれないと、念のために渡しておいた番号。それが、まさか実際に使われるとは思っていなかった。

「……雨野だけど、どうかした?」

「あの、カイさんって神様ですよね?」

「そうだけど?」

「……あっけらかんと肯定されると、変な心地ですけど……」

 質問に答えただけでこの言われ様である。

「古川が神様を探しています。味方が随分沢山いるみたいで、色んな奴から『神様について何か知らないか』ってメッセージが」

「……」

 魅了した人物達を、兵隊として扱っているのではないだろうか。

「……呑天駅前の商店街にいるって、古川に伝えて欲しい」

「大丈夫ですか? みんな殺気立っているみたいでしたけど……」

「大丈夫だよ」

 襲ってくるつもりだろうか。わざわざ向こうから来るのだとすれば、何か策があるのかもしれない。

 返り討ちにできる自信はない。

 だが不思議と恐れはなく、気分は高揚していた。

 単に仕事をなくして自暴自棄になっているのかもしれない。

 相手をしてやる。今度こそ、決着をつけよう。


 楽器屋の巽、だった場所のシャッターに背を預けて待つ。

 しばらくして、古川楓の姿が道の向こうに見えた。

 両サイドともシャッターだらけの、商店街だった場所の真ん中。古川の表情からは、以前にはなかった覚悟が感じられた。

「吹っ切れたって顔してるな」

「そう、ですね。――今日は、絶対に惚れさせます。あたしはヒロインだから」

 うっすらと、不気味に嗤う女。

「自力で咲けるから」

 距離にして五十メートル程度。

 彼女は両手から赤い光を撃ち出す。鞭のような射撃。躱し続けるよりは、耐えて一気に決めてしまうほうが勝機はありそうだ。

「……全力疾走なんて、柄じゃないけど」

 走る。

 体が風を纏う。

 次いで赤い光が僕の心に甘くへばり付くが、関係ない。僕は目標物を捕獲し、フィアの元へ連れて行くだけだ。

 しかし。

「――させません」

 アクシデント。一瞬。体が浮いたことを自覚。

 建物の隙間から茅原が飛び出し、僕の足元へスライディングを仕掛けてきた。僕はバランスを崩し、派手に転倒した。体の痛みもあったが、それ以上に痛いタイムロス。

「……茅原! 君の好きな女を、僕が好きになっても平気なのか?」

「何を言っているのか分かりません。……自己満足とでも言われそうですがね、俺は何がどうなっても楓の味方でいるだけです」

 古川の発する赤い光が、僕以外の人間に視えるのかは分からない。茅原が古川に宿った能力を知らない確率は高い。

「異常なことが起きていることは、俺にも分かっていますが、今、この商店街は、楓に惚れた大人数の男子学生に囲まれていますよ」

「……逃げ場はないってことか……」

 仮にこの場を切り抜けたとしても、男子学生の包囲を抜け、古川をフィアの元まで連れて行くのは難しい。

 集団心理やその他の事情。彼らを動かしているのは、恋心だけというわけでもないのだろうが……。

「神様の負けだよ」

 古川が言う。

「負けを認めてください」

 茅原が言う。

「楓はみんなを苦しみから解放したいと言いました。だからみんな、楓に惹かれていく。神様も一緒に――」

 ……うるさい。

「神様、あたしのこと好きになってよ……!」

 黙れ。入ってくるなよ。僕に入ってくるな。女としてなんか見てたまるか。欲情も恋心も糞もあってたまるか。


 商店街にいたはずなのに、

 どこか知らない空間で、裸の古川を見ている。


 こんなの嘘だって分かっているはずだろ……!

 これが苦しみなら抵抗できる。だが、甘美な囁きを拒絶し続けることは難しい。そもそも拒絶する必要があるのか? 能力で多少強引に与えられるものとはいえ、それが美しい恋心であることに違いはないじゃないか……?

「花が咲くことで、みんなを幸せにできたらいいなって」

 座り込んだ僕の頭を、古川楓が両手で包み、

「……そういう女に、あたしは成る」

 額にキスをした。

 ……夜中に目を覚めたような、嫌な気分が頭を侵食する。深く酔ったみたいだった。平衡感覚すら曖昧。ベッドに身を投げるみたいに、その女の体に全てを委ねてしまえばいいのに。


「カイ」


 そこはベッドの上。

 僕に抱かれた、裸の古川が言う。……古川?

「……お前、フィアか?」

 声が、そう。僕のあだ名を呼ぶのは、紛れもなくフィアの声だった。

「誰だと思う?」

 今度は酷く幼い声。十歳くらいの……死んでしまった幼馴染の声。

 僕は誰を抱いている?

 古川楓? それとも栞を? フィアを?

「あははははあ、カイ……!」

 女が嗚咽。それさえも心地よく思えた。

 二人して融け合う。そんな、朦朧とした意識の中で。


 どこからか、嘲笑。

 今度こそ、栞の声だった。

「……さすがは、フィアの能力ってところね」


 そこは商店街。

 直後、空から人の服を着た白い蜥蜴が、新体操のような華麗な動作で、僕と古川の間に着地した。

「こんばんは。正義のヒロインです」

 宇宙人である。つまり、叢雲栞だ。

 普段は人間に擬態している彼女の本来の姿。

「……お前、何しに」

「お目覚めビンタしに来たに決まってるでしょうがぁ!」

 彼女はショートデニムから飛び出した尻尾を鞭のように振り回し、それを僕と古川に叩き付けた。尻尾一本の衝撃とは思えない強烈な痛みが体を駆け巡った後、体は僅かに撥ね飛ばされる。

 浮いている。浮いて、背中に地面の衝撃。

 痛みが体を走る。だが、それが返って僕を冷静にさせた。

「どうよ、目覚めの一撃は!」

「……やり過ぎだ。猥褻物で殴るなよ」

「わ、わわわ猥褻物ちゃうわ! でも効くでしょ。――そう簡単に、フィア以外の女に惚れさせはしないからね!」

 栞の種族は地球にいる人間よりも優れた身体能力を持っているらしく、少し力を出せば、今のように簡単に人間を圧倒する戦力を発揮できる。

「フィア関係だと思うと癪だけど、手伝ったげる。商店街を包囲している連中はあたしが追い払うわ」

 栞はひょいとジャンプし、居酒屋の屋根を飛び越えた。直後、男子生徒達のざわめきが聞こえてきた。声だけでも、それがかなりの人数だと分かる。

「……助かったよ、栞」

 呆けてはいられない。

 僕は立ち上がり、古川を見た。

 美少女だとは思う。顔立ちは好みの範疇。

 能力を持つ前の、疲れ気味な目も良かった。ちょっと壊れ気味の言動だって、愉快な個性の一つだと言える。

 だが。

「お前には、惚れてやらない」

「……何でよ! あたしは力を手に入れたのに、何で!」

「その力を与えた女に、お前は勝てるのか?」

「――――」

 彼女は硬直した。

 段々と目が潤む。泣きそうな顔になるのは、彼女にとっては癖のようなものかもしれない。

「フィアに力を与えられた者は、誰もがそうだった。責任をフィアに転嫁して……ある意味、フィアに依存している。だから絶対に、フィアに勝つ自信を持っていないんだ。お前だってそうだろう?」

「……だって、神様はあたしの味方……」

「僕もお前も、あいつのおもちゃに過ぎないよ」

「――」

 戦意を喪失したようで、彼女は膝から地面に崩れた。

 ……決着だ。僕は茅原を見る。

 彼は目を尖らせ、文句ありげな表情で僕を見ていた。

 殺意にも近いものが、その瞳から感じられる。

「……野球は、本当にやめるのか?」

「……何で今、その話。やめますよ。楓に頼まれたんだから」

「古川が好きだから、やめるのか」

「そうですよ」

 茅原はファイティングポーズを取った。

「勝手に終わった気にならないでください。俺は楓を守ると決めたんです。楓の邪魔をする奴には、容赦しない」

「……」

 普通に正面から喧嘩をして、勝てるとは思わない。

 ちょっと前まで運動部に在籍していた男子高生と、フリーターから本日ニートに転落した男。どちらの体が強いかは、明白だろうが……。

 いや、五分五分くらいだろう。茅原の才能を視た僕の目が、楽観的に勝算を割り出す。

「才能だけに関して言えば、――あらゆる面で、僕が上だ」

「ほざけ!」

 逆鱗に触れたようで、彼は吠えた。

 襲い掛かってくる彼の動きは、どこまでも平凡。フィアの超人的な動きを知っている僕からすれば、隙を突くのは難しくもなかった。

「僕だって、『天才アマノソラ少年』だったんだ」

 軽く茅原を投げ飛ばし、一瞬だけ、自分の才能に酔う。

「呑天から永束に引っ越して、『神童アマノソラ少女』と出会うまではね」



 数日が経った。


 石段の上段辺りから覗くと、脇の広場には今日も球児と、それを眺める女がいた。位置の関係上、僕は二人を少し高いところから見下ろす状態となる。

 女がこちらを見上げた。

 目が合う。

 お互いに、小さく会釈をした。

 男は僕の存在には気付かず、一回一回、丁寧にバットを振る。そのスイングは完璧ではないものの、既に完成されていた。

 未完成であれば、さらに伸びる余地がある。

 だが……。

「元通りって感じ、だね」

 いつの間にか、フィアが僕の隣に立っていた。白髪のゴスロリ。ある意味神々しさが漂っていたが、神社にはあまり合っていない。

 僕は頷いた。


 努力が必要ないものだとは思わない。才能を開花させるために、相応の努力は必要なものだ。だが、努力は乗算だ。単に加算されていくなら、積み上げた分だけ意味があるだろうが……。

「まあ、開花しなくても……開花しないって分かっていたとしても……」

 フィアが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……そういう努力こそ健全で、楽しいものなのかもしれないね……」

 憧れ。

 フィアの言葉の中に、僕はそれを視た。

「健全でない努力なんて、ないだろ」

「あるんだな、これが。……早熟なんて言葉じゃ片付けられない、非凡な才能を持ったら分かるよ」

「……それ、あんまり他人に言うなよ?」

「分かってるよ。カイだから言ってんの」


 やがて二人が広場を後にし、神社とその付近に、僕ら以外の人影はいなくなった。賽銭箱の前に座って、無言の時間を過ごす。

 UFOを探している。非常識なそれが、僕らを攫って、酷い改造を施す。そんな妄想で時間を潰す。十九歳にもなって、実に子供っぽいなとは思う。

 僕がフィアの家に行くか、フィアが神社に来るか。僕らはそんな調子で、二日に一回は、必ず顔を合わせている。

 僕はフィアに魅了されている。

 それが能力でもたらされた感情なのか、自然と僕が抱いた感情なのかは分からない。少しだけ考えた挙句、「まあいいか」という結論に達した。

 フィアの才能は本物だ。

 フィアになら、魅了される価値がある。

 だから。


 言ってしまえばニートとフリーター。

 人と関わる機会は、お互いそう多くない。

 僕らは依存し合っているのだ。

 だから今更、取り立てて話すようなこともなく。無言の時間は続く。居心地は悪くない。

 永束には、二人の神様がいる。

 一人は才能を見極める神様。もう一人は才能を与える神様。

 二人は神社の賽銭箱の前で、ぼんやりと空を眺めている。

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