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7度目の人生、悪役令嬢はキレました

作者: Suzuno

 また、だ。

 殺風景な修道院のベッドの上、もうすぐ私は死ぬ。

「また、なの…もう、いや…」


 6回目の人生。今回も、17歳で死ぬ。1回目では盗賊に殺され、2回目では馬車の事故…そして今回は毒を盛られて死ぬのか…

 どんなに誠実に生きても、どんなに慎ましく過ごしても、どんなに完璧な淑女を演じても、私はいつも17歳で死ぬ。必ず、婚約者に裏切られ、婚約破棄。挙句に、身に覚えのない罪を着せられ、修道院に送られて、17歳で死ぬ。


 最初は聡明な宰相子息、次は実直な聖騎士団長の息子、その次は知的な宮廷魔術師…家柄も性格も違う殿方を6人もとっかえひっかえしてきたのに、結末はいつも同じ。

『君は、マリエ嬢に嫉妬して酷いことをした!』

 そう。いつも決まって、あの男爵令嬢マリエ・バウアーが現れると、私の人生は破滅へと転がり落ちる。

 どうして? 私が何をしたというの?

 薄れゆく意識の中、尽きることのない疑問と諦めと悲しみが渦を巻き、ぷつりと糸が切れるように、私の6回目の人生は終わりを告げた…

 

 目を開けると、また、巻き戻った侯爵家のベッドの上かと思いきや、私は真っ白な、どこまでも続く空間に浮かんでいた。

 温かくも寒くもなく、ただ眩しいだけの場所。夢、なのだろうか。

『可哀想だねー。7回もご苦労様!』

 頭上から、やけに軽々しい声が降ってきた。見上げると、輪郭の曖昧な光の塊が、私を見下ろしている。神様…?


『君の世界はね、『きらめきメモリーズ』っていう乙女ゲームの世界なんだよ!』

 おとめげぇむ…? 聞き慣れない言葉に、私はただ瞬きをする。

 光の塊――神様?――は、そんな私にお構いなしに、楽しそうに言葉を続けた。

『で、君はそのゲームの悪役令嬢、リゼットっていう役割。そして、いつも君の婚約者を奪っていくマリエちゃんが、このゲームのヒロインなんだなー』


 神様は、私の混乱を面白がるように、さらに衝撃的な事実を告げる。

『君がこれまで婚約してきた男は、みーんなゲームの『攻略対象』なんだー。ヒロインが愛を育むお相手役ってこと。だから、君が誰と婚約しても、ヒロインに取られちゃうのは仕方ないんだ。ゲームのシナリオだからね!テヘペロ☆』

 テヘペロ…?

 その、ふざけた響きの言葉が、私の頭の中でゆっくりと反響した。


 シナリオ? ゲーム? 悪役令嬢…?

 ――ああ、そう…

 そういうことだったのか…

 私の6回の人生。

 私の6回の苦しみ。

 私の6回の絶望と、死。

 そのすべてが、ただの「ゲームのシナリオ」という一言で。

 たったそれだけの、くだらない理由で。


『次回は、王太子殿下との婚約だから、17歳まで、しっかりお勤め果たしてねー♩』

 ぷつり、と。私の中で、何かが切れる音がした。

 今まで感じたことのない、腹の底から焼け付くような熱い何かが、喉元までせり上がってくる。

「――ふっざけんなッ!!!!」

 私の絶叫が、真っ白な世界に響き渡った。


 ぐにゃりと視界が歪み、私はベッドの上へ叩きつけられるように意識を取り戻した。

「リゼット!どうしたんだ!」

 慌ててお父様が飛び込んできた。

 鏡に映るのは、まだあどけなさの残る15歳の私の顔。

 7回目の人生が、また始まってしまった。


 けれど、今度の私は、もう今までとは違う。!

 諦め? 絶望?

 負けない!絶対、あんな神(?)に負けてたまるか!絶対、生き延びてやる!

 硬く決意し、ベッドから飛び起きると、血走った目で父に詰め寄った。

「お父様! 私の新しい婚約者を探してください!」

「リ、リゼット?何を急に…今は第一王子殿下と…」

「破棄してください!今すぐ!」

 私の気迫に、さすがの侯爵である父もたじろいでいる。構うものか。私の人生がかかっているのだ!

「条件は三つ! 王都から一番遠いこと! とびきり評判が悪いこと! そして、あのマリエ・バウアーという女が、金輪際、生涯!絶対に近寄らないような男! 今すぐ見つけてきてください!!」


 私の剣幕に、お父様は顔面蒼白になりながらも、数時間後、一枚の羊皮紙を持ってきた。そこには、数人の貴族の名前と情報が書き連ねてある。

 そして、そのリストの最後に書かれた一つの名前に釘付けになった。


『アシュレイ・フォン・グライフェンベルク辺境伯』

 領地は、国土の最北端。王都からは馬車で一月以上かかる極寒の地。

 添えられた噂は、ろくなものがない。

『血も涙もない冷酷な男』

『戦場で魔物を喰らう』

『趣味は人間の剥製集め』


 …最高じゃない!

 ゲームのシナリオ? ヒロイン? 攻略対象?

 知るかっての!

 こんな悪評まみれの辺境伯様の元へ、あのヒロインが行くはずがない。

 これ以上の安全地帯は、この世界のどこにもないように思う。


「お父様。私、この方に嫁ぎます」

 こうして、私の7回目の人生は、神への宣戦布告と共に幕を開けた。

 絶対に、絶対に、生き延びてやる。

 そしていつか、あのふざけた神様の顔に、泥を塗りたくってやるのだ。

 私の人生は、ゲームの駒なんかじゃないのだから。


 ◇


 王都を出る日、見送りに来たのは両親だけだった。あれだけ大騒ぎして第一王子との婚約を破棄し、黒い噂の絶えない辺境伯へ嫁ぐと決めたのだから当然だろう。

 揺れる馬車の窓から遠ざかっていく華やかな王都の景色を眺めながら、私は固く拳を握りしめる。

 目に宿るのは復讐の炎ではない。もっとギラギラとした、泥臭いまでの「生存」への執念。

 一月以上の長旅も、私にとっては来るべきサバイバル生活への助走期間のようなものだ。過去6回の人生で得た知識を、頭の中で必死に整理し続ける。もう二度と、理不尽に命を落とさないために。


 辺境伯領の城は、噂に違わず、質実剛健を絵に描いたような場所だった。華美な装飾は一切なく、すべてが実用性のためだけにしつらえられている。

 そして、広間で私を迎えた城の主――アシュレイ・フォン・グライフェンベルク辺境伯は、人間離れした美貌の持ち主だった。

 雪のように白い肌に、夜の闇を溶かしたような黒髪。そして、凍てついた湖面を思わせる、感情の読めない灰色の瞳。なるほど、これなら「血も涙もない」と言われるのも納得できる。完璧なまでの冷たい造形美だ。


「ようこそ、ヴァインベルク嬢。私がアシュレイだ」

「ご丁寧にどうも。リゼットと申します。これからお世話になりますわ、辺境伯様」

 内心の感想とは裏腹に、私はカーテシーも完璧に、事務的に挨拶を返す。

 彼の黒い噂も、その無表情も、今の私にとっては最高のプラス要素でしかない。「攻略対象じゃない安全パイ」。それ以上でも、それ以下でもないのだから。

 ときめき? 恋? そんなものでお腹は膨れないし、命も守れない。


「あなたは、ここでは自由に暮らしてもらって構わない。しかし、この地は辺境。お嬢様が着飾って、お茶を飲むのに適した場所ではない。そして、私も忙しく、あなたのお茶に付き合う時間もない。それは承知していてほしい。」

 なるほど、私にかまう気はないから、勝手に過ごせということね。さすが、冷酷伯爵ね。だったら勝手にさせてもらいましょう!


「承知しました!早速ですが、この領地の台帳と地図を拝見しても?」

「……何に使う?」

「まずは現状把握から。生き残るための基本ですわ」

 私の突拍子もない申し出に、アシュレイ様は少しだけ眉をひそめた。けれど、断りはしない。すぐに分厚い台帳と古びた地図が運び込まれ、私はその日から、城の一室に籠って領地の徹底的な分析を開始した。


 分析の結果は、想像以上に酷いものだった。

 食料自給率は低い。治安は悪い。まともな産業もなく、領民たちの暮らしは貧しい。

 これではダメだ!私が生き残れない!私の生存率を上げるためにはこの領地の改革をしなくては!


「まずは食料ですわ!」

 私はすぐに行動を開始した。6回目の人生で、婚約者だった、ボケボケ公爵子息様から逃避するために読み漁った農学書。その知識が、今ここで役に立つなんて皮肉だ。

「この痩せた土地には、ライ麦ではなく『カムート小麦』を! 寒さに強く、栄養価も高いのです!」

「ジャガイモの畝の間隔が狭すぎます! もっと深く、広く植えれば収穫量は倍になります!」

「家畜の糞と枯れ葉を混ぜて発酵させれば、最高の肥料になることもご存じないの!?」

 鬼気迫る私の剣幕に、領地の農夫たちは「は、はぁ…」と呆気に取られている。けれど、半信半疑で私の言う通りにしてみると、作物の育ちは目に見えて良くなった。


 次は治安だ。5回目の人生で、脳筋騎士団長の息子様との婚約中に叩き込まれた護身術と罠の知識。これも、今こそ活かす時。

「夜盗が出るなら、道に罠を仕掛けなさい! この蔓を使えば、簡単で効果的な『逆さ吊りの罠』が作れます!」

「女性や子供でも扱える護身術を教えます! まずは急所! 目! 喉! 金的! 慈悲は無用です!」

 淑女の口から飛び出すとは思えない物騒な言葉に、またしてもドン引きされたが、実際に罠で夜盗を捕まえたり、護身術で暴漢を撃退したりする者が出始めると、領民たちの私を見る目は、少しずつ変わっていった。


 食料、治安と改革し、次はお金。

 産業を興し、この領地を豊かにしなければ、いつまでも死の危険はつきまとう。

 私は特産品の『岩塩』と『薬草』に目をつけた。4回目の人生で商家の息子と婚約した際に学んだ経営術をフル活用し、保存食の開発、他国への交易ルートの開拓をアシュレイ様に提案すし、特産品の売買の安定化に成功した。


 私の行動は、すべて「私が死なないため」。

 豊かな土地で、安全な暮らしを、安定した収入を確保する。ただそれだけが目的なのに、気づけば領民たちは、私のことを「女神様」「聖女様」と呼び、尊敬の眼差しを向けるようになっていた…


 ◇


 アシュレイは、自室の窓から訓練場のリゼットを眺めていた。

 侯爵令嬢であるはずの彼女は、泥だらけになりながら、村の女たちに護身術を教えている。その姿は、アシュレイが知るどんな貴族令嬢ともかけ離れていた。

 最初に彼女と会った時、アシュレイは「可哀想な女だ」と思った。政略結婚の駒として、この何もない辺境に送られてきた、ただの憐れな令嬢。

 だからと言って、忙しい身である自分が、かまってやる時間もなければ、情もない。とりあえず、後継さえできれば、他は好きにすれば良いと思っていた。


 だが、彼女は憐れまれるどころか、たった一人でこの領地を根底から変えようとしている。

 彼女の知識は底が知れない。農業、土木、軍事、経営…まるで何人分もの人生を生きてきたかのような、圧倒的な経験と知識。

 そして、彼女は常に「生き残るため」「死なないため」と口にする。その瞳には、時折、すべてを諦めたような、深い深い悲しみの色が浮かぶことがあった。まるで、何度も死の淵を覗き込んできたかのような、憂いを帯びた表情。


(彼女は一体、何者なんだ?彼女の過去に、一体何があったのだ?)

 彼女の行動は、結果的にすべてこの領地と領民のためになっている。最初は警戒していた家臣たちも、今ではすっかり彼女を信頼しきっていた。

 アシュレイは気づいていた。無表情な自分の代わりに、彼女が領民たちの心を掴み、辺境を一つにまとめ上げていることに。


 ただひたすらに「生きること」に執着する彼女の姿は、ひどく痛々しく、そして、どうしようもなくアシュレイの心を惹きつけていた。

 守ってやりたい。彼女がもう二度と、あんな悲しい目をしなくて済むように。

 アシュレイの中で、今まで感じたことのない温かい感情が、静かに芽生え始めていた。


 ◇


 その頃、王都では、本来の「シナリオ」が微妙な不協和音を奏でていた。

 侯爵令嬢リゼットという、ヒロインを引き立てるための「悪役」が、舞台から忽然と姿を消してしまったからだ。

 学園のパーティーで、第一王子は目の前で微笑むマリエに、どこか物足りなさを感じていた。

 健気で可愛らしい少女だ。だが、なぜだろう。彼女を誰かから守ってやりたい、という庇護欲が掻き立てられない。リゼットがいた時のような、スリリングなドラマが起きないのだ。

 マリエという存在は魅力的だが、彼女を巡る恋の障害がないため、物語は盛り上がりに欠け、ただ平坦に時間が過ぎていくだけ。


 ヒロインであるマリエ自身も、首を傾げていた。

(なんだろう…毎日楽しいはずなのに、少しだけ、退屈…)

 彼らの物語から、最も重要な登場人物の一人が欠けていることによる僅かな歪み。

 そしてその人物が今、遥か北の辺境で、怒りを原動力にサバイバル生活を送っていることなど、知る由もなかった。


 ◇


 辺境で暮らしはじめて一年になろうとしていた。あと半年もすれば17歳…

 私の改革は順調に進み、痩せていた土地には豊かな実りがもたらされ、人々は夜道を安心して歩けるようになった。ささやかだけれど、確かな平穏。このまま、何事もなく時が過ぎてくれれば…そう、願っていたのに。


 まるで、私の誕生日に狙いをつけたかのように、辺境で不可解な災害が頻発し始めたのだ。

 夏だというのに、特定の畑だけを狙ったかのような局地的な吹雪。私が視察に向かう道筋で、タイミングよく起こる崖崩れ。私が品種改良した小麦だけに蔓延する、原因不明の病。

 そして、それは次第に、私の命を直接脅かすようになっていった。


 自室で書き物をしていると、突然天井の梁が軋み、真上のシャンデリアが落下してきたり。城壁の上を歩いていると、私の足元だけが崩れ落ちたり。

 一度、二度なら偶然で済む。けれど、これだけ続けば、嫌でも確信せざるを得ない。

「何か」が、私を殺そうとしている。


 あの、ふざけた神(?)が言っていた、『シナリオの強制力』ってこと?

(やはり、ダメなの…? どこに逃げても、私は17歳で死ぬ運命から逃れられないの…?)

 焦りと恐怖が、じわじわと私の心を蝕んでいく。

 私は毎晩、悪夢にうなされた。6回分の死の夢ばかりを見ては、ベッドの中で、ただ震えることしかできなかった。


 そして、激しい雷雨の日。

 私は書庫で古い文献を調べていた。この異常な災害について、何か手がかりがないかと必死だったのだ。

 その時だった。


 ピカッ、と窓の外が白く染まったかと思うと、轟音と共に城の尖塔に雷が落ちた。衝撃で書庫が激しく揺れたかと思えば、天井まである書庫が、書物をボトボトと落としながら、私へと襲いかかる。

「きゃあ!」

 咄嗟に頭を庇った私を、誰かが力強く突き飛ばした。

 本が床に散乱する音、書庫が倒れた「ガツン!」という音。そして、私の代わりに書庫を受け止めた人の、低いうめき声。

「アシュレイ、様…?」


 私を庇って倒れていたのは、いつの間に現れたのか、アシュレイ様だった。彼の背中越しに、書庫を堰き止め、私に襲いかかるのを寸前で防いでいた。

「…無事か、リゼット」

「な、なぜ、ここに…! それより、お怪我は!」

「君が一人で書庫にいると聞いてな。嫌な予感がした」

 そう言って静かに微笑む彼の顔は、ひどく青ざめていた。


 すると、私の頭の中で、あの軽々しい声が響いた。

『――あーあ、邪魔が入っちゃった。シナリオから外れたバグなんだから、さっさと削除されてよね!』

 間違いない。あの神(?)。

 こいつが、この災害を引き起こしている! 私を殺すために!

 怒りと恐怖で、唇がわなわなと震え、涙がぼろぼろと溢れて止まらない。それは悲しみの涙ではなかった。自分の無力さへの、そして私たちの人生を弄ぶ理不尽な存在への、どうしようもない怒りの涙だ。


 アシュレイ様は、そんな私の姿を見て、静かに私の肩を抱いた。

 医務室で手当てを受けた後、彼は自分の執務室に私を連れていき、暖炉の前のソファに座らせてくれた。そして、私の向かいに腰を下ろすと、灰色の瞳で真っ直ぐに私を見つめた。

「リゼット。すべて、話してくれないか」

「……」

「君が何に怯え、何と戦っているのか。君が時折見せる、あの深い悲しみの理由を。俺は、知りたい」


 彼の眼差しに、今まで一人で戦ってきた、孤独と恐怖の心が決壊してしまった。

 子供のように泣き喚き、嗚咽を漏らしながら、これまで誰にも言えなかった秘密を、すべて彼にぶちまけた。

 6回も死んでは生き返っていること。

 その度に、17歳で理不尽に命を落としてきたこと。

 この世界が『乙女ゲーム』とやらで、自分はその中の『悪役令嬢』だということ。

 そして、シナリオから外れた私を、この世界の『管理者』である神が、今まさに消そうとしていること。


 常人が聞けば、狂人の戯言としか思えないだろう。

 けれどアシュレイ様は、荒唐無稽な私の話を、一度も遮ることなく、静かに、ただ静かに聞いてくれた。


 …すべてを話し終えた時、私は疲れ果てていた。軽蔑されても、気味悪がられても、もう仕方ない。

 そう思って俯いた私の耳に、彼の低く、けれど燃えるような怒りを孕んだ声が届いた。

「…そうか」

 顔を上げると、アシュレイ様は静かに目を伏せていた。そして、ゆっくりと顔を上げると、その灰色の瞳は、今まで見たこともないような冷たい炎を宿していた。

「君の人生を弄んだ者がいるのだな」

 彼は立ち上がると、私の前に跪き、そっと私の手を取った。

「ならば、俺が相手になろう。神であろうと関係ない」

 彼の大きな手が、私の震える手を強く、優しく包み込む。

「君はもう、一人で戦わなくていい。これからは、俺が君の剣となり、盾となる」

 その言葉は、どんな慰めよりも力強く、私の凍てついた心を溶かしていった。

 私は、この7度目の人生で初めて、心の底から「この人の隣で、生きていきたい」と願った…


 ◇


 私の絶望は、彼と分ち合うことで、闘志へと変わっていた。もう、後手ではいられない。彼と共に生きていくために!

「3回目の人生で、古代魔法に関する文献を読んだことがあります。それによると、神がこの世界に干渉するには、『神の楔』と呼ばれる物理的な媒体が必要だと…」

「楔…? それはどこにある?」

「王都の…王立教会の地下祭壇にある『創世の宝珠』。それが、おそらく…」

「なるほどな…」


 アシュレイ様は何かを納得したように頷くと、静かに語り始めた。

「俺の一族には、代々伝わる言い伝えがある。我らグライフェンベルクの血族は、この世界の理から外れた『異分子』なのだと。だからこそ、この世界の創造主たる神の『祝福』も受けられない、と」

「世界の理から外れた…?」

「ああ。だから俺は、お前が言うところの『攻略対象』ではなかったのだろう。神の筋書きに組み込めない、イレギュラーな存在だからな」

 彼の言葉に、すべての合点がいった。なぜ、彼だけが…。

「アシュレイ様…」

「案ずるな、リゼット。それは呪いではない。今この時のためにあった、希望だ」

 彼の言葉が、私の心を強くする。そうだ、希望なのだ。

 私の6回分の知識と、世界の理に縛られない彼。私たちが持つすべてを組み合わせれば、きっと神に一矢報いることができる。

 

 執務室の大きな地図を二人で囲み、作戦を練る。

 王都への潜入ルート、宝珠の破壊方法、そして、その後の王国の混乱をどう収めるか。次から次へと課題は出てくるけれど、不思議と絶望は感じなかった。

「リゼット」

「はい」

「必ず、君を死なせはしない」

 地図の上に重ねられた彼の手の温かさが、私に勇気をくれる。

 そうだ、私はもう一人じゃない。


 ◇


 アシュレイ様が辺境伯の権限を最大限に使い、手配してくれた信頼できる少数の部下と共に、私たちは身分を隠して王都へと潜入した。

 道中は、神の妨害を警戒していたけれど、意外なほどに平穏だった。おそらく、書庫の一件で力を使いすぎたのだろうか。


 王立教会の地下祭壇。その場所は、2回目の人生で聖騎士団長の息子様と婚約していた頃、一度だけ訪れたことがあった。厳重な警備と、幾重にもかけられた古代魔法の結界。普通に考えれば、侵入は不可能だ。

「結界の解除は、私の知識があれば可能ですが、警備の騎士たちをどうにかしないと…」

「それは俺の仕事だ」

 アシュレイ様は、驚くほど鮮やかに事を進めてくれた。警備兵の交代時間や巡回ルートを正確に割り出し、私たちが祭壇へたどり着くための最短ルートを確保してくれたのだ。


 そして、ついに私たちは祭壇の最奥――『創世の宝珠』の前へとたどり着いた。

 乳白色の宝珠は、禍々しいほどの神気を放っている。これがあの神(?)が、この世界を弄ぶための楔。

「下がっていろ、リゼット」

 アシュレイ様が、腰にさげた長剣を抜き放つ。宝珠を破壊すれば、神の干渉は弱まるはずだ。

「アシュレイ様!」

 私が彼の名を叫んだのと、彼が宝珠に剣を振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。 宝珠は甲高い悲鳴のような音を立てて砕け散る。その瞬間、教会全体が激しく揺れ、私たちの足元に巨大な魔法陣が光を放った!


『――よくも、やってくれたね…』

 空間が歪み、弱々しい光を放つ神(?)が姿を現す。

『シナリオから外れたバグの分際で、この僕に逆らうなんて!』

「バグはお前の方だろう!」

 アシュレイ様が、剣先を神(?)へと向ける。

「人々の心を縛り付け、愛も憎しみも、全てをお前の筋書き通りに動かして楽しむ。そんな歪んだ世界を創り出したお前こそが、この世界のバグだ!」


『歪んでいる?違うね、これが完成された世界だよ!人々が筋書き通りに愛し、憎み合うことで生まれる熱烈な感情…それこそが僕の糧であり、この世界を維持するエネルギーなんだ!君たちのようなイレギュラーさえいなければ、完璧な箱庭だったのに!』

 神(?)の目的は、人々の心を操り、その感情を喰らうことだったのだ。私たちの人生は、ただの餌でしかなかった。


『まあ、いいや。君も可哀想な子だし、最後のチャンスをあげる。今すぐ、その男の前で、シナリオ通りに死になさい。そうすれば、9回目の人生では、王妃様になれるくらいの最高の幸せを約束してあげるよ?』

 最高の幸せ?

 王妃?

 私は、隣で私を庇うように立つアシュレイ様の手を、そっと握った。


「うるさい…」

 私の静かな、けれど強い拒絶に、神(?)の光が揺らめく。

「私の幸せは、私がこの人と、この人生で掴み取るわ! あなたのシナリオなんて、必要ない!」

 私の言葉に呼応するように、アシュレイ様が力を込めて私の手を握り返す。

「そうだ。俺たちは、お前の筋書きの上では出会わなかったかもしれない。だが、俺たちは出会い、互いを想った。この想いは、お前が作った偽物じゃない。俺たち自身のものだ!」


『…そう。なら、もういいや』

 神(?)の声が、底冷えのするほど冷たくなる。

『君たちのその「本物」の想いもろとも、この歪んだ世界の道連れで、お終いにしてやるよ!』

 その言葉を合図に、足元の魔法陣が禍々しい光を放ち、空間そのものが軋むような音を立てて崩壊を始めた!

「くっ…!」

「アシュレイ様!」

 目に見えない力に押しつぶされそうになる中、アシュレイ様は私を強く抱きしめた。

「リゼット、愛している」

 耳元で囁かれた、初めて聞く愛の言葉。

 ああ、ダメだ。このままじゃ、二人とも…。 私のせいで、ようやく見つけたこの温かい場所まで、失ってしまうなんて――!

(嫌だ…!)

 心の底から叫ぶ。

(死にたくない! この人と、離れたくない!)


 私の6回の絶望と、7回目の人生で見つけた、たった一つの希望。 その全てが、今、この腕の中にある。

「アシュレイ様を…私の愛する人を、誰にも奪わせない!!」

 私がそう叫んだ瞬間、握りしめた二人の手から、まばゆいほどの光が溢れ出した。 それは、神の禍々しい光とは違う、どこまでも温かくて優しい光。

『なっ…!?なんだ、この光は!? シナリオにない、僕の知らない力だと…!?』

 神(?)が驚愕に声を震わせる。 私たちの「愛」という、神の筋書きにないイレギュラーな力が、奇跡を起こしたのだ。光は奔流となって魔法陣を打ち破り、崩壊する教会を突き抜け、天へと昇っていく。


 光は王都を、そして世界中を包み込んでいく。 それは、まるで呪いを解くかのように、人々の心を縛り付けていたシナリオの軛を、一つ、また一つと解き放っていくようだった。

 やがて光が収まった時、目の前にいた神(?)の姿は、もうどこにもなかった。 ただ、静寂だけが私たちを包んでいた。


 ◇


 神が消え、世界はゲームのシナリオから完全に解放された。 王都の大教会は崩落したが、私たちの光が人々を守り、一人の犠牲者も出なかったという。


 そして、私の17歳の誕生日。

 辺境伯領の城で迎えたその日は、驚くほど穏やかだった。窓の外には、どこまでも青い空が広がっている。災害も、事故も、もう何も起こらない。


 夕暮れ時、城のバルコニーでアシュレイ様と二人、夕日に染まる領地を眺めていた。

「…リゼット」

「はい、アシュレイ様」

「誕生日、おめでとう」

 彼の不器用な祝福の言葉に、私は「ありがとうございます」と微笑んだ。

 すると彼は、少しだけ逡巡するように視線を彷徨わせた後、意を決したように、私に向き直った。

「これからも、君の人生を共に歩ませてほしい」

 ロマンチックな言い方でも、甘い囁きでもないけれど、彼の灰色の瞳に宿る、どこまでも誠実な光が、私を包むような温かさで溢れている。私の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 6回の人生で、一度も流すことのなかった、温かい、幸せな涙だった。

「はい…! 喜んで…!」

 頷く私を、彼はそっと抱きしめてくれた。彼の胸の中で、私はもう二度と死の運命に怯えることのない、本当の安らぎを感じていた。


 ◇


 あれから、数年の月日が流れた。

 アシュレイ様が治める北の辺境は、今や大陸一豊かで、人々の笑顔が溢れる土地となっている。


 王都では、シナリオから解放されたヒロインのマリエと攻略対象たちが、それぞれ自分の意思で、新たな人生を歩み始めていると聞く。誰かと恋に落ちたり、自分の夢を追いかけたり。もう誰も、誰かの人生の駒ではないのだ。


 私は今、夫となったアシュレイ様の腕の中で、生まれてきたばかりの我が子をあやしている。

 私と、彼の髪の色を受け継いだ、愛しい小さな命。

「どうした、リゼット。泣いているのか?」

「ううん…幸せだなって」

 私の答えに、彼は口元を綻ばせると、私の額に優しいキスを落とした。


 7度目の人生。

 神への怒りから始まったこの人生は、最高の幸せと、最高のパートナーを私に与えてくれた。

 私の人生は、もう誰にも奪わせない。この手の中にある温もりこそが、私が掴み取った、本当の物語なのだから。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

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