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ソラガミ  作者: 大塩
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Prologue

 太陽みたいに眩しくて、闇夜のように深い。

 彼女の才能は大きくて、羨ましいなんて感情を持つ余地もなかった。

 その気になれば、簡単に世界を変えることができるだろう。豊かにすることも滅ぼすことも容易。そんなことを本気で思っていた。

 ――神を見ているのだと、信じて疑わなかった。


 町の異変から、九年の月日が経った。

 あの頃小学生だった僕は、現在、フリーターとして生活している。周囲と足並を合わせて大学に入ってはみたが、風土が肌に合わず、すぐに辞めてしまった。

 夢や目標に向かっているわけでもない毎日に、納得できているかといえば首を横に振る。

 こんな未来を思い描いていたわけではない。

 だが極端な話、僕のことなんか本当はどうでもいい。

 僕が納得できていないのは、フィアのことだ。



 永束ながつかは、民家が密集した窮屈な町である。いわゆるベッドタウンだ。

 屋根と電線が邪魔で、空が狭く思える。

 かつて巨大なUFOが飛来したことで、世界中から注目を集めたこともあったが、その記憶はすぐ、ほとんどの人間の頭から消された。

 そんな町の真ん中に、一際輝く二階建ての一軒家が建っている。ちょっと見ただけで裕福な暮らしぶりが想像できる、広々とした白い家。

 玄関チャイムを押すとドアが開き、パジャマ姿のフィアが出た。

「ん……」

 見る者を脱力させるような、気の抜けた無表情。

 フィアは耳元を隠すくらいの白髪をくしゃくしゃに掻きながら、

「何だ、カイか」

 僕から目を反らして、興味なさそうに言った。

「失礼な反応だな。……本屋行こうって約束、忘れたのか?」

「え?」

「一時間前に駅の前に集合って言ってただろうが」

「……今はネット漫画読んでたから忙しいかもしれない」

 悪びれる様子もない。本当に完全に約束を忘れていて、それを誤魔化そうとしているのか。

 もしくは、こうして自分に構って欲しいだけなのか。

 多分、後者だろう。

「……じゃあ、今日は帰るよ」

 僕が背を向けると、

「すぐ準備するから待ってて」

 慌てて家の中に戻った。ドタバタと賑やかな音。

 その、どこからが本気でどこからが嘘なのか、僕には分からない。案外、全てが演技ではないかと疑うこともある。それでも僕にとって、フィアと共にいる時間は幸せだった。

 たとえ表面だけだったとしても、フィアは僕を必要としてくれている。

 今はフィアこそが、僕の存在理由の全てだ。


 数分して出てきたフィアは、ゴスロリファッションに身を包んでいた。

 眼帯とシルクハットのおまけ付き。ただでさえ白髪で目立つ女が、生きた人形のようにデコレーションされている。

 フィアのファッションには偏りがない。男装、貧乏人、ドレス、和装、何でもありだ。何を着てもそれなりに似合うからこそ、方向性が固まらないのだろう。

 だからといって、今日は随分冒険したなと思うが。

「……その格好で行くのか?」

「結構、自分ではお気に入り」

「単体なら悪くないと思うけど、今日、隣に僕がいること忘れてないか?」

「うん、覚えてないよ?」

 それが何か? と言わんばかりに首を傾げた。

「せめて、忘れていたくらいにしておいて欲しかった」

 僕が言うと、そんな反応を面白がるかのように、フィアは微笑む。

「冗談。私がカイとの約束を忘れたことなんてないでしょ?」

「何回かあったよ」

「早く行こうよ、本屋」

「……誤魔化すなよ」

 永束駅まで歩き、呑天どんてん方面の電車に乗る。

 平日の昼間。電車内に人は多くなかったが、立っていたいとフィアが言うので、それに付き合って僕も吊革を握った。

 電車の吊り広告が、専門学校の宣伝をしている。

 夢を追うなら! という一言を見て、溜息が出る。

 ここにいるのは、高卒一年目のフリーターとニートだ。

「……音楽とか、しないの?」

 フィアに問い掛ける。フィアには芸術系の才能もある。

「しない」

 素っ気ない返事。

「小説でも書けば? 絵を描くとか。ネット漫画好きなんだし、漫画描けば?」

「描かない」

「ゲーム作ったり……アプリ開発者になるとか……」

「作らない」

「働く?」

「働かない」

「じゃあ、何すんだよ」

「何もしない」

 電車がトンネルに入る。窓が闇を纏う。

「……何もしない、か」

 トンネルを出る。

「――――何も、したくない」

 答えはいつもと変わらない。僕は吊革を握る力を強めた。

 社会での成功なんて、僕だってそうこだわっていない。だが、フィアならそんな社会の檻すら突き抜けて、どこまでも羽ばたける。

 それなのに。

「カイ」

 フィアが僕を呼ぶ。

「……着いたよ」


 呑天駅の周辺では再開発が行われている。

 都市計画と銘打って、何かを犠牲にしながらの工事現場が数箇所。

 県の中心にしてはやたら古臭かった駅前商店街も、もうすぐ跡形もなく消されるらしい。

 僕のバイト先である叢雲書店も例外ではないので、僕はフリーターからニートにジョブチェンジする予定だ。

 空いた土地には商業ビルか何かが建つらしい。

「止まらないね、街は」

 フィアが言った。人形のような……どことなく無機質な格好と相まって、その発言は、人を超越したような不思議な響きを持っていた。

 周囲の注目を集めている。

 横で普通の簡素な格好でいる僕のほうが、居所がない。

「……止まって欲しいのか?」

 問うも、フィアは答えない。

 建設中の建物を眺めながら、佇んでいるだけだ。


 九年前、永束に現れた宇宙人は、僕を捕らえ、右目をカメラに改造した。僕が生きている間にデータを収集させ、後々回収しようという魂胆だ。

 改造された後、どういう理屈かは分からないが、僕の右目は光以外のものを視ることができるようになった。

 中でも一番よく視えるようになったのが、才能だ。


 目的地の叢雲書店。

 店員が僕を見つけて嬉しそうな顔をする。働いてく? と軽い調子で言ってくるのを無視して、適当に店内を回る。

 フィアが立ち止まった。

 ビジネス本のコーナー。

「でも、ポテンシャルがあるからって、成功するとは限らないんでしょ」

 転職関係の本を手に取って、フィアが言った。

「……何もしない場合は、だろ。才能を開花させるために努力があるんだろ。努力が実る保証があるっていうのは、幸せなことだ」

 どんなに努力しても、才能がないが故にパッとしない人も大勢いる。そんな失敗を回避できる幸せが、フィアにはある。

「努力が実っても、力はあるのに報われない人だって沢山いるよ。出会いとか、運とか……」

「凡人の話だよ、それは」

 本当に眩しい光は、自然と運も出会いも引き寄せているものだ。

「私は凡人じゃない、と?」

 開きもしないまま本を棚に戻すと、フィアは疲れた目で僕を見た。

「……ハウツー本を一冊、奢る」

 ほとんど思い付きで、僕は言った。

「読まないと思うよ?」

「別に、それでいい。僕の自己満足だ」

「……その優しさ、私以外に向けないと勿体ないよ」

 本気とも冗談ともつかない調子で、フィアが言う。

「お前が勿体ないなんて言葉を使うなよ」

 僕の憎まれ口を、フィアは笑って受け流した。


 帰宅時。永束の住宅街の中で、嫌な場面に遭遇した。

 中学生……。気の弱そうな男子生徒に、四人の、彼の同級生と思しき連中が絡んでいる。

 連中は殴る、蹴るなどの暴行を加えている……わけではなかった。

 気の弱そうな彼が何か言うと、四人はゲラゲラと笑う。

 イジリ、くらいか。

 イジメではない、軽度の蹂躙。

 そのうちに、四人のうちの一人が、気の弱そうな彼を蹴った。

 流石にまずいと思ったようで、別の一人が慌ててやめさせる。

「おい、そりゃ流石にカワイソウだろうが」

「あぁ? 別にこれくらい……」

「やめとけって、そういうのすぐ内申響くから……」

 加減が上手いな、と思った。

 賢い……いや普通か。多分、どこにでもある風景。

 気に入らないが、立ち止まっても仕方がない。黙って通り過ぎる……つもりだったのだが、フィアが立ち止まって、彼らを凝視してしまった。

 それに応じるように、五人の視線もフィアに集中する。

 戸惑いの目、訝しむ目、色気づいた目。

「……あの、何か用」

「殺すぞ?」

 唐突にフィアが言う。

「……………………」

 一瞬、その場の空気が凍り付いた。

 いきなり現れた白髪の変な女に、少年達は戸惑いを隠せない。

「……は、はぁ? 何で? 別に俺達、こいつをイジメてたわけじゃねぇし」

 僕はフィアを止めようかどうか迷ったが、そのうちにタイミングを失った。

「イジメはしてない、と。……だから何なの?」

 理路整然と話したところで無駄なのはよく分かるが、

「イジメとか関係ないよ。単に、こっちの機嫌悪いから襲い掛かるだけ」

 乱暴過ぎる。

「おい、行こうぜ」

「え、あ、ああ……」

 関わりたくないと思ったようで、少年達は早足で退散。

 気の弱そうな彼だけが残った。

 ……逃げ遅れた、という表現が正しいかもしれない。

「ごめんね、脅かした?」

 フィアは、彼に優しく語り掛けた。

「い、いえ、その」

「君の代わりにあいつら殺してあげようかと思ったけど、逃げられた」

「べ、別に……単に俺、いじられキャラってだけで、あいつら友達ですから……」

「君が許しても私が許さない」

 四人に絡まれているとき以上に困った顔をする少年。

「カイ、視てあげて」

 フィアが言う。

 僕は彼の持つ光を視るが、

「……特別なものは見えない。良くも悪くも普通だよ」

 才能がないとも言わないが、あるとも言い難い。

 そして、特殊な能力を持っているわけでもないようだった。

「……なら、私が与える」

 フィアは彼の頭にポンと手を置いた。

 そして、僕の目でしか確認できないことではあるが、


 ――超能力を一つ、少年に渡した。


「おい、フィア」

「気に入らない奴は殺しちゃえ」

 僕を無視して、フィアが少年に言う。

「得た力は見せびらかせば良い。それがどんな経緯で手に入れた力だろうと、君のものであることに変わりはない。でも勘違いしないようにね。君はクラスで最強になるのかもしれないけど、所詮それだけ。私はいつでも君を殺せる。努々自重されたし」

 通りすがりの変な女に、こんなことを言われて。

「最後に聞かせて。君の名前は、何て言うの?」

「……砂谷昴すなたにすばるです」

 手に入れたその力を、彼がどう使うのか。

 僕はフィアと共に、いずれその顛末を見届けることになるだろう。

 フィアはいじめられっ子を助けたわけではない。

 ただ、ゲームがしたいだけだ。


 僕とフィアの名は、読みが同じだ。

 呼び分けるために存在するはずの名が同じ。

 周囲も僕ら自身も、そのことで幾度となく混乱してきた。

 ひとまず小学校の頃はアマノくん、アマノさんと呼び分けられていたが、中学になって「スカイ」「スフィア」というあだ名が付けられ、そのうちに「ス」が削られた。

「もし性別が一緒だったら、もっとややこしいことになってたかもね」

 クラスメイトからそんな言葉を掛けられる度、僕は苦笑いで返していた。

「……まあ、ね」

 フィアが異性であることに、僕は心底感謝していた。

 もしも同性であれば、フィアは僕の完全上位互換となっていただろう。

 ――私は凡人じゃない、と?

 そんな昼間の言葉に、今頃答える。

「……神童だよ、お前は。お前が凡人なわけがないだろ」

「……そうだったね、私は普通じゃない」

 諦めたような、力のない笑み。

「――神童だよ、私は」

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