003
私の名前は、『黄柳野 静』。
愛知県県北にある県立高校に、通っている普通の高校生だ。
どこにでもいる高校1年生で、着ている黒ブレザーも学校の制服。
そんな何の変哲もない、私は小さくなっていた。
なぜかはわからないけど。
私が今いる場所は、私が通う学校の水飲み場。
大きな窓も、小さくなったので理解できた。
私がさっきは知っていたのは、水飲み場のシンクだ。
銀色の壁や床、激流もシンクの中での出来事だった。
つまり私は、今も学校の中にいたということになる。
ようやく、今の状況を理解していた。
小さくなったのは見えるもの全てが、大きく見えた。
それもそのはず、私が小さくなっているのだから。
今のところ、手洗い場には人はいない。
蛇口を締めずに、誰かがそのまま離れたのだろう。
それと、もうひとつに不思議なのがさっきの光の声。
声のあと、私は驚くほどの跳躍力があった。
普通の女子高生で、運動は得意なわけでもない。
むしろ苦手な私だったけど、あんなジャンプ力があるとは思わなかった。
いや、それも小さなことと関係があるのだろうか。
さっきの光の声の主は、あれ…いない。
窓が開いて風が、吹いていた。
光の球らしきものが、その風の流れに乗って飛んでいったようだ。
(あの光の球は、一体?)
不思議な光の球は、私の視界から消えていた。
私の体が小さくなっていることを理解して、周囲を見回した。
蛇口も、石鹸もいつもよりずっと大きく見えた。
校舎の汚れとか、小さくなるとよく見えた。
でも、私が小さくなるとか現実にそんなことが起こるのだろうか。
(うー、思い出せない)
なぜ、私が小さくなったのかいまだにわからない。
それに、どうしてここにいたのかも記憶がない。
あるのは、朝この学校に来るまでの記憶。
だけど記憶がない中で、ここに来ていた。
(でも、このままじゃいけないなぁ)
スマホを探すも、スカートのポケットにスマホがない。
服は小さくなっているけど、スマホがないと安心できない。
現代っ子の私には、情報が必要だ。
(そういえば、スマホがない)
ブレザーの中をくまなく探したけど、見つからない。
(うーん、教室か。とにかく一階に戻らないと。
ここって、おそらく3階よね)
そばにある窓から、下を覗き込んだ。
かすかに空いている窓は、風が吹きつけていく。
近づくだけで、光の球のように吸い寄せられてしまう。
(高いなぁ。落ちたら即死かな)
窓の反対側、シンクの淵に歩いていく。
シンクの淵から、下を覗いた。
廊下の地面が、かなり高く見えた。
小さくなったのか、シンクの下はとても高く見えた。
(こっちも高いけど、死ななそう)
シンクしたから、覗き込んだ私はなんとなくそう思えた。
どちらも、とても高い。
高いけど三階とシンクの下では、高さが全然違ってみた。
(あのジャンプ力があれば、なんとかいけるかな?)
恐怖はあった。
高いし、飛び越えたことがない。
それでもさっき空を飛んだようなジャンプ力を、私は目の当たりにして体感もした。
体は震えていて、足も震えるが両手でパシッと叩く。
そのまま私は、覚悟を決めた。
(まあ、行かなきゃ始まらないよね。
ここにいても大きくならないだろうし。
なにより、情報がたくさん欲しい)
私は勇気を出して、シンクの下から飛び降りた。
それが、小さな私の奇妙な冒険の始まりだった。