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人間 1

 その日、フィルは母の悲鳴を聞いて目を覚ました。

 声は兄の部屋からのようだった。

 フィルは、胸に嫌な予感を感じつつ駆けつけた。


 「う、うそ…っ兄ちゃん!」


 兄が、その身を血塗れにしてベッドに横たわっている。

 兄に駆け寄って、その身体に触れる。

 

 ――冷たい…――


 すぅ、と自分の体温がなくなっていくのをフィルは感じた。

 

 「…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘ダうそだウソダうソだ…ッ!」


 喚きながら、回復魔法を兄に向けて乱発する。

 しかし、その身に変化はなく、露わになった胸を貫いてできただろう傷は塞がらない。

 

 「あぁぁぁッ!なんでッ!なんでッ!どうして回復しないッ!」


 それでも回復魔法を止めることはできず、精神力の保つ限り、フィルは回復を試み続けた。

 

 小一時間もしただろうか。

 フィルは汗まみれになり、肩を息で上下させながら、顔をくしゃくしゃにしてゆく。

 ふと見れば、ベッドの横で母が泣き崩れて頭を抱えている。

 

 「うわああぁあぁぁ!兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん…!」


 もはや堪えることもできず、滂沱の涙と鼻水を流していく。

 その姿に気付いたのか、フィルの母であるフィオナがフィルを抱きかかえる。


 「フィル…フィル…ハルトが、ハルトがぁぁ!」

 「母ちゃん…兄ちゃん…どうして…なんでッ」


 フィルもフィオナを抱きしめて、そこで気づく。


 「だ、誰が…誰が兄ちゃんを…?」


 そうだ。

 なぜ気付かなかった?

 傷はあるが凶器はない。

 魔法だとしても、まさか自分で?

 バカな!あの兄ちゃんが?

 それに、兄ちゃんは俺と約束したッ!

 じゃあ、誰が…?

 

 「くそッ!」


 瞬間、怒りが沸騰し、何か痕跡がないか部屋中を調べ始める。

 と、ベッドのヘッドボードの上の壁に、血で書かれた文字があった。


 平仮名で『ま』とその横に一本、長い棒『ー』が書かれている。

 後ろの文字はずるずると掠れながら伸び、ヘッドボードまで届いている。

 恐らく、そこで力尽きたのだろう。

 

 …だが、これで十分だ。

 

 『まおう』


 これが、兄の伝えたかった言葉に違いない。

 そして、これを伝える意図もひとつ。


 「待ってて兄ちゃん。ぼくが、ぼくが兄ちゃんの仇を、魔王を、殺す…」


 その眼は一切の優しさを灯さず、ただ冷たく兄の横たわるベッドを映していた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




  人間の住む大陸の東部は、魔族側のようにひとつに統一されておらず、大小様々な国々がその領土を分かち合っている。

 しかし、中でも人の領域の中心にある聖シルバ王国は抜きん出た領土と、存在感を持っていた。

 魔族との戦争の際など、人間全体の意思統合が必要な場合、そのまとめ役としての役割を担うこの国は、人間の多くが信仰するリトリス教の聖地を首都をしている。その首都の一角、大聖堂の会議室は今、混乱の渦に呑まれつつあった。


 「勇者が死んだ」

 

 聖シルバ王国の国主、すなわちリトリス教の主教であるシルバ十三世が禿頭を撫でつつ、重い口ひげを揺らして口を開いた。その顔は俯いたままで表情を伺うことはできなかったが、彼の心情は沈んだ口調から明らかだった。

 発言内容自体は、この会議室に集まる全ての人物がある程度掴んでいる事実であった。既に皆少なからず心を痛め、彼の冥福を心から祈る時間を多寡の差はあれど費やした。しかし、人間の代表とも言える人物が口にしたことで、その事実はより一層彼らの頭に浸透し、現状の把握と対処についての思考へと駆り立てた。

 

 「殺された、と耳にしました」

 「そうじゃ、どうやら魔王の手によるものらしいの」

 「ば、ばかな!魔王と勇者は友好関係にあったのではないのですか!?」

 「それも、そのはずじゃな。そもそも、そうでなければこれまでの平和は何だったのか、ということになる」

 「…これこそ、魔族どもの狙いだったのでは?」

 「そ、そんなはずは…ッ!」 

 「うむ。しかし、勇者の家族はそれを信じておるようじゃな。復讐に燃えておる」

 「なぜ…!?」


 「魔王以外の可能性、はないのですか?」

 「わからん。調べさせてはおるが、外部から侵入した痕跡がなかったそうじゃ。人間なら余程、いや、信じられぬほどの手練、魔族なら特殊な種族によるものじゃろう」

 「…家族の可能性は? 母と弟、共に侵入せずとも犯行は可能だろう」

 「お、おぬし…ッ! 教主様のご息女を疑っておられるのか!」

 「あくまで、可能性の話だ。それならば侵入する必要はなかろう」

 「確かに。しかし、それならば逆に痕跡がないことが不自然ですね」

 「ど、どういうことだ?」

 「殺したあと、侵入の痕跡を作ればいいでしょう? そうすれば、外部犯を仄めかすことができる。なぜ、そうしないのです?」

 「痕跡を残すようなものが、勇者の寝込みを襲えるでしょうか? 逆に痕跡があったほうが内部の犯行を裏付けるようなものだと思いますがね」

 「…つまり、どちらとも判断できぬというわけじゃな」

 「きょ、教主様!?」

 「よい。今は全ての可能性を上げておくほうがよかろう」


 「そもそも、その村の近辺で魔族の姿は確認されていないはずです」

 「ふん、そんなもの、いくらでも隠蔽できようぞ」


 「ま、またしても戦争ですか…?」

 「わしとしては、魔族が動かぬようなら問題を大きくしたくはない」

 「…それは、勇者が魔族に殺されていても、ということですか?」

 「そうじゃ。それが、勇者の望んだことであると、わしは思っとる」

 「バカな!魔族どもに舐められたままで…ッ!」

 「もちろん、下手人が魔族ならば、そやつは引き渡してもらうつもりじゃ」

 「…なるほど。主教様は仮に下手人が魔族としても、魔王の手の者ではないと考えておられるのですね?」

 「うむ。わしの会った魔王が、勇者を殺そうとするとは思えんでの」

 

 「」

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