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戦えない設備保守員ですが、ダンジョンの故障なら私の仕事です

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/14

 日本にダンジョンが現れて三十年。


 今では、もう珍しいものではない。


 探索者が毎日潜り、採取した魔石や素材を持ち帰る。


 入口には管理棟があり、地下には照明、換気設備、非常隔壁、転移門まで設置されている。


 つまり現代のダンジョンは、剣と魔法だけで動いているわけではない。


 電気も通っている。


 配管もある。


 故障もする。


 そして、それを直す人間もいる。


「十八階、定期点検異常なし」


「了解です」


 私は端末にチェックを入れた。


 佐伯美香、四十三歳。


 ダンジョン設備保守員。


 探索者としてのレベルは十二。


 新人研修を終えた探索者なら二十前後。A級ともなれば五十を超える。


 戦闘なら新人探索者にも負ける。


 でも、このダンジョンの設備なら十一年見てきた。


「佐伯さん、第六中継室も問題なしです」


「了解。じゃあ今日の点検は――」


 そこで。


 管理室の照明が一度だけ瞬いた。


「……ん?」


 警報音。


 次の瞬間、目の前の監視盤が一斉に赤く染まった。


「十八階、魔力供給停止!」


「換気系統停止!」


「転移門、応答ありません!」


「非常隔壁、自動閉鎖!」


 さっきまで全部正常だった十八階が、数秒で死んだ。


 管理主任が立ち上がる。


「ダンジョン異常か!?」


 私は警報盤を見た。


 魔力供給。


 換気。


 転移門。


 非常隔壁。


 別々の設備が、ほぼ同時に止まっている。


 それを見た瞬間、背中が冷えた。


「……違う」


「何?」


「これ、ダンジョンの異常じゃありません」


 私は工具箱を掴んだ。


「設備側です」


「十八階には誰がいます?」


「A級パーティー二組、十一名!」


「通信は?」


「途絶しています!」


 主任が舌打ちした。


 十八階は大型モンスターの巡回区域だ。


 A級探索者なら戦える。


 だが、換気も転移門も止まった場所に閉じ込められたまま、何時間も戦い続けられるわけではない。


「緊急救助班を出す!」


「待ってください」


「何だ?」


「第十七隔壁が閉じています。正規ルートから十八階には入れません」


「手動解除は?」


「現場側です」


「なら十七階まで行けばいい」


「隔壁の制御用魔力も落ちてます」


「非常系統があるだろ?」


「それも停止しています」


 主任が黙った。


 そう。


 そこがおかしい。


 主系統だけなら故障。


 非常系統だけでも故障。


 でも、それらが換気や転移門と一緒に止まった。


 別々の設備が同時に壊れたとは考えにくい。


「停止直前のログ、出してください」


「はい!」


 若い職員が画面を切り替える。


 魔力流量。


 換気圧。


 温度。


 各設備の稼働状況。


 大量の数字が並んだ。


 その中に、一つだけ飛び出した値がある。


「第六中継室……」


 停止直前。


 魔力流量が一瞬だけ跳ね上がっている。


「これ、ダンジョン側から魔力が流れ込んだんじゃないのか?」


 主任が聞く。


「それならダンジョン監視器にも記録が残ります」


「ない?」


「ありません」


「じゃあ誤検知?」


「可能性が高いです」


「誤検知で全部止まったのか?」


「安全装置が過負荷と判断すれば、連動停止します」


 主任が画面を見る。


「第六中継室が原因?」


「……たぶん」


 朝の点検では正常だった。


 だからこそ、確認する必要がある。


「私、行きます」


「佐伯さんが?」


「設備の問題なら私の担当です」


「十八階との境界近くにはモンスターもいるぞ」


「知ってます」


「レベル十二だろ?」


「それも知ってますよ」


 自分のレベルくらい忘れない。


「だからモンスターとは戦いません」


「じゃあどうする?」


「設備を直します」


 それが私の仕事だ。


 救助班三人と一緒に十七階へ向かった。


 エレベーターは十六階まで。


 そこから先は非常階段だった。


 赤い誘導灯だけが点いている。


「暗いな」


 救助班の男性が言った。


「非常灯、半分死んでます?」


「死んでません」


「でも点いてないですよ」


「節電モードです」


「この状況で?」


「この状況だからです」


 非常系統の魔力だって無限ではない。


 必要な場所だけ点ける。


「なるほど……」


 こういう仕様は探索者なら知らなくてもいい。


 私たちが知っていればいい。


 普段なら。


 十七階に着いた。


 警告音が鳴り続けている。


 目の前には巨大な鉄製の隔壁。


 この向こうが十八階だ。


「これ、爆破できます?」


 救助班員が隔壁を見る。


「やめてください」


「でも中に人が」


「壁の横に魔力配管があります」


「……爆破したら?」


「最悪、十九階まで止まります」


「やめます」


「お願いします」


 私は隔壁横の点検扉を開けた。


 表示は赤。


 安全停止。


「ここから解除できます?」


「原因を取り除かないと無理です。解除してもまた閉じます」


「じゃあ第六中継室へ?」


「はい」


 今ある記録だけなら、そこしかない。


 第六中継室は十七階の外周通路にある。


 普段、探索者は通らない。


「こんな道あったんですね」


「あります」


「探索者用地図に載ってませんよ」


「載せてません」


「なんで?」


「モンスターより危ないものがありますから」


「何が?」


「高出力の魔力線」


「それは載せなくていいですね」


「でしょう」


 曲がり角の先から低い唸り声がした。


 救助班員が私の前に出る。


「アイアンハウンド。一体」


「倒せます?」


「余裕です」


「お願いします」


 戦闘は二十秒で終わった。


 私は何もしていない。


 できないからだ。


 それでいい。


 救助班員が戦う。


 私は設備を見る。


 全員が得意なことをやればいい。


 第六中継室の扉を開けた。


 焦げ臭さはない。


 煙もない。


 制御盤を開く。


 魔力入力。


 正常。


 出力。


 正常。


 通信。


 正常。


 センサー。


 正常。


「……え?」


 思わず声が出た。


「どうしました?」


 もう一度見る。


 同じだった。


「佐伯さん?」


「正常です」


「え?」


「ここ、正常です」


 救助班員が制御盤を覗き込む。


「でも、第六が原因だって」


「そう思いました」


 ログはそう示していた。


 停止直前、第六中継室だけ魔力流量が跳ねている。


 だから安全装置が作動した。


 そのはずだった。


 端子を確認。


 緩みなし。


 配線。


 異常なし。


 センサー。


 正常。


 絶縁。


 正常。


 何もない。


 背中に汗が流れた。


 おかしい。


 ここじゃないなら、どこ?


 無線が鳴った。


『管理室から現場班! 十八階との通信、一時復旧!』


「状況は!?」


『探索者十一名、全員生存! ただし大型種二体が接近中!』


「退避は?」


『隔壁も転移門も停止したままです!』


 救助班員が私を見る。


「佐伯さん」


「……ちょっと待って」


 頭の中で設備図を開く。


 第六中継室。


 十八階主系統。


 換気。


 転移門。


 隔壁。


 非常系統。


 全部つながっている。


 だから第六だと思った。


 なのに第六は正常。


 私が間違えた?


 十一年、この設備を見てきた私が?


 ある。


 設備員だって間違える。


 でも。


 間違えたまま止まっている時間はない。


「ログをもう一度見ます」


「ここで?」


「停止直前だけ端末に保存してあります」


 画面を開く。


 第六中継室。


 魔力流量、急上昇。


 その〇・四秒後。


 安全停止。


 その〇・二秒後。


 十八階主系統停止。


 換気停止。


 転移門停止。


 隔壁作動。


「……待って」


 何か引っかかった。


 もう一度、少し前から見る。


「あった」


「何が?」


「これ」


 第六の異常より前。


 警報にすら分類されていない、小さな記録。


 第三中継室。


 瞬間魔力低下。


 わずか〇・一秒。


 直後に正常値へ復帰している。


「第三?」


「はい」


「でも、すぐ戻ってますよ」


「だからです」


「え?」


「第六が異常を出したから全部止まったんじゃない」


 設備図を頭の中で重ねる。


 第三から第六へ伸びる予備系統。


 通常は使わない。


 主系統に異常があった場合だけ、自動で切り替わる。


「第三の魔力供給が一瞬落ちて、予備系統が第六へ送った」


「はい」


「でも第三はすぐ復旧した」


「早すぎたんです」


 本線が復帰する。


 予備系統が切れる。


 その切り替えが間に合わなかった。


 一瞬だけ二つの系統から魔力が流れた。


「だから第六の流量が跳ねた……?」


「第六は壊れてなかった」


 正常だったからこそ。


 流れ込んできた異常な魔力量を、正しく検知した。


「原因は第三です」


 私は工具箱を閉じた。


「行きます!」


「佐伯さん、待って!」


 救助班員が追ってくる。


「第三って反対側ですよ!」


「知ってます!」


「走らなくても!」


「十八階で大型種二体来てるんでしょう!」


 四十三歳に全力疾走はつらい。


 工具箱は重い。


 息が切れる。


 それでも走った。


 外周通路。


 階段。


 角を曲がる。


 第三中継室。


 扉を開ける。


「どこ……!」


 制御盤。


 正常。


 魔力供給。


 正常。


 予備系統。


 正常。


「ここも正常じゃないですか?」


「今は!」


 〇・一秒だけ魔力供給が落ちた。


 完全な故障なら、そのまま落ちている。


 接触不良?


 保護回路?


 端子?


 私は盤の下を見る。


 何もない。


 横。


 何もない。


 上。


「……あ」


「何かありました?」


「これ」


 壁を這う一本のケーブル。


 その固定金具だけが、わずかに黒く変色している。


「焦げてる?」


「少しだけ」


 工具で金具を外した。


 裏側から銀色の粉が落ちる。


「魔晶粉?」


「そう」


 昨日、この区画には清掃作業が入っていた。


 魔晶粉そのものは珍しくない。


 問題は場所だった。


「このケーブル、魔力流量の監視線です」


「粉が入った?」


「金具との隙間に。たぶん振動した瞬間だけ信号が乱れた」


「それで〇・一秒?」


「たぶん」


「直せます?」


 私は工具箱を開いた。


「直します」


 今度は「たぶん」と言いたくなかった。


 清掃。


 絶縁。


 端子確認。


 固定金具交換。


 監視線を再接続。


 手が少し震えている。


 焦るな。


 急げ。


 でも雑にするな。


 雑に直して、もう一度止まったら意味がない。


『現場班!』


 無線が鳴った。


『十八階、交戦開始!』


 返事はしなかった。


 最後の端子を締める。


「再起動します!」


 スイッチを入れる。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 表示は――。


 緑。


「第六は!?」


 救助班員が端末を見る。


「正常!」


「十八階!」


「待って――」


 通路の非常灯が白く変わった。


 換気音が戻る。


 遠くで巨大な機械音が響く。


 隔壁が動き始めた。


 無線が鳴る。


『十八階、魔力供給復旧!』


 続けて。


『転移門、再起動確認!』


 さらに。


『探索者十一名、転移開始!』


 一人。


 二人。


 数秒が長い。


『八名帰還!』


 まだ。


『十名!』


 あと一人。


 私は工具を握ったまま、無線を見つめた。


『十一名!』


 息が止まる。


『全員帰還しました! 負傷者二名、いずれも軽傷!』


 膝から力が抜けた。


 その場に座り込む。


「佐伯さん!?」


「……よかった」


 本当に、それしか出なかった。


 救助班員も壁にもたれた。


「間に合いましたね」


「はい」


「最初、第六だと思ってましたよね」


「……今それ言います?」


「いや、そこから第三を見つけるのがすごいなって」


「なら最初からそう言ってください」


「すみません」


 少しだけ笑った。


 それから私は、黒くなった固定金具を見る。


「これ、他にもあるかもしれない」


「同じ設備?」


「同じ監視線。同じ固定方法。同じ施工時期」


「全部調べるんですか?」


「当然です」


「今日?」


「まさか」


 救助班員が胸を撫で下ろした。


「明日からです」


「設備班だけでお願いします」


「そのつもりです」


 今度は二人で笑った。


 管理室へ戻ると、警報盤は全部緑だった。


 いつもの色だ。


 主任が私を見るなり立ち上がった。


「佐伯さん」


「はい」


「十一人、全員無事だ」


「聞きました」


「よく見つけたな」


「最初は外しましたけどね」


「そこから見つけたんだろ」


「まあ……はい」


「助かった」


「どうも」


 私は自分の席へ戻ろうとした。


「それと、佐伯さん」


「はい?」


「同型設備、全部点検するんだろ?」


「そのつもりです」


「交換が必要なところは?」


「交換します」


「何か所くらいになりそうだ?」


「まだ分かりません。施工時期が同じ区画だけでも、かなりあります」


「見積もり出してくれ」


「出しますけど」


 私は主任を見る。


「また『まだ使える』って戻ってきません?」


 主任が黙った。


 設備予算では、よくある話だ。


 壊れた設備を直す予算は出る。


 壊れていない設備を交換する予算は、なかなか出ない。


「今回は戻さない」


「……本当に?」


「ああ」


「まだ使える設備もありますよ?」


「危ないと判断したら交換する」


「全部?」


「必要なら全部」


 私は主任を見た。


「もう一回言ってもらっていいですか?」


「必要なら全部交換する」


「録音していいです?」


「信用ないな!?」


「今まで何回『まだ動いてる』って返されたと思ってるんですか」


「分かった! 書面で出す!」


「ありがとうございます!」


 今日一番大きな声が出た。


 主任が呆れた顔をする。


「十一人助かったときより喜んでないか?」


「だって予防交換ですよ!」


「人命救助より?」


「それとこれは別です!」


 管理室に笑い声が広がった。


 翌朝。


 私の机には一枚の書類が置かれていた。


『ダンジョン設備予防更新計画』


 昨日の事故を受け、老朽化や構造上の危険が認められる設備について、故障前の交換を認める。


 そんな内容だった。


 承認欄には、もう印鑑が押してある。


「……本当に書面にしたんだ」


 思わず笑った。


 今日から全中継室の点検。


 仕事は間違いなく増える。


 面倒だ。


 たぶん残業も増える。


 それでも、悪い気はしなかった。


 警報盤を見る。


 全部緑。


 魔力供給正常。


 換気正常。


 転移門正常。


 隔壁正常。


 探索者たちは、今日も何事もなかったように地下へ降りていく。


 それでいい。


 設備保守なんて、何も起きない日のほうが正しい。


 私は新しい点検表と工具箱を持って立ち上がった。


 壊れてから直すだけじゃない。


 今日からは、壊れる前にも直せる。


 そのほうが、ずっといい。


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