第一話 主、準備する。
城の一角、部屋ではなく廊下の窓でとても暖かな日差しを一人の女性が浴びていた。季節は暖かく城壁の向こう側の農地は緑色を取り戻しており、空は澄み切った青色をしている。そんなうたた寝を誘われる昼ごろにその女性は・・・。
「はぁ・・。」
ため息をついていた。
彼女の名はケリー・ホルディアン。この城の主で国王の三人娘の長女であり、武術の才に優れ、騎士としても名を馳せている。現に彼女の髪は邪魔にならぬよう短くされ、服装は姫君の着るドレスとは異なり動きやすく作られたものである。そのため装飾はあまりなく、唯一王家の印が目立っており、腰には剣が携わっている。さすがに鎧は着てはいないものの敵にすぐさま反撃できる程の装備は忘れない。これは彼女の心構えのようなものであり、王家の式典でも剣を外さず、むしろ彼女のシンボルとなっている。
「どうしたのですか、ケリー姉さん。」
ふと彼女に二人の少女が近づいてきた。
一人は彼女の妹のフェリシア・ホルディアン。長い髪に華やかな髪飾り、式典用の物でないにしろきれいなドレス、やや背は小さくまるで人形のような見た目である。その振る舞いもしっかりと礼儀を行い正しく姫であるといえよう。
もう一人は世話役のマルグリット。フェリシアよりも背が低く、髪を後ろで結い、清楚な服装でフェリシアの後ろについてくる。彼女は幼いころから王家の三人娘の世話をしており、彼女たちも気を許している存在だ。ただ、今ではもっぱらフェリシアに付いていることが多いのだ。
「つらいのはわかりますが、あまりため息をしていると幸せが逃げてしまいますよ。」
二人はケリーを気遣っているようだ。ケリーが騎士として強い心構えを持っていることは知っているが世界規模で起きている魔獣との戦いを前にしては気に病んでいるのかもしれないと考えたのだろう。もっともケリーの悩む原因はもっと目先のことである。
「聖獣の召喚儀式。」
そう、魔獣に対抗するための重要な儀式が今夜行われるのだ。
「フェリシアがやってくれると嬉かったんだが。」
もっとも儀式そのものは王家の三人娘全員で行うのだが彼女が言っているのは儀式の下準備のことである。フェリシアは魔法の才がある。単に魔力が強いだけでなく多くの魔術に精通しており、昔使われた魔法を再現することぐらいは易いはずだ。だから信頼の置けるフェリシアにやってほしかったのだ。
「そいつはひどいねぇ、私の頑張ったことが丸々否定されてるじゃないか。」
ふと、声がした。長めの髪を乱雑に後ろで束ねた少女がやってきた。背はフェリシアと同じぐらいで顔もよく似ている。だが服装は質素で無地の服に多くの汚れがついていおり、仮にも国王の城の中を歩いているものには相応しくない。
「ローナ、なんでここにいるんだ?」
「なに、ずっと部屋で籠っているとでも思ってんの。私はねぇ、儀式の準備であっちこっちを回ってたの。もしかして私に任せたこと自体忘れてたの?うわ~、信じられないよ。儀式の下準備ってのは結構手間かかるのよね、よくわかんない世界から呼び寄せた挙句そいつらを制御しなきゃならないんだからねぇ、いろいろ緻密な作業が山積みだったんだからね。」
素振りには一国の姫にはとても見えないが、残念ながら本物である。彼女はローナ・ホルディアン。王家三人娘の次女にして今回の儀式の主導者である。普段は部屋の中で怪しげな魔法研究を繰り返し人前にあまりすがたを表さず国民からも名前だけしか出てこない。姉のケリーはこの行為をあまりよく思っていないのだが、いくつか実績を出すと辞めさせづらく、さらに拍車がかかってしまったのだ。彼女も魔法に対して趣深く、今回の儀式にはだいぶ前から研究してたらしい。ゆえに彼女が一番適任ともいえるのだが、単に同じ儀式をするとは思えない。
「まぁ、いいか。私眠いし。おやすみ~。」
乱雑に髪を掻きつつローナは踝を返して歩き出した。
「まだ昼だぞ、それに準備は済んだのか?」
「もちろんよ、儀式の概要はとっくに伝えたよね。多少追加があるけど大したことじゃないし後で伝えるね。って言うか儀式は夜中だよ今のうちに寝とくべきだって。」
ローナはそのまま去って行った。ケリーはたしかに仮眠は取るべきだと考えフェリシアとマルグリットに伝えた後その場を去った。その途中ローナの「多少追加がある」と言う言葉を思い出した。
「はぁ・・。」
ケリーはため息をついた。
準備と言うより人物紹介となりましたね。