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9<謎の少年>

「それじゃ行ってくるね、リュウちゃん」

「はい、行ってらっしゃい。お気を付けて」


 今日が桐生(きりゅう)さんにとって大学生活2年めの初日らしい。これからずっと学校が続くのにそんな忙しい中で私を養うなんて……私が疎ましくはないのかな。

 でも、彼が私のことを思ってくれているのは確かだ。私の“眼”に狂いはない。今はその優しさに甘えさせてもらおう。



 さて、桐生さんが帰ってくるのは夕方頃だ。

 合鍵を貰ったから部屋の出入りは自由だし、お金も置いていってくれたからご飯の心配もない。

 桐生さんが帰ってくるまでじっと待っててもいいんだけど、せっかくだからなにかしようかなあ……。




***




 外に出て深く息を吸い込む。

 桐生さんが春期休業の間はほぼ毎朝 一緒に散歩をしていたので、朝は外を歩くのがだんだん習慣になってきていた。学校が始まってからは1人になってしまうけど、これからもできるだけ続けていこう。

 その前にいつもの精肉店に寄る。これも習慣づいてきたなあ。


「おじさん、唐揚げください」

「あいよー……あれ? 今日は1人? 十六夜(いざよい)君は?」

「あ、今日は桐生さんはいません。学校です」


 このお店には何度も訪れたけど、よく考えたら私ひとりで来るのは今日が初めてだ。


「そうか、春休みはもう終わったのか。君は? 学校ないの?」

「え、と……」

「……ん、まあいいよ。はいよ、唐揚げ」

「……ありがとうございます」


 おじさんはそれ以上は追及しなかった。察してくれたのかな、ありがたい。



 紙パックに入った唐揚げを楊枝で刺してぱくりと食べる。

 うん、おいしい。私の舌にはちょっと熱いけど。


 お肉をお腹に入れたら空腹も少しだけ落ち着いたし、川原でも歩こうかな。桐生さんと一緒に歩いた道を今日は1人で辿ってみよう。




 今日も天気が良い。

 ここの川原は周りが程よく草木に囲まれていて歩くだけで緑が心地良い。


 目には自然が綺麗だし、耳には虫と鳥の声がくすぐったい。水や土の匂いだってするし、時には風が頬を撫でる。

 散歩って桐生さんに誘われるまではあまりしたことがなかったけど、ただ歩くだけではなく五感で楽しめる良いものだな。


 いつもならこの辺りで帰ってしまうところだけど、今日はどうせ時間もあるし奥の方まで行ってみることにした。


 歩いていくと目の前がだんだんと背の高い草で茂ってきた。道もどんどん狭くなるみたいだし、果たしてこのまま進んで抜けられるのかな……?

 でもそんな未知へのちょっとした不安感が妙に私を駆り立てた。


 それから、もし変な人とかが出てきても大丈夫だ。たとえ刃物相手でも無力化できる自信が私にはある。

 それでも何が出てくるかわからないし、念のため注意しながら草をかき分けかき分け進んでいった。


 ここは獣道というか、人が通るような場所ではないと思う。かろうじて草木の隙間を無理やり通っているという感じ。

 こんな所に刃物を持った人間なんて潜んでいないだろう。それよりももっとこう、蛇とかがいたりして――



――突然視界に現れたそれは、どくん、と私の心拍数を跳ね上げた。



 こんな私でも幽霊は怖い。私は瞬時にその線を疑った。

 細い道の途中に現れたのは、小さな少年。


 どうして……? どうしてこんな所に子供が立ってるの? だって、こんな草むらの中に何の用があって……!


「だ、誰ですか?」


 思わず訊いてしまった。

 自分は幽霊です、とは言わないにしても、どんな答えが返ってくるのか考えるのも怖い。話し掛けてから後悔した。


 すると、その少年が示した反応は予想外のものだった。

 てっきりおまえを呪ってやるとか、取り憑いてやるとか、そういうことを言うのかと思っていた。


 その少年は私の方を見て、ただにたりと笑った。


 笑った。


 だけどそのスマイルは、きっと楽しさや嬉しさから作られたものではないのだろう。気味悪さを覚えるような、不敵な笑み。


『知ってるぞ』


 その目はなぜかそう言わんばかりの――いやもはや確信に近い、そう言っているに違いない目をしていた。それは私の直観か第六感かなんなのか、いずれにせよ間違いなくその目は『知っている』と、私にそう告げていた。


「……ぼく?」


 微笑(ほほえ)みながら少年は口を開く。


「……ぼくは……」

「!」


 その少年が急に歩み寄り、私の顔に伸ばしてきた手に驚いて思わず目を瞑ってしまった。

 そして次に目を開けた時には、その少年の姿は消えていた。一瞬の出来事だった。


 結局正体は不明のまま。何もわからない私にはただ不安と疑問だけが残った。




***




「……というようなことが、先日桐生さんが大学に行っている間にありました」


 リュウちゃんからひととおり説明を聞いた。

 なにか変わったことは、と訊いた時に濁らせた言葉の内容はこれだったのか。


「リュウちゃんが寝ぼけてた……わけないよね」

「当然です! 意識はしっかりとありました」


 話を聞く限りではただ者ではない。どころかこの世にあらぬ存在かもしれない。


「……だったらやっぱり、幽霊とか?」


 実際、俺の目の前には半ドラゴンもいるし、もはや幽霊やゾンビの存在をそこまで非現実とは感じない。


「外見はどうだった? うっすら透けてたりとか、ちょっと浮いてたりとか」

「いえ、見た目は普通の男の子でしたよ。私より若干幼い、小さな少年でした」


 仮に幽霊だとしたら川で不運が起こってしまった故人とかだろうか。

 だが霊的な特徴がイマイチ見えてこない。第一あのへんで過去に事故や事件があったという話も聞いたことがないんだよなあ。


「……私は色々な意味で目が良いので、常人には見えない何かが見えたとしてもおかしくはありませんが……。あの少年が私の顔に手を伸ばしたあの時、私は確かに彼の体温と生気を感じました。……心臓の鼓動も、肺の呼吸も。しっかりと聞こえました」


 本当に人間だとすれば、幽霊よりむしろそっちの方が怖い。川原の茂みの中にぽつんと佇んでいて、リュウちゃんを見てにたりと笑って、手を伸ばしてきて、瞬時に消えて。そんな摩訶不思議な存在、現実にあってほしくない。


「その男の子が笑ったときに読み取った『知ってる』っていうのは、何を?」

「んー、それが……私にもわからなくて。ただ、彼は確実に私に語り掛けてきたんです、『知っている』と。それが単に私のことを知っているという意味なのか、それとも別の何かを彼自身が知っているという意味なのか……」


 なにか本能的な部分に訴え掛けてきた、ってことなんだろうか。


 どこの誰で、何のために、何を伝えようとしたのか。そして彼女と何の関係があるのか。浮かぶ疑問は山を超える。


「なんとかして正体を突き止めたいところですが、でも……やめておいた方がいいでしょうか?」


 それが賢明だとは思う。もしかしたらなにか危険な存在かもしれない。現時点では情報が足りなすぎるし、無理に関わろうとする必要はないだろう。


「……そうだね。また何かあったら、その時に一緒に対処しようか」


 いいんだ、今は。もし水面下で起こっていることがあるとしても、今は上にある太陽だけ見ていればいい。水底から来る障害があるなら、きっと俺が追い払うから。




「さて、それじゃ気持ちを切り替えて、そろそろ行こうか。用意はいい?」

「約束してた図書館ですね? 準備万端です! 案内してください!」


 そう言いながら走るポーズを取ってみせるリュウちゃん。なんで即座に思い浮かぶ移動手段が“ダッシュ”なんだ。アクティブすぎる。


「あー、電車で行ってもいいかな? 距離あるし、自転車だと時間と俺の体力的にキツいから」


 そうですか、と少しばかり落胆の表情を見せる。体を動かしたかったのかな。


「でもそれなら、駅まで桐生さんと手が繋げますね!」

「え、うん。そっか、そうだね」なんて、実はまだちょっと照れくさかったりするけど。


 彼女は最近買ったお気に入りだというミニスカートを履いて、手を繋いで揚々と外へ出た。

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