006
小さくなった私が、初めて大きな人間を見つけた。
いや、もともと私も同じ人間だった。
なぜ小さくなって、なぜ三年生の教室にいるのかわからない。
「でかいなぁ」
思わず上を見て、声を漏らした。
少し離れているけど、私は大きな体で身構えてしまう。
大きい学生は、私には気づかなかった。
それでも一歩歩くだけで、ずしんと地震のような音がした。
(大きい、人間)
少し先から出てきた人間の大きさに、私は圧倒されていた。
歩いていた人間を見て、私は手を振った。
「おーいおーい!」
歩くのもおぼつかない男性生徒に、手を振った。
だが、小さな私の声は、背中を向けた男子生徒に届かなかった。
どんどん、離れていく
それでも、巨人のような人間を見て声をかけずにはいられなかった。
だけど、何回も声をかけて理解した。
(小さくなったので、声も届かない?)
普通の人間の動く音が、普段のよりとても大きく聞こえた。
その反面に、私の発する音や声は小さくなったのだろうか。
理由はわからないけど、男子高校生は私に気づくことはなかった。
そのまま大きな足音を立てて、私から離れていった。
向かった先は、階段のある奥の廊下。
(私は見えていないのか、声も届かないのか)
私は、さらに不安になった。
僅かな希望として、小さくても話せばわかると思ったからだ。
何より、私のことを助けてくれるのではないかと期待もしていた。
再び見える、絶望の距離。
長く長く続く廊下に、大きな男子学生の姿がどんどん小さくなっていく。
(追いつけない)
走っても無駄だと、すぐに悟った。
あの男子生徒は、授業中抜けだしたということは体調不良か、あるいはトイレ。
いずれにしても、声が届かないのはかなり難しい。
(私に、誰も気づいてくれないの?)
小さくなって、見えなくなった。
誰も気づかなかったら、どうなるんだろう。
やっぱり、私はこのまま小さいままなのだろうか。
(戻りたい)
なんだか、涙が流れてきた。
口惜しさと、悲しさがこみあげてきた。
だけど、泣いている場合はない。
ここで立ち止まっていても、私はどうしようもない。
私は疲れても、前に進むしかなかった。
絶望的な距離と、今まで出会った友達の顔。
(やっぱり怖い)
小さくなった私は、恐怖感もあった。
大きな巨人につぶされては、私のすべてが終わりだから。
私は、あまりにも小さい。
つまりは、授業が終わった休み時間に多くに人間がやってくる筈だ。
しかも、それは私に気づかない。
(これ、休み時間までに移動しきらないと危険なヤツ)
今は授業中だ。
だけど、時間がわかる術がない。
急に生徒が出てきて、廊下に現れたら危険だ。
(とにかく、急いでを手に入れて情報を得ないと)
そんな私が廊下を歩いていると、上のほうから音が聞こえた。
それはとても嫌な、甲高い音だ。
私は思わず、嫌な音に耳を塞いでしまう。
(なんかすごい音、これって)
右目をつぶって上を見上げると、そこにはハエが見えていた。
普通の姿だと、ハエはうっとうしい存在だ。
そんな小さな虫だったけど、今の私は小人だ。
小さくなった私にとって、小さなハエはとてつもない
上空にいるハエが、私を見つけた。
黄色の目が、私の姿をしっかりと認識していた。
おそらく見慣れない生物を見たハエは、羽を動かして私に迫ってきた。
「マジ?こっちに来るな!」
ハエは、あたしに向かって走り出した。
私が本気で走ると、普段と違って思った以上に速く走れた。
(あれ、なんか軽い)
体の軽さを、感じていた。
シンプルに体が小さくなっていて、早くなっていた。
それこそが、火事場のなんとかというヤツなのだろうか。
だけど、体は小さい。
小さい私より、ハエのほうが大きい。
空を飛ぶハエが、走る私にどんどん迫ってきた。
完全に私のほうをめがけて、上から迫ってきた。
「なんで、こっちに来るのよ!」
走る私よりも、ハエは速い。
まさか、ハエに追いかけまわされることになろうとは思いもよらなかった。
空を飛んで、私は迫られてきた。
走りながら、私はあることを考えた。
(ハエが速い、私よりも。ならば…)
何かを思いついた私は、走るのをやめた。
迫ってくるハエは、私よりも大きい。
まっすぐに私のほうに、ハエが向かってきた。
そのまま、私にめがけてハエが突進していく。
だけど私は冷静にハエの位置を見定めて、急に飛び上がった。
高い跳躍力で突進するハエを、一気に飛び越えた。
飛び越えた瞬間、そのままハエの背中に飛び降りていく。
落下した私は、ハエの背中に着地をした。
(よし、乗れた)
ハエの背中に、上手く陣取った私。
だけど、その匂いは少し臭かった。
ハエは私の姿を探して、頭を動かす。
だけどハエの性質からか、上に乗っている私を黙認することができない。
(いい子に、していなさい)
私は、ハエの背中に飛び乗れた。
私より少し大きな体のハエに着地した私は、ハエの体を動かしていく。
(これなら移動も、楽よね。多分)
走りつかれた私は、ハエの背中に乗って廊下を飛んでいくことになった。