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プロローグ 勇者の死

 この世界に浮かぶ、たったひとつの大陸。

 その大陸は今、おおよそ半分を魔族が、もう半分を人類が支配していた。

 互いに争うことなく、それどころか、境界の村々では友好的な交流すらあった。


 その、人類の領域の果ての果て、境界の中心から4000km東。

 そこに、小さな小さな海辺の村があった。

 

 その村には、ある男がいた。

 その名をハルト・サイモン。

 かつてこの世界にあった魔族と人類の争いを収め、勇者と崇められた男。

 

 この男が、今、漁を終え、濡れた裸身を海風に晒して立っていた。

 齢20代後半といったところか、その身体は逞しく、人類の中では抜きん出ており、或いは魔族の筋力とも比肩できるのではないかと思わせる筋肉に包まれていた。濡れた髪はその眼と同じ海のような空色で、透き通る眼差しは遥か海の彼方へと向けられていた。


 「さぁって、帰って飯にすっかぁ」


 この男、ハルトはそういって身体を伸ばし、やがて砂浜に背を向けた。

 

 この海辺の漁村、サイモン村は50人ほどの住む村落で、ハルトにとっては生来の顔見知りしかいない気の休まる場所だった。


 「よぉ、ハルト!今日はどうだった?」


 案の定、帰り道の途中、その姿を見かけた漁師仲間が声を掛ける。

 その声に、ハルトは右手に成果を掲げて、


 「今日()、大漁さ!おっと、そうだ。もう少しで荒れるかもしれん。行くなら気をつけろよ」

 

 先ほどの感触を伝える。漁は困難だろうが、遠くまで行かなければ命の危険はないだろう。


 「お…そうか。じゃ、浅瀬にしとくかな。やぁ、いつも助かるわ」


 そう言ってバンバン背中を叩く。

 裸の背中に平手は痛いが、ハルトは笑顔だった。


 「おぅよ、任せとけって。ここらへんの海で、おれの知らんことはない!」

 「はっ!言うじゃねぇか。どうだ、また一勝負すっか!」

 「お?お前が今までおれに勝ったことがあったかな?」

 「てめぇ!」


 などと笑いあって、ふたりは別れた。


 すこし歩けば、そこにはもう彼の生家が見える。


 「たっだいまぁ!今日も大漁だぜー」

 「あっ兄ちゃん!今日は僕も一緒って言ってたのに!!」


 帰ったハルトを見て、彼の弟であるフィルが噛み付く。

 まだ20にもならないが、それでも成人として認められたフィルだ。

 兄とは違い、優しい緑の眼と髪をしている。

 フィルも当然、一人で漁にでれるが、彼は未だに兄離れができていない。

 むしろ、ハルトが長い旅から帰って以来、その想いは一層強くなったようだった。

 事あるごとに兄とともに行動することを求めた。


 「あ?そうだったっけ?すまん、忘れてたわ!」

 がっはっはっは


 弟の想いは報われない。


 「えぇー…ひどいよ…」

 「お、ごめんって。明日、な?」

 「うぅ…絶対だよ?」

 「おう!」

 「返事だけはいいんだよなぁ…」


 言いつつ、フィルの顔が綻んだ。

 そこへ、ふたりの母親であるフィオナが二階から降りてきた。

 フィルと同じ、風のような緑の髪と、優しい緑の眼をしている。

 

 「あら、今日も大漁ねぇ…」

 「まぁな。これくらいじゃないと身体が鈍ってしょうがない」

 「そうかしら…でも、もう戦わないんでしょう?」


 いかにも心配気に、フィオナが尋ねる。


 「あーその話な。そうだなぁ、できれば戦いたくないわなぁ」

 「結局、魔王は倒さなかったのよね?」

 「そうだって。それに、魔王一人倒したところで、終わりはしないよ」


 魔族はその個々の恐るべき能力で、人類はその数と団結と戦略で、お互いを憎み殺しあう世界。

 その憎しみに溢れる世界に、彼、ハルトは終止符を討った。

 しかし、この勇者と呼ばれる男ハルトは、魔王を討つことはなかった。

 彼は単騎で魔族の領地を駆け抜け、襲いかかる魔族たちを掻き分けなぎ倒し投げ飛ばし叩きのめし説き伏せて、やがて魔王の城まで辿り着いた。着いたはいいが、この頃にはハルトも悟っていた。


 魔王を討ったところで、何も変わらない。

 

 魔王が代替わりし、変わらず魔族は人間の敵であり続ける。

 魔族は人間を襲い奪い、人間は魔族を疎み討つ。

 それでは、勇者と呼ばれる価値などない。


 ならば――


 彼のとった行動は、魔族との共存を図るものだった。

 魔王と話し合い、その上で、この世界に安定をもたらしたのだ。

 それが、およそ10年前。

 世界はそれ以来劇的に、とは言わないが、それでも急速に、そして確実に変化してきている。

 魔族と人間の友人などもできており、また、それが周囲にも好意的に受け入れられるほどに。

 

 「…そう、よね…」

 「そうさ。この平和な世の中、俺は好きだぜ」

 「ふふふ、僕も兄ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいよ」

 「そうね。さ、夕食にしましょ」


 ポツポツと雨が振り出した頃、三人は卓を囲んだ。


 「やっぱうめぇ!ここの魚は大陸一だな!」


 一口含むなり、ハルトが感動の声を上げる。


 「あら、わたしが料理したのよ?」

 「そうだよ、母さんの料理が美味しいんだよ」

 「はっはっは!そうだな、おふくろの料理は大陸一だ!」

 

 笑い声の満ちた食事も、やがて終わる。

 雨が強くなり、遠くで雷が聞こえるようになった。


 「じゃ、僕、そろそろ寝るね」

 「おぅ!明日な!」

 「…置いてったら怒るからね?」

 「わーったわーった!」

 「…ふふ。じゃ、わたしも寝ようかしら」

 「お、おふくろも寝るのか。俺も寝るかな」


 おやすみ、の声を掛けあって、三人は自室に戻った。

 ハルトは酒を煽りながら、雷雲を見つめる。


 こりゃ、明日は漁は無理かもな。フィルが泣かなきゃいいが。


 にやりと笑って、ベッドに入る。

 天井を見上げ、ぼんやりとつぶやく。


 「にしても、アイツ、いつになったら来るんだ?」


 それが、勇者と呼ばれた、いや、真実、勇者ハルトの最期の言葉だった。


 翌朝、家族の者によって、勇者ハルトの物言わぬ骸が、発見されたーー

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