ほっこりするかもしれない話~ありがとう編~
ありがとう、という言葉がある。私はこの言葉が好きだ。言われるのはもちろんのこと、言うのも大好きだ。
好きになった最初の最初のきっかけはバスだった。ある日、友達と出かける際にバスに乗った。バスは問題なく道路を走り、目当てのバス停についたので友達と二人、降りようとした時だ。
「ありがとうございました」
運賃箱に220円を放り込んだ友達が運転手さんにそう言った。運転手さんも「ありがとうございました」と返していたが、普段私の聞いていた運転手さんの声とは違う気がした。本当に嬉しそうな声だと思った。友達の後に運賃箱に小銭を放り込んだ私は、気まずげに頭を下げてバスを降りた。降りた後何気なく運転手さんを見ると笑っていた。初めて見る顔だった。
その日の出来事が私の中で何かを芽吹かせた。
時は少し流れ、私は初めてのアルバイトを経験した。本屋さんである。結構大きな本屋さんでとても接客に厳しかった。私の指導に付いた人は特に厳しい人で、私はいつも怒られてばかりいた。やれ笑えていないだの、やれ声が出ていないだの、やれレジ打ちが遅いだの。自分にこの仕事は向いていないなと落ち込んでいたある日、一人のお客さんに声をかけられた。話を伺うと、どうやらとある本を探しているらしい。
「はい、かしこまりました」
返事をして、今まで教わったことを頭の中で反芻し、必死に本を探した。
何とか本を見つけることはできたが、私は頭を下げた。頼まれてから時間が大分過ぎていたのだ。ああ、また怒られるなと思いながら「申し訳ありませんでした」と私が言うと、
「ああ、これこれ。ありがとうね」
お客さんは怒るどころか笑顔で差し出したその本を受け取ったのだった。……レジへと向かったお客さんを見送り、私は気づく。意識せずとも自分の頬が笑っていたことに。ふと、以前に見たバスの運転手さんの笑顔が頭に浮かんだ。
その言葉に私が取り付かれたのは、きっとこの時だ。もっと言ってもらいたいと思った。だから、自分から言うことにした。
でも初めて言うのはちょっぴり勇気が必要だった。
「ありがとうございました」
「ご乗車ありがとうございました」
目線を逸らしながら言った私に返ってきたのは、予想以上に明るい声で、なんだか私の方が嬉しくなってしまった。どうやら言うのも気持ちがいいものらしい。
降りた後に振り返ってみた運転手さんは、いつか見た笑顔を浮かべていた。
ありがとう、という言葉がある。私はこの言葉が好きだ。言われるのはもちろんのこと、言うのも大好きだ。私はこの症状を「ありがとう中毒」と呼んでいる。
私は今日も220円を手に握りしめて、その言葉を口に乗せる。私の姿を見た誰かが自分と同じように「ありがとう」を言ってくれるようになったらこれ以上の喜びはない。
体験を基に書きました。もちろん現実はここまで甘くありません。ありがとうと言っても返ってこない場合もあります。返ってきてもぶっきらぼうな声だったりすることもあります。そう言うときは少し落ち込みますが、でも、やっぱり笑顔でありがとうが返ってくるとそれ以上に嬉しくてやめられない。私はこれを「ありがとう中毒」と呼んでおります。
あなたも「ありがとう中毒」になってみませんか?
大幅に修正しました(11/03/09)。




