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美里のために

作者: 兎野羽地郎
掲載日:2026/06/08

 「ねえ、私さ。また沼っちゃったかも」


 いつもの三人で、学食でお昼ご飯を食べている時、美里が突然呟いた。

 よりによって私を見ながら。


 ヤバい。ヤバいなあ。


 私の大好きな大判のチキンカツがまだ半分も残っている。せめて食べ終わってからにして欲しかった。話を聞いて味が分からなくなったらどうしてくれる。


「あら? そうなの?」


 志保にとっては慣れたものなんだろう。


 なにせ、志保と美里は幼稚園児以来のつきあいだ。小、中と一緒で、途中高校が別になったらしいが、大学でまた一緒になった。

 私は地方から進学のために都会に出て来たから、二人とは大学の文芸サークルで知り合った。


 その志保が言うには、どうも美里は沼りやすい体質らしい。

 拘りが強いのか、突然何かに夢中になる。大体、一、二年で沈静化するらしいが、その間のハマり方は尋常ではなかった。まさに沼だ。


 いつも前兆があって、何か気に入った事に出くわすと、「ハマりそう」とか、「沼るかも」とか言う。そして、その予告が出たら間違いなく沼ってしまう。


「今回は何に沼ったの?」


 志保がわざとらしく私を見ながら聞いた。

 この間、美里が予告した時に一緒にいたよね?


「えとね、コスプレ……」


 思った通りだ。どうすればいいんだろう? なんとか沈んで行くのを食い止められないかな。


「へ~。何のコスプレをするの?」

「私はやんない。ゆめのコスプレをプロデュースしたい」


 やっぱり……。


「そ、そう言うのはさ。自分でやった方が良くない?」

「だって、私、背小っさいじゃん? やっぱり、背が高い方が恰好良いじゃん。だから、ゆめをプロデュースしたい。ゆめだって、気に入ってたじゃん」

「あのね」


 少し前、ひょんなことから、私はコスプレをした。巫女のコスプレだ。

 あの時は、私自身にちょっとした問題があり、志保や美里に色々と相談に乗って貰ったってのもあって、言われるがままにやった。メイクとか、紹介して貰ったコスプレスタジオの店員さんにも大分手伝って貰った。

 ある意味、恩がある。



「あれは、ほら。必要ってことで。趣味じゃないし」

「似合っていたじゃない。店員さんにも褒められていたでしょ?」

「ま、まあね」


 いつの間にか志保まで美里の援護を始める。


「ねえ、やろうよう。衣装作るために、すっごい勉強してんだよ」

「べ、勉強?」


 ほらっと、トートバッグから三冊の本を取り出した。大学の図書館で借りたらしい。

 そのうちの一冊は、刀剣の歴史にまつわる本だ。よくも、こんな物騒な本を大学図書館で貸し出すもんだな。


 ギラリと光る日本刀の表紙から視線を逸らし、他の一冊を手に取ってパラパラとめくると、幕末戊辰戦争にまつわる本だった。

 さすが歴女。私とは読む本が違うな。


「今ね、それ読んでるの」


 私が手にした本を指差している。


 まさか、私も勉強させられるのか?


 私も一応文芸部だ。本を読むのは好きだけど、歴史物はちとジャンルが違う。

 色々と相談にのって貰ったのは事実だが、そのうちに晩御飯を奢るってことで勘弁して貰おう。


「えーとね……」


 なんとか誤魔化そうとしたら、志保が割って入ってきた。


「時代考証ね」


 志保によると、美里はかつて史実ネタのコスプレをやっていた。ヒストリカルコスと呼ぶらしい。色々な文献を調べて、実在した時代の服装を完全と言って良いほど再現していた。一着の衣装と小物を作るために、何度もその筋の博物館に通っていたそうだ。それが中学生の時だった。


「その時は自分用に作ってたんだ。それがね……」


 美里がコスプレ沼から抜け出したきっかけは、幕末を生き、戊辰戦争でも活躍した一人の女性剣士のことを知ったのがきっかけだった。

 その剣士は当時の女性としてはずば抜けて背が高く、男性をも凌駕していた。まるで私のように……。


「私じゃ再現出来ないの」


 完全再現が出来ない事を知ってしまった美里は落胆し、それ以来、コスプレ自体から遠ざかってしまったらしい。


 そういうものなのか? そこまで拘らなくてもいいんじゃないか? 可愛い剣士さんでいいじゃない。低身長美少女剣士とかの萌えキャラなんて人気出るよ。私じゃ絶対に無理なんだからね。


「そういうものなの。だって、男が敵わなかったくらいの女性剣士だよ。体格だって日本人離れしてたんだ。当時の男性の平均身長よりもずっと背が高かったんだから」


 持っていた刀もかなり長いやつだったらしい。


「美里さあ、小さいったって、百五十cmあるんでしょ? 普通よ、普通」


 私なんか百八十一だぞ。今の同世代の日本人女性の平均身長は、確か百五十台後半だ。それよりも二十cm以上高いんだぞ。


「公称はね。鯖読んでんの。本当は百四十台なんだ」


 三cm、読んでるらしい。つまり百四十七cmになる。


「平均身長と十cmも変わらないじゃない。誤差よ、誤差」

「数字はさ、そうかもだけどさ。実際にコスやったらさ、なんか違うんだ」


 可愛いとしか言われなかったと嘆いている。

 そのセリフ、私に向かって言うか?


「低い方が可愛くていいじゃない。私なんか小学校低学年の時以来、可愛いなんて言われてないんだからね」

「私は恰好良い方が好きなんだ」


 これは完全に価値観の違いだな。

 私と真逆のコンプレックスを抱えてるのが目の前にいるなんて、今まで思いもしなかったぞ。


「だからと言って、私をプロデュースしなくったっても……」


 私より背の高い子を探そうと周囲を見渡したけど、いなかった。


 自爆したショックを受けただけになっちゃった。せめて体育館とかで探せば良かったかなあ。

 いや、無理か。うちの大学の体育会系サークルって、地域リーグの四部か五部だったよね。入学式の日に幾つかのサークルに声を掛けられけど、その理由が身長だった。その時、私より高い人いなかったような……。運動神経良くても背が高いとは限らないもんね。無論、運動音痴の私は、即断ったけど。


「美里は何も着ないの? 一緒にすればいいじゃない」


 志保は、私をフォローしてるのか、してないのか分からない。


「うーん。私がやっても、格好良さが出ないんだよねえ」


 趣味なんだから、楽しんだ者勝ちだと思うんだけどなあ。


「ねえ、チームゆめでさ、三人でもう一回やろうよう。ゆめなら絶対いいコスになるからさ」

「私はどんな役割なの?」

「志保のコスも私がプロデュースしてあげるよ」

「で、自分はコスしないと」

「裏方だもん」


 ふうっと、志保がため息をつく。

 これは一体、どうすればいいんだろう?




 その時はなんとかなった。

 志保が明日まで考えると言ってくれたから、私も便乗した。

 でも、明日には結論を出さないといけない。


 やってもいいけどなあ。でも、美里が沼ったら抜け出すまでずっと付き合わされることになるしな。そこまでは出来ないな。やっぱり、せいぜい一回だけだな。

 よし、一回だけ付き合って、チームゆめはそれで解散だ。

 志保の結論次第でもあるけど、基本線はそうしようっと。




 翌日、いつものように、お昼ご飯時に三人で集まった。


「結論出た?」

「ええ」


 ドキドキ顔で聞いた美里に対して、志保は余裕の表情だ。

 て言うか、この娘が動揺してるの見たことないな。感情の振れが小さいのだろうか? それとも完璧にコントロール出来てるのか?


「やってくれる」

「いいわよ」


 意外にも引き受けた! コスプレなんか興味なさそうだったから、絶対断ると思っていた。

 これで、便乗して断る第一プランが消えたな。


「ほんと!」

「ただし、条件があるわ」

「条件?」


 志保の出した条件は、美里もコスプレをやること。だった。


「だって、私は……」

「駄目よ。自分だけ裏方なんて。美里もやりなさい」

「……」

「今回のチームゆめは、美里のために動くのよ。貴女もするの」

「えー、何をやれって言うの?」

「これでプロデュースして」


 美里は二冊の本を目の前に置いた。

 某国営放送で放送された幕末の女性を主人公にしたドラマの関連本だ。一本は単発だが、もう一本は長編連続歴史ドラマだ。

 放映された年次からして、私が小学生になったばかりの頃だから当然見てない。良い子は早く寝ないとね。


「お母さんが好きなの。家に録画したDVDもあるわよ」


 志保のお母さんは起業して社長さんをやっている。自分の人生を賭けて戦う女性のドラマなんか絶対に見ていそうだ。


「これでプロデュースするの? でも、この二つは場所が違うよ」

「構わないじゃない。当時佐幕側で戦った女性三人をモチーフにするのよ。私はこの人をやるわ」


 なんとドラマの主人公を指名した。鉄砲を持った女性だ。


「美里はこの人よ」


 ページをめくると薙刀を持った精悍な女性が現れた。


「ゆめは剣士で長刀、美里は薙刀、私はライフルよ。同じ時代を生きた佐幕側の女傑コンボなんて良いと思わない?」

「でも、この人だって、背高いよ」

「一般に言われていることはね。でも、正確な記録はないんでしょ?」

「そうだけどさ」

「インソール仕込んで五cmくらい盛ったら?」

「うーん。まあ、仕方ないかなあ」

「ゆめみたいな身長は要らないんだから、大丈夫よ」

「分った」


 結局、志保が出した条件を美里は呑んだ。

 私が出した一回限りの条件は、志保と美里の二人により保留になった。

 何故だ?




 それから一か月の間。

 志保の家にお邪魔してDVDを見たり、図書館に行って関連書籍を読んだり、百円ショップやホームセンターで自作する衣装や小道具用の材料を探したりした。足りない分はNET通販で買うらしい。

 鉄砲なんかどうするんだろうな?


 完成後、お披露目を兼ねて、いつぞやのコスプレスタジオで写真を撮ることになった。メイクをやって貰わないといけないしね。




「素晴らしい。私がお手伝いさせて頂いた中でも、このセットは最高傑作の一つかも知れませんね。三人共、本当にお似合いですよ。可愛くて、恰好良い」


 コスプレスタジオのお姉さんに絶賛された。ビジネスも含まれているんだろうが、褒められて嬉しくないわけがない。

 美里と目が合う。互いにニヤついてしまっている。


 ここで写真を撮って本番に備える。まるで結婚式の前撮りみたい。

 ちなみに、本番とは何か? 

 美里が言うには、戦場になった地域でコスプレイベントがあり、そこまで遠征したいらしい。きっと同輩が沢山参加するんだろう。

 行先を聞いた時は、え? ってなったが、話を聞いて乗り気になった志保のお母さんが送り迎えと宿泊先の手配をしてくれるので良しとした。


 今回は、美里のためのコスだから、立ち位置の真ん中は当然美里だ。

 私は右斜め後ろに、志保は左斜め後ろに立つ。


「ゆめ、鏡の前で刀を構えて」


 刀の抜き方と構え方は、以前美里に教えて貰ったからそれなりに出来る。

 ポジションについて腰を落とし、鯉口を切った私は、すらりと刀を抜いて正眼に構えた。


 髪は短いままだ。元ネタが男装していたから、メイクもそっち風だ。自分で言うのもなんだけど、異様に似合っている。


 スペンサー銃とかいう種類の鉄砲を持った志保も位置についた。三人がそれぞれの武器を構える。


「三人揃うと迫力がありますね。震えがきました。ああ、史実でもこうであって欲しかった」


 両手を胸の前で組んだ店員さんの目が乙女だ。

 それを見たせいか、私も震えがきてしまった。

 背筋がぞくぞくする。頬が紅潮しているのが自分でも分かる。


 ヤバい。これ、もしかしたら沼るかも。


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